ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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目が覚めた

 

「おや、目が覚めたかい」

 

 木の天井を眺めていると横から声を掛けられた。

 横を見ようと思うが身体が動かず、眉間に皺が寄る。

 

「あぁ動かなくていいよ。お前さん、魔法使いだろう? 魔力を使い果たして倒れたんだよ。倒れたのが街の中で良かったね」

 

 声からして年配の女性だと想像していると皺の入った顔が視界に入った。灰色のフードを被った年配の女性は、大変失礼だが第一印象は魔女。

 

「わたしゃアミダ。薬師だよ。お前さんはリツだね?」

 

 魔女じゃなくて、くすしだった。まぁ魔女だって薬を作るイメージがあるからあながち間違ってはないと自己満足してから声が出せない事に気付いた。

 ちょっと考えてから瞬きを間隔を開けて二度ずつ繰り返ししていると、年配の女性は笑った。

 

「わかったわかった。瞬き二つは合っているということだね?」

 

 二度、瞬き。

 

「エイトには魔法使いではないと言ったそうだね?」

 

 二度、瞬き。

 

「お前さんは僧侶かい?」

 

 一度、瞬き。

 

「だろうね。あの恰好で僧侶とは思わないよ。今まで魔法を使った事はあるかい?」

 

 一度、瞬き。

 

「無いのかい……それでこの症状というのはねぇ……暴発でもしたのかね?」

 

 一度、瞬き。

 

「違う。いや、わからない、かい?」

 

 二度、瞬き。

 

「まぁ魔法使いでなけりゃわかるわけもないね。今身体が動かないだろ? それはね、魔力を持った人間特有の症状なんだよ。持っている魔力を完全に使い切ると身体を動かせなくなるんだ。お前さんが連れてこられた時、お前さんに魔力は感じられなかった。怪我もしておらんし、ここまで歩いてきたというなら病気でもない。そうなったら、魔力を使い切ったんじゃないかと思ったんだよ。こうして目を覚ましたお前さんからは魔力を感じるからね、たぶん当たりだ」

 

 一度、瞬き。

 

「わからない、かい」

 

 二度、瞬き。

 

「もう少し眠れば起きられるようになるだろうさ。そうしたら話もできる」

 

 二度、瞬きをして私は目を閉じた。

 

 考えた所で身動きどころか会話すら出来ない状態では仕方が無い。それより休ませてくれる場所がある事にほっとした。詰所で見せられた地図で理解したが、ここは私の生活圏とはかなり離れた場所だ。距離の問題ではなく、いろいろな意味で。そんな場所で日本円が使えるとは思えなかったし、カードなんて論外だろうと思った。無一文状態でどうしようかと真面目に考えていたところでいきなり身体が動かなくなったので、予定を立てる事も出来ずに運に全てを託す事となったが、結果はバンバンザイ。放り出されなくて良かった。街の外に転がされてたら詰んでた事間違いなし。

 

「よくお眠り」

 

 後押しする言葉に、私はもう一度眠りに落ちた。

 だが思ったようにはいかないのが世の常。もう一度目を覚ましても私の身体はうんともすんとも言わなかった。かろうじて液体を飲み込める程度で、年配の女性が言うにはさらに二日眠り込んだところでやっと起き上がれた。

 起き上がれてすぐお手洗いに行った。魔力などというものが回復したというより、単純に女としての何かを守るために身体が動いたような気がしないでもない。鬼気迫る勢いで放った第一声が「お手洗い貸してください」だったものだから、年配の女性も呆れていた。それでも一人では歩けず、年配の女性に支えてもらうという情けない有様なのには変わらない。

 ベッドにもう一度横になって、枕元に年配の女性が座りやっと話をする態勢となった。

 

「それで、具合はどうだい?」

「おかげさまで。何とか動けそうです。ありがとうございます」

「礼ならエイトにするんだね。ここまで来れなきゃお前さんは魔物の餌だったろうよ」

「はい。えいとさんにも感謝しています」

「魔法は本当に使った事が無いんだね?」

 

 男だとか三十歳だとか、そういう話じゃない。こんな年配の女性が魔法使いの話を持ち出すというのはそれはそれで怖いが、そっちの魔法使いじゃないのは分かっているので落ち着いて答えられる。

 

「生まれてこのかた、一度もありません」

「エイトとここまで来た時には歩いていたと聞いてるしねぇ……ただ、今のお前さんからは魔力を感じるのは確かだね。三日も寝てそれだけしか動けないって事はよっぽど大きいのか、回復がよっぽど遅いのかどっちかかね」

「アミダさんは魔法を使われるんですか?」

「ちょっとだけだよ。メラとヒャドだけさ。薬を作る時に重宝するからね」

 

 ……ドラクエか? ドラクエなのか?

 

「ホイミとかは」

「薬師だよ? 適性がありゃ僧侶でもやってるよ」

 

 ドラクエか。……どうするんだこれ。自宅までの道のりがこれ程遠いと感じたのは初めてだ。次点は財布の中百円で定期切れてた時だ。五時間歩いて帰った。後で同僚に話したらタクシーで家まで帰ってそこで待ってもらって払えば良かったのに、と言われた。全くその通りだった。ここでその手は使えない。

 

「お前さん、とうきょとかいう所から来たそうだね。どこだいそれは」

「……どこなんでしょう」

 

 答えがあるなら私が聞きたい。

 

「えいとさんに地図を見せてもらったんです。世界地図を」

「それで?」

「わかりませんでした。私が居た場所がどこなのか」

 

 年配の女性は溜息をついて曲がった腰をいっそう丸めた。

 

「まぁあやつらは甘いからね。普通はそんな重要なもの見せないよ。地図なんてよそ者に見せるようなもんじゃないって事は、お前さん、ちゃんと覚えときな」

 

 そうなのか。

 

「はい」

「このトロデーンの南は山脈が横たわっている。開通しているのは南西の洞窟一つだけどね、魔物が多い。あとは東のトラペッタだけど、お前さんはそっちから来た様子じゃない。

 エイトはお前さんを連れてきた後、見つけた場所に戻ったそうだ」

「え?」

「お前さんがどちらから来たのか、何かわからないか探したんだろうね」

 

 おお、なんていい子なんだろう。

 

「それで木の幹に印があるのを見つけたそうだ。それを辿ってみたが、途中で無くなっていたと言っておった。場所は山脈に近い森の中だね。

 その印をつけたのはお前さんかい?」

「はい」

「印が途中からなのは何でだい?」

「そこからつけたからです」

 

 年配の女性は眉間に皺を寄せた。

 

「おっしゃっている意味はわかります。うまく説明出来ず申し訳ないのですが、私は突然その場所に立っていたんです。思うに、バシルーラか何か受けたせいじゃないかと思うんです」

「バシルーラ? なんだってそんなものを」

「私にもわかりません。可能性の話で本当にバシルーラなのかもわかりませんし……すみませんが、私の持ち物はここにありますか?」

 

 ひょっとすると詰所の方で管理されているかもしれない。

 

「あぁ、あるよ」

「見て貰ったらわかると思いますが、ここでお世話になったお礼になるようなものがありません」

「はあ?」

「本当に図々しいとは思いますが、まともに動けるようになるまでもうしばらくお世話になる事は出来ないでしょうか? 動けるようになったら働いて返させて頂きますので。どうかお願いします」

 

 よっこいせと起き上がり、正座して頭を下げる。

 

「……頭を上げな」

 

 頭を上げると、手を取られてじっと見られた。

 

「お前さんが元いたところでどういう立場にあったのかは知らないからね、何をさせても文句を言うんじゃないよ」

「はい。ありがとうございます」

「いいからもう寝るんだよ。早く動けるようになって働いてもらうからね」

「はい」

 

 ちょっと笑ってしまったら、睨まれた。

 いやぁどうなることかと思ったが、いい人に出会えて本当に良かった。問題は山積しているが、一先ず餓死の可能性が低くなった事に安堵して寝た。

 安心したのが良かったのか翌朝にはしゃっきりと目が覚めてばっちり起き上がれた。昨日までの重い身体はどこへやら、すごく軽くてスキップしそうなぐらいだ。

 

「アミダさん、おはようございます」

「………なんなんだろうね、お前さんは」

「何をさせてもらったらいいですか?」

「………そこの野菜を切って鍋にいれとくれ」

「はい」

 

 籠の中に用意されていた野菜を手に取る。

 

「大きさとか切り方とか、適当でも大丈夫ですか?」

「いいよ。あんまり大きくなきゃね」

 

 ごろごろでは無し、と頭に入れて芋っぽい野菜とかの皮をナイフでむいていく。ちょっとナイフが果物ナイフみたいな感じで包丁とは違うので感覚が違うが、二個目ではもう慣れた。鼻歌は自重して黙々と野菜をむいて切って鍋に入れる。

 

「アミダさん、水はどのくらい入れます?」

「ひたるぐらいだよ。水瓶はそこ」

「わかりました」

 

 水を汲んで鍋に入れ、あとは火にかけるのかなと振り向こうとしたら、アミダさんは横に来て竈を示した。了解と鍋を置くと、今度は指を一つ立てて竈に向け、

 

「メラ」

 

 小さな火が飛び、積んであった木に着火。景気よく燃え始めた。

 

「珍しいのかい?」

「はい。私の周りでは魔法を使う人は居ませんでした」

「そりゃ辺鄙なとこだね」

「そうかもしれません。他にする事はありますか?」

「そうだね……そこの鍋を取って水を入れて火に掛けるんだよ」

 

 一つ上の棚にあった大きな鍋を取って水を入れ、よっこいしょと火にかける。

 

「向こうの外に盥があるから取っておいで」

 

 はぁい、と外に出て立てかけてあった木の桶のような盥を取って戻ると隣の寝ていた部屋に置くよう言われ、部屋から戻れば井戸からその盥に水を汲むよう言われた。木桶を持って五回程繰り返したら、沸騰した鍋のお湯を入れるよう言われそうする。と、新しく水を入れてまた火にかけるよう言われ、出来たと思ったら布を渡された。

 

「湯をつかって身支度するんだよ」

「あ……ありがとうございます」

「お前が自分で用意したんだよ。いいからさっさとおし」

「はい」

 

 わーいと隣の部屋に行き、アミダさんが着せてくれたのだろう貫頭衣をすぽっと脱いで、はたと止まる。お湯を目の前に素っ裸で悩むのもあれなので、思ったままに先に頭を洗う。シャンプーとかないが、とりあえずホコリとかよごれとか流す。それから盥の中に体育座りになって布を濡らし、ごしごしと身体を擦る。

 

「入るよ」

「はい」

 

 アミダさんが服を持って来てくれたので、布を絞って身体を拭いてそれに着替える。脱いだ服をたたみ部屋を出るとテーブルに野菜のスープとパンが用意されていた。

 

「アミダさん、この服はどこで洗濯したらいいですか? あと、お湯の始末を教えていただけますか?」

「後で教えるから、先にご飯にするよ」

「はい」

 

 指さされた籠に洗濯物を置いて椅子に座る。アミダさんと向かい合わせで、何やら食前のお祈りとかあるかなと見ていると何も言わず食事が始まった。ちょっと拍子抜けしてこっそり手を合わせてスプーンを手に取り野菜スープを口にする。おいしい。塩気はちゃんとしている。

 

「お前はわかりやすいねぇ」

「え?」

「口に合ったんならいいよ」

「はぁ」

 

 ご飯を食べると力も湧いてくるようで、後片付けもちゃっちゃと済ませた。湯を捨てるのもベッドに使っていたシーツも合わせて洗濯するのも問題ない。川まで行く事もなく、井戸で水を汲んで手を動かすだけなので、ちょっと疲れる程度だ。絞るのは大変だったが、近所のおばさんに手伝ってもらってしまい私自身はあんまり苦労しなかった。どうもここの人は人懐っこいというか、よそ者に対する排他的な性質というものを持ち合わせていないようだ。単純にそれだけではない様子もあるが、何にしてもありがたい。

 シーツを物干し竿ならぬ物干しロープにひっかけて止めていると、家からアミダさんが出てきた。

 

「それが済んだらこっちへおいで」

「はーい」

 


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