ベクター?誰それ、俺真月   作:野球男

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こんにちは。
引き続き、真月君パートです。
ただいまヤンデレを勉強中です。
とりあえず1人だと参ってしまいそうなので友人を何人か巻き込んでみたわけですが…
私より友人の方が先にダメになりそうってどういうことなの…
それでは。


第72話

遊園地内にあるフードコートに到着すると、先程とは打って変わり大勢の人がいた。

各々が、思い思いに食事をしながら雑談に興じており、心が安らぐーー

 

「………」

 

ーーなどということはなかった。

 

すれ違うように出て行く人物がいる。

騒ぐ子供の姿もある。

俺達のようなカップルの姿もちらほら見える。

奥の厨房では働く料理人の姿も見える。

しかし、『ここにだけ俺達が入った時から人が大勢いる』という現場に俺の中で違和感がますます強まる。

 

不気味の谷という言葉がある。

これは、大雑把に言ってしまえば、ロボットがある一定の段階を越え、人間の持つ人間らしさに近付くと、とたんに嫌悪感を抱くというものだ。

 

俺の目には今、不気味の谷など知ったことかと言わんばかりに精巧な人間の動きをトレースした何かがいるように映っている。

 

「…はは…」

俺の口から乾いた笑いが零れる。

まるで、タチの悪い夢を見ているようだ。

 

「なんなんだ…これ…」

「…零君?」

 

瑠那が俺を心配気に覗き込む。

今のところ、俺がこれで済んでいるのは瑠那のお陰といっていい。

恋人である瑠那がいるから、俺はこれで済んでいる。

 

「…瑠那さん」

「どうしたの?」

「ちょ、ちょっとこっちに」

そう言うと俺は瑠那の手を引き、とにかく人気の無い場所へと向かった。

今はとにかく、ここから離れたい。

 

 

「零君?」

正規の道から逸れ、スタッフ用の道に程近い場所へやって来た俺は立ち止まり、振り向く。

 

「さっきからどうしたの? 零君」

瑠那の心配気な声に俺は壁へともたれかかった。

 

「瑠那さん、何かがおかしい」

「…おかしい?」

「ああ」

そう前置きすると、俺は瑠那に先程のことや、自分の主観から感じたものを包み隠さず瑠那に伝えることにした。

もし、俺の感じている通りなら異常事態だ。

 

「零君」

話をし終え、俯いた瑠那は唐突に俺に声をかけてきた。

「瑠那さん、わかってくれたなら早くーー」

ここから脱出しよう。

そう続けようとした、次の瞬間。

 

「どうして、思い出してしまったの?」

 

予想だにしない瑠那の言葉に俺の思考が完全に止まった。

「瑠那、さん?」

待て、今瑠那は何といった。

 

『どうして思い出してしまったの?』

 

思い出す…?

俺はやはり、何か忘れている…?

いや、それよりも…

 

「その分じゃ、思い出したのではなく違和感を感じているだけかしら? まあ、どちらでも大して変わらないわね」

そう言うと瑠那が異様な早さで手を伸ばしてきた。

状況に思考が追いつかない俺はなす術もなく捕まってしまう。

 

「かっ…⁉」

その勢いのまま、壁に押し付けられた。

「痛いかしら? 苦しいかしら? でも、私が貴方とは違う貴方から受けた痛みや屈辱はこんなものじゃなかった」

 

貴方と違う貴方…?

「でもいいの。もう、それはいいの。あの男にはもう、髪の毛程の興味もない」

そう言うと瑠那は顔を上げ俺を真正面から見た。

 

「…ッ⁉」

彼女の瞳には明るい輝きはなく、ただ澱んだ鈍い光を放っていた。

 

「零君」

そう俺の名前を呼ぶと俺が何か返す前に瑠那が自分の唇で俺の唇を塞いだ。

いわゆる、キスだ。

 

「零君、貴方が好き」

荒々しいキスを終えると、頬を赤く染めた瑠那は俺を抱きしめた。

 

「もう貴方は不必要な外のことなんて、何も考えなくていいの。これからは、私が貴方を守るわ。貴方をあらゆる者や物から守る。それに、貴方が欲しい物はなんでもあげるわ。友人、家族…私の身体も心もあげる。だから、眠りましょう? 深い深い眠りに」

 

「なん…⁉」

俺の全身の身体の力が抜け始め、意識が遠のき始める。

同時に、瑠那の抱きしめた足下から暗い闇が俺達を飲み込み始めた。

ずぶずぶと俺達は肉体的にも意識的にも闇に飲み飲まれていく。

 

俺の中に漠然とした恐怖が湧き上がる。

まずい、このままではまずい…‼

一向に何も思い出せない俺だが、このままでは瑠那の言う通り、何も考えない俺になってしまう‼

 

「零君、力を抜いて私に身を任せるの。受け入れるのよ。そうすれば、怖いものは何もないわ。貴方が見たくないクソみたいな世の中のことは全て追いやり、見たいモノしか見なくて済む世界をあげる」

「クソなんかじゃ…‼」

「なら零君は何か外の事、思い出せたかしら? 友達の名前や顔は? 」

 

…‼

 

「それは…」

相変わらず、俺は何も思い出せてはいない。

忘れているということを思い出しただけだ。

 

俺の友達は誰だ? 顔は?

ーわからない。

 

俺の恋人は?

ー瑠那じゃない…んだろう。でも、わからない。

 

俺のデッキは?

ーわからない。もう1つあったような気がする。

 

じわりじわりと、俺から考えるだけの力が抜けていく。

わからない…わからない…何も思い出せない。

誰か俺に教えてくれ。

 

そうやっていると瑠那がクスリと笑った。

「教えてあげるわ、零君。それは、どうでもいいことだからよ」

「…どうでもいい?」

「ええ。思い出せないということは、貴方にとってそれは大切なことじゃないということ。本当に大切なら忘れることなんてないはずだもの」

 

どうでもいい。

…そうなのだろうか? 俺にとって思い出せないということは、思い出す必要がないということなのか?

 

俺達の肩から下は既に闇に浸かってしまった。

程なく、全身が俺達を包み込んでしまうだろう。

 

ー意識が遠くなる。

以前、何処かで感じたことのある感覚だ。

この感覚は何処で味わったものだったか…

 

「さあ、零君。一緒に…」

そう呟くと瑠那は俺に顔を向けた。

瞳は相変わらず濁っており、その目には俺以外視界に入り込むことがない。

いや、俺以外を意図的に追い出しているというべきか…まあ、どちらでもいい。

 

ーもう、いいじゃないか。

俺の内側からそんな声が聞こえてくる。

 

ーまた忘れちまえよ。どうせ思い出せない連中なんだ。

そう、なのだろうか。

それでいいのだろうか。

 

ー瑠那にすべてを預けろ。彼女は俺に全てを与えてくれる。

…俺は。

 

俺達の首から下が闇へと浸かる。

視界がぼやける。

瞼がとても重い。

目を開けていられない。

 

眠い。




いかがでしたでしょうか?
結局のところ、1番怖いのは人間だよねという話。
愛ゆえに死なねばならぬとかどこの世紀末w
あ、究極版面白いです。外伝も好きですし、イチゴ味も楽しめました。
DDは知らん。
それでは。

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