22
氷を溶かす作業は難航した。温度がかなり低く狙い重視のメラでは簡単に溶かせなかったのだが……これは完全に予想外。舵取りに邪魔になりそうな出っ張りは優先して溶かしたが影響が無さそうな箇所は未だ溶かしきれず。
「頑張ってください」
隣で地味な作業に付き合って励ましてくれるエイトさんに泣き笑い。
「リツ嬢さんはすごい魔法使いだったんでがすね」
ヤンガスさんの呟きに空いてる手を振って否定。
「炎より氷の方が得意なのね」
どこの
口と片手はメラで忙しい。
「けど、魔力は大丈夫? さっきからずっと使ってるけど……」
ゼシカさんに指摘された瞬間、横から腕を取られた。
「いやいや、大丈夫ですって」
「でも最初に倒れた時、直前まで平気そうにしていたじゃないですか」
邪魔をしたエイトさんに心配無用と主張したが、古い話を持ち出されてしまった。
「そうですけど、身体がだるくなるような感じはしませんから」
「……本当に?」
信用無いな。ははは。……はぁ。
「ねえねえ、あとはもう勝手に溶けるんじゃない?」
「そうでがすよ」
「いやぁ船体にダメージを与えたくないのでなるべく早く溶かしたいんですよ」
先程から船員の視線が気になって気になって仕方が無い。修理費払えとか言われても払えない。あぁ胃が痛い。
「と言うことで、本当に大丈夫ですから。後始末させてください」
再度、心持ち言葉を強めて主張すると、しぶしぶという感じでエイトさんは放してくれた。
早速メラを再開するが効率が悪いのも事実だ。何か手はないものか………狙いに容量を喰われているが、それを落とすのも――いや待て。私が狙わなくてもいいのでは? 認識させられればホーミング出来るんじゃないのか? 何かそれっぽい魔法はあっただろうか。回復補助魔法の全体系とか? ピオリムにそれらしい機能あったか?
単体対象の補助魔法と構築陣を比べてみるが、違いはかなりある。元々の効果自体違うのだから当たり前だ。メラやヒャドほど遊んだわけではないのでどの部分がそれかわからない。
うーんと唸る間に片側がなんとか溶け、もう片方にまわる。
メラやヒャドで狙いをつける部分はわかっている。であれば同じ位置関係にある箇所が、攻撃と補助の違いはあるが同じ機能を持っているのではないだろうか。
ちょっと試したくなったが、ホーミング先がエイトさんとかになったら惨事だ。ここは自重しておとなしく連発していよう。
隣からの視線が痛いが、確かにこの連発量ならメラと言えどもMPは二百は越えている。魔法を習ったばかりの私がバカスカ撃てる量じゃ無い気もするが使えないよりは使えた方がお得だ。何故とか考えても判るわけがないので時間の無駄。それより構築陣の解析をしていた方が面白い。ノリはリバースエンジニアリングだ。一度設計書があてにならないという恐ろしい現場に当たって根性だけはついた。図々しさも身についてしまったが。
そうこうするうちに港に近づいている。氷のほうもほとんど溶けてくれたようだ。
船員に礼を言われながら下船して、地面に足をつけるとほっとした。あまり揺れを感じないといっても、地上はほっとする。
積み荷を積む間に陛下と姫様を呼びに行こうとして、奇妙な声を聞いた。
「――なんて、ひどスキル~」
声というか、内容。ギャグのように感じたが発言者と思われる人物は綺麗な赤い髪の女性。町娘の姿ではなく頭にサークレットをした魔法使いのような姿だ。とてもギャグとか言うような人には見えない。どちらかと言うと神秘的という感じだ。トラペッタの占い師さんよりよっぽど占いとか当たりそう。
何にしても気のせいだと判断して視線を戻そうとした瞬間、女性がこちらを見てきた。
「そこのあなた」
しかも呼び止められた。
「リツさん?」
「あぁ、えっと……」
足を止めた私に気づいたエイトさんは、私の視線の先を見て納得したように頷いた。
「その人にあったスキルが何かを見るのが得意みたいですよ。僕は剣と槍とブーメラン、格闘でした。ヤンガスは斧と打撃、鎌と格闘と人情だったっけ?」
「兄貴は勇気も言われてたでげすよ」
「あぁなんだかよくわからなかったから」
忘れてたと笑うエイトさん。
「陛下と姫様に声をかけてきますから、見てもらったらどうですか? 面白いですよ」
エイトさん……もしかして意外と旅を楽しんでる?
根を詰めるよりいいが、これまた予想外だ。ここで断って気を使われるのも今後の事を考えると好ましくない。むしろこれくらい気楽にいたほうがストレス発散になっていいだろう。
「じゃあお言葉に甘えますね」
辻占いの一種だろうと思って見てもらう事にする。
エイトさんと別れて近づくと、女性はいきなり語り始めた。
「スキルとは育む技術。スキルとは新たなる発見。スキルとはその人の歩みし足跡なり。
私は知り得たスキルの知識を広めるために旅をしています。あなたも良ければあなたに合ったスキルについて聞いて行かれませんか?」
「一回おいくらですか?」
料金表が無いので確認しようとすると首を横に振られた。
「お代は不要です。目的はスキルの知識を広める事ですから」
「そうなんですか」
何とも良心的というか、辻占いというより布教活動のようだ。
「じゃあ教えていただけますか?」
「ええもちろん。あなたに合ったスキルは家事と読書……読解、いえ解析ね。家事は日常生活における家庭作業一般の事よ。磨けば誰もが羨む素敵なお嫁さんになれるわ」
ここに来てまで花嫁修行か。相手も居ないのにそれを言うか。ちょっと悲しくなるじゃないか。
「解析は読み解く力ね。あらゆる物事を解明する力よ。鍛えればあなたに読み解けない事は無くなるわ」
論理的思考の事だろうか? 日々発生する問題を解決すべく頭をフル回転していたので、そのお陰かもしれない。もしそうなら、ちょっと嬉しい。
「この二つのスキルはかなりのレベルに達しているけれど、まだあなた自身自覚していないスキルがあるみたい……音………唄、かしら」
目を細めて私を見る女性に、私はハテナと首を傾げる。
音楽の成績は良くも悪くもない。楽譜は読めるので触ったことがある楽器なら一応音を出せるが、唄となると音痴なので得意かと言われるとノーだ。練習すれば得意になるという事だろうか?
「ごめんなさい。唄かどうかはちょっと判らないわ。近いものを言っただけなの。『音』に近い何かだと思うけれど当てはまるものを私も知らないわ……既にあなたは沢山の音を取り込んでいて、それが何かの効果を生み出すと思うのだけれど……」
「音を取り込む?」
「歌や音楽をよく聞いてるのではないかしら?」
「あぁ、仕事以外はずっと音楽を聞いていました」
「たぶんそれが大きな力になるのだと思うわ」
音が力? サウンドボム的な? よく判らないな。そんな魔法あったっけ?
「もう一つは……眠り……眠る事?」
おいおいおい。この人本物か? 寝る事が技術かと問われると疑問だが、ここのところ寝坊をしている身としては思い当り過ぎて怖い。
「違うわね……眠る事はただの切っ掛けに過ぎないわ」
「切っ掛け?」
「私にはまだ見えないけれど、眠る事であなたの中に眠っているスキルが目を覚ますみたいね」
寝たら目覚めると? ややこしいな。
「あの、そのスキルとかいうものですけど、目覚めちゃったら問題があるようなものだったりしたりします?」
「いいえ。言ったでしょう? スキルとは育む技術。スキルとは新たなる発見。スキルとはその人の歩みし足跡なり。あなた自身の力をどう扱うのかはあなた次第よ」
いや、でもさ、眠る事で『寝だめ』とか『二度寝』とか身に付いたらどうするんだ。目覚まし時計の無いこの世界で、めちゃくちゃだらしない事この上無いじゃないか。
「あとは愛ね」
………あい、ですか。
家事に解析。これは判りやすい。音はいまいち判らないが、それでもまぁ何かの技術なのだろうと推測は出来る。寝るのも、行動の一つととらえれば何とか。でも愛って何だ。愛って。
「家族愛や友愛、恋人への愛、そういう方向性を伴ったものとは少し違う気がするの。もっと大きくて純粋で底が見えないわ。その愛がさらに強く深くなったら……あなただけの世界が見えるかもしれないわね」
私だけの世界。それって……
「……どうやったら強くできますか?」
「そうね……きっと沢山の出会いがあなたに力を与えてくれるのだと思うわ」
「出会い……」
こちらに来てからいろいろな人に出会った。トロデーンを出てからも、行く先々で言葉を交わす程度には出会いを重ねている。それで元の世界に戻れる何かを掴めるのだろうか。トラペッタでもそうだったが、曖昧すぎて指標にならない。
「それにしてもあなたは不思議ね。旅をしている女性なら短剣か鞭、杖のスキルを持っている人が多いのだけれど……どれも無いのね」
遠回しに戦闘能力無いと言ってるのか。そうかそうか。地味に気にしてる事を……目の前で泣いてやろうか。そう思ったがエイトさん達の姿が見えたので礼を言って話を打ち切る。
「どうでした?」
「謎でした」
合流したところで聞かれたので、歩きながら即答する。
「謎?」
「家事、解析、唄、寝る事、愛。そう言われました」
「……寝る事?」
エイトさんはそこを突っ込むか。愛じゃないところに私とは性格が違うのだなと感じる。
「正確には寝る事ではなく、寝る事でスキルが目覚めるらしいです。今の段階では何のスキルか判らないと言われました」
「へぇ……そうなんですか」
「二度寝とかだったらどうしようかとかなり本気で心配しています」
「いや、それは流石に無いですよ」
「そうでがすよ」
エイトさんヤンガスさんに否定されるが、個人的には真面目に心配だ。
「何の話じゃ?」
「その人に合ったスキル……技術の総称と思われますが、それを見る事が出来る人が居たのです。エイトさんやヤンガスさんは戦闘系のスキルについて話を伺ったみたいですから、私も何かお役に立てればと思い聞いたのですが、見事に戦闘系スキルがありませんでした。それどころか『寝る事』で目覚めるスキルがあると言われたのです。それが役に立たなかったらどうしようかと思っていまして」
ふむふむと王は御者台で納得するように頷くと、気楽に手を振った。
「心配要らんじゃろう。リツは既に優秀なんじゃ」
「確かにリツ嬢さんの家事は頼りになりやす」
「そう言っていただけると少しは気が楽になりますが……」
二人みたいに戦闘系のものがあればなと思わずにはいられない。あったとしても腰が引けてダメダメかもしれないが、それでも無いよりはあった方がいいんじゃないかといろいろ想像してしまう。
あんまり考えると凹むのでエイトさんとヤンガスさんのスキルに話をスライドさせると、船着き場まで二人がどれだけ戦闘特化しているのかという事を詳しく聞く羽目になった。私だって魔法で多少はと思うが、どうも詳しい話を聞くうちにスキルというのはドラクエ6にあった特技に近いような印象を受けた。
私の『寝る事』って、遊び人だったりしたら微妙だ。そういう素養が全く無いとは言わないが、戦闘中に遊び始める非常識さは流石に無いつもりだ。
内心ぐるぐる考えつつ船着き場の桟橋まで行くと、ゼシカさんの姿があった。どうやら私達を待っている様子。
「もうこっちの準備は終わってるわよ!」
ゼシカさん、その胸元が開いた服でぶんぶん手を振るのは如何なものだろう。私の精神に致命傷に近いダメージを与えてくれるが、男共には別の影響があるだろう。と思ってちらっと見るが、エイトさんは「ごめん、遅くなった」と普通に返しているしヤンガスさんはちょっとゲンナリしたような顔をしている。王に至っては姫様に話し掛けていて気付いてすらいない。
エイトさんはともかく、ヤンガスさんの反応がマイナス値なのは謎だ。ヤンガスさんは女にあまり…………あれ? そうするとエイトさんを持ち上げているのは……いや………ちょっとそれは……流石に精神衛生上……
「いいですよね、リツさん」
「エイトさん、問題が発生したらすぐに言ってください」
「は? はい。問題というわけじゃないですけど、いいですよね?」
……何が? あまりの想像内容にみなさんの話をまるっと聞いて無かった。
「もう! 聞いてなかったの? あなた達もドルマゲスを追ってるなら旅の目的は一緒なんだし、一緒に行こうって言ってるの。それにリツに魔法の事を聞きたいし」
「あぁ、そういう事でしたか。私は構いませんが……ゼシカさん、ご両親が心配されていると思います。せめて同意を得られないでしょうか?」
「無駄よ。仇を討つと言っても全く理解されなかったんだから、何を言っても無駄。私のやりたいようにするわ」
うーん。そうは言っても心配しない親は居ないと思うのだが……。親御さんに何か言われたらその時はもう頭を下げるしか無いか。
「判りました。王も宜しいですか?」
「戦力が増えるのなら歓迎じゃな」
微妙な顔をしているヤンガスさんはスルー。たぶんエイトさんが頷いている時点でヤンガスさんに異論は無いだろう。というか、本当に想像の通りなのか? 生憎近場にそういう人が居なかったのでどう接したらいいのか判らないのだが。どうしよう。
「うん。きっといい旅になるわ。これからよろしくね!」
ゼシカさんの輝く笑顔が眩しい……
2014.04.06 誤字修正(ご指摘ありがとうございます)