ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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火が出た

 

 籠を持って家の中に入るとアミダさんがテーブルの上に本を置いていた。

 

「これを読んでみな」

 

 置かれた本を手に取る。基本的に本は好きだ。読めれば。

 

「……どうしたんだい」

「読めないみたいです」

「やっぱりかい?」

「やっぱり?」

 

 顔を上げると、手帳を出された。

 

「あ、手帳」

「それはお前さんのだろう? 中を見させてもらったけど、何を書いているのか読めなかったからね。お前さんとこの文字かい?」

「はい。文字体系が違うみたいですね」

 

 だろうなと思っていたが、そう答えて本を返す。

 

「それはあげるよ。しかし言葉が通じて良かったよ」

「えぇ、ほんとに。言葉が通じなかったら泣いてましたね」

「どうだか」

「え。どうだかって、さすがに困りますし不安にもなりますよ」

「ほんとかねぇ」

「ほんとですって」

 

 口を尖らせたら手帳で頭を叩かれた。

 

「不細工な顔してるんじゃないよ。ただでさえのっぺりしてるんだから」

 

 ぐさっときた。彫の浅い私にその言葉はきついんですが。

 

「アミダさん、これ貰うのはいいんですが飾るだけになっちゃいそうです」

「何言ってるんだい。文字を覚えろって言ってるんだよ」

「……」

「何を考えてるんだい。わたしが教えるって言ってるんだよ」

「あぁ」

 

 納得したら、もう一度手帳で叩かれた。痛い。

 しかしよかった。文字だけ見て覚えろと言われたのかと思った。

 

「ほら、やるよ」

「さっそく?」

「さっそくも何も、お前にはメラとヒャドぐらい覚えてもらうからね」

「え?」

「え。じゃないよ、早くお座り」

「はい」

 

 反射的に返事して座ってしまった。貰ったのは魔法についての指導書で、それで文字も魔法を覚えてしまえというのがアミダさんの言。いきなり始まったアミダさんによる講義はなんだかわかるようなわからないような。魔法というものが科学的なものであればわかりやすかったかもしれないが、身体の中にある暖かい光がとか言われてもさっぱりポン。

 二日三日とやっているうちに文字はちょっとずつだが覚えていけている。魔法を放つために必要な魔力の構築陣だとかも覚えていけている。でも、発動しない。アミダさんに壊滅的だと太鼓判を押された。使えたらどんな感じなんだろうとは思うが、使えても使えなくてもいいとぶっちゃけ思っている。帰る手段として使えるわけではないだろうし。

 

「でもなぁ……このままやっかいになるわけにもいかないよなぁ」

 

 何とかして職を見つけて自立して、それからやっと帰る手段を探す事が出来るようになるだろう。道のりは長い。

 

「どうしたんです?」

「んー……ん?」

 

 洗濯をした帰り道、気付けば隣にあの好青年が居た。

 

「エイトさん!」

「こんにちは。久しぶり、ですね。元気になられたようで良かったです」

「はい、そのせつは本当にお世話になりました。お礼も出来ず申し訳ありません」

 

 頭を下げると慌てたような気配がした。

 

「あ、ちょっ、頭を上げてください、お願いします!」

 

 あげたら焦った顔と、近所のおばさんがこっちを見てる様子が見えた。なので、笑っておばさんたちに手を振って置く。おばさんたちは何でもないと思ったのか振りかえしてくれた。優しい。

 

「あ~……本当に大丈夫そうですね……」

 

 私とおばさんの遣り取りを見てか、好青年は苦笑を浮かべた。

 

「はい。みなさんに良くしていただいています。エイトさんも私がどこから来ていたのか調べようとしてくださったんですよね。ありがとうございました」

「あ、いや僕は結局手がかりを見つけられなかったので……」

「それでもお心遣い、嬉しく思います」

「えっと……どういたしまして?」

 

 照れた好青年というのもいいな。こう、素直な様が見ていていい。

 

「これからどうするんですか? アミダさんに聞きましたけど、ここで暮らすんですか?」

「えーと、それはまだ決めかねています。ともかく一人立ちできるようにならないとアミダさんに恩返しも出来ませんから、それが出来てから考えようかと。あ、エイトさんにも」

「ぼ、僕はいいですよ」

 

 手を振る好青年に、私もいやいやと手を振る。

 

「こんなに良くしていただいているのは、エイトさんが連れて来てくれたからだと思うんです。エイトさんが連れてきた人物だからという前提で見て貰えているように感じますから。皆さんに信頼されているんですね。さすが兵士さん」

「いや……その…」

 

 いやぁいいねいいね、その反応。最近の若いもんはこういう素直な反応をしてくれないからつまらないんだよ。素直はお得なのに勿体ない。

 

「……元気そうで良かったです。不安になってないかとか心配でしたから」

「あはは。一応不安はありますけどね?」

 

 いつ帰れるんだろうとか、帰れるんだろうかとか、帰れても職を失って無いかとか、それどころか遅くなって死亡宣告とかされてたら笑うしかないとか。考え出したら本気で落ち込むと思うから、生活基盤がしっかりするまでは考えない様にしている。

 

「でも、まぁこうして元気にさせてもらっていますから。不安だーって叫んで走ってもしょうがないかなって。それよりみなさんと井戸端会議してた方が有意義だし楽しいので、そんなところです」

「そうなんですか……」

「気になる事があるんですか? 不審人物の自覚はあるので、私の事でお困りでしたらなんなりと言ってください。大概の事は協力させてもらいます」

 

 この場所の法律がどうなっているのかは、まだ理解していないが兵士が存在しているのなら上に立つ人間がいるのだろう。ドラクエベースなら、王様とか。そういう人が旅人一人に対して興味を持ったり意識を向けたりする事はないだろうが、万が一絶対的な権力を持った相手に無理難題を言われるような気配があったらさっさと逃げる。

 

「いえ、そうじゃないんです」

 

 好青年は弱く笑って首を振った。

 あんまりしつこいのも悪いので引き下がり、そこで別れたがどうも気になる。そういう時は井戸端ネットワークと思ったが、根掘り葉掘り噂話が上乗せされたものはちょっとなぁと思ってアミダさんに直球で聞く事にした。

 

「アミダさん、エイトさんってお城の兵士さんなんですよね?」

「それがどうしたんだい」

「なんだか悩んでいてるというか、私を見て表情が暗いというか、微妙というか」

「お前変な事したんだろ」

「してないですよ。なんでですか」

「自分の胸に手を当てて考えてごらん」

「当てました。わかりません」

 

 単語メモ帳と化した手帳でスパンと叩かれた。これももう慣れた。慣れた自分がちょっと哀しい。

 

「あれだね、エイトは孤児なんだよ。だから身よりのないよそ者のお前に自分と近いものを感じているんじゃないかい」

「それじゃないですか。何で叩くんですか」

「お前の魔法が進歩しないからだよ。叩けば少しは進むかと思ってね」

 

 いつの時代のテレビだ。

 

「で、今日は何か感じ取れたかい?」

「……どうでしょう?」

「駄目だねこりゃ」

「すみません」

「いいさ、わたしゃ気長だからね」

「アミダさんが私の魔力を操って魔法を出したり出来ないですか?」

「はあ?」

「無理ですか? ほら、私は『何』が魔力なのか全然わからないのが問題なので、それがちょっとでもわかれば進むかなぁと思いまして」

「そんな話聞いた事も無いけどねぇ……やってみるかい?」

「はい!」

 

 ガタンと立ち上がったらお尻を叩かれた。はしたない、らしい。

 

「ついておいで」

 

 飛んでついていく。どうやら思ったよりも私は魔法に興味があるみたいだ。

 街の隅っこにある家の裏に出ると、アミダさんは私の後ろに回って背中に手を当て右手を取った。

 

「出来るかねぇ……」

「お願いしますよ」

 

 はぁとアミダさんは溜息をついて、私の手を前へと向けた。

 

「いくよ」

 

 その声に、半眼になって集中する。何度もやってもらえないだろうから、真剣に。

 ふわりと私の指先に火の玉が生まれた。ちょっと待て。暖かい光など感じなかったぞ。真剣に感じなかった。

 

「メラ」

 

 アミダさんの声で火の玉は石壁へと飛んで行き、当たって消えた。

 

「どうだい」

「………」

「……駄目かい」

「いえ……ちょっと待ってください。すみませんが、もう一度お願いできますか?」

 

 火を出す時に暖かい光がどうのこうのはわからない。だが、別に感じた事がある。

 

「やれやれ」

 

 アミダさんは外した手をもう一度当てて、同じように火の玉を出して飛ばした。

 

「……ちょっとやってみます」

 

 アミダさんに離れてもらい、私は半眼のまま試してみる。

 すると思った通り火の玉が指先に生まれ『メラ』というワードと共に飛んで行った。

 

「……出来たね」

「……出来ました」

「……コツは掴んだかい?」

「…………なんとなく?」

 

 溜息をつかれた。

 いやいやいや、大進歩でしょ。火が出たんですよ。火が。何もないところから。魔法みたいでしょ。いや魔法ですけどさ。ちょっと興奮しちゃってるんですよ。メラですけどさ。

 家に帰っていくアミダさんを追いかける。

 

「アミダさーん、たぶん掴みましたから」

「たぶんだろ」

「でも出来ましたよ」

「まぐれかもね」

「ええ? もっかいやりましょうか?」

「火種はもうあるからいらないよ」

「じゃあ明日から私が竈の火をつけますね」

 

 いきようようと言うと、アミダさんの溜息が大きくなった。

 いいじゃないですか、メラ一つで喜んだって。

 




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