ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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混乱した

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「……ククールさん。これでも本当に一般人なので魔物も怖いし野盗も怖いし、それ以前に刃物を持っている人は全般的に怖いんですよ」

「そうなのか?」

 

 意外だと言わんばかりの顔に溜息が出る。

 こちらでは刃物は子供でも持っているのだから私は過敏反応の部類に入る。そんな事は理解しているが無意識に反応してしまうのは仕方が無い。これでも兵士が持っていた槍とか剣とかに慣れるまで三日ぐらいは必要だった。

 

「まぁ大丈夫っていうのならいいわ。けど、溜めすぎるなよ?」

「そちらこそ溜めこみ過ぎないように。話を聞くぐらいは私も出来ますから」

「そいつはありがたい」

 

 軽く言って笑うククールさん。この反応は何も言わないという事だろう。私から見れば無駄に強がる男の子という感じだ。

 

「あ、戻ったみたいです」

 

 不意に足が動き、立ち上がってみる。

 

「おまっ! いきなり立つな!」

「大丈夫ですよ。椅子を支えにしてますから」

「その椅子だけで支えられるわけないだろ!」

「……確かに」

 

 言われ見れば、立てなければ椅子もろとも転がっていただろう。椅子によっかかっていた分、椅子にあちこちぶつけていた可能性もある。

 

「冷静に納得するなよ……」

 

 額を抑え溜息をつくククールさんに、何となく申し訳ないと謝っておく。

 

「で? 立てるみたいだが違和感は無いのか?」

「えーと――」

 

 足踏みをしてみて、違和感が無い事を確かめる。

 

「無いですね」

「前にもあったのか?」

「あー………二度目、です」

「……魔力切れ――じゃあ無いな。だったらこんなに早く回復するわけがない……」

 

 出来れば真面目に考えないで頂きたい。努めて考えない様にしているのでそう真面目に考えられると、この先身体が動かなくなってしまうんじゃないかとか想像して、怖くて仕方なくなってしまう。

 

「たぶんただの疲れですよ。今までこんなに歩いた事とか無かったですから。それに症状は一度目よりも全然軽いですから回復しているのだと思います」

「そうなのか?」

「はい」

 

 ククールさんは暫し考えるように腕を組んでいたが、私の言葉を受け入れてくれた。そのままエイトさん達が戻ってくるまで雑談をしていたが……何と言うか、ここまで気を使ってくれるとは正直思ってなかった。

 優しい人だろうというのは察していたが、それがそのまま気を配れる人だとは言えない。不器用な優しい人も居る。彼の場合、口がうまいので本心を出さずに人の心配をするというある意味不器用で、器用な事をやっている。

 溜めこまないようにとは言ったが、十中八九溜めこむのだろうと思われ、何とも心配なメンバーが増えたものだと苦笑いしながら眠った。

 翌朝、エイトさんからこの国の王の状態を聞いた。自国の者の話を聞かないのに他国の人間の話を聞くわけも無く、嘆き沈みまくっているという。城で聞いた話の中に、どんな願いも叶える事が出来るという話があり、その話を詳しく知っているらしいお婆さんに会いに行ってみたいと言われた。

 ドルマゲスを追っているのにそんな事をしていてもいいのかとエイトさんは悩んでいたが、王が主君思いの家臣の姿にえらく食いついてパパッと行って来れば問題ないと笑い飛ばした。名実ともにお許しが出たのでエイトさんはホッとした顏で出かけていった。

 興味があったらしいゼシカさんも付いて行ったので護衛だと言ってククールさんも付いていき、ヤンガスさんはいわずもがな。お留守番はいつものメンバーとなった。

 久しぶりに姫様とたっぷり話せ、鬣の手入れを満足いくまで出来た。王は相変わらず錬金に夢中で、釜を見詰めながら不気味な笑いを浮かべている。これ、街の人達が普通の精神状態だったら絶対に見咎められていただろう。直球で不気味ですよと王に指摘するわけにも行かず、思い悩んでいるうちに日が暮れてしまった。

 エイトさん達が戻ってくる気配はなく、これは明日になるかなと思って早めに休む事にした。

 目が覚めた時には良く寝たという爽快感があり、うーんと伸びをして窓を開けると何とまだ夜だった。

 満月が綺麗な夜空に、こりゃ早く寝すぎたかと頭を掻き、どうしたものかと空を見上げたまま眺めてみる。

 むろん、それで答えが降ってくるというわけもなく、それ以前に二度寝以外の道は無いと判っていたので窓を閉めて寝なおそうとした。

 

――――

 

「?」

 

 一瞬、何かが聴こえた気がした。

 締めかけた窓をもう一度開け、耳を澄ませてみる。

 

―――

 

 聴こえた。ぽろんぽろんと滑らかな音。たぶんハープ系の音色だ。

 吟遊詩人でもいるのかと思って寝ようとしたが、どうにも音が気になって外に出てみる。

 小さな音を拾い辿ってみると、城から音が流れているようだった。

 エイトさん達が城に入れたので入っても大丈夫だろうとは思ったが、一人で入るにはちょっと勇気が必要で、どうしようかと迷っていると音は止んでしまった。

 

「………まぁいいや」

 

 行けば良かったとちょっと残念に思いつつ踵を返し宿へと戻る。

 

「お久しぶりです」

 

 不意に声を掛けられた。横を見たら怖いぐらいに整った顔の男性が居て、めちゃくちゃびびって飛びのいた。

 男性は私の反応に目を丸くして、それから「ふふっ」と笑って優雅に腰を折った。手には小型のハープを持っているので、ひょっとすると先程の音はこの男性なのかもしれない。

 

「これは失礼を。どうにも懐かしい気配がしたもので声を掛けてしまいました」

「あ……あぁいえ、こちらこそ驚いてすみません」

 

 丁寧な人………人? 今更気付いたが、この男性、耳が人のそれではない。ドラクエシリーズに何度か出て来ているエルフの特徴である長い耳だ。元々透き通るような白い肌なので、耳の先っぽが月明かりを受けて薄く光っているようにも見える。うむ、実際に見ると非常に奇異に写る。

 

「ようや…お戻りに………ま…たね………よ」

「………え? あ、すみませんちょっとぼうっとしてました」

 

 意識が耳にばかり向いてたので、ちゃんと聞いてなかった。

 申し訳ないと頭を下げると男性は首を横に振った。さらさらと揺れる髪もすごく綺麗だ。青銀というより、露草色で実物として見ると意外と西洋風の顔立ちには合っているのかもしれない。

 

「いえ。ようこそ、異界の客人よ」

「………」

 

 私は唾をのみ込んだ。この男性、間違いなく『異界』と言った。『異界』とは言葉そのままの意味で、この世界ではない異なる世界という意味だ。実際に存在しているとは思われておらず、神話だとかそういう類のものと一括りにされている。

 震えそうになる喉を抑えて、バクバク言っている心臓を宥めて、口を開く。

 

「……異界の客人とは、私の事でしょうか?」

「ええ。私はイシュマウリ。月の光りのもとに生きる者。よろしければ客人の名をお聞かせいただけますか?」

「リツ……です。あの、私がこの世界の人間じゃないと判るんですか?」

 

 問うと、イシュマウリさんは目を閉じた。

 

「貴女の音色は珍しい。この世界には無かった音色です」

「元の……元の世界に戻る方法を、ご存知ないでしょうか?」

 

 気が急ってしまいそうになるのを必死で押し止めて尋ねると、首を横に振られた。

 知らない。と、いう事だ。

 エルフならもしかしてと、そう思った私の期待はあっけなく潰えてしまった。そう簡単に見つかるとは思っていなかったが、長寿で有名な彼らが知らないとなると見つからないかもしれないという可能性が高くなるようで、沈んでしまいそうになる。

 

「残念ながら私には……ですがテアーならば。テアーの一部を宿す貴女ならばそれも可能ではないでしょうか」

「……え?」

 

 イシュマウリさんは目を開き、私の手を取った。

 

「え、あの……テアーって」

 

 戸惑っていると手を引かれ、何時の間にか遺跡のようなところに居た。崩れてはいるが、レンガのようなもので補強された地面で、続く先には石碑のようなものが見える。月明かりだけなので良く見えないが、石碑の上にはシンボルのように動物のような石像もある。

 

「あなたと私はよく似ているようです。

 私は過去の存在と。貴女は現在の存在と共鳴する力を持っている。

 テアーと共鳴した音を紡いでみてください」

 

 振り向いたイシュマウリさんはそう言ってきたが、私には何が何やらだ。

 

「えー……っと。音って、何の事でしょう?」

 

 それに『テアー』もよく判らない。

 イシュマウリさんは私の戸惑いを見て小さく笑うと、手にしたハープをポロンとつま弾いた。

 

「少しお手伝いをいたしましょう」

 

 そう言って奏で始めるイシュマウリさん。そして置いてけぼりの私。

 ハテナが乱舞している私など目もくれず、自分の世界に入ってハープを奏でるイシュマウリさんに『何が何だか』と、戸惑っていると不意に曲が頭の中を流れた。

 多重系民族風音楽。というジャンルがあるかは知らないが、一人の人間が幾重にも声を重ねて作られる民族風の音楽だ。女性ボーカルが幾つもの音階を重ねて重ねて創り上げた世界()は、神の座から堕ちる神を語った物語。厨二と言えばそれまでの、けれど完成された音は美しい曲。

 題材は『堕ちる神』だが詩は神の在り方を語るだけのもので、堕ちる事が強調されているわけでもない。ただ人から視た時の表現がそうなだけだ。私からしてみればどちらかというと『好奇心』と『慈しみ』という印象を受けた曲。

 

「貴女が思い浮かべた音。それがテアーと共鳴した音です。さあ音を」

 

 いつの間にかイシュマウリさんは手を止めていた。

 よく判らないが、今思い浮かんだ曲を奏でてみろという事だろうか? であれば、即答出来る。

 

「無理です」

 

 多重系音楽を舐めてはいけない。中には凡人には聞きとる事さえ出来ない曲があるのだ。そんなものを鼻歌程度しか出来ない私が歌えるわけがない。

 イシュマウリさんは少し困ったように小首を傾げ、やおら微笑むともう一度私の手を取った。

 

「私も一緒に奏でましょう。音を思い浮かべてください」

 

 思い浮かべるまでもなく、さっきからエンドレスで流れている。特徴的なのでなかなか頭から外れないのだ。

 イシュマウリさんは目を閉じると静かに息を吐いて、静かに息を吸い、細い音を紡いだ。

 それはまさしく、私が思い浮かべていた曲の主旋律だった。やっている事といえば手を繋いでいるという、ただそれだけの事。それで私の頭にある曲を読み取ったのかと呆気にとられた。

 

「さあ一緒に」

 

 ぽかんと口を開けて見ていたら促された。

 目の前で主旋律を歌われているので、それを追いかければ無理という事ではなくなった。何の意味があるかはわからないが、流されるままに口を開き八割がたイシュマウリさんに助けられるように音だけを紡ぐ。

 すると、私の中で魔力が勝手に動き始めた。意志とは無関係に蛇口が開き勝手に構築陣を描いて行く。今まで扱った魔法とは似ても似つかない形をしており、しかも大きくて複雑。何なのだろうと思っていると、構築陣から音が流れ始めた。それは紛れも無く今歌おうとしている曲で、しかも主旋律だけではなく幾つかの音が補完されているものだった。驚いている間に構築陣から流れた音がさらに別の構築陣を形作り、そちらからも別の音が流れ始めた。

 繰り返す事十回以上、曲が復元された。こうして改めて聞くと、やはりすごい曲だなと思う。一人でしきりに感心していると、ふわりと身体が浮き上がるような感覚がした。かと思ったら、急に周囲が仄かに光り出した。

 

「目を覚まされましたか」

 

 歌うのを止めてイシュマウリさんは言った。

 私も歌うのを止めたのに、構築陣はまだ音を紡ぎ続けている。

 

「ええ。久し……ぶり?」

 

 私の口が勝手に言葉を発した。

 

「驚いてる」

「客人ですか?」

「そう。口が勝手に動くって」

 

 私はそう言ってくすくすと笑った。

 

「こんにちわ」

「今はこんばんわ、ですよ」

「そうなの。じゃあ、こんばんわ」

「…………」

「…………」

 

 私もイシュマウリさんもいきなり黙り込んだ。かと思ったら二人同時に笑った。

 

「リツさんと言われてましたね。テアーが、貴女に『こんばんわ』と言われたのですよ」

 

 笑いながらイシュマウリさんは教えてくれたが、私の混乱はますます酷くなった。

 

「いや、こんばんわっていうか……あ、しゃべれた」

 

 自分の口を押えたら、またくすくすと私は笑った。

 勝手に自分の身体が動いているという奇異な状況なのだが、不思議と違和感だとか気持ち悪さは感じない。戸惑いは物凄く強いが。

 

「まだ安定しないの。表に出ると貴女は動けない。だから、またね」

 

 ふっと浮遊感が消え、辺りも元の月明かりに照らされるだけの暗闇に戻った。

 

「…………えーと………混乱中なのですが、今の現象は何なんでしょう」

 


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