Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第47Q 3年生の思い出作りか?

全中の本選が始まった。『Jabberwock』の試合を見てからというもの、もはやボクらの中では、相当優先順位が下がった大会である。

 

前人未到の三連覇成るか、と会場の東京体育館には多くの観客が詰め掛け、取材陣も数も例年とは比較にならない。時折見掛ける外国人らしき記者達は、米国のTV局の関係者だろうか。

 

熱狂とも言える注目度の中、しかしボクらは冷めていた。来たる大戦に向けての準備でしかない。あくまで勝負の場に上がるためのチケット準備。日本中のバスケをやっている中学生の憧れの舞台なのは分かっているが、1年生から3年生まで、全て出場して三連覇が歴史上有り得ざる大偉業なのは分かっているが。だとしても、何の興味も湧かない。それが『キセキの世代』を含む、ボクらの総意だった。

 

「おーい、黒子!」

 

「お久しぶりですね。荻原君」

 

耳に届く懐かしい声。その場で振り向き、片手を上げて再会の挨拶をかわす。帝光中学の他のメンバーならば別だが、ボクは体育館の席に座っていても騒ぎにはならない。影が薄いから、というよりも。今大会でボクは、一度も試合に出場していないからだ。

 

「試合見たぜ。今年もとんでもないな」

 

「そうですね」

 

謙遜しようもない事実に、ボクは曖昧に頷いた。さすがに眼中にないとは言えない。座っている2階席から、眼下のコートを見下ろす。試合は行われていない。現在、決勝開始までのインターバル。

 

「いよいよだな、黒子。正直、怖い気持ちの方が大きいけどよ」

 

荻原君の表情は硬い。ポジティブな彼だが、未来に対して希望を見出すのは難しい。午後から行われる決勝戦。対戦カードは、帝光中学VS明晄中学。できることなら、彼とぶつかるのは避けたかった。待つのは惨劇しかないと、明白だったがゆえに。

 

「どんな結果になったって、オレは全力でやるからな」

 

「はい、楽しみにしています」

 

「けどよ。去年あんなに活躍したのに、今年は試合出ないのか?どっか怪我してんのかと思ったけど、そんなことも無いようだし」

 

首を傾げる彼に、少しだけ考えてから答える。

 

「どうやら、ボクの出る幕は無いようですから」

 

「お前が?そんなはず……そうか」

 

話している最中に、彼の言葉尻がしぼんでいく。気付かれてしまったらしい。帝光中学の総意。切り札を切るまでもないという判断を。

 

 

 

 

 

 

 

全中の決勝戦。超満員の会場。座席も埋まり、通路にまで人が溢れる様は、かつてないほど。しかし、試合も終盤だというのに、熱気はなく、むしろ静けさが空気を支配していた。地区予選と同じく、圧倒的すぎる戦力が弱いもの苛めに見えてしまうから。それはある。だが、観客達の見方はこの大会を通じて変わってきた。全試合無失点かつ百点ゲーム。人智を超えた天才達への期待感に。

 

前人未到の全国大会三連覇が成るか否か。それがマスコミを含め、大多数の関心事だった。いまや、それを疑うものはこの場にいない。そんなことは、できて当然。誰一人想像すらできなかった伝説を、大偉業を成し遂げられるのか。満員の体育館はコート上の5人に釘付けにされていた。手に汗握り、誰もが無言。伝説の誕生に立ち会っている、歴史の証人になっているのだと、自覚していた。

 

「くっ……ダメだ、取られる」

 

明洸中学のサイドからのリスタート。エンドラインからボールが出され、選手が受け取るやいなや、手元から弾き飛ばされる。スティールから2歩でレイアップ。黄瀬君が得点を決めた。すでにスコアボードは百の大台を突破している。相手チームの雰囲気は陰鬱そのもの。

 

「こんなの……勝てる訳ないじゃねーか…」

 

「人間業じゃない」

 

緊張の糸が切れたのか、抑えていた弱音が漏れ始める。

 

「諦めるな!1点だけでも取って、胸張って帰ろうぜ!」

 

荻原君が檄を飛ばす。虚勢だろう。顔にはうっすらと涙が浮かんでいる。だが、最後まで戦おうと仲間に伝えた。彼らは視線を合わせ、頷いた。

 

「パスを回せ!足を止めるな!」

 

「こっちだ!」

 

全力で駆け回り、捕まる前にパスを出して、再び走る。残り少ない体力を振り絞ったラン&ガン。『キセキの世代』を相手にドリブル突破は不可能。一か八か、リスクを許容してのパス回し。たった数本、ボールを繋げるだけで紙一重の奇跡が必要とされた。だが、その甲斐あって速攻の準備が整う。

 

「頼む!決めてくれ!」

 

荻原君が全身全霊を込めて放つオーバーハンドパス。一気に前線までボールを投擲した。明洸選手の一人は、脇目も振らずに駆け上がっていた。センターライン以降へとパスを受け、単独での速攻を狙う。

 

 

 

今回の全中における、我ら帝光中学の作戦を思い返す。周囲の期待や重圧とは逆に、ボク達のモチベーションは相当に低い。昨年ですら圧勝したのだから、今年も当然ながら、苦戦するはずもなく。プロや大学生との練習試合と比較すれば、時間の無駄という意識を持つのも無理からぬ話。赤司君や緑間君ですら、義務感での参戦であった。

 

この状況に対して、白金監督は一計を案じた。敗北は絶対に許されない。ただし、彼らに対する全中の意義付けは早々に諦め、代わりにひとつの目標とひとつの作戦を授けた。

 

全試合で「百点ゲームかつ無失点」という目標。そして――

 

 

――紫原君の守備専念。

 

 

「なっ……こんな…壁かよ」

 

驚異的な反射速度+世界規模の高さ。単独速攻を狙った明洸中学の選手が、愕然と震え声を漏らす。一切の容赦なく、仲間達の期待を込めて放つ渾身のシュートが、止められたのだ。常に自陣に控える、広大な守備範囲を誇る巨人。欠伸交じりに行く手を阻む。

 

 

これが全試合無失点のカラクリ。

 

 

万に一つの偶然すら、許さない。守備範囲は3Pライン以内の全域という埒外の防御力。紫原君を自陣に残すことで、失点の可能性を完全に摘み取る。油断しても、やる気が薄くとも、それでも必ず勝利するために。これが白金監督の作り上げた、格下に絶対に負けないための布陣。

 

その分、攻撃が4人となってしまい、手薄になるのだが――

 

「赤ち~ん、はい」

 

奪ったボールを、そのままセンターライン付近の赤司君にパス。流れるように、高速でボールは緑間君へ。クイックで放つ通常の3Pシュート。リングにかすりもせず、正確無比に打ち抜いた。

 

 

――攻撃に、彼ら4人は多すぎる。

 

 

攻防共に無敵。明洸中学の面々を、再び絶望が侵食する。ここで選手交代のブザーが鳴った。会場中の時が止まった気がした。表情で分かる。疑問符が彼らの顔に浮かんでいる。残り時間1分。今更、なぜ交代の必要があるのかと。選手の体力は、まあ確かに連戦だけあって厳しいが、変えるならもっと前だろう。そもそも、危うげなく戦っている。

 

そんな会場の反応は、交代要員として現れた無名の選手によって大きく二分される。

 

「何だよ、ずいぶん地味なヤツが出てきたな」

 

「3年生の思い出作りか?」

 

補欠だと侮る者。そして――

 

「マ、マジかよ……。今年は出られないんだと思ってたら…」

 

「帝光、最後に切り札出してきた……」

 

 

――過去の情報を知り、畏れと共に声を震わせる者。

 

 

「何を驚いているんですか?」

 

「知らねえのか!?今年こそ出場機会はなかったようだが。あの選手は去年と一昨年、全中で猛威を振るった怪物だ。前代未聞、埒外のプレイスタイルから、ヤツはこう呼ばれている」

 

――『幻の六人目(シックスマン)』、黒子テツヤ

 

青峰君と掌をタッチさせ、入れ替わるようにコートへ足を踏み入れる。

 

「どういう風の吹き回しなのだよ。この大会には出ないと言ったのは、お前ではなかったか?」

 

「気が変わりまして。ちょっとした感傷ですよ」

 

不思議そうな顔で問う緑間君に、苦笑しつつ答える。来たる決戦に備えて、ボクの情報は秘匿しておく。もちろん、火神君は知っているし、昨年までの全中はフル出場していたが、それでも最新の実力を隠しておく意味は大きい。雑誌の取材は避けているし、プロの大会と違って、映像として残された訳でもないのだから。

 

しかしそれでも、ボクは出場を直訴した。

 

「荻原君、やりましょうか」

 

相手チームの彼と視線が交わる。驚きの表情が、楽しげなものへと変わった。

 

「黒子……ああ!行くぜ!」

 

明洸ボールからリスタート。即座に荻原君に回る。マッチアップはボク。お互いに感慨の籠った1on1。

 

「があっ!どうだ!」

 

気合一閃。クロスオーバーからのドリブル突破で抜かれてしまう。さすが。全国の決勝に上り詰めただけのことはある。彼の3年間を想像させるような、キレのあるドライブだった。

 

「お見事です。だから、見せますよ。ボクも集大成のひとつを」

 

ボクを突破するも、すぐに黄瀬君にスティールされ、再び帝光ボール。残り時間わずか。これが最後の攻撃となるだろう。赤司君と視線を合わせ、ハンドサインを送る。彼は頷き、他のメンバーに指示を出す。ボクと荻原君のマッチアップに対して、離れるような位置取りに変わった。

 

「アイソレーション……?」

 

荻原君が眉根を寄せて、つぶやいた。すぐに赤司君からパスが放たれる。手元に届いたボールを、ボクは受け取った。

 

「しかも、キャッチ……パスの中継じゃないのか!?」

 

幾度も全中に出場している彼である。旧知のボクのことは調査済みだろう。普段とは異なるプレイに対する困惑が感じられる。だが、今大会で本来のプレイスタイルを晒すつもりはない。見せられるのは、だからコレだけだ。

 

表情を消し、無意識の仕草までを調整する。影の薄さを最大限に発揮。無言で荻原君と目線を合わせる。

 

「……そうだよな。真剣勝負なんだ。しゃべってる場合じゃねーや」

 

集中力を高め、ボクとの1on1に臨む荻原君。気合十分で腰を落とし、こちらの動作への反応に専心。全神経を張り詰め、この日一番の守備力を以って相対した。そんな彼の視界から――

 

 

――ボクの姿が消える。

 

 

「なあっ……!?」

 

後方から驚愕の叫びが聞こえてくる。もう遅い。彼を抜き去り、フリーで放たれたレイアップ。リングに当たりながらも、ネットを揺らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

試合終了。125-0で帝光の勝利。優勝である。

 

しかし、仲間達の顔に達成感は欠片も見られない。特に喜ぶ様子もなく、平静そのもの。選手達があまりに淡々としているためか、観客達もイマイチ騒げない。前人未到の三連覇。さらに今年は全試合で百点ゲームかつ無失点。人類史に残る大偉業の達成を祝うムードになれないらしい。

 

そんな微妙な雰囲気の中、両チームは礼を終えた。意気消沈する明洸中学の選手達。一矢報いることすらできず、惨敗を喫したのだから。俯きながらベンチへ戻っていく。だが、そんな中で荻原君がこちらへ向かってきた。涙を滲ませながら、しかし、清々しい笑顔で。

 

「やっぱ、強いな。帝光」

 

「お疲れ様です」

 

彼は右手を差し出した。ボクも握手に応じる。

 

「だけど、お前とようやく勝負できたぜ。訳が分からなかったけどな」

 

「ええ。今度は、高校でまたやりましょう」

 

「おう!次は負けないぜ!」

 

約束を交わし、彼と別れて自陣へと戻る。かつての歴史では、最後の全中での惨敗のショックで、彼は失意のままにバスケを辞めてしまったと聞いた。高校のIHやWCでも、荻原君の名は見当たらず、ボクはそれ以来彼の姿を見ることはなかった。どうやら、今回はそんな絶望の結末は迎えずに済んだらしい。

 

「テツ!アレ、何なんだよ!?」

 

「そうッスよ。サポートだけじゃなくて、1on1もできたなんて」

 

「まったく、どれだけ隠し玉を持てば気が済むのだよ」

 

仲間たちの元に帰ると、質問攻めに遭う。皆が一斉に、興味津々の様子で詰め寄ってきた。

 

「それで、いつの間にあんな技、身に着けたんスか?」

 

黄瀬君が目を輝かせる。だが、答えたのは意外にも灰崎君だった。

 

「コイツ、多分だけどよ。入学したばっかの時から、あの消えるドリブル使えたぜ」

 

「え?マジッスか?」

 

新入生のとき、寄せ集めのメンバーで1軍を打倒しようと灰崎君を誘った。そのとき、彼には『幻影の(ファントム)シュート』の方を見せていた。ボクに1on1ができると、彼は予想していたらしい。

 

「この技なら一見、ただのドライブですから」

 

極力、対戦するチーム『Jabberwock』のメンバーに能力を隠す。そのための措置だった。火神君には当然、既知の技術だが、おそらく他の者に教えたりしないだろう。最強に至ったためか、今の彼は勝敗に対する執着が薄い。未来知識による優位に価値を認めないはず。

 

「さあ、おしゃべりは終わりだ。表彰だ。早く着替えよう」

 

赤司君が手を叩き、話を中断させる。号令に従い、皆もコートを後にしていく。なんの達成感もなく、3年目の全中は幕を閉じた。

 

圧倒的な実力を見せつけ、成し遂げられた大偉業。空前絶後の功績は、マスコミによって大々的に広められる。そして、注目されるアメリカ最強チームとのエキシビジョンマッチ。相手は世界最強との呼び声高い、同じく日本人の少年である。社会現象を巻き起こしながら、来たる決戦に向けてバスケファンの期待は高まっていく。

 

待ちわびた。『キセキの世代』が全戦力を余すことなく発揮できる戦いを。日程も決まった。10月20日。

 

 

 

黒子テツヤと火神大我。光と影。互いに未来を知る者同士が、作り上げた最強のチーム。ついに雌雄を決するときが来たのだ。

 

 


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