新訳のび太のバイオハザード ~over time in Gensokyo~   作:たい焼き

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結集

 あの後すぐに白狼天狗や外来人の死体を集めて焼いた。弔うという理由もあるが、死体を媒介として更なる感染者が増えないようにするのが目的だ。

 

 そして、鈴仙が持ってきた治療薬『デイライト』を白狼天狗達に注射していく。

 

 『デイライト』は対T-ウィルス用の特効薬だ。これを使用した生物は、体内のT-ウイルスが全て死滅し、以降のT-ウィルスによる感染も永続的に防ぐことができる。

 

 ハチの毒から生成できる成分とT-ウイルスに感染した生物の血液、そして、薬品をいくつか混ぜて作った物だ。

 

 T-ウイルスに感染した生物の血は、T-ウイルスの資料と一緒に置かれていたのび太の血を使った。

 

 始めは効くかどうか不安だったのだが、いざ注射してみると、体中の痒みが全て消えた。亡者にならずに済んだと白狼天狗達は泣いて喜んでいた。中にはのび太に礼をいう者もいた。それだけ、彼らにとって亡者になることが恐ろしい物だったのだろう。

 

 椛もデイライトを打ってもらった。すると体中の痒みが無くなり、止まらなかった血も止まった。

 

 「あの・・・ワイリーさんでしたっけ・・・ありがとうございました。」

 

 注射を打ってもらった椛がのび太にお礼を言った。

 

 「お礼なら紅魔館のレミリアさんに言ってください。あの人が居なかったら、そう遠くない未来に幻想郷は滅んでいますよ。」

 

 ゾンビの死体を山積みにしたのび太は、予め持っていた油を掛けて、火をつける。勢いよく燃え始めたゾンビの死体は、同時に感染していたT-ウイルスも焼いていく。

 

 「そんなことないですよ。ワイリーさんの資料が無かったら、わかっていてもすぐに対処出来なかったのですから。」

 

 白狼天狗達の傷の手当を終えた鈴仙がのび太にそう言った。

 

 しばらくして、ゾンビ達の死体を処理し終えると、のび太もようやく気を抜けたのか、腰を降ろした。

 

 「それにしても、よくこの短期間でこれだけの薬を用意出来ましたね。流石にこの数は予想外でしたよ。」

 

 せいぜい二つかそこらくらいしか出来ないだろうと踏んでいたのび太だったが、ここにいる人数分のワクチンとデイライトを用意してくれるとは思っていなかった。鈴仙の話によると、永遠亭には、この幻想郷の全ての人間と妖怪の数だけ用意出来ているという。

 

 「姫様が手を貸してくださったのです。おかげで間に合ったんですよ。」

 

 「姫様が?」

 

 話を聞くと、姫様こと蓬莱山輝夜が能力を使ったそうだ。永遠と須臾を操る程度の能力。それが彼女の能力である。この能力を使うと、自分の一瞬が他人の永遠、自分の永遠が他人の一瞬になるという。

 

 つまり、能力を永遠亭内に使って永遠亭の中で流れる時間を、外で流れる時間よりも遅くして薬をより多く制作したということだ。

 

 「よく姫様が動いてくれましたね。」

 

 「姫様もこの幻想郷が好きなんですよ。だからこそ、幻想郷が滅亡するのを黙って見ていられないってことでしょうね。」

 

 のび太はあることを確信する。

 

 この幻想郷にも本当に平和を愛する者達が居るのだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白狼天狗の死体を処理し終えたのび太達はこれからの計画を話し合っていた。

 

 「これからお二人はどうされるのですか?」

 

 白狼天狗を代表して、椛が話し合いに参加し、残りの白狼天狗は天狗の里に戻り、状況を報告しに戻っていた。

 

 「とりあえず、永遠亭に戻ります。やることが山程ありますからね。」

 

 鈴仙が持ってきた医療器具を背中に背負い、永遠亭に戻る準備をしていた。

 

 「そうですか。これ、頂いていいのですか?」

 

 椛の手には余ったデイライトが大量に入ったカバンを持っていた。

 

 「いいですよ。その薬には予防効果もありますので、他の天狗の皆さんにも打ってあげてください。」

 

 鈴仙が椛が返そうと差し出したカバンを椛の手に持たせる。

 

 「なら、有り難くいただきますね。」

 

 椛がカバンを受け取った瞬間、ゾンビ達いた街に光が溢れる。

 

 「な、何!?」

 

 その光は妖怪の山まで届き、木が生い茂る山の中にも強い光が指す。

 

 光が収まると、いつの間にか街が光の壁の中に封じ込められていた。おそらく結界か何かだろう。

 

 「一体何が・・・!?」

 

 「・・・霊夢さん達に頼む手間が省けてよかったです。」

 

 後ろに大きな妖力を感じ、鈴仙と椛が振り返る。するとそこには、森の中には似合わない異次元の穴が開いていた。空間の中には大量の目がこちらを睨んでいる。

 

 「紫、街の封鎖は終わったわよ。」

 

 「ご苦労様。」

 

 街の方から街に結界を張った者、博麗霊夢が飛んできた。霊夢がのび太達の元に降り立つと、目の前の異空間、『スキマ』の中から、スキマ妖怪こと、八雲紫が出て来る。

 

 「ちょうど良かったですよ。今から頼みに行こうとしたところでしたから。」

 

 のび太が二人に声をかけるが、紫も霊夢ものび太を鋭い目で睨んでいた。決して隙を見せず、常にのび太を警戒している。鈴仙も人差し指を構え、決して警戒を怠っていない。

 

 「・・・今すぐにでも貴方を消したいところだけど・・・」

 

 「そんな状況でも無い・・・ですかね?」

 

 紫の言葉をのび太が先取りする。

 

 「そうね。今回ばかりはこんなことで消耗するわけにはいかないわ。」

 

 紫から、今まで見えていた殺気が消えた。

 

 「すぐに異変の対策に移るわ。貴方達も博麗神社に来なさい。」

 

 そう言い残し、紫はスキマの中に消えていった。

 

 「そう言うわけだから、早く来なさいよ。」

 

 後に残された霊夢が手に持ったお祓い棒を降ろしてそう言った。

 

 「そうそう、ちゃんとお賽銭持って来なさいよ。」

 

 霊夢も博麗神社の方へ飛び立ち、のび太達がその場に残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、のび太は人里から離れた山奥にある博麗神社の前に立っていた。

 

 「ここ・・・ですか?」

 

 ここに来るまでにかなり時間が掛かった。人里から歩いて来るには、見通しが悪く妖怪に襲われる危険もある獣道を通らなければならないからだ。

 

 山奥の神社の境内に繋がる長い階段を上がる。階段を上りきると、神社の本殿が見えてきた。

 

 幻想郷と外の世界の境界に位置する神社なので、管理が行き届いた華やかな神社かと思っていたが、そのような様子は見られない。

 

 逆にかなり寂れていて、参拝客も居ないようだ。神社の隣にある建物から人の気配がした。

 

 「紫さん達は中かな?」

 

 のび太はその建物に向かう途中、神社に置かれた賽銭箱が目に入った。

 

 「・・・・・・」

 

 のび太は手に持っていた小銭を無言で入れ、人の気配がする建物の方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入ると、既に霊夢と紫が話し合いの場を儲けて待っていた。

 

 「意外ね。さっきまで自分の敵だった相手の拠点に一人で来るとは。」

 

 「命を掛けてでもこうしないければ、幻想郷は救えませんからね。」

 

 のび太が用意されていた座布団に腰を掛ける。

 

 「少しの間待っていて頂戴。今回の異変の解決に協力者を連れてくるわ。」

 

 そう言って、霊夢も紫も部屋から出て行った。

 

 しばらくの間、静寂の時が流れた。

 

 「ほら、言った通りになったでしょう?」

 

 いつの間にか、隣にはレミリアが座っていた。さらにその隣には咲夜が居る。

 

 「ええ、ですが、わかっていたのなら、僕に頼らずとも、解決できたんじゃないんですか?」

 

 レミリアはこの決して良いとは言えない状況の中で、優雅に紅茶を飲んでいた。

 

 「わかっていても、私には何も出来なかったわ。だったら、なんとかできる人に頼むしかないって思ってね。」

 

 レミリアは平静を装っているが、のび太には彼女が自分の無力さを責めるように見えた。

 

 「なら、期待に答えて見せますよ。」

 

 「ふふ、流石私が見込んだ人間ね。」

 

 レミリアの顔に余裕の表情が戻る。のび太の言葉を聞いて安心したのだろう。

 

 「ねぇ・・・貴方は吸血鬼になる気はない?」

 

 「何ですか?唐突に・・・」

 

 のび太は話をよく理解出来ていないが、それに構わずレミリアが言葉を続ける。

 

 「吸血鬼になれば、貴方の目的を達成する手助けになるかもしれないわよ。」

 

 レミリアはのび太にそう言った。かつて、自分の隣にいる従者とずっと一緒に居たいと思った時と同じように・・・

 

 「僕は死ぬ人間でいますよ?」

 

 のび太はレミリアの誘いを断る。

 

 「そう・・・残念だわ。」

 

 「大丈夫ですよ。生きている間は僕も咲夜さんも一緒に居ますよ。」

 

 レミリアはのび太の答えに聞き覚えがあった。夜が終わらなかったあの異変の時、自分の隣にいる従者に同じことを聞いた時と同じ答えだった。

 

 「そうね。しばらくは退屈しなさそうね。」

 

 レミリアは心の中にあった迷いが消えたのか、強張った顔が少し和らいだ。

 

 「そろそろいいかしらね?」

 

 席を外していた霊夢と紫が戻って来た。二人が言っていた協力者とは、のび太もよく知っている人物だった。

 

 「おっ、ワイリーじゃないか。しばらく振りか?」

 

 幻想郷に来て間もない頃に出会った魔法使い、霧雨魔理沙だった。彼女もまた、異変解決のスペシャリストである。

 

 「お久しぶりです。魔理沙さん。」

 

 「貴方達知り合いだったの?だったら話は早いわね。」

 

 戻ってきた紫と霊夢が席に着く。

 

 「それじゃあ、早速話してもらいましょうか。貴方はあの亡者達について良く知っているのでしょう?」

 

 紫は、いつの間にかのび太の隣に居るレミリアと咲夜を一瞥してのび太に問う。

 

 「・・・いずれ話しますが、条件があります。」

 

 「・・・言って見なさい。」

 

 渋い顔をした紫がのび太に問いかける。

 

 「この異変は今まで起きた異変とは性質も規模も違います。ここにいる少数の人達だけが知っているというだけでは危険過ぎます。」

 

 「・・・つまり?」

 

 「幻想郷の有力者を全てこの場に集めてください。この異変だけは、幻想郷の人達全てで対応する必要があります。」

 

 「わかったわ。」

 

 紫はのび太の要求を飲む。

 

 「随分と簡単に納得してくれますね。」

 

 「この異変が起きてからは、貴方に全てを任せるって決めていましたから。」

 

 紫はそう言い残し、スキマの中に消えていった。のび太が言った、幻想郷の有力者達を集めるために・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいよわね、貴方は。」

 

 残された霊夢は不機嫌そうに呟いた。

 

 「今回の異変の知識も実力もある。そしてレミリアのおかげでいち早く異変を察知して対応できた。運がいいわね。」

 

 「・・・何が言いたい?」

 

 のび太は若干声を荒らげていた。霊夢の言葉の意図がだいたいわかったからだ。

 

 「私はあんたのおかげで仕事を盗られたって言いたいの。私にはあんたを妬む権利だってあるのよ。」

 

 霊夢は自分の思っていることを使って、のび太を中傷する。

 

 「おい霊夢!!いくらなんでも言い過ぎじゃないか?」

 

 先程まで二人の会話を聞いていた魔理沙が慌てて霊夢を止める。つまらない事で今までの苦労を水の泡にすることだけは避けたかったからだ。

 

 「・・・50人だ。」

 

 しばらく黙っていたのび太が口を開く。

 

 「50人中45人死亡、4人が重症!!これが僕が昨日残した数字だ!!」

 

 今回の異変の始めに起こった白狼天狗達の被害を次々と挙げていく。

 

 「それでもまだ妬ましいのなら、今すぐ代わってやる!!」

 

 普段とは違う気の立ったのび太の様子に魔理沙も咲夜も戸惑う。

 

 「・・・すみません。少し席を外します。」

 

 のび太が部屋から出て行った後には、呆然としている霊夢とその様子を見ている魔理沙と咲夜、お構いなしに優雅に紅茶を飲んでいるレミリアが残っていた。




少々間が開きましたが、投稿者は元気です。

こんな感じで不定期更新になると思いますが、これからもよろしくお願いします。

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