Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第10Q 分かっていても止められない。

『全中』本選に進んだオレ達の初戦の対戦カードは、以前敗北を喫した風見中。実渕玲央の3Pによって開幕の火蓋が切って落とされた。

 

開始早々の3Pが自陣のネットを揺らし、これまでの相手とは違うことを、ただその一矢で感じさせた。

 

「へえ、見事なフォームだね」

 

先制点を決められたというのに、赤司が賞賛の言葉を漏らす。それほどに彼のシュートは、中学レベルでは群を抜いていた。

 

「だが、シューターならば帝光も負けてはいないさ。そうだろう、緑間?」

 

「当然なのだよ」

 

赤司からパスを受け、即座にオレは反撃の3Pシュートを撃ち込む。体幹のブレ、手首の返し、指先の掛かり具合。見なくても結果はわかる。高く投げ上げられたボールが、相手リングに突き刺さった。

開幕からの両チームのロングシュートの撃ち合いに、会場中がざわざわとどよめく。

 

「……前回と同じと思わないことだな」

 

振り向いたオレは、挑戦的な気分のままに実渕に視線を向ける。以前、やられたときとは違う。そのための特訓も積んできた。

 

この試合はオレ、緑間真太郎と実渕玲央との、シューター同士の優劣が勝敗を決定付けるだろう。

 

 

 

 

 

 

その後の数分間、互いのシューターが3Pを打ち続けるという大味の展開が繰り広げられた。

 

青峰のスクリーンを利用して、マークの実渕を置き去りにする。直後、赤司からノータイムでパス。こういった連携は慣れたものだ。3Pラインギリギリでそれを受け取り、モーションに入る。相手も慌ててチェックに来るが、それより一歩早く放たれたボールは敵ゴールを通過した。

 

「この前よりも、スクリーンを上手く使えるようになったじゃない」

 

カウンターの反撃は、当然のように実渕へのラストパス。立ち位置は3Pラインの外側。即座にシュートモーションに入った。フェイクも何もない。だが、オレのマークが外れていないぞ。

 

タイミングを合わせてブロックに跳び上がる。同時に実渕もシュートのために跳躍した。

 

 

――後方へ向かって

 

 

「クッ……フェイダウェイ。また、そのシュートか!?」

 

手を伸ばしても届かない。後方へ逃げながら放たれるロングシュートは、オレの願いも虚しくネットを揺らしたのだった。

 

 

 

ブロックされるのを防ぐための技術として、ボールを放つ際に後方へ跳ぶというものがある。それがフェイダウェイショット。後ろに跳びながら前に投げるため、相当なボディバランスと全身の筋力、そしてシュート精度が必要となり、使いこなすのは困難である。全国最強と呼ばれる帝光中のメンバーであってさえ、試合で自在に使いこなせるのは青峰を含めたほんの数人。

 

それをあろうことか3Pシュートに応用したのが、この――『夜叉』実渕玲央なのだ。

 

 

 

「……やってくれるな」

 

「悪いわね。この『天』のシュートは、誰にも止められない」

 

髪をかき上げながら、実渕は自信を深めた笑みで言い放つ。前回の試合でもそうだった。苦々しい気分で思い返す。このフェイダウェイ3P――『天』を止めることは最後までできなかったということを。両チームのシューター同士の対決は、次第にオレの不利へと傾いていく。

 

 

 

灰崎のスクリーンを利用して、一瞬ノーマークになったオレにボールが渡る。最も撃ち慣れた位置からの、万全の3Pシュート。外れることなどありえない。その確信と共に放つそれを――

 

「いつまでもさせないわよっ!」

 

ギリギリで追いついた実渕によって弾かれた。

 

しまった、と表情が引き攣ったときには、すでに相手の速攻が始まっていた。気持ちを切り替えてディフェンスに走る。桃井の分析では、全体の攻撃の約8割が実渕を起点として始まっている。3Pを戦術の要とする異端の戦略。異様なまでに実渕の攻撃優先順位が高いこれが、脅威の得点力を生む要因なのだ。パスを回しながら速攻を掛ける相手チーム。だとすれば――

 

「ヘイ!こっちよ!」

 

やはり実渕にボールが回ってきた。ノータイムでシュートモーションに入る。だが、それを予測して、こちらも横からブロックに跳んでいるぞ。タイミングは合っている。ボールを叩き落さんと伸ばした手は、しかし届かず虚しく空を切る。

 

「くっ……『天』のシュートか!?」

 

後方に跳びながら放たれたフェイダウェイシュート。ボールはリングに当たりながら通過する。予想外の展開に、ざわめきが会場中から生まれ始めた。

 

「うおおっ!マジかよ、帝光中が押されてるぞ!」

 

「何だよ、あのシューター。ここまで全得点がアイツじゃねーか!」

 

無名の中学に埋もれていた技巧派シューターの存在に驚きの声が上がる。観客の目は、全国最強の帝光中を圧倒する、たった一人の選手に釘付けにされていた。だが、シューター同士の勝負には負けられない。視線を赤司に向け、灰崎からのスクリーンを利用してマークを外す。

 

「赤司、こっちだ」

 

負け続けるオレにパスを出すかどうか。わずかに赤司は逡巡の色を見せたが、フリーになったタイミングに合わせてこちらにボールを出した。実渕は壁となる灰崎にぶつかり、強制的に動きを止められる。

 

「スイッチ!」

 

実渕が叫ぶ。スクリーンで足止めを受ける彼の代わりに、灰崎をマークしていた選手がオレを止めに来る。だが、スイッチする一瞬で最も打ちやすい位置へと走し出していた。今から追いかけてもオレのシュートの方が早い。そう思ったのだが。

 

「何だと……!?」

 

相手の伸ばした手によって、オレの放ったシュートは叩き落された。あまりにも素早い反応。脇目も振らず、最短距離でブロックしに来たのか。なぜ、そんなに迷いのない行動ができる?

 

 

 

そこからは次第に彼我の点差が開き始める。オレのシュートがブロックされ続けたからだ。こうなれば背に腹は変えられない。3Pライン付近で合図を出しボールを受ける。

 

「ならばっ……これで!」

 

シュートのモーションに入る。ここまで幾度と無く繰り返されてきたその体勢に、マークする実渕は即座に反応を返す。しかし、それはフェイク。相手を騙すための嘘。

 

ここで見せるのは、この試合初めてのドリブル突破。

 

得意ではないが、張っていた伏線によって無防備な相手であれば抜ける。そう考えたのだが――

 

「甘い甘い。……読んでるわよ」

 

フェイクからドライブの一瞬の切り替え。

 

 

――そこを狙った実渕にスティールされた。

 

 

完全に読まれている。なぜ?と理由も分からぬままに、相手の攻撃ターン。全力で戻りながら、唇を噛み締める。

 

「間違いないのだよ……。オレの行動が読まれている」

 

オレのシュートがブロックされ続けたのも、おそらくそれが原因だろう。自分で把握している、タメの長さという弱点だけではない。それ以外の何かでシュートとドリブルの先読みをされている。それが迷いの無いディフェンスに繋がっているのだろうか。

 

「緑間、集中しろ!」

 

「す、すまない……赤司」

 

考え込むオレに激が飛ぶ。ハッと意識を目の前に集中させる。そうだ、このカウンターは止めなくては。ボールがPGからC、そこからPFへと目まぐるしく移動する。だが、最終的には実渕に辿り着くのが決まりきった必勝パターン。全得点のほとんどがこの3Pなのだ。

 

「やはり、ここからのようだな」

 

「分かっていても止められない。それが私の『天』のシュートなのよ」

 

ボールを構え、膝を曲げるモーション。そこから後方に跳ぶフェイダウェイにこれまで苦戦を強いられてきた。だが、いつまでも同じ手を喰うと思うな。後ろに跳ぶなんてことは、折り込み済みだ。実渕のジャンプを予想して、さらにオレは前方へと大きく跳躍する。

 

「なんてね。ダメダメ、忘れちゃったの?」

 

「後ろに跳ばない……しまっ!?」

 

 

――即座に自身の失策を悟る。

 

 

そうだ。『天』のシュートは囮。ブロックを誘い、強制的に3点以上の得点を奪われる、恐るべきあのシュートへの布石なのだ。

 

前方へ跳び出したオレの身体は、空中で動けない。気づいたときにはもう遅い。ファウルを誘われたのだ。実渕の身体にぶつかり、その瞬間に審判の笛の音が鳴り響いた。直後、天高く放物線を描いて投げられるボール。その行方を視線で追いながら、黒子の言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

試合前日、ロッカールームで着替えているときのこと。不安を打ち消すために居残りで練習したところだった。しかし、残念ながらあの記憶はそう簡単には脳裏からどいてはくれない。そして、そんなオレの内心を見透かしたかのように、黒子はそこにいた。

 

「明日の試合、緑間君がキーになるでしょう」

 

唐突に、しかし淡々と黒子は言い放った。

 

「あのチームについては知っているが。……オレの出来が勝敗を決めるというのか?」

 

「ああ、いえ。勝つだけならば簡単です。ボクが出ればいいんですから。ではなく、キミが覚醒するかどうかですよ」

 

知った風なことを言う。だが、得体の知れないこの男の言葉には、信じさせる凄みがあった。

 

「人事を尽くして天命を待つ。良い言葉ですね。それに則っていうならば、緑間君。キミにはすでに天命は来ているはずですよ」

 

「……なぜ、わかる」

 

「条件付とはいえ、100%に近い3Pシュートの成功率。入学当初から超越的な精度を誇っていた緑間君は、彼ら5人の中で最も覚醒に近いと思っていました。だから、あと一押し。それさえあれば、キミの才能は開花します」

 

遠くを見つめる瞳。まるで別のものを見ているかのような。時間を越えた先を見通すかのような。無色透明でいて無機質。ただ事実を告げている、とその超常的な雰囲気は物語っていた。

 

「……たぶん、条件付きという緑間君の弱点を、彼らは突いてくるでしょう。そうなれば得点の取り合いで勝つのは難しい」

 

悔しいが頷かざるを得ない。あの男の『天』『地』のシュートの脅威は、これまでに感じたことがないほどだった。かつての敗北の苦渋が思い出される。完敗だった。

 

フェイダウェイによるブロック不能の『天』のシュート。ファウルを誘い、相手にぶつかりながら放つ『地』のシュート。

 

 

――『天』を止めようとすれば、『地』の餌食になる。決まれば4点プレイ。外してもフリースロー3本という破格の取引。

 

――『地』を避けようとすれば、『天』を止められない。万全の状態で、易々とシュートを打たせることになる。

 

 

どちらに転んでも実渕に損は無い。考えれば考えるほどに無敵のシステム。

 

 

「そのシステムを最大限に利用したのが、実渕さんの率いる風見中です。ワンマンチームでありながら、それを組織的に戦術化するという異端のスタイル。攻撃の8割以上を『夜叉』実渕玲央に任せることで、得点期待値を高めている」

 

「ちょっと待て。なんなのだよ、それは。……得点期待値?」

 

黒子は少し驚いたように目を見開き、直後納得した風に頷いた。

 

「……そうでした。中学ではまだ習ってませんでしたね。まあ、1回の攻撃ターンで平均何点取れるかってことです」

 

そういえば練習が終わってから、桃井と二人でノートを見ながら何やら計算していたな。

 

「実渕さんのシュート成功率は、『天』『地』合わせて5割くらいです」

 

「低いな」

 

「……緑間君を基準にしないでください。恐ろしく高い数字ですよ、これは。しかも、あんな変則的なシュートで。緑間君さえいなければ、まぎれもなく当代随一のシューターですよ。普通は3割入れば上出来なんですから」

 

首を傾げるオレに、黒子は呆れた顔で溜息を吐く。心外だな。シュートなんて、入るのが当然だろうに。

 

「3Pシュートの成功率が50%なら、得点期待値は1.5点。もちろんブロックされれば別ですが、『天』の特性によって数字どおりの結果が期待できます。これだけでも脅威ですが、そこに『地』のシュートによる強力な得点能力が加わります」

 

3Pシュート中にファウルをされれば、最低でもフリースロー3本。決まればバスケットカウントを加えて4点を奪われる。この『地』のシュートこそが実渕玲央の生命線だと、黒子は語る。

 

「さらにオフェンスリバウンドを取る場合も含めると、攻撃時の風見中の得点期待値は2に限りなく近付きます。――全盛期の青峰君に匹敵する、圧倒的得点能力」

 

「青峰?」

 

「いえ、何でもありません」

 

肩を竦めて首を振る黒子。話は終わったと言わんばかりに、荷物を持って扉に手を掛けた。最後に一言だけ言い残して去っていく。

 

「信じることです。自分の才能を、自分の強さを。危機に直面した極限状態でこそ、キミ達の潜在能力は開花するはずです」

 

 

 

 

 

 

 

ガシャンと天空から降下したボールは、リングにぶつかって跳ね返った。

 

「あら?残念、3点止まりになっちゃったか……」

 

さほど気落ちした様子も無く、実渕は平然とした表情でフリースローラインに向かう。さすがにシュート精度に天賦の才を持つ男。当然のように3本ともフリースローを決める。オレは拳を強く握り締め、それを見送るしかなかった。

 

――黒子、オマエはこれを予想していたのか?

 

第1Q終了のブザーが鳴る。得点は16-21で帝光のビハインド。

 

重苦しい雰囲気に包まれるベンチへと戻る。ちらりと視線を向けるが、その顔には何の感情も読み取れない。まるで想定した通りといった風だ。こちらの攻撃は封じられ、向こうを止める術もない絶望的状況。これを打破する力が、オレにあると言うのか?

 

 

「監督、次はボクを出してください。試合を終わらせてきます」

 

 

淡々と要請する黒子の言葉に、監督は頷いた。

 


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