ドラクエは5か6までしかしていません   作:send

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真面目に話した

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 日も暮れた暗い草原を少女と二人で歩き、リーザス村へと戻るとわんぱく坊主の片割れ、鍋頭の子供が駆け寄ってきた。

 

「ゼシカ姉ちゃん!」

「マルク」

「もうすっげー心配したんだよ!」

「ごめんごめん。心配かけちゃったわね」

 

 しゃがんで子供の頭を撫でる少女はいいお姉さんの表情だ。見た目からきつそうな印象を受けるが、子供に対する態度を見ると気が強いだけで優しい子なのだろう。

 

「そうだ、ゼシカ姉ちゃんも風呂入らないか? そっちの人にってポルクがお湯を沸かしてたんだ」

「お風呂?」

 

 あ。そういえばあの子に押し付けてた。

 少女の視線に笑って頬をかく。

 

「宿のおかみさんに言って設備だけ貸してもらったんです。お湯を沸かしているところでゼシカさんの話を聞いて、そのまま飛んで出て来てしまったんですけど……その後沸かしてくれてたの?」

「うん! ポルクと一緒に!」

 

 えっへんと胸を張るわんぱく坊主に苦笑が漏れる。これだけ自信満々に胸を張れるというのは周りの大人が大らかなのだろう。いい村だ。

 

「ゼシカさん、どうですか?」

「そうねぇ……じゃあ入っちゃおうかな。まだ家に戻る気分じゃないし」

「では行きましょう」

 

 と、言ってからエイトさん達の事を思い出して足が止まった。

 

「あの兄ちゃん達ならもう入ってるぞ。お前が「みんなで入る」って言ってたからってもう一個の方も沸かしたんだ」

「え? もう一個あったの?」

 

 なんと。それならば最初から二つ……用意してないか。どうせ女は私一人だから先に入ってもらってただろう。という事はのんびり入れるという事だ。これはうれしいかもしれない。

 

「知らなかったのか? ついでだからって村のみんなも入ってるぞ」

 

 ……イモ洗い状態かもしれないな。あまり期待はしないでおこう。

 

 トーポさんは宿に戻ってもらって、子供の先導で村の隅にある小屋に行くと確かに人が何人か見えた。見える人はシスターやおかみさんや年配の女性など、女の人ばかりで男の姿は無い。聞けば村の反対にあるとの事。覗き防止の為らしい。沸かす側からすれば面倒な作りだ。

 宿のおかみさんに少女ともどもタオルを借りて小屋の中に入る。ちょっと浴場を覗くとさっき出てきたシスターが最後だったのか誰もいなかった。ラッキー。

 服を脱いで寒い寒いとお湯をかぶりさっさと頭と身体を洗ってしまう。トリートメントが無いから髪が傷むかと思っていたが、なんちゃってシャンプーを使っているせいかそこまで酷い事にはなっていない。こちらに来て伸びた髪を纏めて細い木の棒で止め、湯船につかって、ほぅと息を吐く。湯船につかるのはいつぶりだろう。

 少女も遅れて湯船に入って来ると同じように息を吐いていた。湯船とは万国共通のリラクゼーションなのだろう。

 

「あら? あなた背中に模様があるの?」

「へ?」

 

 弛緩しきっていたところ、腕を引かれ後ろを向かされた。

 

「ほらここ」

「うひゃひゃ」

 

 いきなり背中を指で撫でられて変な声が出た。

 

「ここに羽みたいな模様があるの」

「ちょ、ちょっとくすぐったい……」

「くっきり羽の形になってるわ」

 

 話を聞けよ。くすぐったいんだって。

 身を捩って少女に向き直ると、興味津々と書かれた顔があった。

 

「ねえ、それ何なの? あなた人間?」

「人間ですよ。というか背中にそんな模様があるんですか?」

「知らなかったの?」

 

 知らない知らない。背中に地図なんて持ってたっけ?

 

「すごくくっきりしてるの。白いから本当に羽みたいよ?」

「はぁ……そうなんですか」

 

 ちらっと浴場を見るが鏡のようなものは無い。湯船は揺らいでいてよく見えない。……まぁいいか。別に跡があろうがなかろうが死にはしないだろう。顔とか手とか見えるところに無いなら見苦しくもないだろう。

 

「そういえばあなたの顔立ちってめずらしいわね」

「そうですねぇ。師匠には『のっぺりしている』とよく言われました」

「のっぺりって……酷いわね」

「あながち外れてもいないのが辛いところです」

「辛いって……ふふ。全然そうは見えないわよ?」

 

 笑う少女があんまりにも可愛いので、ちょっとふくれっ面になってみる。そしたら益々笑われた。軽やかな笑い声が響いて、その響きに十代っていいなと何となく思った。

 のぼせない程度に温まり、少女とわかれて宿に戻るとエイトさんが待ち構えていた。魔王並みの威圧感を漂わせて。

 頭の中で勇者の挑戦が鳴り響いたが、全く勝てる気がしない。……ふざけてないで真面目に話さないとまずいな。

 

「只今戻りました」

「おかえりなさい」

 

 やべえ。声が平坦だ。表情も無い。

 

「リツさん」

「はい」

 

 怒っているのか何なのかも判らないので、全神経を集中させ即座に返事する。

 

「リツさんはどうしてついて来てくれるんですか?」

「……はい?」

「リツさんなら一人でもどこでも行けそうじゃないですか。トロデーンに拘らなかったら旅する必要なんてないじゃないですか」

「え……いや、それはまぁ」

「旅をするにしても僕らを気にしなければもっと早く動けるんじゃ――」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 だんだん早口になっていくエイトさんを慌てて止める。無表情だと思ったのは、単に感情を出さないように固めていただけだったようだ。今はもう強張っているようにしか見えない。トラペッタでもこの兆候は見られたが、何がそれをここまで顕わにさせたのか……

 宿には王もヤンガスさんも居ないので、この状態のエイトさんを見られるという心配が無くてほっとしたが、とにかく早急に何とかしないと駄目だろう。

 

「ルーラ、使えるんじゃないんですか?」

「ルーラ? 一応、使えるとは思いますけど」

「じゃあどうして故郷に戻らないんです」

 

 えーと……

 

「戻らないっていうか……戻れないんです。アミダさんがキメラの翼をくれたんですけど、駄目でした。どこにも飛べませんでした」

 

 だから魔法(ルーラ)は駄目だと思って調べようと思わなかったのだ。一番可能性が高いと思ったのがルーラだったから。

 『え?』という顔のエイトさんに苦笑して、情けない事実を明かす。

 

「迷子なんです。本当に正真正銘の。どの方角にあるのかも、それどころかこの世界にあるのかどうかもわからないところが、私の故郷です。どうやって戻ったらいいのか皆目見当がつかないので、こうしてエイトさんにくっついて情報でも集めようかなんて都合のいい事を考えています。

 もちろんアミダさん達を元に戻したいと思っていますから、協力させてもらえるなら一緒に居たいと思っています。駄目なら一人で元に戻す方法を探そうと考えています。まだまだ慣れない事が多いし魔物は怖いですけど」

「慣れないって……何でも出来るじゃないですか……」

 

 エイトさんの腕を引いてベッドに座ってもらい、自分も向かいのベッドに座る。

 

「どの辺りが何でも出来るように見えました?」

「だって……陛下と話す時の口調とか、ミーティア姫とすぐに打ち解けたり、町の人に囲まれた時だってみんなを落ち着けて、魔法だって回復魔法も攻撃魔法も使えて、イオラも使えるんでしょ? イオラが使えたら城の魔法使いと同じぐらいなんですよ?」

「他には?」

「他……お金も薬草が作れるから稼げて……宿の人ともすぐに親しそうにして……いつも笑ってて……本当に魔物まで寝てしまうなら、戦う必要なんてないって……思って………僕が…僕は足手まといなんじゃないかって……」

 

 酷く苦しげに最後の言葉をエイトさんは吐いた。

 いろいろと思う事はあるが、それは後だ。

 

「私は二十三歳です。エイトさんより五歳年上です。

 なので、五歳分の虚勢を張っています。ほら、年下の子に侮られるのって悔しいじゃないですか。弱味を握られたら負けたって思いません?」

「負けって……そういう問題じゃ」

「ないですよね。判ってます。勝ち負けなんて子供じみた発想です。

 でもそうでもしないと自分の立ち位置が判らないんです。自分に価値があると見せなければ立って居られないんです」

 

 笑いながら、根性で身体が震えそうになるのを堪える。

 エイトさんに要らないと言われたら一人だ。先の見えない不安を直視しなければならず、覚悟はしたが結構しんどい。

 我ながら寄生しているなとは思っていた。でも正直なところそれも有りだと思っていた。互いに有益ならばそれでいいではないかと。

 

「本当に情けない話なんですけどね……価値が無いと必要ないって思われるんじゃないかって、一人になっちゃうんじゃないかって、それが怖いんですよね。でもまぁ……」

 

 エイトさんが自分をそんな風に思ってしまう原因が私にあるのなら覚悟は決めねばなるまい。

 

「私はぐっ!」

 

 覚悟を決めて話そうと思ったら腹に衝撃を受けた。しかも鳩尾。抉られるようなそれに息が詰まって一瞬意識が飛びかけた。

 

「トーポ!? 何やってるんだ!」

 

 鳩尾抑えてベッドに転がりせき込んでいると慌てた感じのエイトさんに背中をさすられた。いや、うん、痛いのは腹であって咳は副産物なんだけどね。

 それにしてもトーポさん、いきなり何するんだ。昇天させる気か。と思ったら目の前にトーポさんのちっちゃな後ろ姿が見えて、エイトさんに向かって火を吐いた。エイトさんは仰け反ってそれをかわしたが、ちょっと前髪が焦げている。

 

「と、とーぽさん」

 

 キレのあるボディブローをかましてくれたトーポさんをとりあえず鷲掴み。『何するんじゃ』的な顔をされたが、それはこっちのセリフだ。火事にする気ですか。

 

「……話を戻しますが」

「いえ、いいです」

 

 はぁと息を吐き出してエイトさんは床に座り込んでしまった。じたばた暴れていたトーポさんがそれを見て大人しくなったので手を離すと、ぴょんと床に飛び降りてエイトさんの膝に乗った。

 

「あー……やだな」

 

 片手で顔を覆うエイトさん。

 

「リツさんがあっけらかんとしてるからそんな事を考えてるって思わなくて……リツさんの気持ちも考えないといけないって判ってたんですけど……ごめんなさい」

「いえ、それは全然大丈夫ですけど……むしろ能天気ですみませんというか……」

「この先どうなるのか判らなかったから、リツさんが魔物に襲われないって聞いて一人でも平気なんだって思ったら急に不安になってしまって……」

 

 エイトさんは顔を覆っていた手を外すとこちらを見た。

 トラペッタの町で見たような不安そうな顔では無い。どこか吹っ切れたような顔だ。

 

「リツさん。一人じゃ大変なのでこれからも一緒に来てくれますか?」

 

 恥ずかしげな顔と共に言われたが、この子は理解しているだろうか。

 そのセリフは一歩間違えれば大きな誤解を生むのだが。

 

「やっかいな体質? を持っていますが、それでもいいと言ってくださるなら喜んで一緒に行きます」

「よかった……」

 

 えへへと笑うエイトさんに、こちらも笑みがこぼれる。

 

「ところでエイトさん。さっきの言葉ってプロポーズみたいですね」

 

 笑っていたエイトさんの顔が固まった。


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