Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第26Q 全部、オレが奪い取ってやる

 

 

 

 

全中が間近に迫ってきた6月の終わり。ついにこの日が来たかと、オレは小さく口元を引き締めた。彼がこの状況に我慢できるはずがないと思っていたし、黒子っちからも警告を受けていた。

 

練習後の体育館。普段ならもうロッカールームに帰っているはずの先輩達も、全員がこの場に留まっている。理由はひとつ。

 

「ぶっ潰してやるよ、黄瀬」

 

「やれるもんならね。無理だと思うッスけど」

 

 

――オレと灰崎の、レギュラーを賭けた勝負を見届けるためだ。

 

 

 

 

 

 

 

最近の監督の采配――今回はオレ、次回は灰崎というように、交互にスタメンに入れる体制に納得がいかないらしい。同等と見なされているからだ。スタメンの決まるこの時期に、アイツは勝負を仕掛けてきた。条件はひとつ。負けた方は、先輩達のメンバーに入る、つまり補欠に落ちるというもの。こちらとしても願ったりの状況だ。思わず好戦的な風に口元が緩む。当然、乗ってやるさ。

 

「で、確認なんスけど。試合形式は1on1。先攻後攻でお互いにやって、点差がついた時点で終了、でいいんスね?」

 

「ああ、テメーと長々と勝負なんざやってられっかよ。1本勝負だ」

 

「オーケー。分かりやすい短期決着ルールは、オレも望むところッスよ」

 

ボールを手に、センターライン付近に向かいながら、灰崎と言葉を交わす。半年以上、共に練習してきたのだ。すでに互いの実力は把握している。多彩な技を駆使した超攻撃型のスタイル。たった1本。ただの1本でも外したとき、その時点で互いの格付けは終わるだろう。ゆえに、実際のところは1本先取のPK方式。周りの先輩達は、これほど重要な対決を短期決戦にしたことに驚いているが、オレ達にとってはこれで十分。

 

「さてと、先攻はオレもらっちゃっていいッスか?」

 

「いいぜ。……テツヤ、審判やれよ」

 

指名された黒子っちがサイドラインに陣取るのを見て、試合を開始した。周囲の観戦者も、固唾を呑んで見守っている。ゆったりと、オレはドリブルをつく。だが、機先を制すように灰崎の左腕が伸びてくる。一瞬にして、ボールの寸前まで制空権を突破。

 

「なっ!灰崎のヤツ、開始直後にいきなりスティール……!?」

 

先輩たちの驚愕が聞こえる。だが、それこそがオレの狙い。灰崎の手が届くより早く、技を仕掛ける。

 

 

――股下を通したレッグスルー。

 

 

「チッ……これは赤司の…!」

 

灰崎の舌打ちが耳に届く。『天帝の眼』を併用したアンクルブレイクまでは無理だが、技そのものの完成度も高い。ただ抜くならこれで十分だ。体勢の崩れた相手を抜き去り、開戦の狼煙を上げる豪快なダンクを見せ付けてやった。振り向き、拾ったボールを下手から投げ渡す。

 

「次はアンタの番ッスよ」

 

「すぐに使えなくしてやるよ」

 

続いて相手のターン。灰崎の見え見えの、甘いドリブル。明らかにこちらのスティールを誘っている。

 

やりたいことは分かる。彼の才能たる『強奪』――それを見せるつもりだ。相手の技と微妙にテンポやリズムの異なる同一技を見せられることで、こちらの技を使用不能にする。もちろん、待ち構えた罠を避ける手もある。しかし、それは自分の手を狭めることになる。二つ、三つと積み重なれば、拮抗したこの戦いでは致命傷に繋がるだろう。

 

あえて、罠に足を踏み入れてやる。右手を伸ばし、スティールを仕掛けた。

 

「おっ……今度は黄瀬がスティール!だけど、この展開はやっぱり……」

 

 

――股下を通すレッグスルー

 

 

ボールが手の届く範囲から逃げ去っていく。。これは先ほどオレが見せた、赤司っちの技。さすがと言うべきか、精度は完璧。来ると分かっていても、逆にこちらに生じた隙を突かれてしまった。リプレイのように、さっきのオレと同じくダンクを決める。鏡写しのプレイに、先輩達の口から感嘆の声が漏れる。

 

「……さすが灰崎。早くも黄瀬の技を奪い出したか」

 

「こうなると、使える技が減っていくぶん、圧倒的に黄瀬が不利だよな」

 

嘲るように舌を出して中指を立てる灰崎。一瞬、苛立ちが湧き起こるが、それを抑えて意識を集中しなおす。再度、オレの手番。数秒ほど目を閉じ、脳内で視覚映像を再生する。

 

改めて目を開き、2ターン目に入った。急がず、安全にドリブルでボールを保持。

 

「よお、次はどんな技使うんだ?全部、オレが奪い取ってやるぜ」

 

余裕の表情を浮かべ、灰崎が囀る。追い詰めた気になっているのか。だが、オレも無策でこの時を待っていた訳じゃない。あえて、ドリブルをわずかに緩めた。挑発だ。当然、アイツはそれに乗ってくる。最速でカットを狙ってきた。それに対して、こちらの出す技はもちろん――

 

 

――股下を通したレッグスルー

 

 

「テメエ、何でまだ使える……!?」

 

完全な状態での赤司っちのレッグスルー。驚愕に顔を引き攣らせる灰崎。予想外の事態に硬直する。その隙を突いて、こちらが得点を決めた。どよめきが起こる。使えるはずの無い技を使ったことに、この場の全員から疑問の視線が向けられる。灰崎からもだ。目を見開き、すぐに憎々しげに顔を歪めた。

 

だが、ただひとり、黒子っちだけは感心した風に息を吐いていた。

 

「……すごいですね」

 

「あれ?何したか分かったんスか?」

 

定位置に戻る途中のオレが問い掛ける。彼は頷いた。

 

「灰崎君の技を、改めて模倣(コピー)し直したんでしょう?まさか、そんなことができるなんて思いませんでした」

 

そう、それが答えだ。灰崎の『強奪』の効果とは何か?簡単に言えば、自分と微妙に違う技を見せられることで、つられてしまうのだ。それに対抗するにはどうすればよいか。脳裏に焼きついたイメージを消すのは困難。直前に見せられた映像の方がどうしても強い。ならば、微妙に異なる灰崎の技をそのまま模倣(コピー)してしまえばいい。

 

「言うほど簡単ではないはずですけどね。観察眼が、ボクの予想を超えて成長しているのか……」

 

「そうッスね。半年間、ずっとアイツの技を観察してきた成果ッスかね」

 

灰崎に奪われる前の技と、奪われた後の技を分析し続けることで、オレは次第に両方の差異が見えるようになってきた。感じ取れないほどの二つの微妙な違いが、今のオレには見える。それにより、灰崎の奪った技を独立して模倣できるようになったのだ。これがオレの用意した二つの勝機の内のひとつ。

 

「ほら、来いよ。もうアンタとの差はないぜ、灰崎」

 

「ナメやがって……!」

 

オレの挑発に、怒り心頭の様子で反応した。続いて灰崎のターン。苛立ちをぶつけるようにドリブルを開始する。自身の優位性を失った直後だ。動揺があるはず。その揺れを大きくするために挑発した。できればここで決めたい。

 

「オラ、行くぜ!黄瀬ェエエ!」

 

腰を落とし、勝負所のものへと集中を一段階高める。ここを止めれば勝利だ。相手の動き出しを捉える。繰り出すは、左右に幻惑するハーキーステップ。見覚えがある。これは虹村先輩の得意技。しかも、これは――

 

「隙がまったく見えないじゃねーか……!?」

 

「喰らえっ!」

 

豪快に抜き去った灰崎がボールをリングに叩きつけた。苦々しさと共に振り返り、ダンクの決まる光景を眺める。

 

クソッ……予想と全然違う。

 

完全に落ち着いてやがる。怒りはあっても、それに呑まれてはいない。このくらいしてもおかしくないと思ってたのか?オレが灰崎の、チカラだけは認めているように。アイツもオレの才能を。

 

ともあれ、これで残る勝機はひとつだけだ。しかも、仕上がった灰崎の状態を考えるに、何かしら動揺を誘った上でなければ通じないだろう。ここからはタフな勝負になりそうだ。

 

こちらも虹村先輩の技で危なげなく得点するが、前途は多難。なぜなら、この回から灰崎が解禁したからだ。自身において、唯一の固有ドリブル。

 

『雷光の(フラッシュ)ドリブル』

 

相手の技を奪うだけのアイツが生み出した、高等技術の結晶。オレですら模倣(コピー)できないそれを――

 

ゆったりとしたドリブルが、次第に速度を増していく。ボールがコートを叩く音が強烈な破裂音に変わり、もはや線ですらなく、軌道は目では追えないほど。灰崎が一歩を踏み出した。

 

右からのドライブ、と判断した瞬間――

 

 

――ボールが視界から消失した。

 

 

驚きの声を上げる暇もなく。解禁された雷速の切り返し。次元の違う速度での急激な方向転換。チェンジオブディレクション。一瞬、灰崎の姿を見失った。ボールだけでなく、身体ごと視界から消えるなど、尋常ではない。

 

「なっ……どこに…」

 

背後から耳に届くドリブルの爆音で、ようやく居場所を感知できた。そして、その頃には、すでに灰崎のターンは終わっていた。リングのネットの揺れる乾いた音が聞こえる。これまで何度も目にした雷速のクロスオーバー。その埒外の脅威に改めて戦慄した。

 

 

――これが、灰崎のオリジナルドリブル

 

 

化物揃いの帝光中学で、スタメンを張ってきた者の実力。やはり一筋縄では行かないか。背筋に走る寒気を感じながら、オレは苦戦を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、オレ達の対決は長期戦の様相を呈してきた。相手が得点を決め、こちらがすぐに返す。一本でも落としたら敗北という緊張感の中において、すでにターン数は二桁に突入していた。圧倒的な互いの攻撃力は、高次元での均衡を保つ。周囲の観戦者達もすでに言葉は無く、固唾を呑んで決着の時を待っていた。

 

「らあっ!」

 

反応不能の、雷速のクロスオーバー。オレを抜き去り、灰崎がレイアップを放つ。危なげなく、もはや十回を超えた自分の手番を得点で終える。

 

攻守交替。こちらも負けていられない。虹村先輩のハーキーステップからの、フローターショット。左右に幻惑するステップで翻弄するが、灰崎を抜ききれない。不十分な体勢とはいえ、ブロックに跳んできた。それをかわすため、瞬時の判断で模倣(コピー)したことのある技を使用。かろうじてブロックを超えてシュートを放つ。

 

「入れっ……!」

 

ガツン、と宙空に浮かせたボールがリングにぶつかった。焦燥感にオレの顔が引き攣る。周りの部員達の喉から息が漏れた。その後、何度か上に跳ね返ったのち、幸いにもネットを通過する。背中に冷や汗がどっと噴き出た。

 

「黄瀬の方は、危ないシュートが増えてきたな」

 

「無理もないぜ。この緊張感で、これだけの長期戦だ。心身の疲労はハンパじゃねーだろ」

 

ここまで連続で突破できているが、灰崎のディフェンスは決して甘くない。どころか、虹村先輩クラスであっても完封できるほどだ。多彩な技を駆使してかわしているが、所詮は格下の選手のもの。アイツに通用するとなると、数は多くない。すでにジリ貧になりつつあった。

 

一方、オレの方は雷速のドリブルに為す術が無い。身体ごと視界から消失する、埒外な技のキレ。ならばこちらも――

 

『雷轟の(ライトニング)ドリブル』

 

練習試合で『無冠の五将』葉山小太郎から模倣した技だ。全身の力を右手の五指へと伝えていく。ボールを強く弾ませる。コートを叩く爆音が轟く。雷速のクロスオーバー。全力で抜きに掛かる。

 

「甘えよっ!」

 

だが、ここで恐れていた事態が起こる。右から左へと振るが、灰崎は付いてきた。元ネタの葉山小太郎の技では足りないか。球速こそ凄まじいが、身体ごと消える肉体の雷速は再現できない。焦りと共に舌打ちする。

 

インサイドへ切り込めない。苦し紛れのジャンプシュート。とっさに思いついた技を使う。3Pラインの外側でのフェイダウェイ。

 

実渕玲央の『天』のシュート。

 

灰崎の手が届く寸前にボールを投げ放つ。心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。どっと冷や汗が滲み出た。幸運にも、リングをかすりながらリングを通過した。さすがにロングシュートは予想外だったようで、何とか打つことができたが、次も入れる自信はない。今のは打たされただけだ。何度か続けば、必ず落とす。

 

「よお、珍しいな。てめーがロングシュートなんざ。ククッ……どうした、ドリブル突破できねーのか?」

 

優勢を確信したか、灰崎がムカつく嘲笑を顔に浮かべながら、声を掛けてきた。それに対して、オレは一瞬、言葉に詰まる。図星だったからだが、それを見てアイツは余計に笑みを深くした。殴り掛からないように自制するのが大変だったが、余裕気な顔を見て決意を固める。やはり灰崎を倒すには、アレしかない。アレとは、つまり――

 

 

――灰崎の模倣(コピー)

 

 

自身の能力を超えた技巧を取り込む。それはこれまで幾度となく試し、断念してきたことだ。青峰っちのドリブルしかり、緑間っちのシュートしかり。だが、それができなければコイツに勝つことは不可能。

 

チャンスはこの1ターンのみ。大きく深呼吸をして、集中力を最大限に高める。全身から無駄な力を抜き、自身の『観察眼』に全感覚神経を動員。だらりと腕を垂らし、灰崎の一挙手一投足を網膜に焼き付ける。同時に雷速の技法を詳細を分析。

 

オレの様子に、相手も狙いを察知したらしい。だが、それでもあの技を使うのはやめないはずだ。真似られるはずがない、というプライド。この真っ向勝負から逃げることはできない。

 

「……テメエがパクってきた、雑魚共の技と一緒にすんなよ?」

 

灰崎の顔が怒りの色に染まり、その勢いのまま雷速のクロスオーバーを炸裂させる。右と見せての左。単純な切り返し。しかし、その速度は尋常ではない。ボールだけでなく、身体ごと視界から消失する。来ると分かっていても、目で追うことさえ困難。反射的に左へ跳んでみるも、その程度で捉えられる速度ではない。

 

雷速のまま、最高速のままの、急激な方向転換。それこそが灰崎のオリジナルドリブルの要訣。

 

 

 

あっさりとオレを引き離し、レイアップを決める。振り向いた灰崎の顔は見ずに、コート上を弾むボールを拾い上げた。無言のまま歩き出し、センターコート付近の定位置で立ち止まる。相手が戻るのを待つ。

 

まぶたを閉じ、先ほどの映像を脳内で再生し、精査した。情報は十分とは、残念ながら言えないだろう。あの方向転換の秘訣を、灰崎が奪って応用したという『古武術バスケ』とやらの技法を知らないからだ。元ネタのひとつである、『雷轟の(ライトニング)ドリブル』のボール捌きだけでは不十分。今回の観察で、おおよその型までは理解できたが、実践可能かどうか……。

 

自分の動作として、仮想世界で再現する。結論は不可。灰崎の応用した技術、重力を利用した方向転換。その古の技法が完全に再現できていないのだ。効力は8割強。並の強豪選手ならともかく、灰崎には通用すまい。

 

……なら、それを別の何かで埋めれば?

 

突如、閃いた天啓に自然と笑みが零れる。そうだ。模倣ではなく、再現。別の要素を加えることで、模倣を完成させる。正対する灰崎の舐め切った表情も、もはや気にならない。気付いているか、灰崎?

 

「アンタが思ってるほど、オレとの間に差はないんスよ?」

 

「あん?なんだって?」

 

「いーや、何でもないッスよ」

 

うまく聞き取れなかったらしい彼に、左右に首を振ってみせる。すぐにわかることだ。腰を落とし、構える灰崎に呼応するように、こちらも集中を高めていく。意識を深く沈めていくイメージ。仮想した通りに、自身の五体を隅々まで精確に操作する。ボールをついた。足の裏から上体、肩から腕、指先に至るまで。寸分の狂いもない。これならばできるはずだ。ただの模倣(コピー)を超えた――

 

 

 

『完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)』を――

 


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