Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第16Q オレの必殺ドリブル

「負けてしまいましたか、荻原君……」

 

準決勝を終え、トーナメント表には2校だけが残っていた。ひとつは帝光中学、そしてもうひとつが獣修館中学。『無冠の五将』がひとり、葉山小太郎が所属するチームである。

 

体育館の観客席のひとつ。ボクはそこで次の試合までの時間を待っていた。連戦の疲労回復も兼ねており、あと1時間ほどはスケジュールに余裕がある。そのため、桃井さんと一緒に午前中の試合の分析をすることにした。先輩マネージャーに撮っておいてもらったものを、この空き時間で確認する。隣り合ったプラスチック製の椅子に座り、再生したデジカメの映像に目を通す。荻原君の所属する明洸中と獣修館の対戦である。

 

「私が教えた弱点を、的確に突いた試合運びになってるわね」

 

「ですが、それでも及ばなかったというのは……」

 

試合前に桃井さんが伝えた作戦。それは、インサイドを徹底的に固めたゾーンディフェンスだった。全攻撃パターンのおよそ7割以上を占める、『雷獣』葉山小太郎のペネトレイト。インサイドを崩してからのパス、あるいはシュート。これが修獣館中学の必勝パターンである。

 

「しっかりインサイドを固めてますね。中に切り込めば囲まれるだけ。序盤は優勢に進められています」

 

「そうね。ミドリンと比べるのはあれだけど。修獣館のシューターの精度は並クラス。アウトサイドから攻めるのもリスクが高いのよね」

 

さらに、桃井さんの分析した、相手選手の情報もある。こうして見る限りでは、第1Q、第2Qは相手の起点を上手く潰せているようだ。明洸中のリードで後半戦に突入する。

 

 

 

後半戦も同じ流れが続く。葉山さんがインサイドに切り込み、そこで残りの相手に囲まれる。ガッチリと内側を固められ、わずかなパスコースも見逃さない密集陣形。シュートに行けばブロック、パスを出せばカットされ、完全に封じられる。しかし――

 

「あれ?だんだん、点差が縮まってきてる……」

 

映像を見ながら、桃井さんが眉根を寄せる。少しずつだが、確実に修獣館の得点率が上がってきている。

 

尋常でない高速ドリブルによるペネトレイトは変わらない。切り込んだところを四方から固める相手チーム。パスコースを塞がれたのを察知した葉山さんは、そのままレイアップを仕掛けた。

 

だが、身長に勝る相手Cはボールを叩き落とさんと手を振り下ろす。これまでは囲まれてブロックで止められていた。

 

だが、葉山さんはその動きに合わせて、空中で反転して回避する。

 

「ダブルクラッチ……!?」

 

「しかも反応が早い。予測していたんですか……?」

 

相手の動きを予期していたとしか思えないほどの超反応。先ほどまでいいように封殺されていたというのに……。

 

その後も、インサイドで囲まれるも、凄まじい反応速度によって、スティールやブロックを回避し続ける。単独でディフェンス陣をズタズタに切り裂くペネトレイト。そこからは超反応でのシュート、あるいはパスによって連続で得点を決め続けた。

 

「信じられない……。試合が終盤になるにつれて、明らかに動きがキレてきてる」

 

感嘆の声を漏らす桃井さん。次第に速度を増す『雷獣』葉山小太郎の反応に、相手選手達の顔に焦燥の色が浮かぶ。刻一刻と反応速度が際限なく上昇する。これはまさか――

 

「この土壇場で覚醒しましたか」

 

自然体の構え。極限まで研ぎ澄ました五感をフル活用することで発揮される、超人的な反応。

 

――『野性』

 

なるほど、ここで身に付けるのか。脱力した状態から、相手の動作に合わせて最速で反応。後出しでのブロック回避を可能とする『野性』の力。やはり彼も天才。追い詰められて覚醒するとは……。反応速度にプラスして、獣のごとき身のこなしの軽さ。囲んだところで、彼を止めるのは至難である。

 

「期待以上ですよ、葉山さん。これは、灰崎君との対決が楽しみです」

 

口元に笑みを浮かべ、ボクは小さくつぶやいた。

 

その後は、明洸中に葉山さんを封じることは出来ず、10点以上の大差を付けられて敗北したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、お前らミーティング始まるぞ」

 

「……もうそんな時間ですか、灰崎君」

 

ビデオを見終えて、息を吐いていたボク達を呼ぶ声。いつの間にか他の皆はロッカールームへと移動を始めていた。灰崎君がそれを教えてくれたようだ。礼を言ってベンチから立ち上がる。そのとき、灰崎君の様子を窺うと、普段よりも固い面持ちだった。

 

「珍しいですね。キミが、試合前に緊張しているんですか?」

 

「あん?このオレがかよ?」

 

「ええ。違いますか?」

 

チッと舌打ちをして、灰崎君が視線をそらす。かつての敗北の記憶が思い起こされたのか。こうしている今も、肩に力が入り、わずかに強張っている様子だ。

 

「……あの時のオレとはちげーんだ。能力の使い方はもう掴んでるし。負けるはずがねーよ」

 

自身に言い聞かせるように、忌々しげに吐き捨てる。心を覆う脅威を振り払うかのようだ。

 

「本来の力を発揮できれば、今のキミならば互角に戦うことができますよ」

 

ボクの見立てでは、野性に目覚めた葉山さんと同格。そう引けを取るとは思えない。シミュレーションをするも、勝敗の予想は付けられなかった。そこで、ビデオを鞄にしまった桃井さんが話に入ってきた。

 

「あと問題は、スタミナよね。今日は3試合目だし」

 

「ああ、そりゃ心配ねーよ」

 

自信満々の様子に、桃井さんが首を傾げた。それはボクも同感だった。途中で先輩達と交代するとはいえ、連戦の疲れは確実に残っているはず。

 

「だって、試合はチカラ抜いてたし」

 

「ちょっと……え?何を考えてるのよ」

 

思わずボクも、頭に手を当てて溜息を吐いた。まさか、初出場の全中でスタミナ温存、というかサボっていたなんて。ありえない判断である。灰崎君の目には決勝しか映っていなかったのか。たしかに今日は動きが悪いと思ってたけど、昨日の疲れのせいだと思っていた。

 

「はあ……なら、体力は問題ないんですね」

 

「おう、余裕だぜ」

 

「決勝はキミにパスを回します。頼みますよ」

 

話をしているうちに灰崎君の緊張もほぐれてきたようだ。スタミナの温存も、ボクにとっては好都合。

 

固有スキル『強奪』を使う灰崎君と、『野性』に目覚めた葉山さんの戦いは――

 

 

――全中の決勝に相応しい、常識外の死闘になるはずだ

 

 

 

 

 

 

 

こうして、全国最強のチームを決める全中の決勝の幕が切って落とされる。ちなみに、ボクはベンチスタートである。それはいつものことだが……。

しかし、さすがは最終日。これまでとは盛り上がりが違う。満員の観客の歓声と共に、ジャンプボールで両者が跳躍した。

 

「よっしゃ!さすが紫原!こっちボールでスタートだ!」

 

人並みはずれた長身と手の長さでボールを弾き、赤司君にボールが届けられる。仲間達が歓喜に沸いた。とはいえ、やはり連戦の疲れからか皆の動きは鈍い。彼らの弱点であるスタミナ不足。覚醒を果たしてしまった青峰君、緑間君は特に顕著である。だが、その中で唯一、例外的にベストのパフォーマンスを発揮しているのが――

 

「おおっ!さっすが、やるねー。練習試合のときも思ったけど、本当に全員1年?」

 

「うっせーな。おしゃべりしてる余裕あんのか?この前のオレと一緒にすんなよ」

 

「へえ、楽しみじゃん。この間はフルメンバーじゃなかったし、噂の帝光の1年組みの力、見せてもらおっかな」

 

「ハッ!見せてやるよ、オレの『強奪』のスキルをよ!」

 

開始早々、一気呵成に攻めかかる灰崎君。

 

 

――左右に小刻みに揺れるハーキーステップ

 

 

これは、虹村先輩の技――灰崎君の最も信頼を置いているドライブ。

 

「うっお!」

 

本家本元、虹村先輩よりもキレ味鋭いドリブルで、葉山さんを一呼吸の内に抜き去った。左右に幻惑するステップからの、一点突破のドライブの威力は全国随一。完全にタイミングを外し、そのまま切り込んでシュートを決める。

 

「言ったろーが、この前と一緒にすんなってよ!」

 

「……やるじゃん。今度はこっちの番だよ」

 

反撃の速攻は葉山さんにボールが渡った。直後、ダンッと破裂音が会場中に響く。

 

轟音に思わず目を見張る人々。その音源は、あまりにも強烈に床にボールを叩きつけたことによる、ドリブルからだった。

 

「行っくぜえ。オレの必殺ドリブル」

 

鼓膜を揺らす轟音。その超高速のドリブルからの切り返しこそが、『無冠の五将』葉山小太郎の真骨頂――

 

「なっ!いつの間に抜いて……!?」

 

 

――『雷轟の(ライトニング)ドリブル』

 

 

まばたきほどの刹那に、灰崎君の脇を突破していた。まさに稲妻のごとき雷速。この圧倒的な攻撃力こそが、『無冠の五将』たる由縁である。そのまま単独でレイアップを決め、振り向き様に灰崎君へと人差し指を向けた。

 

「へっへー。甘く見てもらっちゃ困るぜ」

 

「……上等」

 

こめかみに青筋を立てる灰崎君。

 

 

そこからは、両チームのドリブラーによる叩き合いが勃発する。

 

「ボールよこせ!赤司ぃ!」

 

「よーし、このままぶち抜いちゃうもんね」

 

互いに卓越したドリブル能力を持つ者同士。両チームの司令塔は、この試合で最大の攻撃力を誇るSGにゲームの流れを託した。

 

「すっげえ!さすが決勝、攻撃がハイレベルすぎだろ!」

 

「また抜いたぞ!今度は葉山の番だ!」

 

この第1Q、観客達がヒートアップする打撃戦となっていた。互いの矛が強すぎるがゆえの、ハイペースな点の取り合いである。灰崎君は、左右に幻惑するハーキーステップ。葉山さんは、雷速のクロスオーバー。

 

「やれる。やっぱ、今のオレなら十分にコイツとやれるぜ」

 

自信満々の表情で、灰崎君が気を吐いた。葉山さんの方も、楽しげに目を輝かせる。

 

だが、ボクは知っている。ここからが本番であることを……。

 

両者のオフェンス力は、これまで示した通り。それを止められないせいで、現状は点を取り合うことで、ある種の均衡状態となっている。どちらかが、相手の矛を弾き返したときこそ、この流れは一気に傾くことだろう。

 

そのための武器を、いや、盾をすでに2人は手にしているのだ。

 

「じゃ、タイミングも掴めてきたし。そろそろアレ使うか……」

 

「テンション上がってきたよ……。今なら、どんなドライブも反応できそうだ」

 

 

 

――今大会で灰崎君が強奪した、『古武術バスケ』を応用したディフェンス

 

――同じく明洸中との試合で覚醒した、葉山さんの『野性』

 

 

 

灰崎君と葉山さんの対決は、次のステージへと移行する。

 

 


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