Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第12Q これが『後出しの権利』

帝光中1年C、紫原敦。

 

のちに『キセキの世代』と呼ばれる彼の才能を簡単に言い表すならば、それは『高く』『重い』という2点に絞られるだろう。中学1年の時点で全国有数の高身長と長い手足を持ち、最高到達点はこの『全中』においてもトップクラス。さらに、細身の外見に騙されがちだが、その筋力は見た目に反して非常に高い。エネルギー量が群を抜いていると言えばいいだろうか。同体重の選手と押し合おうともビクともしない全身の強さ。

 

『高く』『重い』その様はまるで悠然と佇む泰山のごとく。その2つの才能、恵まれた身体能力のみで戦えるのが紫原敦という選手なのだ。だからこそ興味がある。彼とは別のベクトルの実力者、技術と駆け引きのスペシャリスト。ボクの良く知るかつての先輩。

 

 

――『鉄心』木吉鉄平とどちらが強いのか

 

 

Cというポジションで最も大事な要素は何なのか。その答えの一端がこの試合で見られるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

午後になり、両チームがコートに現れた。相手は照栄中という無名の学校。だが、侮れる相手ではない。なぜなら、桃井さんのデータで知っているからだ。彼がそこにいることを。

 

一度、礼をした後に両チームが半面ずつに分かれてアップを開始する。その最中、シュート練習の合間にチラリと、ボクはもう半面のコートに視線を向けた。帝光中に比べれば規模の小さい照栄中。全員が順番に並んでひとりずつレイアップの練習をする。その中で最も大柄な選手。彼こそが『無冠の五将』がひとり、木吉鉄平。――かつての未来では、誠凛高校の支柱でもあった強力Cである。

 

「お久しぶりです、木吉先輩……」

 

懐かしさを込めて、小さくつぶやいた。自然と声に郷愁が滲む。敵同士だが、かつての先輩に会えたのはとても感慨深いものがある。

 

 

 

 

 

 

 

本日2戦目、午後に行われるダブルヘッダーの試合だったが、体力にはまだ余裕がある。午前の風見中との初戦は、第3Q途中でボク達は交代。上級生が後を引き継いでいる。最も懸念されていた1年生のスタミナ切れという事態は避けられそうだ。とはいえ、相手は実渕さんと同じく『無冠の五将』がひとり。現在の紫原君で対抗できるかどうかは未知数だ。

 

しかし、そんなボクの予想とは裏腹に、現在の展開は帝光中の優位に進んでいた。理由は単純明快。赤司君の采配によるものだ。

 

「すげえっ!何であそこから入るんだよ!」

 

「またハーフラインから3P決まったぞ」

 

緑間君の左手から投げ上げられたボールが、またしてもネットに触れることなく通過する。正確無比なシュートの連続に、相手選手たちの顔に驚愕を通り越して、戦慄の表情が浮かぶ。

 

「流石だな、緑間」

 

「ふん、当然なのだよ」

 

赤司君の声に、片手で眼鏡を直しながら答える緑間君。ハーフライン以内の全てが射程内となった彼のシュートは、圧倒的だった。極度の集中を要するために、1試合せいぜい5本までが限度だそうだが、それでも指定地点以外からも発射可能となったそれは、相手にとって恐ろしく脅威である。早くも試合の流れを強制的に掴み取った。

 

「諦めるな!今度はオレ達の番だ!」

 

しかし、相手も負けてはいない。木吉先輩の激励の声に頷くチームメイト達。ハイポストに陣取る彼にパスを回す。しかし、背後に控えるは体格で勝る帝光中C、紫原敦。

 

「木吉、頼むっ!」

 

それに応えるかのように、その場で素早くターン。ゴール下での勝負に突入する。速度で勝る木吉先輩が右側から抜きに掛かった。ワンドリブルで半歩だけ紫原君を置き去りにする。そのまま片手でレイアップの体勢に入るが――

 

「そんな程度で決められると思ってんの~?」

 

横から伸びる長い手が、木吉先輩の視界を遮る。身長や手の長さは圧倒的に紫原君の方が上。たった半歩程度の遅れは十分に取り戻せるのだ。

 

「もちろん、思っちゃいないさ」

 

しかし、その顔に焦りの色はない。レイアップでボールを離す瞬間。片手でそれを掴み、後方へと放っていた。紫原君の目が大きく見開かれる。完全に虚を突かれた、シュートを打つ体勢からの無警戒のパス。それはマークを振り切った仲間の手元へと送られる。

 

「――これが『後出しの権利』」

 

ボクは小声でつぶやいた。

 

これが『無冠の五将』たる木吉鉄平の固有技能。ハンドボールのように球を掴むことのできる、人並み外れた巨大な手。それによって、ボールを離す直前まで行動を変更することができるのだ。シュートかパスかドリブルか。本来なら変更不可能なタイミングで、相手の動きを見てから裏をかいた選択をできる。

 

「あのC、メチャクチャ巧いぞ」

 

地味な活躍ではあるが、観客達も分かっている。圧倒的な体格差のある紫原君を上回る技術力、駆け引きの妙を。木吉先輩の出したパスは、フリーの味方が得点に繋げる。

 

 

その様子をベンチで観戦する。正直、紫原君と木吉先輩の正面衝突を望んでいるのだが、あいにくボクは今回のスタメンではない。そのせいで、紫原君は攻撃の基点から外されていた。赤司君のパス回しによるものだ。

 

「おっし、楽勝だぜ」

 

カットインを仕掛けた灰崎君があっさりとミドルシュートを決める。

 

反撃のカウンター。再び木吉先輩にボールが渡る。ポストプレイを試みるも、背後には紫原君の巨体が聳え立っている。しかし、同時にインサイドに走り込んでいる相手選手。木吉先輩はフェイクを入れてから、そちらにパスを出そうと手を伸ばす。反射的に紫原君がそれを叩き落そうとして――

 

「だから、させないって……あ、ヤバッ」

 

「残念、ドリブルだよ」

 

 

――伸ばされた片手が瞬時に戻された。

 

 

驚愕に歪む紫原君を横目に、反対側にターンした木吉先輩はゴール下でシュートを決める。体勢の崩れた状態でそれを止めることなど不可能だった。

 

完全に掌の上で踊らされている。自分よりも小さい相手に良いようにされる屈辱に、苛立った表情でギリッと歯噛みする。

 

 

 

「バスケなんて、でかいヤツが勝つだけの欠陥スポーツ」というのが紫原君の考えだ。

 

高ければ勝ち、重ければ勝ち、速ければ勝つ。まあ、高い程度で、強い程度で、速い程度で、巧い程度で、勝てるほどバスケは甘いスポーツじゃない。ボクからしてみれば失笑モノの考えだが、それが彼の思想である。とはいえ、だからこそ現在の状況は彼にとっては許せないものであるはずだった。

 

 

 

帝光中の攻撃。今度はボールがハイポストの紫原君に渡る。背後には木吉先輩が控えている状況。本来ならば緑間君なり、青峰君なりにボールを回すのが最善だったろう。しかし、今の彼は頭に血が昇っている。

 

「……ひねり潰す」

 

じりじりと背中で押し引きして、一気にターンからのシュート。体格差にモノを言わせたパワープレイ。しかし、フェイクすら入れないというのはムキになっている証拠だ。これだけ体格に勝る相手にやられて、平静でなどいられないのか。だけど、そんな単調な攻撃――読まれるに決まっている。

 

「なっ……!?」

 

ターンの瞬間、狙い澄ましたスティールが決まった。回転中の無防備な手元を狙い、ボールを叩き落す木吉先輩。紫原君の顔が蒼白に染まる。

 

ダメだよ、紫原君。全盛期のキミの圧倒的速度があればともかく、駆け引きと技巧に長けた木吉先輩にそれは通じない。

 

「よし、行くぞ!速攻だ!」

 

木吉先輩の号令と共に繰り出される速攻。パスを繋ぎながら、帝光中の陣地へと攻め込んで来る。そして、フィニッシュはもちろん木吉先輩へ。インサイドへドリブルで切り込み、レイアップを放とうとして――

 

「うおっ、追いついたのか!?」

 

ダッシュは苦手な紫原くんが、意地で横に喰らいついていた。驚いた様子で木吉先輩は空中で、一瞬だけ視線を右へと動かす。レイアップと見せかけてのパス。紫原君は瞬時に相手の狙いを看破した。予想通りにノールックで右へのパスを出そうとするところを、リーチの長い腕でカットしようと伸ばす。しかし、木吉先輩の腕はボールを掴んだまま、その場で停止した。

 

「違うんですよ、紫原君。木吉先輩とのそれは、読み合いの勝負なんかじゃない。キミの動きを見てから行動を変える『後出しの権利』は、確実に裏を掛けるんですよ」

 

 

――片手でボールを掴んだまま、上へと伸ばしてレイアップを打ち放った。

 

 

手放されたボールは、ふわりと浮いてボード越しにリングを通過した。

 

 

 

 

 

 

 

次の攻撃は、フィニッシュが青峰君がミドルシュート。帝光中が得点を決め、再び相手チームの攻撃。こちらの堅い守備の前に責めあぐねる照栄中の選手たち。何とか切り込もうとするが、決め手に欠ける。仕方なく中距離からのジャンプシュートを仕掛けるしかなかった。

 

「……あ、スマン。ミスった」

 

ガツンとリングに当たって宙空に弾かれるボール。これはセンターというポジションの真骨頂。リバウンド勝負。

 

「あっ……マズ…」

 

だが、先ほどの敗北により忘我の状態に陥った紫原君は、わずかに反応が遅れた。その一瞬の遅れで、彼の位置取りを奪った木吉先輩を褒めるべきだろう。不利なオフェンスリバウンドで紫原君の前の絶好の陣地を侵略した。ボールが二人の真上に落ちる。雄叫びを上げながら同時に双方が跳躍する。

 

「うおおおおっ!」

 

身長も筋力も最高到達点も紫原君が勝る。しかし――

 

――リバウンドを制したのは木吉先輩だった。

 

両手でしっかりとキャッチして、自分の身体の中に確保する。リバウンドのポジション取りの技術。それが圧倒的な体格差を覆したのだった。

 

「……そんな、オレが負けるなんて」

 

頬を引き攣らせながら、紫原君は震える声でつぶやいた。そして、木吉先輩のリバウンドから相手チームが得点したところで、第1Q終了のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

得点だけを見れば、帝光中が優位に進められている。マッチアップで不利なのは木吉先輩の所だけなのだから。しかし、いくら実力があろうと他の選手の穴だけは如何ともしがたい。このまま試合を進めていけば、順当に勝利できるだろう。

 

午前中の風見中との試合では、かつての因縁もあって八つ当たりをしてしまったが。『虚空』のシュートを初見で潰して心を折ってしまったが。あれは例外。木吉先輩にわざわざトラウマを植えつける必要は無い。帝光中を相手に健闘したと良い思い出を作って帰ってもらうのが、かつての後輩としての心遣いというものだろう。

 

だというのに、なぜだろう。この気持ちは……。このまま終わることに、どうしようもなく疼きを感じるのは。

 

自然とボクの足は彼の元へ向かっていた。ベンチで頭にタオルを被せて意気消沈する紫原君。気落ちした様子で彼は顔を上げる。

 

ここでボクは自身の焦燥感の理由を悟った。そうだ、勝敗なんて関係ない。勝てるから良いとか、負けるから悪いとか、そんな低次元なことではない。この奇跡の才能を埋もれさせることに不安感を覚えていたのだ。光をくすませたままでいることに罪悪感を覚えていたのだ。

 

何のことはない。光に囲まれた帝光中時代に戻ることで、自身の陰性がさらに色濃く現れただけのことだったのだ。光を輝かせるという習性が魂に染み付いた結果だったのだ。

 

紫原君の耳元でボクは囁いた。これは、かつての頼れる先輩に対する所業では決してない。

 

 

 

 

 

 

 

第2Q開始のブザーが鳴り響く。

 

「木吉って言ったっけ?……さっきはやられたけど、今度はヒネリ潰すから」

 

「ん?まあ、たしかにお前、パワーも高さもあるけどさ、それだけじゃ勝てないぜ。こっから逆転してやるさ」

 

「悪いけど、それは無理だよ~。もうこっからは何もさせてやんない」

 

互いに見つめ合い、火花を散らす両雄。そして、勝負の機会はすぐにやってきた。開始早々の灰崎君のミドルシュート。

 

「やっべ、ミスったわ」

 

リングに弾かれ、宙に舞うボール。巧い、すでに紫原君を抑えてリバウンドの位置取りを確保。力で強引に押し出そうとするが、木吉先輩も必死で押し返す。腰を落とし、大地に根を張ることで耐えている。同時に跳躍する二人。

 

「うおおおっ!絶対獲ってやる!」

 

木吉先輩が全身の力を振り絞って両手でボールを取りに行く。ポジションは先輩が有利。先ほどと同様にリバウンドを奪おうと雄叫びを上げる。その彼の背後からの紫原君のつぶやきが耳に届いた。

 

「黒ちん直伝~。ええと、たしか……」

 

木吉先輩の両手がボールをキャッチする直前、そのボールは背後から伸びる手によって奪われた。視界に天高くそびえる腕が一本。絵筆で空間に固着されたように。空中でボールが静止していた。驚愕の表情で木吉先輩が叫ぶ。

 

 

「これはまさか――片手でボールを掴んでるのか!?」

 

 

――『バイスクロー』

 

これがボクの伝授した技の名前である。元々は、未来の木吉先輩が会得した必殺技である。人並み外れた巨大な手、鍛え上げられた握力。それらを利用して、片手で空中のボールを掴むという荒技なのだ。

 

絶望的な表情を浮かべる木吉先輩。片手で捕球できるということは、そのぶん肩を入れて遠くまで手を伸ばせるということ。多少のポジションの不利は覆せる。紫原君の身長と手の長さを考えれば、ほぼこれ以降のリバウンド奪取は不可能に近い。

 

そして何より、手の大きさを自慢にしていた木吉先輩にとって、自身のお株を奪う荒技はとても冷静ではいられない。

 

「いくよ~」

 

動揺で反応が遅れた隙に、紫原君は再び跳躍していた。慌ててジャンプする木吉先輩だが、それを無視して力ずくでダンクの体勢に入る。邪魔な障害を弾き飛ばし、鬱憤を晴らすかのように両手で豪快にリングに叩き込んだ。

 

「ぐうっ……」

 

「あれ?いたんだ~。全然気付かなかったよ」

 

上から見下ろしながら言い放つ紫原君に、尻餅をついた木吉先輩は顔を苦々しく歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は紫原君の独壇場だった。最短距離で手を伸ばし、高高度での捕球を可能とする『バイスクロー』は、多少の優位をひっくり返す。オフェンスリバウンドまで喰らい尽くす強欲な右手は見る見るうちに得点差を広げていった。

 

「集中!集中!こっからだ。まだ逆転できるぞ!」

 

しかし、木吉先輩の目はまだ諦めていない。この状況で勝利を信じられるとは、さすがは『鉄心』と呼ばれるほどの強い精神力だ。先輩の激励の声に、仲間達の瞳に再び光が灯る。実際にまだ万策尽きたわけではないからだ。

 

 

『後出しの権利』――読み合いで確実に勝利できる、その固有技能が残っているからだ。

 

 

「こっちだ!オレにくれ!」

 

ゴール下に走りこむ木吉先輩にボールがわたる。さすがに直感している。このポイントが最後の分岐点であると。ここで得点を決められれば、照栄中は息を吹き返すことができる。だが、止められればその時点で終わりだ。

 

「ここは決めさせてもらう」

 

物凄い気迫。勝負所の精神力はやはり群を抜いている。必勝の決意と共に挑みかかる。そして、対照的に紫原君の身に纏う雰囲気は静寂に包まれていた。ただしそれは、気迫に押されたからでは決して無い。

 

「紫原君……見事な集中力です」

 

思わず感嘆の声を漏らすほど、今の彼は全神経を最大限に張り詰めさせていた。周囲の空気がしんと冷え切ったかのよう。そんな全戦力を総動員した二人が交錯する。

 

跳躍してシュートを放とうとする木吉先輩。その鬼気迫る様子はフェイクではない。実際にシュートを打つつもりだ。紫原君もブロックのために跳び、手を上げて聳え立つ城塞となる。

 

――だが、それは囮。

 

気迫の有無など関係ない。リリースの寸前で動作を切り替えられる木吉先輩にとって、これは読み合いなどではなく、まさに後出しのジャンケンと同じ。反則的な精度で相手の裏をかく。

 

「これは……パス!?」

 

紫原君の予測はシュート。その読みは裏切られる。伸ばした手を瞬時に引き戻し、左へと大きく舵を切った。

 

 

 

先ほどの休憩中、ボクは二つのアドバイスをしていた。ひとつは、木吉先輩の得意技である『バイスクロー』について。そしてもうひとつが、『後出しの権利』の攻略法である。ブロックとパスカット。2択の読み合いに持ち込み、必ず勝利するのが木吉先輩の固有技能の真骨頂である。どちらかに的を絞れば必ず裏を取られる後出しジャンケン。ならば、攻略法は簡単。的を絞らなければいい。つまり――

 

――ブロックとパスカットの両方をすれば良いのだ

 

「何だと……スティールされた!?」

 

 

紫原君の長い右腕が、木吉先輩のパスを叩き落した。

 

 

木吉先輩が選択肢を変更した瞬間、即座に右手を伸ばしてパスカットしたのだ。だが、言うは易し、行うは難し。相手の動きを見てから、さらに選択肢を変えるなんて常人では不可能。ガタリと思わずパイプ椅子から立ち上がる。

 

「何て反射神経……!極限の集中状態が、紫原君の才能を引き出したんですか!?」

 

全盛期の、常人を遥かに超越した反射神経。その才能が開花した。『後出しの権利』を持つ木吉先輩の、後出し。一切のタイムラグ無しにパスカットをする反応速度は人智を超えている。

 

「もう、勝負は決まりましたね……」

 

呆然と立ち尽くす木吉先輩の姿に、ボクは終幕を感じていた。

 

もはや照栄中に勝ち目は無い。一太刀入れることすらも。それを相手チームの全員が、暴力的なまでに納得させられた。空中戦の技術と駆け引きが通じないならば、あとはただ蹂躙されるしかない。木吉先輩には悪いが、残されたのは絶望だけだった。小さく溜息を吐く。

 

「お、黒子、珍しいな。お前がそんな感情を表すなんて」

 

「……どういうことですか、虹村先輩?」

 

こちらを見て、少し驚いた表情を浮かべた先輩に、ボクは眉根を寄せて問い返す。

 

たしかに昔の先輩に悪いことをしたとは思っている。紫原君に心を潰させることになったのは申し訳ない。だけど、それほどあからさまに同情したわけではないのだが。虹村先輩は小さく肩を竦める。

 

「ずいぶん嬉しそうじゃねーか」

 

思わず自分の両の掌を顔に当てる。三日月形に口元が吊りあがっていた。笑っているのか……?木吉先輩を絶望の淵に突き落としておいて。ああ、そうか。

 

 

――これがボクの本質なのか

 

 

光に満ち溢れた帝光中に戻ったせいで、影に徹していたボク自身の陰性が飛躍的に増していたのか。すなわち、光を輝かせることへの偏執的なまでの執着。紫原君の才能を開花させるために、木吉先輩を終わらせることを躊躇わない。踏み台としか見ていなかったのか。

 

愕然とすると同時に、妙に納得もしていた。

 

あのWC決勝の惨劇で、何かを変えてしまったのだろう。かつてよりも早い『キセキの世代』の開花も当然。論理的ではないが、理由はボクの陰性度の高まり。色濃く塗り潰す漆黒の影は、光をくっきりと浮かび上がらせるのだ。

 

 

『キセキの世代』の埒外な才能そのものに、ボクは魅入られていた。


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