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「まぁ……ほら、問題が起きたら起きたで対処しましょ。何とかなりますよ」
と言っても、多分エイトさんが対応するより先に私が動いてしまうだろう。ゼシカさんを襲うような事があれば問答無用で氷像にしてやるし、いざこざを起こすようなら眠らせて放置する。そういう人ではないだろうが、そうなったら遠慮はしない。
「リツさん、今わりと酷い事考えてたでしょ」
「へ? 真面目に対策と対応を考えてただけですが。というか酷い事なんて考えるわけないじゃないですか」
「でも顔が怖かったんですが……」
おおっと。
「ド直球に言ってくれますね」
「え? …あ。い、いえ、違うんです、怖いっていうのはそういう意味じゃなくて、ただ単に怖いっていうだけでぜんぜん違うんです」
慌てて弁明するエイトさんだが、全く弁明出来ていない。さすが抜けているお方だ。私は目をすぅっと細めて口元に手を当て、優しく微笑んだ。
「いえいえいいですよ。全然気にしませんよ。昔から考え込むと真顔過ぎて怖いとか言われてきましたから。別に睨んでないのに睨んでるとか言われましたから」
「そこまで言ってないですって!」
「怖い事は認めるんですねぇ」
「え? それはだからそう…あ、いや、その…えっと、だからその、あー」
先頭を突き進んでいるヤンガスさんに視線をやるエイトさんは、明らかに助けを求めていた。全くもう、この青年は本当に素直すぎる。面白くていじってしまうじゃないか。
ニヤニヤしていると肩を叩かれ、見ればゼシカさんに言い寄っていた筈のククールさんが横に居た。あれ? と思ってゼシカさんを見ると、こちらを見て肩を竦めている。
何々? 適当にあしらえ? ……えー、最初の時は庇ってくれたのにもう無しですか? いやまぁゼシカさんに言い寄っているのを見て心配するよりは私が対応している方が安心といえば安心だけど……あれだろうか、私の性格を把握し始めて放置しても平気だと思い始めたとか。
「何でしょう?」
とりあえず肩に置かれた手をどかしてキラキラした笑顔のククールさんに聞いてみる。
「いや、お嬢さんとはあんまり話せてないなって」
「お嬢さんと呼ばれるような歳でもありませんよ」
日本ならまだしもこちらではきつい。苦笑して言うと、ククールさんはにこやかな笑みを浮かべて私の手を取った。
「こんなに綺麗な手の女性をお嬢さんと言わなくて何ていうんだ?」
「手タレ?」
「てた、れ?」
「いえ何でも。気になさらず」
私ごときが手タレだったら世の中手タレだらけになってしまう。
「つれないなぁ。俺はもっと君の事が知りたいのに。お嬢さんは俺の事を知りたいと思わないのかい?」
「……まぁ、そうですね。語りたい事がありましたらどうぞ。ちょっとは興味ありますよ?」
何を話してくれるのかは知らないが、話したい事があるのなら聞こう。耳を傾ける姿勢をとると、ククールさんはきょとんとした顔をした。
「あれ? ケーハクな男は苦手ってタイプじゃなかった?」
ケーハクさはどこへやら。子供のように首を傾げる姿を見ると感情を抑えていたあの夜の姿が甦る。あちらの方が彼の本質に近いのかもしれない。あれが猫だか何かだかいろいろかぶるとケーハク男になるのだから、女だけが役者というわけでもないだろう。
「苦手なタイプはあんまり無いかもしれませんね。面倒だと思うタイプは多いですけど」
「へえ? ちなみにどんな?」
「人の話を聞かない、始終不満を並べてる、空気を読まない、あとは人の嫌がる事をする人、ですかね。パッと思いつくものは」
「嫌がる事をする人も『面倒』って括りなわけ?」
「気にせず相手にしなければそれまでですから。それでもちょっかいかけてくるようなら正面から真剣に相手をしますよ」
笑って言ったら身を引かれた。ちょっと待て、何で引く。
「あー……無理。俺、あんたには手を出せねぇわ」
「だと思うよ。リツさんは強いからね」
額に手を当てて力なく言ったククールさんに、これまた何故かエイトさんが同調して頷いている。
「そういえばお前、ずっと一緒に旅してたのか?」
「リツさんとってこと? 旅は最近始めたばかりだよ」
「それにしてはえらく慣れたっていうか仲良さげっていうか……」
「まぁリツさんだからね。僕もリツさんじゃなかったらいろいろ遠慮してたと思うよ」
「へえ気心知れたって奴か。お前、何か遠慮しそうなのにな」
「え……そう見えるの?」
「なぁんか流されそうな顔してるからな」
「流されそうな顔……」
ダメージを受けているエイトさんを見て、ククールさんは意地悪そうに口に手を当て笑っていた。どうやらククールさんと私はタイプが近いようだ。エイトさんが禿るといけないので今後いじる役目はククールさんに譲る事にしよう。
それはともかく放置され始めたので私は姫様の横に移動。王が錬金の話をしてきたので、相槌を打ちながら出来上がったものを受け取って確認をしていく。特薬草と特薬草で出来上がったのは万能薬。回復能力が高く、毒や麻痺の治療も出来るようだ。確かに万能薬と言って差し支えない代物だ。
ドラクエをやっている時に薬草という『薬』を用いて傷を癒す行為が不思議でならなかったが、実際に効能を目にするとなるほどと納得出来た。薬草を口にした人からホイミの構築陣に似たものが見えたので、一目瞭然だ。
この万能薬はおそらくだがベホマに匹敵するのではないだろうか。これならばかなりの怪我でも口に入れられればなんとかなるだろう。一家に一台ではないが、一人一個は持っていたい代物だ。次なる道具を生み出そうとうきうきしている王には悪いが、薬草を入れさせてもらう。案の定がっかりした顔をしているが、こちらの意図を察しているようで特に反論は無かった。王は理解さえしてくれれば理不尽な事はしないので助かる。
「これは陛下がお持ちください」
「なんじゃ? エイトに持たせればよかろう」
最初に出来た万能薬を返そうとすると王は不思議そうに言った。
「いえ、エイトさんは割と自分でどうにかしますから。それより陛下に持っていただいた方が姫様に何かあったとしても対処出来るかと思いまして」
「おお、なるほど。そういう事ならばわしが持っておこう」
王に万能薬を渡していると隣にゼシカさんが並んできた。
「ねえ、昨日構築陣を描くんじゃなくて、型に流し込んでるって言ったじゃない?」
「あぁ、はい」
なかなかうまくバイキルトの構築陣を描けなかったゼシカさんが、何かコツは無いかと聞いてきたので、生憎意識して描いた事はないと答えたのだが……やっぱり気になっていたか。
「でも、やり方を聞かれても答えようが無いですよ?」
そう言うとゼシカさんは頬を膨らませた。ちくしょー、可愛いな。
「何を話してるんだ? 構築陣って聞こえたけど」
間に入ってこようとするな。あんたはエイトさんをいじって遊んでたらいいだろ。
「何でもいいでしょ」
しっしっと手を振るゼシカさん。が、ククールさんもめげない。
「魔法の事なら俺だって少しは教えてやれるぜ? まぁ回復魔法はお嬢さんの方が上だろうが」
魔法の話にゼシカさんは案の定反応した。
「へえ、魔法使えるの」
「一応な。騎士団で覚えさせられるんだよ」
「何を使うの?」
「バギとかだな」
ゼシカさん、聞いときながら微妙な顔をするのはどうかと思うぞ。気持ちは判らないでも無いが。メラゾーマとか、そういうのと比べると使いどころが微妙というか、とりあえずグループ攻撃だから使ってみるかとか、そんな感じになるし。でも確か飛行系の相手には強かったような……そうでもないような……魔法を使うプレイスタイルでは無かったのでその辺は忘れてしまった。それに実際のところ、バギは鎌鼬のようなものだろうから、威力は剣で切りつけるより下手したら上かもしれない。
「ふぅん」
「ゼシカは何が得意なんだ?」
「馴れ馴れしく呼ばないでって言ってるでしょ」
「じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「………」
何で黙り込むんだそこで。ツンツンしてるくせに妙なところで可愛いところがあるな。
「普通にゼシカさんでいいと思うんですが」
「だろ? ゼシカでいいじゃないか」
「いや、ゼシカさん、ですが」
「だからゼシカだろ?」
そうくるかこの男。……よし。ならばこちらも考えよう。
「判りましたククール様。そのようにおっしゃられるのでしたら、私もそれ相応に応対させて頂きます」
は? という顔でゼシカさんがこちらを見た。
まだまだゼシカさんは私という人間が判っていないようだ。対してこちらを窺っていたエイトさんは諦めたような顔をしているので、何となく予想ぐらいはしているのだろう。
ククールさんは目を瞬かせている。ゼシカさん同様理解していないと見える。ふっ。先ほど話したというのにもう忘れているのだろうか。まぁ彼にとっては覚える必要のない情報だったのだろう。であれば、直接思い知らせてやるのみだ。
腹に力を入れ、私はそれから延々とククールさんに纏わりついた。近づき過ぎず、遠すぎず。呼び名はククール様で言動は丁寧に。けれどちょっと慇懃に。やることなすこと先手を取って口を出し手を出し、私以外ククールさんとは接触させないよう邪魔をして、延々と辟易するまで纏わりついた。
で、ククールさんは二日で根を上げた。
途中ポツリと建っていた教会に泊めてもらったのだが、その中でも変わらず纏わりついていたら教会の人からすごい目で見られた。どうもそれが致命傷だったらしい。文字通り床に膝をついて頼むから止めてくれと言われた。ゼシカさんはそれを見て腹を抱えて笑い。エイトさんは遠い目をして見て見ぬふりをし、事情が呑み込めていなかったヤンガスさんはおろおろしっぱなしで、王は我関せずで寝ていた。
結局、情けない姿を見れた事で満足したのか、ゼシカさんはククールさんに名前で呼ばれる事を許した。ククールさんが『ゼシカさん』と呼ぶと笑いが込みあがってきて仕方なくなったというのが大方の理由だろうが。
「……だからリツさんは強いって言ったんだよ」
「悪かった……俺が悪かった……」
教会を後にしてから、馬車の後ろの方でこそこそ話している二人に近づくと、あからさまにきょどられた。
「二人ともワザとらし過ぎますよ」
前を行くゼシカさんに聞こえないよう言えば、エイトとククールさんは顔を見合わせた。
「………どこからばれてた?」
ククールさんの問いに私は首を傾げる。
「えーと……確証を得たのはたった今、ですね。
昨日の夜、エイトさんと外で何か話をしていたでしょう? それで朝起きたら膝ついて謝って。さっきもこちらを釣る話の内容をされてましたから」
たぶん、きっかけはどうあれゼシカさんとの壁を壊す一端を担わされたのだろう。結果から見れば私は見事に利用されたというわけだ。
「……ほとんどばれてるよ、ククール」
「釣るっていうか……本音しか言ってないんだけどな」
そこは本音なのか。そんなに強いとは思わないんだが。感じ方は人それぞれだから文句はないが。
「なぁ、あんたはリツって呼んでもいいのか?」
「どうぞ。拘りはありませんから」
「………なんかそれもつまらないよなぁ」
「ククール……」
「いや茶化してるわけじゃなくってさ、リツって落ち着き過ぎてるから」
「あっ、ククール。リツさんの事、年下とか思ってる?」
「いや? 俺より上だろ?」
私とエイトさんは顔を見合わせた。
「ククールって、いくつ?」
「二十」
じゃあ、当たりだ。
「どうしてわかったの?」
「どうしてって……まぁ、なんだ。あんな事があったのに取り乱しもせずにお前らの面倒を見てたからな」
はっとした顔のエイトさんに、ククールさんは慌てて手を振った。
「やめやめ。暗くなるのは無し。で、リツっていくつ?」
「二十三」
「あ、思ったより若いな」
「なるほど。どつかれたいんですね。了解です。渾身のメラを――」
「待って待って待って! リツさんそれは待って!」
暗くなりそうだったのでここは一つボケでもかまそうかと思ったら、本気でエイトさんに止められてしまった。いくらなんでも最大火力のメラを人にぶつけるなんて出来ないのだが、私はエイトさんにどういう目で見られているのだろうか。
「お前何慌ててんだよ、メラぐらい平気だって」
さらっと言ったククールさんに、エイトさんはくわっと目を見開いた。
「甘い! ものすごく甘い! リツさんのメラはメラじゃないんだよ!」
エイトさん、それどっかで聞いたセリフだ。何だっけ? これはメラじゃないメラゾーマだ。だっけ? 逆か。メラゾーマじゃない、メラだ。か? あれって誰のセリフだっけ。長男がふははははと笑いながら真似をしていた記憶があるが元ネタが思い出せない。
「はあ? メラは所詮メラだろ」
「違うんだよ! 構築陣いじってて、もうメラって言うのもおかしい威力なんだよ! あぁもう説明するより見た方が早いか。リツさん」
「あ。やっていいんですか?」
「面倒なので」
最近エイトさんがはっちゃけてきたような気がする。
とりあえず余裕綽々のククールさんの前で精度ゼロ、威力最大のメラを空に向かって放つ。
破裂音はしなかったが、空に綺麗な華が咲いた。たーまやーとか言いたかったが自重してククールさんを見ると、口を開けたまま固まっていた。
「ククール。あれ、喰らって平気?」
ククールさんに尋ねるエイトさんの目は、据わっていた。
「…………俺が悪かった」
呟き、こちらを見るククールさんの目は恐怖に染まっていた。
とりあえず私は見た目だけ派手なメラを二人にぶつける事にした。
2014.06.09 誤字訂正(ご指摘ありがとうございます)
2014.06.12 誤字訂正(ご指摘ありがとうございます)
2014.10.14 誤字訂正(ご指摘ありがとうございます)