Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第3Q オレのもんだ

帝光中学バスケ部は全国でも屈指の強豪校であり、三軍まで合わせた部員の総数は百名を超える。その誰もが、退部者が続出するハードな練習を耐え抜いた者達だ。さらに、歴戦の監督による緻密に立てられた練習計画や経験もある。帝光中においては二軍でさえそこらの強豪校と同等以上の実力を有していた。

 

帝光中学バスケ部では毎週水曜日、一軍と二軍のミニゲームが行われる。定期的に必ず戦うそれは、まぎれもなく真剣勝負であった。かつて先輩に聞いた話だが、週に一度、年間で約50試合。相当な数の交流戦が行われるのだ。現在の三年が入学して以来、あるいはそれ以前からかもしれない。しかし、百試合以上のミニゲームにおいて――

 

 

――二軍が勝利した事は、ただの一度も無い。

 

 

 

 

 

 

 

5月。二軍での下克上の翌日である。これから念願の一軍とのミニゲームだ。あれだけの力の差を見せ付けられて、ボク達の二軍代表入りに異論など出るはずも無く。予定通りの展開である。これから一軍の専用体育館へ向かう行列の先頭は、鋭い目付きで闘志を剥き出しにする灰崎君だった。

 

「今日は一軍をぶっ潰すぜ。オマエら、足を引っ張るなよ」

 

昨日の内に入部届けを提出した彼こそが、今回の試合における鍵。勝利できるかどうかは彼に掛かっていると言っても過言ではない。両手をポケットに入れ、威嚇するような獰猛なオーラを放っている。だが、その顔には隠しきれない緊張が見えていた。

 

「安心してください。いまの君なら、一軍相手でも勝負できるはずですよ」

 

「……別にビビッてるわけじゃねーよ」

 

「大丈夫ですよ。ボクが何とかしますから」

 

灰崎君の才能は、まだ開花していない。あの埒外の才能、『相手の技を奪う』という常識外の固有能力を手にするのは1年以上先の話である。ただ、それでも一軍に匹敵する『光』足りうるのは彼しかいない。

 

「なあ、黒子くん。本当にいいのか?いきなり入部したヤツをメンバーに入れるなんて」

 

コソコソと灰崎君に隠れるように、ひとりの新入生が小さく耳元で囁いた。同じく今日の試合に出る仲間である。彼は不安そうな視線をこちらに向けた。

 

「いや、一軍を倒そうってオレらを集めたのも君だし、昨日の試合で勝てたのも君のおかげだから、反対する気はないんだけどさ。でも初対面だし、そんな急造のチームで一軍と戦えるのかなって」

 

「心配いりませんよ。勝つために最適の人選ですから」

 

「……そうか。なら、信じるよ。まあ、相手は中学最強の帝光中一軍。ダメで元々だしな」

 

「違いますよ。勝って当然の消化試合です」

 

何の気負いも無く、当たり前のように返したボクの言葉に、彼は息を飲んだ。まあ、本当は勝率は五分五分だと思っていますけどね。

 

そもそも、全国最強の帝光中レギュラーを相手に、多少の連携の有無なんて何の役にも立たない。新入生との間にはそれほどの実力差があるのだ。だから、正直に言えば、ボクの目的は一軍との試合を行うことそのものにあった。

 

 

通常の試験では測れない、ボクの特異能力を直接監督に見てもらえば一軍に昇格できる。

 

 

「まあ、もちろん勝つに越したことはありませんが」

 

ついにボク達は目的の体育館の前に到着した。先頭の灰崎君が体育館の扉を開く。そこに広がるのは懐かしい景色。

 

「うおおっ!これが一軍専用の体育館かー!」

 

初めて踏み入れる聖域にはしゃぐ新入生達。室内には中学最強を誇る顔ぶれが待ち構えていた。かつて練習した懐かしい景色に、ボクも少し感慨を覚えながら一人ごちた。

 

「すぐに戻りますよ。このコートに」

 

二軍新入生チーム対帝光中一軍レギュラーとの試合が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

今回のミニゲームは2Qの前後半の勝負である。『常勝』という帝光中のスローガン通り、相手も全中に出場したフルメンバーだった。試合開始の笛と共に始まるジャンプボール。こぼれ球を掴んだのは、我ら二軍チームであった。

 

「おっ、そっちが先攻か」

 

余裕そうな表情を崩さない一軍チーム。それもそうだろう。全国の猛者達との激戦を制してきた彼らが新入生に負けるなど欠片も考えていないはずだ。視線を上の観覧席に向けると、そこにはたまにしか見学に来ない白金監督の姿があった。小さく安堵の溜息を吐く。これで一軍に入る条件はクリアされたも同然。

 

「頼みますよ、灰崎君」

 

影を見せるには、まず光が必要だ。灰崎君にパスが渡る。

 

「おらっ!」

 

即座に全力でのカットイン。想定を遥かに超えた速度とキレに、油断していた先輩は軽々と抜き去られる。そのまま灰崎君による先制点が決められた。観戦していた一軍の先輩達がどよめきの声を上げる。

 

「うおおっ!マジかよ!何だよ、アイツは!」

 

「誰だよ、明らかに一軍クラスじゃねーか」

 

今回のミニゲームはこれまでとは違う。そう直感したようだった。しかし、その浮き足立った気持ちはパス回しにわずかな隙を生む。相手のボールでリスタート。しかし、あのワンプレイでは瞬発力を測りきれなかったのか。甘く出されたボールを灰崎君がパスカットして、そのまま単独速攻が決まった。

 

「ハッ!大したことねーな、一軍ってヤツも!」

 

連続での得点に、新入生チームの面々の戦意も際限なく上がっていく。序盤の緊張感はほぐれたようだ。挑発的に笑う灰崎君。だが、あまり油断されても困る。

 

「……灰崎君」

 

「分かってるよ。こっからが本番だってんだろ?」

 

「慢心は無さそうですね。あと2分、お願いします」

 

釘を刺そうと思ったが、意外と冷静なようだ。いや、マッチアップの相手を睨みつける様子からは強い警戒が読み取れる。彼のマッチアップの先輩は誰か、と見回した。

 

「虹村先輩、ですか……」

 

元帝光中のレギュラーであったボクだが、残念ながら現三年生との面識はほとんどない。というのも、一軍に入った頃にはすでに引退していたからだ。例外はこの、一学年上の先輩であり、今年部長になる虹村先輩だけである。

 

「やってくれんじゃねーか、新入生。こっからはマジでいくぜ」

 

明らかに集中力を増した様子で目を細める虹村先輩。その瞳は目の前の生意気な新入生に向けられている。ボールが渡った瞬間に実力を察知したのか、灰崎君の顔にも警戒と緊張が色濃く浮かび上がった。迎え撃つ灰崎君との1on1。

 

――左右に小刻みに幻惑するハーキーステップからの、高速ドライブ

 

「チッ……速えっ!」

 

それに巧い。灰崎君を抜き去り、さらにカバーに来た新入生をもかわして格の違いを見せつける。鮮やかに抜かれた彼は、歯軋りをしながら悔しげに呻いた。さすがは虹村先輩。現時点においては、やはり灰崎君よりも上手か。

 

 

 

 

 

 

 

そこからは一気に流れを持っていかれることになる。闘争心を燃やして虹村先輩に喰らいつく灰崎君だったが、それ以外のメンバーの戦力差はいかんともしがたい。開始から3分で6-11と、ダブルスコアに近い点差を付けられていた。

 

「つ、強すぎる……」

 

「うわっ……またブロックされた!?」

 

頼みの灰崎君も密着マークされ、攻め手に欠ける新入生が勝負するも鎧袖一触で踏み潰される。さらに返す刀で行われる速攻は、先輩達の個人技のみで決められた。あまりにも性能差がありすぎた。仲間達の顔に諦めが見え始める。もう限界か。

 

「おい、テツヤ」

 

「はい、もう十分です。気配は完全に消しました」

 

わずかに焦りを見せる灰崎君に淡々と言葉を返す。光の輝きは十分に示した。あとはその影に隠れるだけ。ちらりと時計を見ると残りは1Qと半分くらい。これなら効果時間も最後まで保つはずだ。

 

 

「ここからはボクの独壇場です」

 

 

相手の死角から忍び寄り、電光石火のスティール。

 

ドリブルは避け、即座にボールを味方に戻した。視界で認識できず、呆然とした表情を見せる先輩を尻目に速攻を仕掛ける。ボクのスティールを予測し、灰崎君はすでに先頭を疾走していた。仲間がボールを片手に持って大きく振りかぶる。

 

「灰崎っ!」

 

「させるかよっ!」

 

パスコースを遮断するように、虹村先輩が瞬時に立ち塞がる。それに反応してボクはボールを持つ仲間に合図を出す。彼がオーバースローで投げたのは、明らかに方向がズレたコースだった。

 

「どこに投げて……。ボールが曲がった!?」

 

それをボクはタップして、別角度からのパスへと切り替える。それは虹村先輩の守備範囲を越えて、二軍のエースの元へと辿り付いた。

 

「ナイスパスだ、テツヤ!」

 

視線誘導(ミスディレクション)によって視界から姿を消した中継に、この場の誰もが驚愕に顔を引き攣らせた。これが影に徹したボクのバスケ。反撃の狼煙が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

二軍チームの攻撃は止まらない。ボクのパス回しによってノーマークで攻められる仲間達は、元々の戦力差を覆す攻撃力を獲得していた。戦局は一変し、凄まじい効率で得点を重ねていく。

 

しかし、あと一歩。最終第2Q、残り2分の段階でいまだ追いつけないでいた。

 

その理由は、一軍レギュラーとの単純な実力差。中学に上がりたての仲間達と全国常連の先輩達の間には埋めがたい差があった。いくらこちらの攻撃力が上がろうが、一対一の個人技でこうも圧倒されてはなかなか点差が縮まらない。そしてそれは、灰崎君も同じだった。

 

「くっそ、またかよ」

 

小刻みな左右のハーキーステップからの高速ドライブ。虹村先輩の技巧的なドリブルに翻弄され、灰崎君が舌打ちする。わずかに体勢の乱れた一瞬に抜き去られた。カバーに来た仲間も一蹴し、単独でゴールを決める。

 

「あんま1年に舐められてらんねーからな」

 

自慢げな虹村先輩の様子に、灰崎君は悔しげに怒りをかみ殺す。プライドの高い彼にとっては相当な屈辱だろう。

 

「オイ!テツヤ、よこせ!」

 

反撃の速攻。怒声を上げる灰崎君にボールを回す。しかし、それは囮。新入生離れした彼の能力値に注目してしまい、他の選手へのチェックが甘くなった。今ならノーマークの仲間にパスを中継できる。

 

リターン、と手を上げて彼に合図を出す。

 

「うっせえ!負けっ放しでいられるかよ!」

 

リターンパスではなく、目の前の虹村先輩との1on1に突入する。ダメだ、頭に血が昇ってる。強引に抜こうとするが、その初動は読まれている。

 

「速いだけで抜けると思うんじゃねえっ!」

 

単純なフェイクからのドライブは百戦錬磨の虹村先輩には通用しない。彼のエゴイスティックなまでの攻撃性は、時として長所にもなるが、この場合は明らかに短所だった。無理に切り返そうと手元が甘くなった瞬間、そのボールを弾き飛ばされる。

 

「な、何で勝てねー……」

 

呆然とした表情で固まる灰崎君。

 

「よっしゃ、速攻!……っておい」

 

ボールを奪取した虹村先輩の速攻を、死角からスティールすることで阻止する。即座にPGに回してこちらの体勢を立て直した。ゆっくりと安全にボールを回して時間を稼ぐ。

 

「マジでどうなってんだよ。要所でこれやられんのは、本気でうっとおしいぜ」

 

「そう上手くは運ばせませんよ」

 

「厄介すぎるぜ。攻略法どころか、原理すら訳わかんねえ」

 

忌々しげに吐き捨てる虹村先輩。その眼には、もはや灰崎君は映っていなかった。格付けは済んだと言わんばかりに、ボクの方だけを警戒している。

 

「このオレを……コケにしやがって」

 

そんな様子に灰崎君の怒りの炎は最大限に燃え上がる。奥歯をギリッと噛み締め、俯きながら闘志を全身に漲らせる。静かに、押し殺すように、内部で屈辱と怒りに打ち震えていた。鬼気迫る集中力を感じる。

 

「ぜってー抜く」

 

強い意志をの込められた視線がこちらに向けられる。ボールを要求する合図だ。今の彼ならば間違いなく一対一を仕掛けるだろう。だが、気持ちだけで抜けるほど、虹村先輩は甘い相手ではない。とても抜けるとは思えない。

 

「どうぞ。好きにやってください」

 

ノータイムで彼にパスを回す。慎重論をあっさりと投げ捨てた。

 

「ちょっ、黒子マジかよ!」

 

「アイツ、1on1にこだわりすぎだろ」

 

焦った様子を見せる仲間達だが、ボクはこの判断を間違いだとは思わない。

 

その理由は二つ。ひとつは、もうボクは試合に負けてもよいと思っていること。新入生の寄せ集めで現レギュラーにここまで迫っているのだ。ボクの一軍入りは確定したも同然だろう。もはや勝敗にこだわりはないのだ。そしてもう一つ。

 

 

――土壇場の『キセキの世代』の追い込み

 

 

極限まで集中力を研ぎ澄ました今の彼からは、得体の知れない凄みが感じられた。開花していないとはいえ、その潜在能力は群を抜いている。かつて高校時代に対戦した『キセキの世代』の常識の枠外の急速進化。それをボクは幾度と無く体感している。そんな埒外の才能に賭けたのだ。

 

「まだヤル気かよ。勝てないって分からないもんかねー」

 

虹村先輩の挑発に、灰崎君は無言で返す。だが瞳には、全てを焼き尽くす殺意にも似た、ギラついた鈍い光を宿していた。それをギリギリで内側に抑え込んでいる。肌を裂くほどに鋭く研ぎ澄まされた緊張感。それを感じ取ったのか虹村先輩も再び警戒を高めていく。

 

静かにドリブルをついた。

 

「見せてくださいよ。『キセキの世代』と呼ばれるはずだった、キミの才能を――」

 

チェンジオブペース。静かな立ち上がりからの激烈な左右への揺さぶり。これまでとは比べ物にならないほどにフェイクが洗練されている。虹村先輩の目が驚愕に見開かれた。左右へのハーキーステップからのドライブ。これはまさか――

 

 

「オレの技じゃねーか!?」

 

 

翻弄され、体勢を崩した虹村先輩を抜き去る灰崎君。置き去りにされた先輩の顔が引き攣った。そして、同様にボクの表情も。

 

 

――これが灰崎祥吾の固有技能『強奪』

 

 

相手の技を奪い取る超越技能。見ただけで全ての技術を自分のモノにするその才能は、まぎれもなく『キセキの世代』の名に相応しい。だがしかし。

 

「こんな入学直後の時期に使えるものじゃありませんよ……」

 

乾いた笑いと共に小さくひとりごちた。本来なら彼の覚醒は中学二年生の時期だったはず。かつての歴史とは異なる、早過ぎる才能の開花。これが何をもたらすかはボクにも分からない。

 

「うおおおおっ!すげえっ!虹村先輩を抜いて決めた!」

 

「しかも、今のって先輩と同じドリブルだったぜ」

 

「もしかして、模倣(コピー)したってのかよ!?」

 

歓声に沸く仲間達。一軍の先輩達も信じがたい光景に息を飲んでいた。観戦している白金監督に目をやると、真剣な表情で灰崎君に視線を向けている。このワンプレイだけで彼の埒外の才能に気付いたようだ。

 

「ま、まだだっ!速攻!」

 

混乱状態から何とか気持ちを立て直した虹村先輩が叫んだ。同時に走り出した先輩の手元にパスが渡る。今のはボクがパスカットできたが、あえて見逃した。なぜなら、彼の前にはすでに灰崎君が立ち塞がっていたからである。

 

「もう、アンタにゃ負ける気がしねーよ」

 

「ナメんじゃねえ!一年坊主が!」

 

本家本元の技巧的なドリブルを試みる虹村先輩。ここで倒せなければ試合を持っていかれると予感したのか。これまで幾度と無く彼を抜き去ってきた、自慢の技を仕掛ける。ハーキーステップからの全速ドライブ。だが、灰崎君の顔には余裕の笑みが張り付いていた。

 

「無理だぜ。もうソイツは――オレのもんだ」

 

「な、上手くいかない……?」

 

「もらったぜ」

 

明らかにハンドリングが出来ていない。ぎこちなく錆び付いたドリブルは隙だらけだった。そのボールを灰崎君はあっさりと弾き落とす。反撃のカウンター。

 

「あいつを止めろ!」

 

カバーに来た相手を奪った虹村先輩の技で突破し、ゴールネットを揺らしたのだった。

 

「やっぱ結構使える技じゃねーか」

 

愉しげな様子で舌なめずりをする。もはや勝敗は決した。

 

彼の固有技能『強奪』は相手の技を『奪う』。わずかに違うリズム・テンポに変えられた技を見せられた相手は、無意識に所有者自身の歯車を狂わせる。模倣するだけでなく、相手の技を使用不能にする。『強奪』と呼ぶに相応しい脅威にして恐怖の能力である。

 

技巧を手に入れた灰崎祥吾に対抗できる選手はこのコートに存在しない。

 

「想像以上でした。やはり凄いですね。灰崎君の底力、才能は」

 

 

 

 

 

――こうして、帝光中学一軍はたった二人の新入生の前に敗れ去ったのだった。


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