ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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随分と時間が開いてしまいました。


不思議な空間に入った

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 てっきり魔物かと思ったら、ただの影。月の明かりが窓枠を照らしその形を影として模り、床へと落としていた。

 

「おい……エイト、これって」

「うん。たぶん、そうだと思う」

 

 ククールさんが驚いたように立ち上がり、エイトさんも私の腕を引いて窓枠から下がらせた。何事かと問いかけて、私も異常性に気付いた。というか、だからこそ最初違和感に反応してしまったのだと判った。

 影が急速に成長して伸びているのだ。月の角度は変わらない。なのに、影だけが動いている。

 

「これはどういう事じゃ?」

「以前、願いの丘と言われる場所で起きた現象と同じだと思います。あの時、月明かりで不思議な所へと通じる扉が出来たんです」

 

 私と王、姫様はこの状況に戸惑っているが他のメンバーは落ち着いて影の動きを見守っている。その反応からして危険なものでは無いのだろうが、怪異現象にしか見えないので普通に怖い。

 びびっていると影は向かいの壁まで達し、窓枠そのままの形を写すと淡く光りだした。

 眩しいというより柔らかな淡い燐光で、夜道を照らす月明かりのようだ。エイトさんはおもむろに近づいたかと思うと、あっさりとその影に手を伸ばし、押し…た? え? 押せるものなの??

 

 軽く混乱する私の前で、まるで扉が開かれるように向こう側へと壁が動いた。

 

「やっぱり、あの時と同じようです。行ってみましょう」

 

 エイトさんはそう言うと開かれた影の扉の向こう、淡い光の中へと迷いなく進んで――消えた。消えちまった……

 

「ほら、惚けてないで行くぞ」

 

 ヤンガスさん、ゼシカさんと続きククールさんに言われて、我に帰る。慌てて姫様に触れて手を繋いでもらい、王が中に入ったのを確認しておそるおそる進んだ。

 一瞬の光に目を閉じて開けてみると、不思議な空間に立っていた。

 頭上には夜空が広がり、どこからともなく水が静かに流れ落ちている。視線を落せば落ちた水がゆったりとたゆたっており、その水面の上に連なるように円形の台座があった。

 

「ほらほら進んだ」

 

 後ろから最後に来たククールさんに言われ、私と姫様はゆっくりと足を進めた。

 何しろ足元がよくわからない台座で、しかも階段状に連なっているくせに間の間隔が広くて足場が無い。エイトさん達を見れば僅かに輝いている線の中は透明だが足場が有る事はわかる。わかるが怖い。台座は随分と高いのだ。下はかなりの水深があると思われるので最悪落ちても大丈夫かもしれないが、怖いものは怖い。

 

「リツお姉様、大丈夫ですか?」

 

 顔を引きつらせていたら姫様に心配されてしまった。これではいけないと腹をくくり、背筋を正して歩を進める。ゆっくり。

 台座を登った先には青白い配色で統一された建物があった。壁が上に流れる水で造られたようなそれを建物と言っていいのか謎だが、形状的には建物だ。その建物を囲むように頭上に満ち欠けを表すような月が浮かんでいた。そして、建物の中からは聞き覚えのある音色が響いていた。あー……なるほど。不思議空間(ここ)はそういう所な訳か?

 

「どうした?」

「いえ。なんでも」

 

 嫌な予感がすると、姫様の隣で言って不安がらせるのもアレなので濁す。仕方なく中へと入るとエイトさん達が待っていた。奥にここの主がいるようで待っていてくれたらしい。のろのろしていて申し訳ない。

 件の主はいくつもの楽器が並ぶ先に居た。青白く輝く地球儀のような物の前に立っている。

 

「こんばんは、イシュマウリさん」

 

 エイトさんが声をかけると、じっと地球儀のようなものを見ていた主は振り向いた。

 

「おや……? 月の世界へようこそお客人」

 

 やはりこの御仁かと後ろ姿で判っていたが、そっとゼシカさんの背に隠れる。高台に放置された記憶がこびりついていてどうも苦手意識が芽生えてしまった。

 

「月影の窓が人の子にかなえられる願いは生涯で一度きり。ふたたび窓が開くとはめずらしい……

 さて、いかなる願いが君たちをここへ導いたのか? さあ話してごらん」

 

 面白がるように口の端を笑みの形に崩し尋ねるイシュマウリさんに、エイトさんがざっと事のあらましを説明した。ドルマゲス云々は端折っていたが、船が必要でトロデーンの南に広がる荒野に放置されている船が使えないか? といった内容だ。

 説明を聞き終えたイシュマウリさんは瞳を閉じると静かに頷いた。

 

「あの船なら知っている。かつては月の光の導く下、大海原を自由に旅した……覚えているよ。再び海の腕へとあの船を抱かせたいと言うのだね」

 

 閉じた瞼の裏で何かを見ていたような気配だったが、イシュマウリさんは目を開けると手に持っていたハープに指先を合わせた。

 

「それならたやすい事だ。君たちも知っての通り、あの地はかつては海だった。その太古の記憶を呼び覚ませばいい。君たちにアスカンタで見せたのと同じように……大地に眠る海の記憶を形にするのだ。そう、こんな風に」

 

 ぽろんぽろんと流れ出す優しい旋律。この人、演奏だけ見ればとても良い人……エルフ? なのだが、何をやられるか判らないところがあるのが怖い。何事もなければいいなと思いつつ、周囲に過去の記憶であろう魚たちが泳ぎ始めたのを眺めていると、唐突にブツンと弦が切れる音がした。

 そちらを見れば、無残に弦の切れたハープを見下ろすイシュマウリさんが居た。

 

「ふむ……。やはりこの竪琴では無理だったか」

 

 やはりって……さっき容易いとか言ってなかったか? 自分の技術的には容易いって事なのだろうか。

 

「これほど大きな仕事にはそれにふさわしい大いなる楽器が必要なようだ。さてどうしたものか……」

 

 自分の中で自問自答するように呟くイシュマウリさん。

 

「いや、待て。君たちを取り巻くその気配……微かだが確かに感じる………そうか。月影のハープ。昼の世界に残っていたとは。あれならば大役も立派に務めるだろう」

 

 ぶつぶつと己の世界で話を進めていたが、納得したらしくイシュマウリさんは視線を上げた。顔がすこぶるよろしいので様になっているが、これが一般顔だったら自己陶酔だとか厨二とか言われるだろう。顔がいいというのはお得だ。

 

「よく聞くがいい。大いなる楽器は地上のいずこかにある。君たちが歩いてきた道、そのどこかに。深く縁を結びし者がハープを探す導き手となるだろう。

 人の子よ。船を動かしたいと望むのなら月影のハープを見つけ出すといい。そうすればすぐにでも荒れ野の船を大海原へと私が運んであげよう」

「月影のハープ……ですか……」

 

 戸惑ったようにエイトさんは視線を背後の私達に向けてきた。

 が、残念ながら心当たりのある者は誰もいない。揃って首を横に振る私達に頬を掻きながらイシュマウリさんに向き直った。

 

「判りました。通ってきた街を回ってみたいと思います」

 

 見つけた時はよろしくお願いしますとエイトさんが頭を下げると、心得たというように優雅に腰を折るイシュマウリさん。

 さて帰りますかと、皆でぞろぞろと建物を出る。元来た道をげんなりしながら辿り、窓のような形となっている光の中を通ってトロデーンの図書室へと戻ると、すぐさま作戦会議となった。あの空間への扉は未だ光ったまま、どうやら繋げたままにしてくれるようだ。あの口ぶりからして日をまたいでも問題なさそうでもある。ただし雨天閉店だろう。

 

「で、どこから回るんだ?」

 

 口火を切ったのはククールさんだった。

 

「最初から順番に回っていけばいいんじゃない? あ、リーザスには無いわよ? 私が知らないんだから」

「それなら俺のところもだな。ドニにも無いと思う」

「それじゃあトラペッタから行こうか。ルイネロさんが居るから占ってもらうのもいいかもしれない」

「占い? あぁそういえば居たわね、凄腕だって人が」

「もう一人、情報屋の方にも確認してみませんか?」

 

 はい、と私も手を上げて言ってみる。

 

「簡単に見つかればいいですけど、打てる手は早いうちに打っておいた方が良いかと」

「確かにな。なら二手にわかれるか」

「パルミドはヤンガスさんと私で行ってきていいですか? 他にも情報屋の方には聞きたい事があるので」

「二人で大丈夫ですか?」

 

 エイトさんの心配に私は軽く頷く。

 

「宿はトラペッタで取ります。さすがにパルミドで宿を取る気にはなれないので。日中ならヤンガスさんと離れなければ大丈夫だと思いますよ」

「なら大丈夫だろ。トラペッタを拠点にするなら俺達も他を当たれるか」

「あ、それは待ってください。トラペッタの占い師さんはかなり腕がいい方なので、一応その結果を聞いてからの方がいいと思います」

 

 と言うか、現時点で手がかりを出してくれそうなのはトラペッタの占いかパルミドの情報屋、あとはモリーさんぐらいだろう。

 ルイネロさんもモリーさんも私かエイトさんが向かった方がいいが、情報屋はヤンガスさんが居れば充分。私かエイトさんがククールさんと代わればいい話ではあるが、ちょっと確認したい事があるので事情云々割愛して待ってもらう方向で話を進めたい。

 エイトさんのさり気ない視線に、私もさり気なく頷き返す。

 決して、私もエイトさんもモリーさんと個別に接触したくないからという理由ではない。エイトさんが自然な風を装ってトラペッタに決めにかかったような気がしないでもないが、気の所為だ。私だって情報屋に聞きたい事があるのだ。一人であの濃い人の応対をするのが大変だとかじゃない。うん。

 

「ふぅん? リツがそう言うって事は本物か。いいぜ、俺はそれで構わない」

「私もそれでいいわよ」

 

 同意を示してくれるククールさんとゼシカさん。ヤンガスさんはエイトさんの指示に従うという意志表示なのか、エイトさんの方を見ている。

 

「ではそうしましょうか。今日はもう遅いのでトラペッタで宿を取って、明日の朝二手に分かれましょう。日暮れには宿に集合するという事で」

 

 反対意見はなくそれで纏まった。王が積み上げた本やら回収してきたものを馬車に積めば出発だ。

 積荷を纏めている間、エイトさんは姫様と私に今後の事を相談してきた。私が触れている間は人の姿に戻る事が出来る為、宿や道中人の姿で居られるかという内容だ。

 

「何を言うておるのだエイトよ、そのような当たり前の事ーー」

「お父様、お待ちください。

 確かに、人の姿で居られる事は嬉しいですけれど、ずっとという事が難しいのはミーティアもわかっております」

 

 静かに、けれどもハッキリと話す姫様に王の眉が下がった。その様子からして、王もわかってはいるのだろう。

 私も心苦しいが、その方が安全でもあると考えている。本当に、姫様は美少女なのだ。少女から女性への過渡期でこれからますます綺麗になっていくであろう容姿と、その凛とした佇まいでは普通に拐かしに狙われてもおかしくない。ドルマゲスを追っている今、姫様を護衛出来るだけの人材的余裕を常に生み出す事は難しい。忠実な配下でもあと数人居れば……

 ふと、頭を垂れるジョーさんの姿が脳裏に浮かんだが、さすがに無理だ。外ならまだしも人里では危険視される。

 結局、これまで通りという事で話は終わった。

 それにしても、エイトさんは大したものだ。聞きにくい事を確認するとは。ここでハッキリしておかなければこの後の行動に支障がでるのは明白なのだが、それでも王に咎められる内容であろう事もふまえて正面から尋ねるというのはなかなかの度胸だと思う。

 私がその度胸を持てるようになったのは、仕事をし始めて幾つかの失敗をした後だ。感心というより、尊敬に近い思いを抱きつつ最後に積荷を確認して、トラペッタへと飛んだ。

 久しぶりに見る町並みは変わらず、静かな夜に包まれていた。勝手知ったるなんとやらで宿に向かうと女将さんがまだ起きており、すぐに部屋を用意してもらえた。夜食も出してもらい有り難く頂き、それぞれ身体を拭いたり頭洗ったり姫様の身嗜みを整えたりしていたら夜更けも夜更け。流石にくたくたになりベッドに横になった瞬間落ちた。

 翌朝、早朝に目覚め洗濯物を片付け、積んだ荷物を見ながらいくつか気になることを手帳にメモして纏めておく。

 

「洗濯は終わったのかい?」

「はい、それ程溜めてはいませんでしたから」

 

 宿に入るとパン籠を抱えた女将さんが朝食の準備をしていた。

 

「日用品は足りてるのかい? 人数が増えてるみたいだけど」

「道中買い足しているのでなんとか」

「足りないものあったらいうんだよ? 馴染みの店に声掛けてあげるから」

「ありがとうございます。助かります」

 

 女将さんの手伝いをしながら、そろそろ足りなくなりそうなものを思い浮かべる。一応計算はしているが、厳密にしているわけでもないので誤差はある。

 

「それと道中、食あたりとかには注意するんだよ? 最近も行商人のダックさんが腹壊して大変だったとか言ってたからね」

「ああ、それは怖いですよね。気をつけてはいますが注意します」

 

 特に衛生管理の概念の乏しいヤンガスさんとか、ヤンガスさんだったり、ヤンガスさんに。要所要所で必ず手洗いはしてもらっているし、余裕があれば必ず身体を拭くようにしている。たまには風呂に浸かりたいとも思うが、欧風文化なのか湯船に浸かる設備があるところはそう多くない。リーザス村がかなりの例外だ。

 朝食の用意が出来たところで、皆に声をかけ頂く。食べながら再度本日の予定を確認し、食後に散会した。

 


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