ベクター?誰それ、俺真月   作:野球男

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こんにちは。
今回いよいよ瑠那の正体が明らかになります。
そろそろ真月君はベクターを出会い頭に殴っても許されるはず。
それでは、どうぞ。


第73話

頭が働かない。意識が遠のく。

…もう、いいよな?

 

俺はぼんやりそんなことを考えながら、空を見上げた。

空は不思議と雲が動きを止めている。

…なんとなく、雲の形がペンギンのように見える。

 

ペンギン…?

「あ…?」

 

一瞬惚けたのち、俺の中に何かヒビが入る。

バキバキと亀裂の入る音が、俺の耳に聞こえてくる。

同時に、俺の脳裏に1人の女性との思い出が溢れ始めた。

 

「あんなに強く私の名前を呼ぶ人は凌牙以外で初めてだったわ」

 

 

「零君、私貴方のことが好きよ」

 

 

[信頼しているわ]

 

 

「零君」

 

 

「…璃緒さん?」

思い出した。

俺には、恋人がいた。

俺がバリアンだということを知っても、何も変わらず俺を好きだと言ってくれた恋人ーー神代璃緒が。

 

遊馬やシャーク、ナンバーズクラブのみんなとの記憶。

ミザエルと交わした再戦の約束。

そして倒すべき相手であるベクターの存在。

それら全てが思い出されていく。

意識が広がっていく。

眠気が何処かへ吹き飛んでいく。

 

ああ、思い出した…思い出した。

俺の大切な仲間、大切な恋人、そして倒すべき宿敵。

 

「…瑠那さん」

「何かしら?」

「思い出したよ。 …世の中は、思う程クソじゃないってね」

そう呟いた瞬間、空が光を放った。

 

「な、何…⁉」

瑠那の驚くような声が聞こえる。

光は段々と俺の見知ったドラゴンの形に姿を変えていく。

 

「…スターダスト・ドラゴン?」

 

大きな嘶きと共に光を放つスターダストが現れた。

仮面もしておらず、黒くも染まっていない。

光はドンドン強くなり、やがて自分の姿すら見えなくなる。

 

 

「…ここは」

足下から伝わる硬い感覚に閉じられていた瞳を開くと、そこには遊園地の風景はなく、手入れされていない剥き出しの石壁と土の地面広がっていた。

どうやら、何処かの洞窟のようで

少し歩いた先には外らしき場所へ通じる穴がある。

 

「これは…スターダスト?」

俺の手にはいつの間にかスターダスト・ドラゴンが握られている。

…あの時の光の中に見えた姿は、たしかにスターダストだった。

やはり、このカードは特別なのだろう。

 

「さて…とにかくここを出ないと」

洞窟の先からは光が漏れている。

俺は壁に手をつき、立ち上がると奥へと歩を進め、やがて洞窟の終わりに辿り着いた。

 

「これは…⁉」

外に出た俺を待っていたのは燃え上がる船から上がる黒い煙と戦っている人々だった。

丘の上から見下ろす形になっているので、俺が巻き込まれることはないが…

 

「なんだ、これ…」

俺がいたのは電子技術の発達した世界のはず。

こんなおとぎ話のような世界ではないはず。

 

「…ようこそ、と言うべきなのかしらね?」

声が聞こえ振り向くと瑠那が立っていた。

反射的に身構えるが、特に何かをする様子はなく、ただ戦いを眺めている。

 

「…ここは?」

「クレイジー・ボックスの底の底…ナンバーズの遺跡、と言えばわかりやすいかしらね」

ナンバーズの遺跡…⁉

だが、周囲は空と地面、そして海上で戦闘が行われているぐらいで遺跡らしさは微塵もない。

 

「この遺跡は特殊なの。さっきまでの空間が貴方の記憶をベースに作られたものなら、この空間は私の記憶をベースに作られたもの」

 

記憶をベースに作られたもの…?

「わかりやすく言うなら、心の世界よ。ここは遺跡のナンバーズが作った世界」

そう言うと瑠那は俺を見た。

 

「零君、貴方はさっき世の中は思う程クソじゃないと言ったわね?」

「ああ」

「私の人生はクソだったわ。望んでもいない王位を継がされ、面白くもない統治をさせられ、好きでもない男と婚姻を結んでは裏切られ、挙げ句の果てがアレよ」

そう言い海戦の風景を指さした。

 

「零君。あそこにいる私を滅ぼそうとしている男、あれ私が知らない間に決まっていた婚約者だった男よ。誰だと思う? 零君もよく知っているわ」

俺のよく知る男…?

 

「わからないかしら? …ベクターよ」

「‼」

ベクター…⁉

 

「ま、私は別に国が滅びようと誰が死のうとどうでも良かったんだけれど…でも、私に『好き』だの『愛している』だの言ったあの男が未だに生きていることは許さない。なにより、あの男の言葉を信じた私が許せない」

「………」

 

瑠那の目には誰が見ても明らかな程に怒りが込められている。

きっと、それは理屈ではないのだろう。

瑠那の心にベクターの言葉がどれ程響いたかなど、俺に推し量ることはできない。

 

「零君、貴方を見た時は驚いたわ。貴方、ベクターと同じ顔なのに全然違うんだもの」

そう言うと瑠那は先程までの怒りから一転、クスクスと笑う。

あの空間で幾度となく見た笑みだ。

 

「だからかしらね? 貴方に惹かれたのは」

そう言うと瑠那は俺を真っすぐに見据える。

 

「四六時中つまらなかったのも当然よね。零君がいなかったのだから。ベクターなんかに惹かれたのも当然よね。アレと零君は似ているから。でも安心して? アレに零君の代わりなんて務まるはずがなかったの。零君と同じ姿という方法で私を欺き、私の気持ちを弄んだ」

そのまま瑠那は俺の好きな理由をあれこれ語り始めた。

やはりというべきか、瑠那の目はどんよりと濁っている。

 

「だから零君。何処にも行かずに、私と一緒にいて? 私が零君を必ず守るわ」

そう言うと周囲の風景が丘から何処かのバルコニーへと変わった。

風景も海戦から城下町へと姿を変える。

 

瑠那。

彼女は生前ベクターに恋をし、裏切られ、そして最期を迎えた。

その一点においては彼女もまた、被害者の1人だと言えるのかもしれない。

 

彼女はとても魅力的だ。

整った美貌に加え、醸し出されている蠱惑的な雰囲気も決して悪くはない。

俺が味わった狂気的な愛情も、裏返せば好きな相手に一途だと言える。

 

全ての問題を彼女が解決してくれるのだ。

受け入れてしまえば、なんの問題も無くなるのだろう。

 

「…でも」

俺には待っている仲間が、恋人がいる。

彼らはバリアンだとわかった時も俺を信じてくれた。

 

「瑠那さん」

「何かしら?」

「俺は俺を信じてくれた仲間や恋人の為にも、全てを投げ出すわけにはいかないんだ」

そう言うと瑠那は少し寂しげな笑みを浮かべた。

 

「結局、こうするしかないのね」

そう言うと瑠那はDパッドを取り出した。

 

…これ以上の言葉は無意味だということか。

 

「零君、貴方に遺跡のナンバーズを託すべきか見極めさせてもらうわ。貴方が私に勝てば、教えに従い、ナンバーズを託しましょう。意識も戻してあげるわ。でも私が勝てば私は零君、貴方を貰う」

「ああ、わかった」

 

「「デュエルディスク、セット‼ Dゲイザー、セット‼」」

 

さあ、いくぞ。

瑠那…‼




いかがでしたでしょうか?
というわけで、次回から遺跡篇らしくデュエルが始まります。
遺跡のナンバーズは一体何でしょう?
お楽しみに。

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