Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第14Q 外す気がしねえ

全中初日を突破したオレ、青峰大輝の本日のテンションは最高潮だった。

 

「よっしゃ!いよいよ今日が、全中のラストだよな」

 

「そうね。ただ、チームが少なくなったから、今日は3試合。すごくハードな1日になりそうね」

 

「望むところだぜ」

 

電車を待つための駅のホームで隣のさつきに気を吐いた。肩を回してみる。昨日の疲れは取れたようだ。身体の調子は万全。まあ、先輩達とローテーションだったしな。

 

「大ちゃん、忘れ物ない?バッシュは持った?」

 

「持ってるよ。うっせーな、これで何回目だよ」

 

「もう、だっていっつも忘れ物するじゃない」

 

相変わらず母親かってくらい面倒くせー。心配性過ぎるだろ。電車を待ちながら、腕を頭の後ろで組んで上を向いた。さつきは最近よく書き込んでいるノートを、鞄から取り出す。

 

「そうだ!今日の初戦の相手なんだけど。大ちゃんのマッチアップ、エース級の要注意人物だよ」

 

「へえ、そりゃ楽しみだ」

 

思わずオレの口元が吊りあがる。

 

「それでデータと攻略法なんだけど……」

 

「いらねーよ。せっかく楽しめそうな相手なんだ。そんなん知ったら半減するじゃねーか」

 

「はあ……またそれぇ?まあ、テツ君も助言はいらないって言ってたけどさ」

 

さすがテツ、分かってるじゃねーか。全国最強を決める大会とはいえ、今のところ、手も足も出ないレベルの敵は現れていない。オレを熱くさせる相手と戦えてねーからな。余計な情報無しで楽しみたいもんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

そんな期待と共に始まった全中2日目にして最終日。江口東中学とのゲームだった。

 

「……って、オイ。全然じゃねーか」

 

開始早々に、あっさり横を抜いてシュートを決めたオレは、呆れと共に溜息を吐いた。マッチアップの根武谷永吉というヤツ。技術も反応も並レベル。さつきが要注意って言ってたから楽しみにしてたが、まるで相手にならねー。

 

だが、そんなことを思えたのはそこまでだった。リバウンド勝負で押し合い、――コート上に転がされるまでだった。

 

「おう、悪いな。あんまり軽かったんで気付かなかったぜ」

 

尻餅を着いたオレを見下ろして相手PF、根武谷永吉はつまらなそうに言い放った。

……この野郎、完全にナメてやがる。頭にカッと血がのぼり、奥歯を噛み締めた。

 

 

 

江口東の攻撃。紫原の待つインサイドを避け、相手チームのシューターが3Pを放つ。だが、ボールはリングに当たり、空中に弾かれる。

 

「よっしゃ!ポジションはもらった!」

 

根武谷よりも反応が早い自信がある。相手よりも前に陣取り、腰を落としてヤツの身体を押す。さっきは不利なオフェンスリバウンドだったが、今回はディフェンスリバウンド。これならコイツを止められる。だが、その驕りは押してもビクともしない圧倒的な重量感と共に霧散した。

 

「な……マジかよ。テメエ、オフェンスリバウンドだろーが」

 

「軽すぎんぜ!マッスルゥ~」

 

「ぐおっ、重っ……」

 

まるでダンプカーに圧されているような。何の抵抗もできずに、ズルズルと前方に押し出されていく。そのままゴールの真下、最悪のポジションへと追いやられる。

 

「リバッ!ウンドォ!」

 

跳躍と同時にオレの身体は筋肉の塊に弾き飛ばされていた。アイツは、悠々と無人のゴール下でボールをキャッチ。もう一度、ジャンプしてあっさりと得点を決める。その一部始終を、またしてもコート上に尻餅を着きながら見送るしかなかった。

 

だが、オレの胸の奥からじわりと熱い何かがこみ上げてくる。

 

「ハハッ、面白れえじゃねーか」

 

小さくオレは笑った。

 

 

 

 

 

リバウンド勝負に勝ち目はない。ただでさえ年齢的にフィジカルは弱いんだしな。このゴリラとの押し合いは諦める。こっちには紫原がいる。アイツの方は空中戦で圧倒しているし、悪いがリバウンドは任せるしかない。リバウンド奪取率は紫原とこの根武谷で半々ずつ。なら、オレの仕事は――

 

「うおっ!なんつーテクだよ……!」

 

――得点を獲ることだ

 

左右に大きくボールを振るトリッキーな動き。そこからの緩急を付けたドライブで、瞬時に根武谷を抜き去った。

 

よし!やっぱ、技術ならオレの方に分がある。

 

そして、その場でストップからのジャンプシュート。相手チームのカバーも間に合わない。決まった、そう確信した瞬間、横合いから太い腕が伸びてきた。

 

「なっ……追いついてきたのかよ!?」

 

「1回抜かれたくらいで終わるかよおっ!」

 

驚きで硬直した掌から、ボールが叩き落される。直後、空中で自分の首をひねったオレは、隣にブロックした男の姿を認め、思わず目を見開いた。

 

抜かれても諦めず、全力疾走で追いついてブロックだと……!?この筋肉馬鹿、パワーだけかと思いきや、何て運動量だよ。スタミナも鍛え上げられてやがる。完全にテクを捨てて、筋力と体力で勝負とか。いくら何でも潔すぎるぜ。

 

 

 

カウンターの江口東の攻撃。だが、手元が甘いぜ。手先を走らせ、根武谷からボールをスティール。

 

「おらあっ!」

 

そのまま全力のドリブルで単独速攻。慌てて数人がカバーに来るが、それをかわしてレイアップ。だが、その直前に背後からブロックに跳ぶ根武谷の気配に気付く。楽はさせてもらえないみてーだな。

 

「チッ、うっとおしいぜ」

 

レイアップの体勢から速度を殺してストップ。走りこむ勢いのままに跳ぼうとする根武谷は、急激な停止について来れない。ガクリと堪らず膝を折った。今度は悠々とジャンプシュートを打つ。その体勢の崩れたな状態でブロックはできないだろう。

 

 

――だが、この男の筋力はそれを可能とした。

 

 

オレの指先を離れたボールが、弾き飛ばされる。

 

「クッソ……打てさえすれば」

 

打てば入る。

 

それは予感にも近い。ここ最近、シュート成功率はうなぎのぼりで、打てさえすれば決める自信はある。一切外す気がしないという確信。だというのに、コイツはことごとく邪魔をしてきやがる。ただただ運動量と筋力に任せた、しつこいだけのディフェンス。それは技術や反応で上回るオレを封じていた。

 

一体どうすればいい……。

 

 

 

 

 

 

 

第1Q終了のブザーが鳴り、ベンチに戻ったオレはパイプ椅子に腰をおろした。スポーツドリンクをがぶ飲みしながら、意識を沈め、さっきのゲームを反芻する。

 

リバウンドを取られるのはいいとして、問題は相手の運動量に任せたブロックだな。今のオレなら、打てばシュートは入る。根武谷のリバウンドを防ぐには、とにかくシュートを外さなければいいんだ。だけど、そのためにはどうすれば……。次第にオレの意識から音が消えていく。

 

「予想以上でしたね。昨日、観たのが2試合目だったせいですね。あのディフェンス力は想定外です。オールコートプレスに匹敵する運動量。それをこのゲーム中ずっと続けてくるつもりでしょう」

 

隣に座っていたテツが肩を竦める。何かを言っているようだが、その声はオレの耳には届かない。試合に集中しきった、心が澄み渡る感覚。

 

「……ああ、聞こえてませんか。アドバイスは必要無さそうですね」

 

――速く、素早く

 

 

 

 

 

第2Q、オレは一意専心の心持でドリブル突破を仕掛けた。

 

「うっお!さっきより全然速え……!?」

 

目を見開き、驚きの声を上げる根武谷を置き去りにする高速ドライブ。ブロックは絶対に阻止。それを念頭に入れて、その場からクイックでのジャンプシュート。とにかくモーションの時間を短縮。頭上にボールを構えて放り投げる。だが――

 

「……させっかよ!」

 

横から伸びる根武谷の指がかする。このクイックでも追いついて来れたのかよ。軌道のズレたボールは、当然のようにリングに弾かれる。この速度でもダメか。なら、もっと早く――

 

幸い、リバウンドは紫原が奪取。昨日の試合で会得した片手リバウンド『バイスクロー』で制空権を確保した。

 

そして、再び帝光ボール。ドリブルでボールをキープしながら、赤司が周囲を見回す。オレがリバウンド勝負で勝てそうにないし、シュートを外すのは避けたいだろう。最も信頼が置けるのは、確実に3Pを決める緑間。だが、全中初戦で活躍し過ぎたせいで、アイツは徹底的にマークされている。

 

「こっちだ、渡せ!」

 

手を上げてパスを要求する。勝率で言えば、紫原や灰崎の方が高いだろう。この体力バカで筋肉ゴリラの、しかし心技体の体を極めた男を相手にするオレよりも。チームのためにはその方が有利かもしれない。だが、そんなことは関係ない。根武谷永吉という強敵を倒すことのみに、オレは専心していた。

 

「ハッ!まだオレに勝てると思ってんのかよ!」

 

自信満々で吠える根武谷に、ボールを受け取ったオレは鋭い視線を向ける。頭には1on1しか存在しない。全神経を張り詰め、それでいて全身から力みを消して脱力する。頭の中から余計な思考が消えていく。二度は負けられない。その追い詰められた緊張がこの状態を作り上げたのか。

 

 

――我ながら最高の集中だ

 

 

そんな思考が頭の片隅に浮かび、すぐに消える。

 

意識を目の前の相手に向けた。一挙手一投足までもが鋭敏に感じ取れる。右へのフェイクに合わせて、わずかにズレる重心。

 

その刹那のタイミングを読みきって左からのドライブを仕掛ける。まるでコマ送りのように映る視界。そんな緩慢な世界の中で、オレの身体だけはタイムラグなく動いてくれる。そういえば、テツが以前言ってたな……。

 

 

敏捷性(アジリティ)とは、それを使いこなす極限の集中状態があってこそ、真価を発揮する、と。

 

 

今なら分かる。先ほどよりもさらに素早く、神速で相手の横を通り過ぎる。横に一歩を踏み出されてから、遅れてこちらを振り向く根武谷。その顔には驚愕が張り付いている。そして、その頃には、オレの身体は次の一歩でインサイドに切り込んでいた。

 

「は、速すぎんだろ……」

 

呆然と漏らした声を背後に聞きながら、前方には相手Cがカバーのために立ち塞がった。空いた紫原にパスという手もある。だが、そんな選択肢は思い浮かびもしなかった。緩慢に過ぎる敵の動作。かつてなくキレる自身の手足。

 

負ける気がしねーよ。

 

一瞬だけ速度を落とし、トリッキーなドリブルで左右に振り回す。そして、ゴール下に切り込むと見せて、フリースローライン付近へと向かう。体勢の崩れた相手はついて来れない。あっさりと敵を振り切り、ストップからのジャンプシュート。フィニッシュを確信してボールを放とうとして――

 

「うおおおおっ!マッスルブロックぅ!」

 

オレに抜かれてから全力で走ってきた根武谷が左側から跳び掛っていた。気付いた時にはもう遅い。このタイミング、ギリギリで止められると直感する。

 

しまった……。ゴール下で相手をかわすのに少し時間を掛けちまったせいだ。クソッ、止められさえしなければ、シュートは決まるのに。打てさえすれば――

 

「ああああっ!」

 

思考よりも先に、身体が動いていた。反射的に、オレは上半身を大きく後ろに反らす。フェイダウェイよりもさらに深く、床と水平になるほどに。

 

ブロックを狙って振った腕が空を切る。根武谷の顔は驚きで固まっていた。体勢は最悪で、とてもシュートを打てる状況じゃない。だが、オレの顔には自然と笑みが浮かんでいた。周りの景色がスローモーションに見える。

 

 

「外す気がしねえ」

 

 

大きく反らした体勢で、ボールを投げ放つ。普段の練習とは程遠い、型外れのシュート。だが、極限まで集中したこの状態でなら、下半身からの力の伝達、手首の返し、そして指先の微細な感覚で精密な動作が可能。シュートタッチは限りなく理想的だった。

 

 

かつてない程の確信と共に放たれたボールは、天高く跳び上がり――リングにかすることすらなく通過した。

 

 

「すげえっ!決まったー!」

 

「何だありゃあ!マグレか!?」

 

会場中からどよめきの声が上がる。相手チームの選手達も浮き足立った様子で、リスタートのパスを出した。他の連中には、苦し紛れに放っただけと思われても仕方ないだろう。だが、オレだけは理解している。得点能力の要、シュートの極意を掴んだことを――

 

 

 

 

 

 

 

数十秒後、ドッジボールのように無造作に投げられたそれが、寸分の狂いも無くリングに叩き込まれたとき。会場中が、今度は気味の悪い沈黙に包まれた。一様に押し黙る観客達。それは相手チームの選手も同じだった。

 

動揺によるミスで続く攻撃機会を逸した江口東。帝光中は赤司からオレにボールが回る。マッチアップは同じく根武谷永吉。

 

「んな、適当な、マグレが何度も続くはずねえ!」

 

「マグレじゃねーんだよ。無敵状態のオレに勝てるか」

 

集中状態は持続している。引き続いて、コマ送りのように相手の動きが視界に映っていた。今のオレは、相手の予備動作を確認しながら、後出しで仕掛けることができる。それほどの敏捷性を有している。容易に根武谷を抜き去り、あえてストップからジャンプシュートを試みた。

 

「マッスル!ブロックぅ!」

 

さっきから思ってたけど、ブロックにマッスルは関係ねえだろーが。

 

今回はあえて追いつかせた。自分の力を確認するために。ボールを叩き落とさんと伸びる手を回避し、大きく左に持ち替える。根武谷からは届きようのないそこから、サイドスローでボールをぶん投げた。直線的に目標へ、空を切り裂いて向かう。

 

この試合で理解した。オレにとって、シュートフォームなんて意味の無いものだ。どんな体勢であろうと関係ない。

 

型にはまらない天衣無縫のシュート。

 

 

――『型の無い(フォームレス)シュート』

 

 

勢い良くボードに激突したボールは、リングにも衝突しながら精確に通過した。

 

「こっから先、オレがシュートを外すことはねえ」

 

 

 

 

 

それから17本。オレのシュートはただの一度も止められることはなく。今大会最高得点でこの試合、幕を閉じた。


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