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「えーと、ですね。先ほどの少女は頼みごとがあるにも関わらずその内容を言いませんでした。内容が言えないのは場合によってはあり得る事ですから良しとしても、家に来てほしいと思うのなら案内するのが礼儀ではないかと。それと、陛下の姿が町の人に不安を与えてしまうかもしれないという事を気にしているなら、失礼です」
というか、舐めている。それは不気味な王と自分が関わっていると見られたくないからという思いの表れではないのか。いくら子供だからといって自分の思いだけを通そうとするような行為は……私もしてたのか……そうか、私もしてたんだなぁ……
内心凹んだが表には出さず毅然とした態度を貫く。少女は少女、私は私だ。むろん、私への批判は正面から受けよう。さあ来いとばかりに微妙な顔をしている三名を見詰める。
「そ、そりゃそうでげすが……」
一番に口を開いたのはヤンガスさん。それを受けて王も頷いた。
「う、うむ……しかしの、見ればミーティアと同じ年頃の娘じゃ。わしを見ても怖がっておらんかったし、ここはひとつあの娘のためにひと肌ぬいでやろうではないか?」
怖がってたら頼みごと聞いてくれないので、演技かもしれないという事も含めて言ったつもりだったんだが。
うーん……まぁ王がいいなら私が止める理由が無い。このメンバーの主導権はあくまでも王だ。
「陛下がそうおっしゃられるなら、私としては異論ございません」
「で、ではエイト。行って話を聞いてまいれ。わしは姫のところにおるからな」
「わかりました」
「あっしも行きやす。どんな話か気になりやすからね」
「リツさんは休んでいてください」
「そうじゃ。お主は休んでおれ」
じゃあ私は王と一緒に姫様のとこに居ようかと思ったらエイトさんと王に口を挟む間も与えられずストップを掛けられた。よっぽどさっきの事が気になったんだろう。二人の表情から察するに、私が無理をしているんじゃないかとかそんな事を心配しているようだ。
今後は二人の様子も見ながら動こう。こう気遣われるのは慣れないというか、はっきり言って苦手だ。アミダさんのドエスな発言が恋しい。
王を見送りヤンガスさんが部屋を出て、エイトさんも見送ろうとしたら腕を掴まれて手のひらを上にされた。そこにぴょんと、ご老体であるトーポさんが飛び乗った。
「一応用心です。トーポはチーズを食べたら火を吹きますから」
「…火?」
「僕らが戻るまでドアには鍵を掛けて開けないように」
「はぁ」
ネズミが火を吹くという点はスルーでいいのか? それともこの世界のネズミは火を吹くのか? まぁ電気ネズミがいるんだから火吹きネズミがいたって不思議じゃない。のか? ここってドラクエベースだよな??
私が混乱している内にエイトさんは行ってしまい、謝りそこねた事に気付いた時にはがっくりと肩を落とした。
「あー……なさけない」
「そんな事は無いと思うがの」
「いやぁ年下の若い子にまで心配されるのはちょっと無いですよ」
「年下? お前さんは年上なのか?」
「たぶん年上ですよ。エイトさんは十代後半でしょ?」
「十八じゃな」
「ほらやっぱり。私二十三ですもん」
「二十三? なるほどの、どうりで見た目に反して大人びていると思ったわい」
「見た目って……」
……? 私、誰と会話してるんだ?
ぎぎぃと首を巡らせると、膝をついている私の横にちょこんとしゃがみ込んだ人間形態のトーポさんが居た。
「……トーポ、さん?」
「そうじゃよ」
「………ドルマゲスの呪いは?」
「わしは自分で変化しておるんじゃ」
こめかみに指を当てる。トントンと指で叩いて呑み込めない情報を一個ずつ頭に入れ、整理をかける。
「トーポさんは、自分でネズミの姿になっていた。呪いは関係ない。そういう事ですか」
「そうじゃよ。お前さんはわしの姿が見えておったな」
「あぁ……ポケットの中でミニマムサイズのトーポさんが膝かかえて身体丸めている姿を見た時はエイトさんの神経を疑いました」
「あの時はあせったわい。よく言わずにいてくれたな」
「いやぁ……なんとなく」
恐かったので。というのは黙っておく。
「して、お前さんは何者じゃ?」
「と、言いますと?」
むしろその問いは私が聞きたいのだが。ネズミに化けるご老体。しかもチーズを食べると火を吹くとの事。
「お前さん、人とは違う気配をしておる」
「奇遇ですね。私もトーポさんは人とは違う存在ではないかと思っていました」
ピクリとトーポさんの尖った耳が動いた。
「いや、しかし……お前さんのそれは竜神族のそれではない……」
りゅうじん? りゅうじんって言ったら、竜人? ドラクエなら竜に纏わるものが多いからたぶん竜人だろう。
「竜でしたか。なるほど、それで火を吹くと」
「お前さん、驚かんのか?」
……。
「えぇ!? 竜なんですか!?」
「わざとらしいわい」
ダメだしされた。
「お前さんは竜神族では無いようじゃな」
「違いますね。竜とかいう生命力強そうな遺伝子は有していません」
「生命力か……そうじゃな。お前さんの力は不思議じゃ」
「はぁ。不思議なんですか。あ、すいません椅子に座りましょうか」
床に膝をついたままだったので立ち上がり、トーポさんに椅子を勧めて自分も座る。テーブルの上には食器が残っていたので簡単に纏めてとりあえず端に置いておく。
「普通、力が大きければその力を感じる事が出来る者は多少なりとも威圧されるものじゃ。しかしお前さんにはそれを感じない」
感じるって言われてもなぁ……何でここの人は感覚重視なんだ。もっとこう十段階評価とかで言ってくれないだろうか。
「そう言われましても私にはさっぱりなのですが、そうなんですか」
「あの呪いの力を跳ね除けたのじゃろう? あの力を跳ね除けられる程の力を持っているというだけで十分強いと言える」
あれって跳ね除けたのだろうか? その辺、どうして大丈夫だったのか本当のところは私にもわからないので何とも言えない。
「まぁ私の事はともかく、トーポさんがこうして人の姿を取られたのには何か話したい事があってじゃないですか?」
「む……そうだの。わしの事はこのまま黙っていて欲しいんじゃ」
「エイトさんは小さい頃からトーポさんを飼っていると言われていましたね」
「そうじゃ。ずっと見守っておる」
うーん……って事は、エイトさんってその竜人とかの関係者かな。なんか重要人物っぽい気がしないでもない。
「黙っている事は構いませんが、時々こうしてお話ししてくれませんか?」
「わしとか?」
「はい」
「そんな事でいいなら構わんが……」
怪訝そうなトーポさんに私はてへへと笑って誤魔化す。
私の周りに居る人はエイトさんに王に姫様にヤンガスさん。エイトさんは恩人で、王と姫様は敬う人もしくは気に掛ける人。ヤンガスさんは警戒対象。
思ったよりも気が休まっていないのに、先ほど気付いた。
「それにしても竜か……竜王とか懐かしいなぁ」
リアルタイムではないが、ドラクエ3から始めて次の時代の1をやった時に竜の女王が残した卵から生まれた相手がラスボスと知って、なんか悲しかった。女王の気持ちが届かないかと何度も思った。1には裏ボスなんて居なくて、どうあっても倒すしか
「お前さん……竜神王を知っておるのか?」
「竜人王? えーと……神竜とかマスタードラゴンの事ですか?」
「しんりゅう? ますたー?」
「……」
「……」
「……違うみたいですね」
「……そのようじゃな」
ドラクエ1、2、3、4、5ではない事はこれで確定だろう。竜の名のつく人が竜王とかマスタードラゴンとか知らないというのは考えにくい。神竜はかなり辺鄙なとこに居るから知らない可能性もあるが。
……最後の砦は6か。ほぼ違うとは思うけど。
「そういえば、竜人の中に勇者と呼ばれる人っていますか?」
今まで気にもしなかったが、この世界に魔王が居たら高確率で竜人の中から勇者が現れそうだ。ドラクエ4、5は確か竜の血が入った天空の民が親だったと思う。……だったよな?
「勇者? はて……試練に向かう者がそう呼ばれる事もあったかもしれんが……それがどうかしたのか?」
「いえ、心当たりがなければそれに越した事はありません」
心の底から関わりたく無いので。
あんな超人達の近くでうろちょろしてたら踏みつぶされてあっさり終わる。そんな人生は嫌だ。個人的には姫様という可愛い子を前にしてきゃっきゃうふふとしていたい。
「お前さんの言うしんりゅうとか、ますたーとか言うのは何なんじゃ?」
「えー……しんりゅうは神の竜で……いや竜の神? まぁ竜の形をしたバトルジャンキーな神様です」
「ば、ばと?」
「戦い好きという事です。戦って勝ったら楽しませてくれた礼だと言って願い事を叶えてくれるんですよ。願い事は選択肢を三つ出されるんですけど、チョイスはちょっと常人では計り知れない基準がありますね」
「ほー願い事を。どんなものなんじゃ?」
「賭博か父親の命かエロ本です」
「………聞き間違いかの」
「マスタードラゴンの方はですね。あれは多分人と人になった竜の間に生まれた竜人ですね」
トーポさんの戸惑いをさらっと流して次に進む。ドラクエ3で追加された裏ボスの神竜はいったい全体何を考えてエロ本を選択肢に入れたのだろう。
「な、なんじゃと!?」
「うわっ」
遠い目をしてたらトーポさんがいきなり立ち上がって身を乗り出してきた。
「そのますたードラゴンとかいう者は人と竜の間の子なのか!?」
「は、はぁ。まぁ正確には人になった竜と、人の間に生まれた竜の神様です」
人になった竜という点に関しては諸説あるのでこれと断定は出来ないが、たぶんバーバラは竜を祖に持つんじゃないかなぁと私は思う。もう少し突っ込めば、夢の世界の住人であり竜の血が入ったバーバラと、現実世界の住人である人間の主人公との間に生まれたという、なんともドラマチックな背景を持つ竜神様だ。全部推測であって確証はないけど。
いやぁ思い出そうとすれば結構思い出せるものだ。
「人になった竜じゃと?」
「人でない存在の中にも人になりたいと願う者が居て、その願いを聞き届けたものが居るという話です。私が聞いた話では、ホイミスライムが人間になりたくて、精霊がその願いを聞き届けて実際人間になったみたいですよ。誓約はあったみたいですが」
「精霊……」
そう言えばルビスの名前を聞かない。それに精霊という単語も聞かない。逆に女神という単語は耳にしたが、それがルビスなのだろうか。
「その……人と一緒になった竜は、責められなかったのか?」
「責められる? いえ、それは無かったと思いますよ。見た目人ですし、周りも人だと思っていたでしょうから。もし竜だと知っていたとしても変わらなかったと思いますけどね。竜だからとか人だからとか、そういう区切りは無いですから」
仲間になったら仲間以外の何者でもなかったからなぁと想いを馳せていると、トーポさんは力なく椅子に座った。
「……お前さんも、そう思うか?」
「はい?」
「竜と人に区切りは無いと、そう思うか?」
「種族的な違いはあるでしょうけど、価値観が違うのは同じ人でもあり得ますから、そういう意味での区切りは無いと思います」
トーポさんは溜息をついて項垂れてしまった。
「……トーポさん?」
声を掛けた瞬間、ポンと軽い音がしてテーブルにネズミ姿のトーポさんが現れた。と、同時にドアがノックされ、エイトさんの声がした。
トーポさん、耳が長いだけあって耳がいいですね。