Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第15Q 掌の上というのは

全中2日目の午後1時。これより本日の2戦目、準決勝が行われる。ダブルヘッダーならぬトリプルヘッダーの過酷な日程である。夏の暑さも相まって、スタミナの温存も重要になってくるだろう。

 

準決勝の相手は『無冠の五将』がひとり、花宮真の所属する中学である。どうにも、全中本選が始まってからというものの、『無冠の五将』のいる中学としか戦っていない気がするのだが、何とも恐ろしい組み合わせである。

 

しかし、現在の帝光中学を相手にするならば、そのくらいでなければならない。かつての未来よりも急速に、才能を開花させつつある『キセキの世代』に対するならば、並の全国レベルでは足りない。ボクにとってみれば、練習相手としてちょうどいいというのが素直な感想であった。

 

そうして始まった準決勝、『悪童』花宮真の支配領域に、帝光中学は引きずり込まれることになる――

 

 

 

 

 

 

 

いつものようにベンチスタートのボクは、コートの外から試合の様子を観察する。帝光中サイドは午前中の勢いのまま、1年生メンバーで臨む。相手はPGに『悪童』花宮真。未来での印象と変わらない、ふてぶてしい顔立ち。心の奥底からふつふつと湧き出る苛立ちを抑えるのが大変だった。まあ、これはラフプレイを多用した彼に対する、ボクの先入観なのだろうが……。

 

しかし、驚いたのが相手のSG。細いフレームのメガネに、軽薄な笑みを浮かべるあの男。未来の桐皇学園の主将、今吉翔吉がそこにいた。まさか同じ中学だったとは……。

 

だとすれば危険かもしれない。背筋を走る悪寒に、ブルリと身体を震わせた。ボクでも名前を聞いたことがある程に、彼らの通う中学は有名な私立の進学校である。花宮さんの特性はそれに由来する。さらに今吉さんの特性が交わったならば、マズイことになるかもしれないな。

 

相手のパスルートを全て暗記し、状況判断によって予測する高度な演算能力。それを持つ2人ならば可能だ。花宮さんだけでは使用不可能なアレを、使われるかもしれない――

 

 

 

 

 

 

第1Q前半は静かな立ち上がりだった。互いに得点を奪いながら、大きな点差は付かずに時間が経過する。

 

「何か、アイツら動き悪くねーか?」

 

虹村先輩が怪訝そうな表情でつぶやく。ボクも同感だった。『DF不可能の点取り屋』と称される青峰君と、『超長距離3Pシュート』を放つ緑間君の2人がいて、落ち着いた立ち上がりなどありえない。本来ならばこの倍の点数を取っていてもおかしくないはずだ。だというのに、そんな彼らがまるで点を取れていない。明らかに動きに精彩を欠いていた。

 

「……そうか。疲労、ですね」

 

「あん?つっても、まだ2試合目だぜ。確かにお前らはガキだし、体力は足りてねーけどよ」

 

「だよな。それにフル出場じゃないんだし、ちょっと早くないか?」

 

ボクの言葉に、先輩達が疑問の声を上げる。

 

「普段の彼らならばそうでしょう。ですが、今回だけは、特にあの2人だけは別ですよ」

 

先ほどの試合、青峰君は帝光中で最高得点を叩き出した。類を見ないほどに圧倒的な活躍である。しかも、その大部分が単独でのドリブル突破からの『型のない(フォームレス)シュート』。

 

緑間君は密着マークを振り切るために普段以上に動き回っていたし、さらに、試合後半からは青峰君に注意をひきつけて、例の長距離3Pを多用していた。『キセキの世代』としての才能を行使し過ぎていた。

 

「彼らの才能は、それを行使する肉体に多大な負荷を掛けてしまう。中1の今の時点では、もはや限界を超えつつあるのでしょう」

 

青峰君にボールが渡るが、目の前の相手を抜ききれない。本来ならば1on1で圧倒できるほどの実力差があるはず。しかし、左右に大きくボールを動かし、フェイントを仕掛けるも、なかなか振り切れない。諦めて赤司君にパスを返すところを、PGの花宮さんにスティールされてしまう。

 

「やっべ……」

 

そのままカウンターの速攻。高い位置でボールを奪われたせいで、追いつけるのは赤司君しかいない。だが、さすがに『無冠の五将』と謳われるだけのことはある。立ち塞がる赤司君を技巧的なドリブルでゴール付近まで翻弄し、ブロック困難なフローターショットでふわりとボールを浮かせた。

 

「アイツ、かなり巧い……」

 

ベンチで応援している虹村先輩が思わず唸る。片手で浮かせたボールは、緩やかに帝光中のリングを通過した。

 

 

 

PG同士の実力は拮抗している。赤司君から単独で仕掛けることはないだろう。将来はともかく、ボク達はまだ中学に入学して日も浅い。身体能力や技術はまだ発展途上なのだ。花宮さんに勝負を挑むリスクは犯せない。ゆえにパスを回す。だが、それは――

 

「ハハッ……甘いで」

 

――今吉さんの腕に阻まれた。

 

パスコースを寸断され、相手のカウンター。最初にケアをするはずの緑間君もあっさりと抜かれ、今吉さんのワンマン速攻が決まった。

 

「……やはり、緑間君の動きも悪いですね」

 

ポツリとつぶやく。隣の虹村先輩も表情を曇らせて頷いた。

 

「個人個人の動きもそうだが、それよりも。さっきからスティール多くねーか?」

 

「そうですね……。虹村先輩も気付きましたか」

 

話をしている間にも、また花宮さんのパスカットでボールを奪われた。目に見えて相手のスティールが増加している。

 

「赤司のヤツも不調なのか?アイツは、そういう波が少ないと思ってたんだけどな……」

 

「いえ、そういうわけではないでしょう。ただ残念ながら、彼らの術中に嵌ってしまったようですね」

 

「術中?」

 

疑問の声を上げる虹村先輩に、一言で答えた。

 

 

「蜘蛛の巣に足を踏み入れてしまったんですよ」

 

 

『無冠の五将』が一人、花宮真の特性はその知能の高さにある。相手の攻撃パターンを全て記憶し、パスコースを誘導し、限定することで先読みを行うというスタイル。彼の頭には帝光中の攻撃パターンが数十通り入っており、その中から赤司君がどれを選択するか、瞬時にシミュレートしているのだ。まるで盤上を眺めるがごとく、正確に見抜いてくる。正確な状況判断であればあるほどに、蜘蛛の巣はそれを絡め取る。

 

だが、未来ではラフプレイで相手の視野を狭窄させなければ使えなかったはず。冷静な状態では、選択肢が多すぎて花宮さんでも完全なシミュレートは不可能なのでは……?

 

その答えはすぐに判明した。赤司君から紫原君へのパス。花宮さんの脇を抜いて放たれたそれが、今吉さんにカットされた。

 

「んー、ダメダメ。読めとるで」

 

奪ったボールを片手に、薄ら笑いを浮かべて首を振る今吉さん。その様子に、赤司君が一瞬だけ表情を歪めた。

 

「不調の青峰、緑間を避けて身長差のある紫原なんてな。焦りが安全策に走らせてしもたか」

 

訳知り顔で笑う今吉さんから花宮さんへパス。そこからの速攻が再び炸裂した。

 

 

そうか、彼がいた。心理戦のスペシャリスト。かつてボクの行動心理を掌握した、他人の心を読む怪物。今吉翔一がいれば可能だ。ラフプレイで冷静さを奪わずとも、心理面からの行動予測が――

 

「あるいは、高校時代よりも精度が高いかもしれませんね……。この2人の合わせ技は脅威です」

 

現在の赤司君では対抗できないのではないか。そんなボクの予想に違わず、ここからの第1Q、帝光中は全ての攻撃を封殺される。赤司君のゲームメイクは、完全に読み切られていた。

 

気消沈した様子でベンチに戻ってくる仲間達。こうなれば仕方がない。赤司君の『天帝の眼』を開眼させる方法は判明しているし、今回はボクが終わらせてしまおう。

 

「監督、次からボクが出ます」

 

軽く手を上げて、そう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

第2Q、緑間君と交代したボクは、存在感を消しながら、一人ごちた。

 

「さて、お手並み拝見といきましょうか」

 

試合再開と共に、ボールを持つ赤司君に目で合図を出す。あらぬ方向に出されたパスに、相手チームの顔に困惑の色が浮かんだ。だが、ボールが直角に軌道変更するに至り、それが驚愕に変わる。

 

「なあっ!ボールが曲がった!?」

 

相手の視界から消え去り、中継された変幻自在のパス。それは――唯一、読みきっていた花宮さんに叩き落とされる。

 

「んな馬鹿なっ!」

 

「黒子のパスが、止められた……!?」

 

青峰君が、灰崎君が、紫原君が、信じられないといった風に声を上げる。赤司君でさえ、驚きを隠しきれないようだ。

 

これまで帝光中を救ってきた変幻自在のパス回し。それを初見であっさりと破られた衝撃は大きいだろう。しかし、ボクにとっては未来ですでに経験していることである。蜘蛛の巣の完成度を見るために、あえて連携で仕掛けてみただけ。仲間達とは違い、そこに落胆はない。

 

「よお、ヒーロー気取りで出てきたようだが。ずいぶんみっともねーな」

 

ワンマン速攻を決めてご機嫌な花宮さんが、ボクの側にやって来て小声で囁いた。相手を小馬鹿にするような嘲笑を向けてくる。さすがに、一瞬だけボクの頬が引き攣った。相変わらず他人を苛立たせる天才だな。

 

「……たかだか2点決めたくらいで、ずいぶんなはしゃぎようですね」

 

「くだらねえ負け惜しみだな。所詮、テメエもただの雑魚だってことだ。オレの掌の上で踊らされるだけなんだよ」

 

口元を吊り上げ、舌を出した。未来でラフプレイを多用された経験を思い出し、さらに苛立ちが積もっていく。それに対して、ボクは言い返すことはせずにゲームに戻った。思い知らせてやる。苛立ちを心の奥に隠し、表情も意識的に消していく。

 

「一本、落ち着いて行こう」

 

ゆったりと時間を掛けて赤司君がボールを回す。ボクのパスを止められたことで、浮き足立つのを抑えるためだ。慎重に攻め方を考えながら、スティールされないよう丁寧に紫原君にパスを回す。だが、それは今吉さんに読まれている。すでに放たれた軌道の延長線上に身体を入れていた。

 

「もらっ……何やて!」

 

彼の眼からはボールが消えたように見えただろう。寸前でボクの掌でタップされ、相手の裏を取っていた灰崎君の手元に渡る。やはり……君ならそこにいると思いましたよ。

 

「ナイス!黒子!」

 

そのままインサイドに切り込み、自ら得点を決める。

 

驚きに目を見開く今吉さんと花宮さん。そして――赤司君も。

 

これが彼の『蜘蛛の巣』を突破する方法。最適なパスルートを読んでカットする『蜘蛛の巣』から逃れるには、独断でパスルートを変更してしまえばいい。赤司君との連携としての軌道変更ではなく。その場その場の、ボクの判断でのルート変更に対応することはできないのだ。

 

「ぐっ!テメエ……まさか」

 

「よそ見してる暇あるんですか?」

 

今度は花宮さんの目の前で、ボールを弾き返す。予測通りのパスルートを強制変更。伸ばした彼の手は虚しく空を切り、悔しげに呻いた。

 

「なるほどね。そういうことか」

 

得心した様子の赤司君は、ボクを無視してゲームメイクを行う。通常通りにパスを回し、それを独断ルート変更をしてもしなくても良いというスタンス。さすが、最も効率的なやり方を理解している。スティールを仕掛けなければ良し。仕掛けるようなら、それを見てからボクがタップして中継する。見る見るうちに得点差は開いていった。

 

「クッ……また消えよった」

 

細い目を見開き、辺りを見回す今吉さん。視界から逃れたボクは、今度は紫原君にボールを弾く。変幻自在、予測不能の風雷のごとき軌道に相手は為す術もない。ノーマークで紫原君がダンクを叩き込む。

 

「……どうなっとんや。全然、予想できん」

 

ギリッと今吉さんが悔しげに歯噛みする。その様子に一安心した。未来で唯一、完全にボクの視線誘導(ミスディレクション)を攻略したのが、この今吉さんだったからだ。

 

他人の心を読む妖怪、と恐れられるほどの読心能力。ことごとくボクの思考を先読みされ、パスはおろかマークを外すことすらさせてもらえなかった経験が思い起こされる。あれは衝撃だった。だからこそ、過去に戻ってからは万全の対策を積んでいる。心を隠す閉心術を――

 

「さすがに、ワシも自信無くすわ……。ここまで読めんヤツ、初めて見たで」

 

感情を制御することは以前からやっていたが、表情や仕草から徹底的にクセを除いた。視線の動きや呼吸に至るまで、ひたすら外面の情報を遮断する。思考を隠すための閉心術を磨き上げていた。

 

 

ゆえに、ここからはボクの独壇場だった。

 

 

「警戒が甘いですよ」

 

無防備な花宮さんの手元から、ボールをスティール。たび重なる視界外からの強奪に、彼の顔が怒りに染まる。

 

「テメエ、ふざけんじゃねえ!」

 

「おっと。赤司君、ボール返します」

 

憤怒の表情で立ち塞がる彼を見て、すぐに赤司君にボールを戻す。ついでに花宮さんの耳元で淡々と告げてやる。

 

「そういえば、さっき言ってましたね。あれ、間違ってますよ」

 

「あん?」

 

その間にも帝光中の攻撃は続いている。憎々しげに睨み付けていた視線を、赤司君へと戻す。連続で得点を奪われているこの状況。この辺りでストップしておかないとマズイ、と思っているのだろう。勝負所と見たのか、花宮さんも集中力を高めてスティールを狙っている。

 

「……隙がない。さすがに地力もあるか」

 

赤司君がボールをキープしながらつぶやいた。だが、そのまま膠着状態に陥るのも良くない。周囲の動きを確認して、灰崎君にノールックでパスを出す。

 

「読めてるんだよ!」

 

脳内を高速で回転させ、最速でパスコースをシミュレート。未来予測にも近い精度のルート計算は、恐るべき反応速度でのスティールを可能とする。この試合で最も完璧なタイミング。だが、それは――

 

 

「掌の上というのは、こういうことを言うんですよ」

 

 

――直前で、後方へと叩き戻された。

 

向かってくるボールを寸前で弾き、正反対に軌道変更。擬似的なワンツーで、ボールは加速した赤司君の手に戻る。マークの花宮さんがスティールで離れた今、赤司君はノーマークでインサイドにカットイン。ストップからのジャンプシュートを決めたのだった。

 

 

 

 

 

憎悪に燃えていた瞳から、炎が消えたことを確認した。格付けが済んだのだ。

 

未来での恨みは現在の彼には関係ない。関係ないのだが、つい苛立ちをぶつけてしまった。まあ、自業自得か。あんな挑発をしてくる方が悪い。

 

 

 

第3Qからは1年生はメンバー交代して、上級生メインになるのだが。その後もボクは休憩を挟みながらも出場し続け、それ以降に花宮さんがスティールを成功させることは、一度たりともなかった。


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