ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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久しぶりに海を見た

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 頭が意味を処理出来ていないのか、やや間が空いてからみるみる赤くなった。何か言おうとしているが、口はぱくぱくしているだけで音を伴っていない。

 まさに鯉。見ていて非常に面白いが、あんまり意地悪するのも可愛そうなのでここらでやめにしよう。

 

「判ってますよ。エイトさんは抜けているところがあるって陛下から聞いてますから」

「……え」

「姫様も同意されてましたよ」

「え!?」

「お二人とも理解されているからいいものの、気を付けないと誤解されますよ? 特に姫様。あんなに可愛い子はちょっと居ませんよ。婚約されてるみたいですけど、エイトさんも狙ってるんじゃないんですか?」

「ええ!?? いや、僕はそんな……身分だって違うから」

「でも陛下はエイトさんの親代わりですよね?」

 

 後見人と言った方が正しいかもしれないが、王を後見に持つという事はトロデーンでは相当な地位を得ていると言っていいんじゃないだろうか。

 

「それは公にはしていないので……」

「王位継承権の事があるからでしょう? 姫様と一緒になるなら関係ないと思うんですよね。トロデーンが自国だけで立って居られないならともかく、安定しているなら他国の人間を入れなくてもいいんじゃないかなぁなんて」

「いや……ほんと、もう勘弁してください。さっきの事は謝りますから」

 

 流石に国の事なので無責任過ぎると思って最後はぼかしたが、弱り果てたエイトさんの様子にこれはちょっとやってしまったかもしれないと思った。

 姫様の様子を見ていると、エイトさんの事をかなり気に入っている感じがする。エイトさんも仕事だから守っているという風ではないから、もしかするともしかするかも。自覚が無いだけで自覚してしまえばそうなるかもしれない。既に婚約までしているというのなら覆そうとすると国同士の問題に発展する。

 エイトさんならそういう事に気付くだろうからトロデーンとしては大丈夫かもしれないが、エイトさんの気持ち的には大丈夫ではないだろう。

 まぁ今の段階ではっきりした事は言えないので要らぬ心配かもしれないが、今後不用意な言葉を吐くのは止めよう。

 

「すみません。でもちょっと面白かったです」

「もう……」

 

 ふて腐れるエイトさんに笑い、腹の痛みも引いたのでよいしょと立ち上がる。トーポさんがこちらを見上げているので大丈夫と腹を軽く叩いて見せる。瀬戸際で遮ってくれたのには感謝だ。

 姫様の様子を見てくると言って外に出て馬小屋に行くと、姫様はすぐに気づいて立ち上がった。

 

「お休み中でしたか。すみません」

 

 そう言うと姫様は少し下がって足をたたんだ。招かれているようなので遠慮なくそこへ行って、近くにあった小さな台を寄せて座る。

 

「いろいろと考えていたんですが、合図を決めてはどうかと思って相談に来たんです」

 

 姫様はコテンと首を傾げた。いやぁやっぱり可愛いなこの子。……いやいや見とれている場合ではない。

 

「地面を三度踏むと休憩にするとか、そういう事を決められないかと思いまして。どうでしょう?」

 

 姫様はぱちくりと目を瞬かせてから、私の言いたい事を理解してくれたのか、大きく頷いた。ならばと私も必須と思われる合図を提案する。あんまり複雑にするとお互いに覚えていられないので本当に必要最低限の、怪我・痛い、水・食事、花摘みの三つだけ。他にもあげれば限りがないがとりあえず今はこれを覚える。最初の二つはエイトさんと王にも後で伝えておくとして、花詰みは乙女の秘密だ。

 決める事を決めてあとは馬用のブラシでブラッシング。気持ちよさそうにしている姫様を見ながら、先程の事を思い返した。エイトさんに姫様の事を持ち出した事もだが、それ以前に不安にさせるような言動をしていた事は大いに反省。なかなかうまくいかないものだ。

 宿へと戻ると既にヤンガスさんは鼾をかいていた。王の姿は見えないので、たぶん入れ違いで姫様のところへ行ったのだろう。エイトさんは布団を頭までかぶっているので寝ているのかまだ寝ていないのか判断に迷ったが、とりあえずおやすみなさいと声をかけて私も横になった。

 二敗をきっしているので絶対寝坊しないと心に誓って眠ったのだが、夢も見ない眠りから目覚めると日はとっくに昇っていた。まだ朝と呼べる時刻だったのでマシと言えばマシだが、こうも寝坊するというのは何か変だ。と、自分を誤魔化しながら朝食をいただく。

 エイトさん達はアルバート家に行っているらしく、戻ってきたら私を起こして出発する予定だとおかみさんに話してくれていたので、とりあえず荷物を纏めて馬車の用意をしておく。そうしている内にエイトさんとヤンガスさんが戻ってきた。

 

「お早うございます。ゼシカさん大丈夫でした?」

「リツ嬢さんも見てたんでげすか? あの親子喧嘩」

 

 親子喧嘩になったか。理由までは知らないが、自由がどうのとか私に旅の事を聞いてきたりしたのだから家出でもするのだろう。

 

「昨日、帰り道でそれらしき事を言われていましたからね。一波乱あるんじゃないかなと思っていました」

「一波乱というか、お兄さんの仇をとるって言って最後は母親に勘当されてて……」

 

 余所のお宅の事情を目撃してしまったという顔のエイトさんに、あの少女ならさもありなんと私は肩を竦めた。

 

「準備は出来ていますが、出発しますか?」

「はい。この辺りでの目撃……そういえば言ってなかったですね。ゼシカさんのお兄さんを殺したのはドルマゲスでした」

「……そうでしたか」

 

 一瞬「聞きましたよ」と言いかけた。あれはトーポさん情報なので知らないふりをしておかないと。あぶないあぶない。

 

「村の人の目撃情報も無いので、たぶんこの先に行ったんだと思います」

「リーザス村の先というと、港ですね」

「はい。ちょっと距離がありますが」

 

 頭の中に地図を広げて距離と移動時間をざっと計算する。

 

「食糧は十分ありますから大丈夫でしょう。道中も魔物は少ないでしょうし」

 

 苦笑して言うと、エイトさんも苦笑して「そうですね」と返してくれた。

 じゃあ行きますかと荷台に居る王に声を掛けて村を出る。暖かな陽気の中、長閑な草原を進んでいるとピクニックをしているような気分になってくる。ヤンガスさんとエイトさんが話してなければ危うく寝そうになるところだ。

 

「――って何だったんでがす?」

「……ん?」

 

 半分寝かけていた。何やらヤンガスさんに聞かれたようだが聞き取れなかった。

 

「すみません、何ですか?」

「リーザス像の塔で言ってたでげすよ。後で話すって」

「後で話す?」

 

 なんだろうと思い記憶をあさってみたところで、あぁと思い出した。後で話すというか、後で説明すると言ってヤンガスさんにエイトさんを追いかけてもらった事だろう。陛下にも話しておかないといけないが、ヤンガスさんには話してもいいものか……変に利用されるのも嫌だが……。いや、逆に反応を見るというのではいいかもしれない。内容が内容なので吹聴されたところで早々信じる者も居ないだろう。

 

「実は私の周囲では魔物が眠ってしまうんです」

「寝る? なんででげすか?」

「さあ? 私にもよくわかりません」

 

 ヤンガスさん、あっさりと信じたな。

 

「その代り、離れると活性化するようです。トラペッタでもリーザスでも魔物が多かったのはそれが原因だと思われます」

「ええ!?」

「なんじゃと!?」

 

 ヤンガスさんと一緒に王がぐりんと首を回してこっちを見た。

 

「お主、魔物を寄せるのか!?」

「違いますよ」

 

 私が言うより早くエイトさんが王の言葉を否定した。

 

「寄せるのならこうして一緒に居る時の方が襲われます。でもそうじゃ無いんですから逆に鎮めているのだと思います。その分、離れてしまった時は活発になるんじゃないんでしょうか」

「へー」

「ほー」

 

 同じような反応を見せるヤンガスさんと王。姫様も驚いたような顔をしていたが迷惑そうな様子は見られなかった。それにほっとした。『魔物を鎮める』と表したエイトさんのおかげもあるだろう。

 

「では、リツの傍に居れば安全じゃな」

「絶対とは言い切れませんが」

 

 楽観的な王に釘をさしておく。

 

「それと、この事は口にしないでいただけますか? あまり耳にしない内容なので」

「なるほどの。それもそうじゃな」

「わかったでげす。兄貴に誓って誰にも言ったりしないでげす」

「ありがとうございます」

 

 と礼は言っておくが、王はその場のノリで口を滑らせそうなのでそんなに期待はしていない。

 

「そういやリツ嬢さんは魔法を使うんでげすね」

「まぁ教わりましたので……話しませんでした?」

 

 エイトさんが。

 確か話していたように思ったのだが。

 

「回復魔法を使えるのは聞いたでげすが、攻撃魔法は知らなかったでげすよ。いきなり火を投げられて驚いたでげす」

 

 あぁ、攻撃魔法の方か。

 

「ふん。リツは回復魔法も攻撃魔法も嗜んでおる。どっかの山賊風情とは違うんじゃ」

「なんだと!?」

「はいはい、そこまで。ヤンガス落ち着いて、陛下もリツさんが頼りになるのはわかりますけどあんまり負担を掛けないでください。愛想尽かされても知りませんよ」

「ぬ……」

 

 エイトさんの一言に、王がチラチラとこちらを窺ってきたので愛想笑いを浮かべる。

 

「だ、大丈夫じゃ。リツならばそのような事はせん。せんじゃろ?」

 

 黙って愛想笑い。

 

「リ、リツ?」

 

 手綱から片手を離し慌てたように意味も無く振り始めたので口を開く。

 

「陛下が トロデーンの民を想う王(陛下) である限り」

「そ、そうじゃな。わしはわしじゃから大丈夫じゃよな」

 

 ほっとしたように手綱を握りなおす様子を、ヤンガスさんが意地悪そうに笑って見ている。その向こうでエイトさんが諦めた笑いを浮かべている。平和だ。

 道中野宿をしたが、その間も魔物に襲われる事なくご飯も落ち着いて食べる事が出来た。

 潮の香りがしてきた頃には眼前に海が広がり、思わず足を止めた。

 

「どうしたリツ」

「あ、いえ……海だなと」

 

 日本海ではなく太平洋を思わせるような明るい海に、不思議なものを感じる。ドラクエに海はあったが、ドット絵のイメージしか無いから現物がある事に軽い違和感を覚えているのだろう。そもそもトロデーンの人達も魔物も ドット絵ではない(現実) なのだから当たり前ではあるが、無意識の部分がまだ現実逃避していたようだ。

 

「久しぶりに見たので何となく眺めてしまいました」

 

 ヤンガスさんもエイトさんも海に対してそれ程反応は無く、私と同じように反応していたのは姫様だけだ。きっと城から外に出る機会が少ないためだろう。そう考えると今の状況は大変だが、実際にその目で実物を見れるという機会には恵まれている。悲嘆に暮れないこの子ならそういうものを見て自分のものにしているかもしれない。望めばだが、未来の女王としていろいろなものを見てもらうのも楽しそうだ。

 海岸沿いに進んで港についたのは夕方。先に宿だけ確保しつつ根回しを完了。宿の人が王に慣れる間は宿に居ようと思い聞きこみをエイトさんに任せたら、なんとゼシカさんを連れて帰ってきた。

 

「あ!」

 

 目が合った瞬間ゼシカさんは駆け寄ってきたが……あの、何でそんな露出すごい服になってらっしゃるんでしょう。肩は出てるし胸元も露わだし、これでロングスカートじゃなかったら酒場で働きたいのかと突っ込むところだ。いや、その前に貞操観念についての話し合いが先か。

 

「あなたも来ていたのね」

「こんばんわ。ゼシカさんは船に?」

 

 海を渡ろうとするとは、規模の大きな家出だ。

 

「そうよ。怪しい奴が海を渡ったって聞いたの。きっと兄さんを手にかけた奴だわ」

 

 ……そういえば家出じゃなくて仇討ちか。そんな事は止めて村に戻って親御さんを安心させたらどうかと思うが、この少女は聞く耳持たないだろうな。

 

「だけど海の魔物に邪魔されて船が出せないって言われちゃって。そんなの私が退治するって言ったのに、やらせてくれなくて」

「それはまぁ……ゼシカさんに怪我をさせては事ですし、専門の人にお願いした方が安全ですから」

 

 アルバート家の名とゼシカさんの認知度がどれ程か不明だが、この港町の人が知っていれば絶対に魔物退治などさせないだろう。いいとこのお嬢さんに怪我させたとあっては大変だ。

 

「でも早くしないと逃げられちゃうから、この人にお願いしたの。明日朝になったら出発するわ」

 

 と言ってエイトさんを示すゼシカさん。エイトさんは苦笑いを浮かべていた。様子からして、成り行きの線が濃厚そうだ。

 

「では私達もその船に?」

「僕とヤンガスで行きます。退治出来れば一旦戻って荷を積むそうです」

「……退治するという魔物の正体はわかっているんですか?」

「大きいというのはわかっていますが……ここらの主みたいですけど」

 

 海の魔物。嫌な思い出は3の『だいおういか』あたりだ。あの系統に全滅させられかけた事が何度もある。大きな魔物といわれてそれが頭に浮かんだが、もしそれだったらかなりキツイ。

 

「私も行きます」

「いえ、リツさんは陛下と一緒に居てください。出て来なくなるかもしれませんし」

「あ……そうか」

 

 うーん。しかしなぁ……『だいおういか』を相手にした時にはイオラを覚えていたような気がする。イオラであの反応をしたエイトさんは、そこまでの魔法は使えないだろうし……攻撃力から考えてもブーメランで『だいおういか』は無謀なような……

 

「すみません、やっぱり一緒に行きます。出てこないようならルーラで戻りますから」

「気になる事があるんですか?」

「海の魔物にいい思い出が無いだけです。回復役は居た方がいいでしょう?」

「……前には出ないでくださいね」

 

 お? 渋られるかと思ったら、あっさりと許可が出た。

 

「もちろん。前に出たら完全に足手まといになる自信があります」

「威張って言わなくても……」

 

 ふふっと横合いから声が聞こえ、見ればゼシカさんが口元に手を当てて笑っていた。

 

「あなたの旅の連れってこの人達だったのね」

「ええ、こと魔物との戦闘に関しては頼りきりです」

「魔法が使えるんでしょ? あ、違うわね、回復魔法という事は攻撃魔法は苦手?」

「んー……どうでしょう。実は回復魔法も攻撃魔法もあんまり使った事が無いんです。なので実戦となるとちょっと。メラとかヒャドは出来るんですけどね」

 

 言って軽く火を出して見せ、すぐに消す。極小の火を見たゼシカさんはどことなく残念そうな顔をして肩を竦めた。

 

「なんだ、思ったより頼りないわね」

「はは。そういう事なので頼りきり、という事です。ホイミとキアリーは確実に出来ますから」

「魔法使いというより僧侶なのね」

「役割分担としてはそちらが近いですね」

「まぁいいわ。回復役がいるなら安心だもの。明日はよろしくね」

 

 バイバイとゼシカさんに手を振られ、こちらも軽く手を振って部屋に入って行くのを見送る。

 

「言わないんですか?」

 

 不思議そうな顔のエイトさんに、人差し指を口元に立てて見せる。

 

「実戦で使えなければ使えないと同義です」

 

 というのは建前で、気の強そうなゼシカさんとあんまり衝突又は気を惹きそうなネタを作りたくなかったというのが本音。だからメラミとかイオとか使える事は秘密。

 

「確かに……自分の手札はあまり見せない方がいいですよね」

 

 いや、そういうつもりでは無いのだが。しきりに納得されてもちょっと困る。エイトさんは本当に素直な人だ。

 

「明日は早いですからもう休みましょう」

「それもそうですね……って、ヤンガスさんは?」

 

 大抵エイトさんと一緒に居るはずなのだが、見当たらない。

 

「ヤンガスなら酒場を探すって言ってました。あまり遅くならないようにとは言ってますから大丈夫ですよ」

「ヤンガスさんってお金持ってましたっけ?」

「魔物を倒して手に入れたお金はヤンガスと分けてるんです。ヤンガスは要らないって言いますけど」

「………一つ聞いていいですか?」

「なんです?」

「ヤンガスさんって、強いんですか?」

「強いかどうかと言われると困りますけど……単純に力だけなら僕よりもありますよ」

 

 それはまぁ見た目から想像は出来る。

 

「一人で魔物を倒せるぐらいには強いですか?」

「この辺りの魔物はどうかわかりませんが、トラペッタ辺りなら十分じゃないかなって思います」

 

 そうか……


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