Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第13Q うっわ、久しぶりじゃん

全中の初日、2試合を終えて夕陽も沈んだ頃、ボクは観客席のひとつに座っていた。隣では桃井さんがデジタルカメラを三脚に設置している。それを終えると、彼女は試合結果をまとめるためのノートを鞄から取り出した。全中の舞台となる広大な会場は、4割ほどの埋まり具合。まばらな観客席の大半は出場選手と応援の生徒達、残りは保護者という状況だった。

 

「まあ、本来はこれが普通ですよね……」

 

新鮮な気分でつぶやいた。雑誌などのメディアで『キセキの世代』が取り上げられたせいで、当時は満員でしたからね。特に中3のときの全中の盛り上がりは前代未聞で、立ち見まで出る始末。その印象が強いせいで、今年の大会は少し物足りない気分だった。

 

「やっぱり、テツ君の言ってた中学は順当に勝ち進んでるわね」

 

桃井さんはトーナメント表に線を引いて勝敗を確認する。

 

「葉山小太郎と花宮真。以前から注目していた、その2人のいる中学は今日も勝ち残ってる。得点を見ると、実力的にもだいぶ抜けてるわね」

 

「そのようですね。どの試合も10点以上の差を付けて勝っているようですし」

 

手元のノートを覗きながら、確認するように答えた。この調子ならば、帝光中と当たるまで勝ち進んでくるだろう。まだ『無冠の五将』がひとり、根武谷永吉の試合がまだだが、おおよその中学は出揃ってきた。

 

「あれ?これは……」

 

トーナメント表を眺めていると、見覚えのある中学に視線が止まる。それと同時に背後で大きな声が上がった。

 

「あっ!黒子!」

 

明るい声で呼ばれて、ボクは振り向いた。思わず驚きで目を見開いた。こちらに駆け寄ってくる人影。それはよく見知ったものだった。

 

「荻原君……!?」

 

「うっわ、久しぶりじゃん。まさか、本当に全国で会えるなんてなー」

 

バンバンと興奮気味にボクの肩を叩く。小学校時代の友人の萩原君との再会。予想外の出来事に、思わずボクは目を丸くして驚いた。

 

「……お久しぶりですね。全中に出場すると電話では聞きましたが、本当に会えるとは思いませんでしたよ」

 

「おいおい、今日で負け抜けして帰ると思ってたのかよ。もちろん勝ったんだぜ。まあ、オレは補欠だけど……」

 

頬をかきながらも、嬉しそうに語る。

 

「なあ、シゲ。勝手に行くなよ……って誰?」

 

「ああ、先輩。コイツ、小学生のときの友達で、黒子テツヤって言います。それで、聞いてくださいよ。何とあの、帝光中で背番号もらってるんですよ!」

 

「えっ!?マジかよ……お前と同じ中1だよな?」

 

自慢げに胸を張る荻原君に、驚きの声を上げる先輩達。

 

「そういや、黒子って試合は出れたのか?こっちとかぶって観れなかったんだけど」

 

「出ましたよ。初戦の第2Q目だけですけど」

 

「うおっ!すげえじゃん。あの帝光中で少しでも出れるって相当だろ。オレなんか、ずっとベンチだったぜ」

 

たぶん、経験としてお情けで出してもらったと思ってるんだろうな。まさか、切り札として出されたとは想像もできないだろう。隣にいる桃井さんが微妙な表情で笑っている。

 

「で、隣のかわいい娘は誰?彼女?」

 

「かっ!かかか彼女っ!?」

 

荻原君の軽口に顔を真っ赤にして叫ぶ桃井さん。

 

「……マネージャーの桃井さんです。次の試合で当たる中学の偵察ですよ」

 

「あっ、そうなんだ。次はどこ?」

 

彼女でないことは分かっていたようで、それはそれで心外だが、すぐに切り替えて眼下のコートに目を向けた。すでにアップを始めている両チームのユニフォームの文字を読み取る。

 

「上崎中と江口東中……。強いんですか?」

 

後ろを向いた荻原君は先輩に問い掛ける。明洸中の生徒達も同じくコートに目をやった。

 

「どっちも名門校だ。特に江口東は去年、かなり強力なPFが入ってな。良いところまで勝ち進んでたぜ」

 

「へえ、そうなんですか」

 

「つーか、オレらはもう戻るからな。集合時間に遅れんなよ」

 

はい、と彼は返事をしてボクの隣に座った。一緒に観戦してくれるようだ。同時に、コート上に選手が集まり整列を始めている。試合開始だ。桃井さんもビデオカメラのスイッチを入れる。

 

「そろそろ始まるようですね」

 

「なあ黒子。どっちが勝つか予想しようぜ」

 

「いいですけど……。荻原君、両チームのこと全然知らないですよね?」

 

無邪気に笑う彼に、ボクは苦笑してみせる。上崎中といえば、かつての歴史では中1の時点で頭角を現していたあの選手がいたはずだ。エース級の実力を持ち、青峰君と唯一競り合えた新入生が――

 

「この試合、互いのPFの選手の優劣が勝敗を左右するでしょう」

 

確信を持って、ボクはそう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての記憶を思い出す。

 

1年生でありながら全国区のエース。それが上崎中の井上、という選手である。並大抵の才能ではない。帝光中レギュラーだった、かつての歴史の青峰君と同列に並べられたと言えば、その凄さが分かるだろうか。全国最強の帝光中で、唯一の新入生レギュラーにしてエース。そんな彼と同列の才能。もちろん、覚醒前の青峰君と比較してではあるが――

 

それでも、稀有な才を持つ逸材であることに違いは無い。

 

「巧い……。マジかよ、あれがオレらと同学年だって?なんつーセンスだよ」

 

呆然と荻原君が息を漏らす。技巧的で幻惑するドリブル技術に丁寧なシュートタッチ。開始早々に仕掛けた、目を見張る単独突破。たった一度の攻撃で、そのセンスをいかんなく発揮していた。

 

「しかも、ディフェンスも隙がねえし」

 

相手のPFの腕からボールをカット。再び単独速攻を仕掛ける井上君。だが、さっきのプレイに警戒したのか、二人掛かりで相手チームも止めに来る。そこで彼は躊躇無くノールックで味方にパス。空いた敵陣を上崎中の仲間が攻略する。

 

「さらに、周りも見えて冷静……。とても良い選手ですね」

 

正直なところ、中2で覚醒後の青峰君を相手に晒した醜態しか覚えていなかったが……。改めて観察すると、その実力は瞠目するものがある。桃井さんも同意するように頷いた。

 

「心技体揃ったハイレベルな選手よね。皆と同じくスタミナに難はあるものの、明日当たるのは初戦だし。体力的にも万全なはず。これは青峰君に匹敵するかも……」

 

「ですが……このままじゃ終わりませんよ。江口東中には彼がいますから」

 

そう言ってボクは上崎中のゴール下に視線を向けた。リングに当たったボールが空中に浮く。

 

リバウンド勝負。しかし、そこに井上君の姿は無い。苦々しく歪んだ表情を浮かべ、みじめに尻餅を着いていた。ゴール下にいるのはただ一人。そこには天才的エースを陣内から弾き飛ばした、色黒の男が佇んでいた。

 

 

――『無冠の五将』根武谷永吉

 

 

「ゴール下のパワー勝負で、彼の右に出るものはいませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

心技体がハイレベルで揃っているのが井上君だとすれば、体のみに特化したのが彼である。精緻な技巧や先を見通す戦術眼など一瞥もせず、一心不乱に高め続けたのが筋力だった。それだけに、その一点特化の能力は鋭く尖りきっている。

 

「前半が終わったけど、得点は互角か……」

 

「さすがに全国常連校同士。チームとしての総合力は高いわね。ただ、その中でもあの2人は図抜けてる。テツ君が試合前に言ってたみたいに、PF同士の均衡が崩れたときが勝負の分かれ目になりそうね」

 

桃井さんも荻原君も食い入るようにコートを見つめている。後半戦もマッチアップは変わらず。第3Qも上崎中の攻撃の要は井上君のペネトレイト。

 

「抜いたっ!」

 

手元でのワンフェイクからドライブ。そこからの切り返しで、体勢の崩れた根武谷さんを抜き去った。モーションの読みにくい初動と切り返しの滑らかさは、彼の技術力の高さを見せ付ける。

 

 

 

そして、次は根武谷さん率いる江口東中の攻撃ターン。エースでの突破を軸とする上崎中とは対照的に、オフェンスはまんべんなくどこからでも仕掛けていく。今回はSGからのロングシュート。だが、それはリングに当たって上空に弾かれる。

 

――リバウンド勝負

 

「って、おいおい!オフェンスリバウンドなんだぞ!」

 

荻原君が驚愕の声を上げる。それもそのはず。絶好のポジションを取ったはずの井上君が、あっという間にリングの真下、ボールの届かない最悪のポジションに押しやられてしまったのだから。圧倒的なパワーでその身体を押し込んで、逆に絶好のポジションを確保される。

 

「マッスル!リバウンドぉおおお!」

 

野太い雄叫びが会場中に轟く。気迫の叫びと共に跳び上がり、井上君を弾き飛ばしながらボールをキャッチした。強烈な一撃で一蹴した後は、無人のゴール下で悠々とシュートを決める。

 

「……信じらんねえ。力任せ過ぎんだろ。オレもPFだけど、ぜってえアイツとはやりたくねーよ」

 

げんなりした様子で荻原君がつぶやいた。

 

「だけど、その効果は絶大よね。リバウンドを確実に取れることは攻守において圧倒的に有利。今日の照栄中との試合でのムッくんを見てもわかるように、ゴール下の主導権争いは直接勝敗に結びつくわ」

 

その言葉にボクも頷く。

 

試合でのシュート成功率は、NBA選手でもペイントエリアでおよそ5割~6割と言われており、3Pシュートを含めればさらに下がる。ましてや中学レベルでは、シュートの大半は落ちると考えた方がいい。そこで最重要となるのが、リバウンドである。

 

「うおっ!またリバウンド取った!」

 

ディフェンスリバウンドも根武谷さんが奪取。相手の攻撃をシャットアウトし、江口東ボール。

 

「……何か、江口東の攻撃の時間が増えてねーか?オレの気のせい?」

 

「いえ、延びてます。あっ、そうか!」

 

その言葉に、ハッと気付く。すぐさま視線を井上君に向ける。大量の汗をかき、肩で息をする疲労困憊の様子に、ボクは納得した。

 

彼にボールが渡る。左右に相手を振ってフリーになったところでジャンプシュートを放つ。技量の差は歴然。十分に狙いを付けて打ったはずだった。だが――

 

「ダメですね。外します」

 

自身の考えを裏付けるように、そのボールは鈍い音と共にリングに弾かれた。

 

リバウンドを奪ったのはまたしても根武谷さん。井上君に至っては、筋肉の壁に阻まれ、もはや跳ぶことさえできていない。そして、弾かれたその場で膝に手を置いて、荒く短い呼吸をしている。

 

「恐ろしい重圧ですね。たった2Qで、あれだけ体力を消費させるなんて……」

 

「え?あ、本当だ!すごい疲れ切ってる!」

 

桃井さんが驚きの声を上げる。続いて荻原君も目を見開いた。あの怪力自慢とゴール下で身体を合わせて押し合う。それは、こちらから見ている以上の重労働なのだろう。たった16分で、井上君のスタミナを消耗させきるとは……。

 

「体力が切れれば、動きのキレがなくなる。シュート精度も落ちる。これまで以上にリバウンドも取れなくなる。視野も狭くなる。そして、状況を打開する頭も働かなくなる」

 

その後も、井上君が果敢に挑むも、動きの鈍ったドリブルでは根武谷さんを抜くことはできず、スティールを連発された。

 

 

 

かつて、洛山高校との試合で彼が自信満々に言い放った言葉を思い出す。

 

バスケをするのは身体。その身体を動かすのが筋肉である。筋肉さえあれば全て上手くいく、というのが彼の哲学。

 

ボクにしてみればとても納得できるものではないが、この試合を見るとそれも一理あると思わされる。それに、後半に入っても対照的に根武谷さんの方は息も切れていない。筋肉だけでなく、体力も相当に鍛えてあるようだ。

 

 

圧倒的な筋力とスタミナを武器に、強制的に体力勝負に持ち込むのが『剛力』根武谷永吉の戦術――

 

 

こうして、根武谷永吉の所属する江口東中が勝利を引き寄せたのだった。

 

「……次の対戦相手が決まったわね。マッチアップは大ちゃん、か」

 

「紫原君とマッチアップを変えるという手もありますが、それではつまらないですね」

 

こんな選手は青峰君も未体験だろう。井上君と当たるよりも、ある意味では望ましい。『無冠の五将』との対決が青峰君の成長を助けてくれればよいのだが。

 

「黒子のとこは、明日あのゴリラが相手か……。ドンマイ」

 

「荻原君の方はどうなんですか?明洸中、でしたっけ。明日の対戦相手は?」

 

荻原君は手元のトーナメント表に視線を落とす。

 

「ええと……ああっと、ここか」

 

紙の上に指し示した中学を見て、ボクは驚きと共に息を吐いた。桃井さんも気付いたようだ。そう、この中学は――

 

 

――『無冠の五将』がひとり、葉山小太郎のチーム

 

 

「桃井さん、ちょっとノートいいですか?このチームは最優先で分析してくれてましたよね」

 

「え、うん。そうだけど」

 

「このノート、使ってください。相手の弱点分析と桃井さんの未来予測が書かれています。先輩達に見せてください。これがあれば、かなり有利になるはずですよ」

 

桃井さんに許可をもらい、特製のノートを荻原君に手渡した。かつて灰崎君が惨敗した相手なので、桃井さんには特に力を入れて情報収集をしてもらっていたのだ。これがあれば、多少の実力差は覆せるだろう。

 

「何だよ、そんな強いのか?まあいいや、サンキュー」

 

「お互い勝ち進めば、決勝で会えるでしょう。そちらも頑張ってください」

 

「おう!じゃあオレも戻るわ。黒子も頑張れよ!」

 

手を振って去っていく荻原君。ボクも手を振り返す。彼の姿が見えなくなったところで、もう一度トーナメント表を開き、注目すべきチームをチェックする。

 

明日の対戦相手は根武谷永吉の江口東中。順当に行けば、その次の準決勝は同じく『無冠の五将』花宮真の所属する中学。決勝は灰崎君と因縁のある最後の『無冠の五将』葉山小太郎。その隣の明洸中の文字で視線が止まる。

 

旧友である荻原君に勝って欲しいという気持ちは当然ある。半分くらいは。我ながらどうしようもないと思う。だが、もう半分はその正反対の気持ち。弱点を突かれ、それでもなお葉山さんが勝ち進んだならば。弱点を克服した彼の実力はさらに高まっているだろう。それは、灰崎君の成長の糧として十分なほどに。そんな目論見も、やはり半分ほどあった。

 

どちらに転んでも構わない。旧友の勝利は嬉しいものだし、灰崎君の開花のための生贄ができるなら、それはそれで望むところ。

 

 

それにしても、かつての歴史では帝光中と上崎中はこの全中で対戦していたはず。これまで確信は持てていなかったけれど、どうやら完全に過去と同一という訳ではないらしい。ボクの存在によるバタフライ効果だけでなく、少しだが確実に過去が変わっている。

 

それが吉と出るか凶と出るかは、神ならぬボクには予想も付かないことだった。

 

 

 


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