新訳のび太のバイオハザード ~over time in Gensokyo~   作:たい焼き

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ワイリーという男

 怪我が治った鈴仙とのび太は今の状況にひとまず安心していた。怪我も治った。これからやることがたくさんある。だが、そのためにはどうしても怪我をしている体が邪魔だった。

 

 しかし、その怪我も治り、やっとこれで自由に動ける・・・・・・はずだった。

 

 なのにのび太は腕と足をそれぞれ手首と足首のところをロープで固定されていた。おまけに体を動かせないように体そのものもロープで固定されていた。

 

 「全く、怪我が治った瞬間怪我をするってのはやめてほしいわ。」

 

 レミリアは呆れた様子で深いため息をつく。

 

 「すみません・・・ワイリーさん、レミリアさん・・・」

 

 女性とはいえ、鈴仙は妖怪。腕力も脚力も人間のそれと比べると圧倒的に高い。鈴仙がのび太を抱き締めている時に鈴仙の腕に力が入りすぎて、のび太の脇腹の傷口が開いてしまったのだ。

 

 部屋の隅には、のび太が着ていた入院着が脱ぎ捨ててあった。永遠亭が配布した入院着だ。それの右の脇腹辺りにのび太の血がべっとりと付いていた。

 

 もう少し気がつくのが遅かったら、一度も使われていない新品の白い入院着が、紅魔館によく似合う紅い服になってしまうところだった。

 

 「ワイリー様。申し訳ありませんが、怪我が治るまで大人しくしていてください。」

 

 咲夜はもう一度レミリアとその妹の食料から輸血用の血を血液パックに詰めて持ってきていた。

 

 「咲夜さん、様って一体・・・?」

 

 鈴仙はさっきから気になっていることを咲夜に尋ねる。

 

 「はい、お嬢様がワイリー様はこの先の幻想郷に必要な方だとおっしゃいました。そして、貴方を霊夢達から守れともおっしゃいました。」

 

 咲夜は鈴仙に言った。

 

 「なら、これを外してレミリアさんから僕を守ってくださいよ。」

 

 「それは無理です。」

 

 「無理ね。」

 

 のび太は自分を縛っているロープを指差して示すが、咲夜とレミリアが否定する。

 

 「とにかく、今は動いては駄目よ。貴方が動く時は今じゃないわ。」

 

 レミリアがそう言うと、周りに緊張が走る。のび太も鈴仙もこの先の幻想郷に何が起こるかなど、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、現状を説明するわ。」

 

 レミリアのその一言が事を進める口火となる。

 

 「僕もそれが気になっていました。向こうが仕掛けてきた理由は分かりますが、相手の戦力がどれくらいなのかもわかりません。」

 

 のび太も幻想郷に来て結構な時間が経つが、未だに自分一人で行ったことがあるのは人里と迷いの竹林くらいだった。

 

 鈴仙と二人でなら妖怪の山まで行ったことがあるが、河城にとりの工房にしか立ち寄っておらず、妖怪の山の天狗達にどれほどの戦力があるか、検討もつかなかった。

 

 「今幻想郷は三つの勢力に分かれていると言ってもいいわ。一つは貴方を狙う者達、一つは貴方に協力する者達、そして、貴方に関与しない者達。」

 

 レミリアは咲夜に調べさせた情報を一つづつ説明していく。

 

 「現在、貴方を狙っているのは、霊夢、八雲紫とその式神、妖怪の山の天狗達、冥界の剣士、それに死神ね。」

 

 「随分多いですね。」

 

 体を縛られて動けないのび太が頭だけ起こし、レミリアの説明に答える。

 

 「まだ少ない方よ。彼女達が集まった時はこれよりも多くいたわ。」

 

 「そうですか。」

 

 全員を相手にしていたら危なかったと、のび太は内心そう思った。

 

 「鈴仙さん。紙と何か書くものはありませんか?」

 

 のび太はいつの間にか手を縛っていたはずのロープを解き(ほどき)、手を自由に使えるようになっていた。

 

 「ありますけど、一体何に使うんですか?」

 

 鈴仙はそばにあった紙と筆をのび太に手渡しながら聞く。

 

 「体が動かせない今は、こんなことしか出来ないですからね。」

 

 のび太は筆を手に取ると、現在の自分の様子を記した手紙を書き始めた。

 

 「咲夜さん。これを人里の慧音さんに届けて来てくれませんか。」

 

 「かしこまりました。」

 

 咲夜はのび太から慧音への手紙を受け取り、部屋を後にした。

 

 「さて、まだまだやることはたくさんあるぞ。」

 

 のび太は次の紙を手に取ると、今度は天狗の長宛の手紙を書き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里でも、ワイリーの一件が騒ぎになるかと思ったが、それはなかった。直接会った慧音と妹紅が必死で里の人間達に説明したからだ。

 

 里の人々もワイリーと直接関わってきて、ワイリーがそのようなことを望んでやるような人間ではないと理解したのだろう。大した騒ぎにならなかった。

 

 子ども達にも説明をした。なるべく不安にしないように、『少し急用が出来たのでしばらくの間は来れない』と。

 

 「なあ、慧音。」

 

 「・・・なんだ・・・妹紅?」

 

 慧音は目を空けていることすら困難な状態になっていた。ここ数日殆ど寝ていない。

 

 妹紅は慧音がここ数日無理し過ぎているようにしか見えなくなった。なんとかワイリーに近づこうと外の世界の資料を稗田邸や鈴奈庵でかき集めて、授業があるときは子ども達に幻想郷の歴史を教える傍ら、外の世界のことを教え、それが終わったら行方不明になったワイリーの捜索。夜は集めた資料を頭の中に叩き込む。

 

 どう見ても、ワイリーの代わりになろうとしてるようにしか見えなかった。

 

 「もうそろそろ休めよ。ここ数日殆ど寝てないんだろ?」

 

 「だが、ここで私が休んだら彼が帰ってくるまで代わりがいないじゃないか。」

 

 「だけどよ、それまでに慧音が倒れたら意味がないじゃないか。」

 

 「お取り込み中に失礼します。」

 

 慧音と妹紅が言い争いをしていると、いきなり縁側にメイド服を着た女性が現れる。咲夜だ。

 

 「上白沢慧音さん。ワイリー様からお手紙をお預かりしています。」

 

 「お前は、確か紅魔館のメイドだったな。」

 

 妹紅は咲夜から手紙を受け取る。受け取って妹紅が顔を上げると、そこにはもう咲夜はいなかった。

 

 「えっと・・・!?」

 

 慧音は妹紅から手紙を受け取り、手紙を読む。手紙に書かれた内容を見て、ワイリーがあの時言ったことが疑念から確信に変わる。

 

 「妹紅・・・私はしばらく休むよ。心配してくれてありがとう。」

 

 慧音は妹紅に手紙を渡すと、壁に手を付きながら寝室へと歩いて行った。

 

 妹紅は手紙に書かれている内容を確認する。ご丁寧に筆で書かれていた。

 

 『慧音さん。妹紅さん。先日は大変ご迷惑をお掛けしました。世界征服を行ったのは紛れも無く事実です。しかしそれは僕がいた世界を正しい形に戻すには、それしか道がなかったからです。この平和な幻想郷を混乱に陥れるつもりは全くありません。あの時信じてくれてありがとうございました。 アルバート・ワイリー』

 

 「あいつめ、カッコつけやがって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経った。逃走したワイリーを霊夢達未だに発見出来ずにいた。

 

 霧の湖の辺りで足跡も流血の跡もそこで途切れてしまったからだ。近くにある紅魔館も尋ねたが、そんな人物は知らないとのことで、結局行方不明ということになった。下級妖怪の餌になったか、湖に落ちて沈んだのかと考えられ、捜索は打ち切られた。

 

 日が沈み、今日も一日が終わった。人間達はとっくに自宅への帰路につき、妖怪達は各々の住み処に帰っているころだろう。

 

 世界征服を企てた男というネタを逃した鴉天狗の射命丸文は、気を紛らわすために、一人で酒を飲む店を探していた。 

 

 人里内で酒屋を探すが、中々これといった自分の今の気分に合う店が見つからない。 

 

 「あややや・・・これは困りましたね。」

 

 しばらく歩いていると、人里の外。月明かりで照らされた暗い夜道に一つの小さな灯りがともっていた。

 

 よく見ると灯りを発しているのは、木造の小さな屋台。そしてその屋台を開いていたのは一匹の少女妖怪。

 

 桃色をした短めの髪の毛に小さな翼。茶を基調としたワンピースのような服を身に纏っており、頭には同じ色の帽子。夜雀のミスティア・ローレライだ。

 

 何年も何年も継ぎ足されながら、少しずつ鰻の旨味が滲み出たタレと共に焼かれた八目鰻の香ばしい匂いに釣られて文は屋台の前までやってきた。既に人が一人いた。

 

 「ミスティアさん。やっていますか?」

 

 文が『八目鰻屋台』と大きく書かれた藍色の暖簾(のれん)を頭を下げて潜り、椅子に腰を掛ける。彼女を始め、この屋台は妖怪にも人間にも人気なのだが、彼女の屋台は、いつどこにいるかわからないので、探すのが困難なのだが、文はここの常連である。

 

 「いらっしゃい。熱燗と八目鰻の串焼きですよね?」

 

 「ええ。お願いします。」

 

 「少し待っていてくださいね。お隣りの方が先に注文されましたので。」

 

 ミスティアはそう言って、焼いていた鰻と徳利(とっくり)に入った日本酒を隣に居た客に出す。

 

 「ありがとうございます。女将さん。」

 

 徳利に入った日本酒を猪口(ちょこ)に入れて、一口飲む。

 

 「まさか飲み屋を探していたら、ネタが見つかるとは思ってもいませんでしたよ。」

 

 「こちらも、たまたまここに来たら、会いたい方に会えるとは思っていませんでしたよ。」

 

 文は隣に居た先客、今幻想郷を一番騒がせている男、ワイリーに声を掛ける。

 

 「酒は未成年は飲んでは駄目なのよ?」

 

 「ご心配なく。仮にも老いて死んだ身ですから。」

 

 そんなことをしていると、文の方の料理も出てくる。

 

 「で、そんなに余裕に構えていて大丈夫なのかしら?私があの場にいたことくらい分かってるでしょう?」

 

 ワイリーは酒が回り始めたのか、頬の辺りが少し赤くなってきた。

 

 「大丈夫ですよ。貴方には僕を捕まえるようとする気すらないでしょう?やるなら、あの時とっくに捕まえているでしょう。」

 

 「あら?なんでバレたのかしら?」

 

 「ただの勘ですよ。」

 

 文も嫌なことを忘れられることを願い、酒を飲む。

 

 「文さん。忘れないうちにこれを。貴方達の長に渡してください。」

 

 「ええ、いいわよ。その代わり・・・」

 

 「いいですよ。この一件が終わったら、新聞でも何でも協力しますよ。」

 

 ワイリーは頼んだ分の酒がなくなり、追加の酒を頼む。

 

 「では取引成立ですね。なら私が奢りますよ。今日はとことん飲みますよ!!」

 

 文は酒の影響もあり、完全にテンションが上がり切ってしまい、追加で大量の日本酒を注文する。

 

 「僕はあんまり酒に強くないのですがね・・・」

 

 お酒の器を片手に呟いたワイリーの言葉は、夜の闇へと静かに消えてゆく。

 

 夜雀屋台はこうして、今宵も静かで賑やかな時を過ごしてゆくのであった・・・




そろそろ春休みも終わりますね。課題やら宿題やら全部終わったか?悪いことは言わない。今のうちにやっておけ。

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