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それじゃあこれで。と、退散しようとしたらモリーさんに引き止められた。そしてそのままランクGなる勝負に参加する事になった。『何故だ』とかは言わない。エイトさんともども流されたのは自覚している。多少仮眠は取ったものの睡眠欲求がぶり返してきて眠くて何も考えていなかったというのもちょっと関係しているだろうが。
何も考えていなかったといえば、姫様を浚った不届き者の事も片を付けられていない。あれだけは許さん。絶対に、許さん。何があろうとも、許さん。
「リ、リツさん? あ、あの、やっぱり代わりましょうか?」
「……はい?」
後ろから掛けられた声に振り向けば、恐る恐るといった様子でエイトさんがこちらを伺っていた。何故だろう。盗人に対する怒りが顔に出ていたのだろうか?
しかしそれはともかく代わるというのは……あぁ、この勝負にもならない勝負で、オーナーとして闘技場に立たなければならないという、何とも面倒くさい事を言っているのだろう。エイトさんは自分が集めたわけではないから、自分よりも私の方が魔物が言う事を聞くだろうと言って私を前に出したのだ。先ほどモリーさんの前に差し出そうとした仕返しだろうか?
だとしても、それは特に構わない。私が出ようとエイトさんが出ようと、騎士風さまようよろいさんや何考えているのかわからない不思議生物スライム、絵描き大好き自由チビイカに指示を出す事は出来ない。所謂『めいれいさせろ』が出来ない状態で、戦法などあったものじゃないだろう。というか、そもそもの戦力としてチビイカとスライムという時点で詰んでいる。本当に勝負するというのなら、もうちょっと戦力として確立している魔物に出会えてからだろう。
「っていうか、スライムとか
「……リ、リツ…さん?」
内で呟いた筈の戯言が表に出てしまっていたらしい。素は口が悪いのだが、エイトさんを驚かせてしまったようだ。申し訳ない。本格的に睡眠をどこかで取らないと。
「あぁいえ。大した事ではないです。ちょっと弱い者いじめにも程があるのではないかと、こんなチームを相手にするような輩はどんな性格なのだろうかと、単にそう思っただけです。あと、試合に出させようとした御仁に対しても」
「……えーと……一応、モリーさんは魔物の傷を癒せたりするそうですよ。ランクも一番低いそうですし」
一番低いランク。そりゃそうだ。この面子でそれ以外を勧めてきたら真正のサドだ。ついでに傷を癒すという件だが、モリーさんはこの世で唯一魔物を生き返らせる事が出来ると、その辺のおっさんが声高々に、まるで己が誇るように宣伝していた。それを聞いてますます私は萎えた。
治せるから、生き返らせるから、傷を負ってもいい。死んでもいい。そう言うのだろうか? とは言え、問いただしてみたところでこの辺の倫理観はかなり隔たりがあるので論争する以前の問題だ。
結局、現状の通り流されてしまったわけだが。とにかくさっさと白旗上げてこの場を離れよう。
「大けがさせる前に早々に退散してきますね。ここで時間を掛けるのもあれですから」
「あ」
素で忘れていたらしい。ハッとした顔をするエイトさんに思わず笑ってしまった。
「とりあえず、いってきます」
「はい。気をつけて」
ありがとうとエイトさんに手を振って、私は案内人に従って控室から闘技場へと移動した。
暗い廊下で我らが弱小チームのお三方と合流。光が差し込む扉を潜ると、わあっと歓声が一瞬起こり、そしてすぐに鎮火した。
それはそうだろう。向こうさんはスライムナイトと赤いスライム。赤いからおそらくスライムベスだろう二体。対するこちらは、さまようよろい、スライム、チビイカ。どう盛り上がれというのだろうか。
「さあさあやってまいりました! 本日はランクGのバトルロードがこの格闘場にて繰り広げられます! 城内騒然! 観客応援! オーナー同士は怪気炎!! 第一バトル、行ってみましょうっ!!」
審判兼司会の男はすごく頑張っているが、会場のノリは今一つだ。それでも男は大仰な身振りでこちらを示した。
「赤コーナー! リツオーナー率いるまだまだ新米チーム! ラーミア!!」
……なんかすみません。ラーミアさん、適当にお名前頂戴しちゃって本当すみません。あなたはファミコン版であんなに白くて可愛くて(多分、設定的に)強かったのだろうに……こんな弱小チームの名前になってしまって……
今更ながら、後悔の念が押し寄せてきて思わず目元を抑えてしまった。
「青コーナー! チャップオーナー率いる、スライミーズ!」
チャップって……いや、人様の名前で笑うのは人として駄目だろうけど、厳つい戦士風の男がチャップって……
後悔の念を吹き飛ばすネーミングに、失礼ながらガン見してしまった。
「これは楽しみな対戦となりました! それではバトル開始! レディー!?」
名前に受けていると、さっさと勝負が開始されようとしていた。慌てて私はお三方に「怪我しない様に!」と叫ぶ。
「ゴォーッ!!」
審判の男が開始を合図すると同時に銅鑼が鳴り響き――――
「………………あの、開始ですよ」
「あ、いや……それは理解しているんですけど」
一切魔物たちが動かないのを見て、審判の男がこそこそとこっちに言ってくるが、そんな事言われてもどうしろと。
先方の厳つい戦士さんも何だか焦った様子で嗾けているが、スライムナイトもベス二体もその場を動こうとしない。
次第に観客たちもおかしいと思い始めたのか、野次が入り始めてきた。
「ジョーさん、スラリンさん、プチノンさん。戦いたくないです?」
たぶんジョーさんには通じるのではないかと思って声を掛けてみると、予想通りジョーさんは振り向いた。だが、予想外にも首を横に振って私に膝を折った。
その姿勢は初めて出会った時そのもので、何かを待っているようにも見える。何だろう。こんな場面で出会った時の事をもう一度やれと言っているわけでも無いだろうし……
「………もしかして……怪我しない様にって、言ったから?」
もしやと呟いたら、ジョーさんは顔を上げてじっと私を見詰めた。
「いやいや、でも、怪我はしてほしくないんですよ。わざわざ怪我する必要のない場面で怪我するなんて、おかしくないですか?」
ジョーさんは首を横に振り、相手のスライムナイトをじっと見た。
えーっと? これは、戦士同士というか騎士同士というか、そういう勝負がしてみたい。という事?
「……えっと…スラリンさんとプチノンさんは不参加でもいいですか?」
言ったとたん、青い物体がぶるるんと揺れて私の前で飛び跳ねまくった。
興奮しないでくれ。どっちだ。否定なのか? 肯定なのか? さっぱりわからん。
「スラリンさんは、参加?」
青い物体は鎮まった。……結局どっちかわからん。
「……じゃあ、その、お好きなように」
もう自主性に任せてしまえと言ったが早いか、スラリンさんは物凄い速度でベス二体に飛び掛っていき、ジョーさんはスライムナイトの前に静かに立つとビシリと剣を縦に構えてから切っ先を相手に向けた。スライムナイトもそれを見て何となく嬉しげに剣を引き抜き、切っ先を同じくジョーさんに向けた。そして同時に駆け出し、剣戟の音が響いた。
「おおーっと、これはどうしたことか! 両者いきなり白熱したバトルを開始した! 互いに一歩も引かないまさに接戦!」
ところでチビイカは私の足元でお絵かきをして、私に見せようとしている。……うん。チビイカ。君は
ようやく盛り上げられると張り切る司会兼審判の男の声が剣戟の音を掻き消す勢いで響き渡る中、私はチビイカの描く三つ目の絵を横目にぼんやりと観戦する。
「戦いたいのは本能なのか……それとも私に見せようとしているのか……君もプチアーノンって名前って事は、あの大きなオセアーノンの親戚か何かなんだろうし、大きくなったら火とか吐きたくなるのかもね」
チビイカはきょとんとした目で私を見上げる。
「いやいや、いいよいいよ。君は絵を描いていていいよ。上手だから」
苦笑して言うとチビイカは絵を見て、私を見て、くりんと身体の向きを変えた。
「あ、ちょ!」
気付いて止める前に、チビイカは予想外の速さで混戦状態のベスとスラリンさんの所へ滑るように近づき――火を吐きやがった。
「これは意外! やる気の無かったプチアーノンが火炎の息を吐いたぁ!!
プチアーノンが火炎の息を吐くと聞いた事があるでしょうか!? いや、無い!! これはすごい! このプチアーノンはすごいぞ!!」
実況によると……プチアーノンは火を吐かないらしい。しかし私の前には、ベス、スライムナイト、ついでにスラリンさんを焦がして踏ん反り返っているチビイカが存在する。
ジョーさんは間一髪で避けたようだ。さすがジョーさんだ。だがスラリンさん、やばくないか? ぴくりとも動いてないぞ。
思わず審判を見れば、
「勝利チーム!! リツオーナー率いる、ラーミア!!」
勝敗が決したという事で急いでスラリンさんに駆け寄ると、審判の男に止められた。
「次の試合がありますが、このままスライムを出しますか?」
出すなら、手出しするな。そういう事か。
頭では理屈はわかるのだが、動かない彼らを目にしていると焦りが勝って苛つきが生まれてしまう。
「出させません。そこをどいてください」
少々低い声が私の口から発せられると、審判の男が少しだけ顔を引き攣らせてその場を退いた。すいませんと思いつつも前を通り過ぎ、急いでスラリンさんとベス二体、スライムナイトに駆け寄りベホイミを掛ける。幸い、死亡にまで至ったものは居なかった。回復して身体を起こしてくれて心底ほっとした。
「助かるが……相手の心配をするとは変わっているな」
そんな事をちゃーみーさんだったかちゃっぷりんさんだったか忘れたが、先方のオーナーは言ってきた。目の前で痛そうにしているのにそれを放置しているのはこっちも痛くなってくるのでしょうがない。下手にプライド高くて私のやった事を憐れみと捉えて怒ってこなくて良かったと思いつつ、頭を下げてみんなの所へと戻る。スラリンさんは二回戦に出ないよう腕の中に確保して勝手に飛び出さない様にしておく。
「ジョーさん、二回戦はやりますか?」
一応尋ねると、当然とばかりにジョーさんは頷いた。チビイカは、ぶんぶんと貝殻を振っている。やりたいらしい。
あぁ…気が遠くなる。またヒヤヒヤしなければならないとは……
一回戦の相手が奥へと姿を消し、次いで現れたのは人面樹とピンクの不気味なカエルを引いた女性のオーナーだった。
見た所普通の町娘風の娘さんなのだが、従えているのはカエル二匹と人面樹。カオスだ。この世界の住人はどうしてこうも精神が強いのだろうか。
「第一バトルの劇的な決着に、場内、まだどよめきが治まりません!!」
そりゃまさか、あの戦力にならなさそうなチビイカがフレンドリーファイヤーかましながら、相手方を薙ぎ払うとは思わないわな。
「モンスター・バトルロード、ランクG決戦!! 引き続きどちらのチームも気力充分! 観客興奮!! 彼女の家まで十五分!!」
司会兼審判の男性も、いろいろ大変なのだろう。言っている内容が意味不明だ。
「それでは第二バトル行ってみましょうっ! 赤コーナー、リツオーナー率いるラーミア!!」
やけくそ気味に紹介されているのは私の気の所為だろうか?
「青コーナー! ミーサオーナー率いる人面ブラザーズ!!」
名前がもう……私も人の事言えないが、人面ぶらざーずって……お嬢さん、もうちょっと何とかならなかったのか?
「これはどちらが勝つか予想不可能! それではバトル開始です! レディー!? ゴォーッ!!」
合図と共に、何とチビイカが貝殻振りかぶって飛び上がり、一回転しながらカエルへと鋭利な棘を持つ貝殻を叩きつけた。赤いカエルは、青い液体を吐いてぶっ倒れた。
お嬢さんは顔を引き攣らせた。私も顔が引き攣った。
一番戦う事が困難と思っていたチビイカがまさかのバーサーカー疑惑。後でいろいろ話し合いが必要な気がする。
ジョーさんは人面樹の枝を器用に刈りながら、もう一匹のカエルの攻撃を避けていたが……そちらのカエルもチビイカに叩き潰された。やり過ぎではないだろうかと冷や汗が背中を伝う。チビイカが暴れるたびに場内の歓声が沸き起こり罪悪感を煽ってくる。もう勘弁してほしい。いっそ棄権したいが、ジョーさんの顔が時折こちらに向けられるのだ。やらせろと言っているように見えて、棄権という言葉が喉元で引っかかったまま出て来てくれない。
結局、二戦目も勝敗が決した瞬間ダッシュで駆け寄り相手方のカエル二匹と伐採されてしまった人面樹に祈りつつベホイミしたら、なんとか回復してくれた。本当に良かった。目を丸くするお嬢さんに一礼して、すたこらさっさと引っ込む。
今の所相手のオーナーからクレームが来る事は無かったが、いつクレームが来てもおかしくないような気がする。
「レディースエ~ンドジェントルメン! さあいよいよ待ちに待ったこの瞬間をむかえました。モンスター・バトルロード、ランクG! このバトルに勝った方が栄えあるランクGのチャンピオンに輝きます!!
赤コーナー! リツオーナー率いるラーミア!!」
一息つく間もなく、棄権する間もなく、司会の男にスポットライトが当たったかと思ったら、すぐさま次の試合が始まってしまった。
これはもうあれだ。祈るしかない。虐殺現場にならない事を祈るしかない。
「青コーナー! カワッグオーナー率いるガッツガッツ軍団!!」
現れた先方さんは、むきむきマッチョの覆面男がオーナーで、お手てが鳥のそれで、短い嘴のついた闘牛のような鳥牛(何故か寝てるが)と、ドラクエ五で序盤はお世話になるおおきづちらしき個体。あとは、大木槌を持ったゴリラ。一言で言うとごりおし軍団。
なるほど。これはこちらが虐殺される。でもなぁ…やる気なんだよなぁジョーさんもチビイカも……
「このランクの王者になるのは果たしてどちらのチームか!! レディー!? ゴォーッ!!」
いつでも回復魔法を放てるように身構えていたら、これまでバーサーカーだったチビイカが少し下がったところで貝殻を持ったままじっとしている。ジョーさんはそんなチビイカを庇うように、叩き潰すような攻撃を剣の根元で受け流している。攻撃に回る暇はなく、ただただ回避と防御に徹する姿に、これは無理だと思った。
棄権するため手を挙げた瞬間、それまで微動だにしなかったチビイカが動きを見せたかと思ったらジョーさんの頭に乗っかって火を吐いた。
……火というか、火炎というか……
「こ……こ…これはなんということでしょう!!! 初戦に見せた火炎の息など本気ではなかったということか!! 全てを焼き尽くす業火!! これはまさしく業火です! 勝負ありですっ!!」
唾を飛ばす勢いで司会兼審判の男が勝敗の宣言を叫んだ。
すかさず私はダッシュ。煙を出している先方の魔物にベホマをかける。周囲の気温を数度上げる程の炎が襲いかかったのだ。火傷の重症度でいけば最大のⅢ度熱傷ではないだろうか。すぐに対処しなければ危ない。危ないというか、命を落としている可能性もある。
嫌な汗が出ながら様子を見ていると、かろうじて息があったのか徐々に回復していっているようで心底ほっとした。
ごりまっちょ男の非難するような視線が痛い。私だってこんな事が出来るとは思っていなかったのだ。何でいきなりあんな火力を出したのかさっぱりなのだ。
司会の男の声も耳に入らず控室に戻ると、呆然とした顔のエイトさんが居て、あんな事が出来るなんて知らなかったと言い訳をしてしまった。エイトさんは我に返ると僕も同じですと言って、慰めてくれたが上の観客場へと戻るといろいろな視線にさらされて気力がどんどん失われていくのを感じた。
景品らしいちからの指輪を貰って、モリーさんから何やら言われて、気もそぞろに逃げるようにその場を後にした。
建物から外に出て、ようやく涼やかな空気を吸えた気になって深呼吸をしていると隣でエイトさんが苦笑いしていた。
「急いでドニに戻りましょう。陛下が待ちくたびれているでしょうから」
私もなんとか苦笑を浮かべて目先に意識を戻して言えば、エイトさんは頷いてルーラを唱えた。
あの浮遊感にも大した反応も出来ず、よりダメージが大きい事を経験すると人間図太くなっていくものだなと改めて感じた。……感じたくなかった。