Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第41Q 歓迎するぜ

 

 

3on3ストリートボール大会。手元のルールブックに視線を落とし、ボクは翻訳する。

 

細かいルールはいくつかあるが、重要な点は多くない。コートは半面のみ使用。攻守交代制。1試合5分の前後半戦。

 

トーナメント制ゆえに連戦だが、速攻の無いハーフコートならば何とか体力も温存できるだろう。

 

 

 

 

 

異国の街をボクは歩く。NYの町並みは、当然ながら外国人だらけ。委縮する気持ちもあったが、すぐに捨て去り、実験として道行く人々の目から姿を消してみる。

 

結果は上々。擦れ違ったことすら気付かせず、人通りの多い歩道を過ぎることに成功した。やはり視線誘導の技術は、こちらでも通用する。人間の生体反応は大きく変わらないらしい。ただし、微妙な差異も存在する。例えば、周りに高身長の人間が多いためか、日本に比べて視線を上に誘導しやすい傾向がある。見慣れない肌の色に対する意識の注目度合いなど、環境要因の見極めが必要だ。これからの試合で観察しなければ。

 

視界に映る景色が変化した。先ほどまでの都会的な街並みとは異なる。緑の木々と、武骨な金網に囲まれた一角が出現した。まるで別世界。四方を囲むケージが、外界とその場を隔絶させる。あるのは一面のバスケットコートとリング。野外に監獄のように設置されたココが、大会の会場である。金網の周りには、まばらな人影。まだ早朝にも関わらず、ストリートの試合を楽しみに待っている観客だろう。その中に一組の日本人。

 

 

「おう、待ってたぜ、黒子」

 

「おはよう。黄瀬君と勝負したときに一緒にいたよね?まさか君が『幻の六人目』だとは思わなかったよ」

 

片手を上げて挨拶をする火神君と、挨拶の握手を求める氷室さん。差し出された手を握り返し、こちらも頭を下げる。

 

「招待してくれて、ありがとうございます」

 

火神君は笑いながら、肩を組んできた。

 

「何言ってんだ。オレもまたプレイしてえと思ってたんだよ」

 

「タイガがこう言うのでね。今日はよろしく頼むよ」

 

氷室さんから青のチームユニフォームを受け取った。白で書かれた文字に目を落とす。チーム『Alex』――2人の師匠の名前だったか。

 

「火神君、今日はボクも協力しますが、少人数の3on3は本領ではありません。できれば、今回のメンバーは……」

 

途中で彼らの視線がボクの背後へ向かう。言葉を止め、振り返るとそこには小柄な少年がいた。彼こそが今回、渡米した『キセキの世代』のキャプテン。

 

――赤司征十郎

 

「やあ、黒子。そして、皆さん。今日はよろしくお願いします」

 

すべてを見透かすかのような力強く、底知れない瞳。周囲を押し潰すプレッシャー。味方だというのに、わずかに気圧される感覚を味わった。今の彼は覚醒後のキャラか。

 

「飛び込みだが、歓迎するぜ。一度、チームとしてやってみたいと思ってたんだ」

 

「光栄だね。世界最強と謳われる君にそう言ってもらえるとは」

 

「謙虚な振りしなくてもいいぜ。眼が怖いくらいにギラついてるじゃねーか」

 

お互いに好戦的な笑みを浮かべつつ、両者は手を握り合った。今回限りの特別チームが、ここに結成される。

 

 

 

 

 

 

 

歓声に沸く野外ストリート会場。ボク達のチーム『Alex』の初戦。スタメンは火神君、氷室さん、そして赤司君である。未来では想像もできなかった、本来有り得ざるチーム編成。ボクの知る上で、最強に近いメンバーだった。

 

とはいえ、ここはアメリカ。バスケットボール発祥の地であり、選手たちのレベルも最高峰。事実、いくら全米から集められたとはいえ、U17の非公式大会だというのに、出場チームの完成度は日本のIH優勝校クラスを超える。一つひとつのプレイの精度や質が非常に高い。まだ序盤ではあるが、動きを見るだけで世界レベルを感じさせられた。

 

「何だ、あのガキ!相当上手いぜ!」

 

左右に揺さぶるフェイクからの、紫電一閃。赤司君のペネトレイト。鋭く切り込み、相手Cがカバーに寄せる瞬間、ノールックでパス。狙い澄ましたタイミングで、ボールを宙に浮かす。合わせるのは神域の怪物、火神大我。異常な滞空時間のジャンプで、アリウープでのダンクを叩き込む。途端に爆発する歓声。

 

「うおっ!豪快……!」

 

「さすが最強プレイヤー!やっぱ度を越して強いぜ!」

 

賞賛あるいは驚愕の英語が飛び交う。観客達の視線の先は、今やNBAチームも注目する最強の中学生である火神君。一目その姿を見ようと、会場には多くの観客が詰めかけた。しかしこの試合、それだけでなく、赤司君のプレイも話題に上る。

 

「あのPG、何者だよ。明らかにこの場で戦えるサイズじゃないのに」

 

「完全に手玉に取ってやがる……!」

 

タイミングを計り、赤司君がパスを放つ。ボールは寸分違わず、氷室さんの手元に収まった。そこからは彼の独壇場。流麗な舞のごとき、精緻にして美麗な絶技を披露する。基本技術を結集させた正確無比なプレイ。もちろん見事だが、その前の赤司君のパスも秀逸だった。

 

「よっしゃ、ナイスパス!」

 

裏を取った火神君にボールが渡り、ゴール下でのシュートが決まった。5分ピリオドの前半が終わり、すでに逆転不能な得点差。

 

 

この試合、ボクから見れば明らかに火神君は力を抜いていた。いかに彼といえど、中学生の身体で才能を全解放させるのは、負担があるらしい。過酷な鍛錬を積んできたであろう肉体ならばある程度耐えられるのだろうが、その必要はないとの判断か。

 

1on1でなく、連携を重視した攻め方も、強敵との対戦に向けた呼吸合わせの一環。赤司君も『眼』を使っていないし、あくまで前哨戦ということだ。

 

「全力を出すのは、やはりあのチームでしょうね……」

 

手元の対戦表の印刷された紙に視線を下し、ボクは小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

ボク達のチームが試合を勝利で飾ってから数十分後。順調にトーナメントは進んでいき、あのチームの出番となった。前大会優勝者『Jabberwock』である。映像で見た時も思ったが、やはりその強さは圧巻の一言。

 

金髪のPG、ナッシュ・ゴールド・Jr.。

 

「その程度のレベルで、よく出てきやがったな……」

 

前後左右に揺さぶるトリッキーなドリブル。相手がついてこれなくなった瞬間、その額を小突くようにボールを投げつける。

 

「あだっ!」

 

「ヌルいぜ、雑魚が」

 

明らかに馬鹿にした態度。舌を出して嘲りながら、手元に戻ったボールをゴール下まで投擲一閃。反応すら許さぬノーモーション、無拍子の一撃。

 

「なっ……いつの間にパスが…!?」

 

届くのは「神に選ばれた躰」と謳われる2mを遥かに超える巨体。ジェイソン・シルバー。そのパワーは人外の領域。ノーマークでパスを受けるも、わざとマークが戻るのを待つ。何の小細工もなく両手でボールを持ち、跳び上がった。両手持ちとは思えない高さに会場中が驚愕する。敵チームも二人掛かりでブロックを試みるも――

 

「オイオイ、貧弱すぎて笑えるぜ」

 

 

――軽々と弾き飛ばされる。

 

 

両手持ち(ボースハンド)ダンクが炸裂し、轟音が響く。いまだギシギシと揺れるリングとボード。絶望的な表情で尻餅をつく男達の前に屈み、中指を立てて罵倒の言葉を浴びせる。

 

「才能無さすぎだ。さっさとバスケ辞めた方がいいんじゃねーか?」

 

すでに相手チームの心は折れた。一矢報いる気さえ起らぬ、圧倒的な力の差。それを感じ取ったのだ。バスケの本場、アメリカの精鋭すら歯牙にかけない実力。スポーツ選手としての姿勢は最悪だが、他と隔絶した戦力なのは間違いない。

 

「しかも、これでも全力とは程遠い……」

 

底知れない性能を想像し、ブルリと体を震わせる。自然と声が漏れ出た。ナッシュは『眼』を、シルバーは『敏捷性』を、それぞれ見せていない。

 

「まったく……変わんねーな、アイツらも」

 

呆れたように火神君が隣で溜息を吐く。と同時に顔に苛立ちが浮かぶ。

 

「ぶっ潰したくなるぜ」

 

「……同感ですね」

 

ボクも頷いた。はっきり言って、目に余る。いまやモラリストとは程遠いボクであるが、それでも見ていて気分が悪い。

 

「とはいえ、彼らの性能は認めざるを得ません」

 

「ああ。しかも今度は、ヤツらも最初から本気だろうしな。ゾーン無しじゃ、さすがにナッシュとシルバー、2対1で勝つのは難しいぜ」

 

相手は全米U17でも頭抜けてトップクラスのプレイヤーなのだ。当然である。しかし、改めて理解したことがある。彼はひとりで勝とうと思っている。仲間に期待していない。連携という発想から外れた、個人技のみの戦術。それは余りに強くなりすぎたゆえの変質なのか――

 

「次の試合、前半は赤司君メインで進めてもらえませんか?」

 

火神君は意外そうに目を丸くした。まるで何かを見極めるかのように、数瞬ほどボクと視線が交錯する。驚かれる理由が分からないのだが……。

 

彼は口を開く。

 

「変わったな、黒子。そこまで勝ち負けにこだわりなかったか?」

 

批難ではなく、純粋な驚きの声音だった。言われて気付く。確かにこの大会を、赤司君の練習あるいは火神君の戦力調査としか考えていなかったことに。勝敗は度外視していた。

 

「まあ、別にいいぜ。赤司にナッシュを体験させればいいんだろ?アイツのゲームメイクに従うさ」

 

「ありがとうございます」

 

「けど、いいのか?ナッシュの強さは尋常じゃねえ。WCの頃の赤司に匹敵するぜ。中学時代のアイツが敵う相手じゃない」

 

心配する彼に、ボクは静かに頷いて見せた。敗北で潰れる可能性もある。しかし、『キセキの世代』の精神力はそれほど柔ではない。そう信じる。……いや、赤司君だけはちょっと不安だが。

 

「ヤツらと当たるのは決勝だ。体力は温存しておきたいな」

 

「最悪、ボクも出ますよ。そうすれば敗北は有り得ない」

 

 

 

 

 

 

 

そこからは連戦連勝。ついに決勝戦を迎える。朝から始まった大会だが、短い試合時間でサクサク進み、いまだ太陽は上空で黄色く輝いている。圧倒的な実力でもって勝利を重ねた両チーム。大方の予想通りに、順当に勝ち残った。いよいよ、両雄が激突する。会場に詰めかけた観客のボルテージも最大級。ボク達はコート横のベンチに腰を下ろした。

 

対面には敵側のチーム『Jabberwock』。屈強で威圧的な外国人達がこちらを、というより火神君を睨んでいる。ガラの悪さが際立つ、ギャング的、いわゆるストリート感が満載だ。街で会ったら避けて通るような。だが、今更気圧される者はいない。すでに臨戦態勢に入っている。

 

「では、行ってくるよ。黒子」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

赤司君がコートへと向かう。この穏やかで安定した雰囲気は、変貌前の方の彼だろう。今はこっちのキャラなのか。

 

最近分かったことだが、キャラ付けによってプレイの得意不得意があるらしい。変貌後のキャラは『天帝の眼』を基にした敵を支配するプレイを。今の彼は味方を支配する導き手としてのプレイを。それぞれ得意とする。いわゆるマインドセットだろう。火神君との対決以降、不規則にキャラが入れ替わるようになっているのが不安だが。プレイスタイルの変化が吉と出るか凶と出るか。

 

 

 

 

 

試合開始のブザーが鳴る。半面のコートを覆う歓声の渦。選手達の集中を肌で感じ取る。ボールは全米最高レベルのPG、『魔術師』ナッシュに渡された。対するは『キセキの世代』赤司征十郎。互いに視線を絡ませる。

 

 

最初はチーム『Jabberwock』の攻撃ターン。


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