特別になれない   作:解法辞典

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また後書きに格ゲーの用語解説を書いておきました。
もう少し格ゲー関連の割合を増やしたいのですがキャラの技とかを弄るわけにもいかないし、この作品の設定上バランスも気をつけないといけないので難しいです。
プロットは大半が纏まりつつあるのですが、元々の設定などもあって収拾をつけるための微調整が大変です。
纏められるように頑張ります。
誤字等ありましたら報告してください。


第九話 新しい季節

 どういった訳か、俺、黒田高昭は黛由紀江に怖がられているらしい。天ちゃんの話を聞く限り普通の女の子で、板垣家の皆とは会話を交わすのだ。しかし俺と喋ろうとすると急に口下手になってしまっているのだった。俺を含めた黒田の面々はそもそも黛さんに関わりを積極的にとろうはしていない。ここに居ない姉さんは言うまでも無く対象から外しているが、両親に限っては黛の家は代々壁越えであるため会い辛いのが本音だろう。

「竜兵さんが怖がられているのは、それなりに納得が出来るんですがね。」

「悪かったな、顔と体がごつくてよ。」

 テレビ画面に食い入りながらも竜兵さんは俺の軽口に付き合っている。姉の部屋で談笑している女性陣とは別に俺と竜兵さんは俺の部屋で遊んでいた。天ちゃんならば竜兵さんがゲームをしている間はこの部屋の漫画を読んだりして時間をつぶせるだろう。だが黛さんの様な女の子はやはり姉さんの部屋にある様な乙女チックな本が好きなのだろう。

「それにしてもあの黛って奴は姉貴たちには良く懐いてるが、それ以外にはろくすっぽ会話が成り立たねえな。大丈夫なのか中学だって週明けには始業式が始まるだろ。」

「天ちゃんと喋れれば一人になる事はないし、俺が男友達と喋ってれば残った二人で喋れます。」

 俺は読んでいた漫画を床に置いて腰を上げた。竜兵さんは画面を見ながら唸り声を上げている。天ちゃんの目論見で、黛さんにも格闘ゲームを仕込むらしく、小さいトーナメントを開くために竜兵さんも特訓している所だ。そしてその事に対して何も言わずにしたがっている竜兵さん。言葉に出さずとも分かるが、その天ちゃんの夢を何時か実現できる様に頑張っている。正確には、頑張るようにと俺に無言で語りかけているのだ。

 幾ら経験があっても、積み重ねてきたものがあっても、今の俺には何も無い。右手ではない左手で正拳突きをしようとしても違和感があるのだ。左右の筋肉のつき方の違いだ。今の俺の右手は体についた贅肉に等しい。動作をするにも遅れてついてくる。

 武道に限った事ではない。指がまともに曲がらない今の状態。携帯ゲーム機を持つ事すら儘ならず親指でボタンを押す事はまず無理だ。少なくとも今のままでは、無理だ。

 それでも、どれだけ時間がかかろうと待つ。板垣家の皆はそう言っているのだ。

「竜兵さん、冷蔵庫から何か飲み物取ってきます。」

「ああ、お前のだけ持って来い。無理して落として、炭酸が振れたら洒落になんねえからな。俺はこれが終わったら自分で取りにいく。」

 顔を見せなくともネットで対戦が出来るとはなんとも便利になったなと思う。竜兵さんのやっているゲームの画面を見ながらそう感じた。ゲームセンターに行かずとも対戦が出来るようになったが、有線で繋いでもラグが発生している。天ちゃんに言わせれば家庭用では対戦をしたくないそうだ。でもいずれそういう欠点も無くなり、元となるアーケードと遜色なくなった時に、オリジナルたるゲームセンターはどうなるのか。そこに人同士の関わりはなくなる。

 最近耳にする、九鬼財閥の近未来的な計画。例えば、作れるとは思っていなかった自立型の人間とコミュニケーションを取るロボット等。安全を謳っているが、いざ牙を剥いた時に一般人では太刀打ちできない。空想でしかないが、人の手がかからない物は恐ろしくて仕方ない。古くからの家に生まれたから、それだけの理由だと思うが肌に合わない。

 人間を越えたと言われる、現代に広く浸透している意味で言う、壁越えの人間ならば危険性は皆無だろう。もしくはそれに近しいか、その人と親しいか。どちらにせよ実力を持たねば淘汰されてしまいかねない。黒田の先祖が、他の武家が生きながらえて血を受け継いで来れたのは、力を持っていたからに違いない。出なければ戦乱の世を体験して生きながらえる事は不可能だった。

 だから今の人間は、力が無くても生きていける様な世界を作り、皆が安心して暮らせる未来を望んだ筈だった。現実としてそうなのか。

 親が居なくなり、金も無く、貧しい板垣一家を救った姉さん。でも姉さんが居なかったら、救わなかったら、そして救う前はどうだったか。亜巳さんが一生懸命知恵を絞って、働いていただろう。当時がどうだったかは詳しくは知らない。でも、そのうちどうなるか。もう子供とは言えない俺は少なからず最悪の事態も分かる。何せここらの近くにはそれなりに治安の悪い場所があって、そこには平和な日常の裏側がある。そこの人たちの格好を見たことがある。右腕が病気になってから色々と一人で考える時間が増えたとき、机に立てかけている写真を見て安心と共に恐怖を覚えた。

 もしこの夏祭りやテーマパークの写真に写っている天ちゃんの姿が、あの治安の悪い場所の人たちと同じ格好をしていたかも知れないと思うと、ゾッとする。天ちゃんじゃなくても、俺が同じ境遇ならば、或いは友人が同じ境遇だったらどうするか。

 何より、それを考えつつも俺はなんでその人たちを救おうとしないのか。それは俺だけでなく家族にも言えることだった。板垣家にも、恐らく言えることだった。

 姉さんが一人暮らしを始めるために家を出発する前に話をした。他愛も無い雑談だ。姉さんと板垣家の話をすると、必ず限って一度は。

「私が救った訳じゃない。」

 そんなニュアンスに近い事を言う。では誰が救ったのかと聞けば、難しいことを聞く、と言って決まって姉さんは黙るのだが俺からしてみれば姉さんたちだろうと自己完結をしてその話を終わらせていたのだ。

 偶然、偶々、何かの要因が噛み合ったのだと姉さんは言った。

「黒田が越してきたのも、クラスで亜巳に合ったのも、黒田家が裕福だったのも、亜巳が私に話しかけたのも、私がやる気になったのも、神様の悪戯でしかない。」

 でなければ、それほどの偶然が重なって、やっと人を一人救えるかどうか。それほど、簡単に何でも出来るわけではない。

 仲直りは簡単に出来る。それは本来は一対一でできる事だ。でも怖くて友人に相談をする。結果として詫びの品として何かを店で買うことに至るとする。この時点で柵がたくさん出来る。関わった人間やかけた金銭。それが大きくなっていって、繋げれば人の輪が見える。その全てが上手く、思い通りに動いてくれない場合。大元の仲直りが出来るかどうか。友人が相談に乗ってくれるかどうか。それは自分ではどうにもできないのだ。

「少なくとも亜巳は私たちと仲良くしたかった。友達が欲しかった。それで私たちが友達になったら全部解決した。そんな素敵な事が起きた。それでいいじゃない。」

 姉さんはそう言って笑っていた。

 思えば、俺は姉さんの人生観を聞いて育ったのだった。その事を思い返して改めて自分の価値観のおおよそが分かる。自分の考えが固まって自分がするべき行動の裏付けが出来た。

 結局はなる様になる。しかし行動しなければ起きる事も起きない。それだけの事だ。とりあえず九鬼はロボットの前にワクチンでも作れば良いと思う。

「高昭、まだ飲み物を選んでたのか。」

 呆れた口調の竜兵さんが台所にやってきた。時間的に考えると、一度誰かに負けて次に勝ってから気分を良くして降りてきた、そんなところだろう。

「天ちゃんは今めちゃくちゃ強いですよ、オンラインで負けるようだと竜兵さんじゃ無理なんじゃないかな。」

「へっ、よっぽど相性悪くなきゃ俺だって負けねえよ。大体な、あの会社のゲームがバランス調整ミスってんだよ。」

「そりゃあ竜兵さんの使ってるキャラは徹底されたらきついですもんね。」

「ま、いいんだけどな。俺の判断基準は火力だけだからな。」

 コーラを一気飲みしながら竜兵さんは笑っている。竜兵さんも俺も体格や家柄でそれなりに学校で腫れ物扱いに近い待遇を受けている。まあ、男友達からの受けが悪いわけではない。大人が勝手に怖がっているだけだ。それでも生徒の中でも怖がっている奴らが居るわけで、特に竜兵さんは根性のある男が同じ学年に居ないので友人が少ないらしい。

 竜兵さんは家に関系ある特待生の話以外にも、武道に力を入れている川神学園に少なくとも期待しているらしい。骨のある実力ある人物が居るだろうと、気骨のある人物がいるだろうと期待しているのだと言っている。

 学年としてはあの武神と同じだそうだ。とりあえず竜兵さんや辰子さんに武神の力量を測ってもらえるとありがたいが、無理に頼む必要も無いだろう。今となっては黛さんが居るから俺が態々考える必要も無い。

「そういえばクラス編成はどうなったんですか。」

 金曜日に一日だけ高校に通学した竜兵さんに聞いてみる。

「噂の武神は違うクラスだし俺のクラスは、がり勉が多くて駄目だな。何人か面白そうな奴がいるからあたってみるが、最悪姉貴と同じように学校では寝てるかもな。」

 この後も部屋に帰って漫画を読んだりしていたが、結局今日も黛さんとは話をしなかった。

 

 

 二年生に進級する今日。どうせ入学式を午前中にやるだけで授業は無い。春休みの間にやっておけと言われた宿題は既に終わらせてあるが今日持っていく必要は無く、登校の際に背負っていくリュックサックには筆記用具のみが入っている。もしかしたら教科書を渡されるのが今日だったかも、と思い荷物入れとしてリュックサックを持つが、どうせ家にある参考書で事足りるので学校に全て置いていっても構わないのだ。しかし、天ちゃんが真似をするかも知れないので止めておく事にする。

「高くん、まゆっち。おはよう!」

 黛さんが下宿しているので、登校を一緒にするのに天ちゃんが来るようになった。天ちゃんが来るまで玄関で待っているのだが、まだ黛さんとは打ち解けていないため、俺は一言も交わさずに棒立ちしていた。

「天ちゃん!おはようございます!」

「おはよ。」

 我が意を得たり、といった具合に急に元気になった黛さんは天ちゃんと談笑を始める。腹話術の、本人は九十九神だと言い張る、松風というストラップの声も聞こえる。しかし先程までも松風の声は聞こえなかった訳ではない。むしろ喋っていなかったのは俺だけだったのだけで、黛さんは一人芝居といった感じで独り言を喋っていた。

 その内容が、と言うよりか俺の耳にする黛さんの話す内容の殆どが、友人を作るための方法の模索だったりするのだ。俺とも仲良くしたいとは言っているものの、直接話しかけては来ない。さっきに限らず態とその内容を聞かせながら俺のほうを伺うように何度も見ていたのだが、そこからのもう一歩を頑張らせないで甘やかす訳にもいかないので、見て見ぬ振りをしていたら今日になっていた。

 学校が始まる今日の朝から仲良くし始めても仕方が無いので―――決して面倒な訳ではない。天ちゃんに委ねる事にした。

「まゆっち学校にも刀持っていけるのかっこいいよなー。」

「父が学校にも交渉してくれたらしいです。」

「前の学校は誰も怖くてオラたちに近づいてこなかったんだけどな。」

 黛さんは剣聖と同じく帯刀を許可されているらしい。ある程度のレベルを超えれば武器を持っているかどうかなんて関係が無いと言ってしまえばそれでお仕舞いだが、帯刀許可というのは実力だけでなく精神的にも国に認められているという事だ。武道が全面的な理解を得られているこの日本という国でも素晴らしい事で、海外で言う侍のイメージもあながち間違いでもない。

 かといって、黛さんが言っている様に全員からの支持を得られる訳ではない。まだ俺が仲良くなっていない状態で考える事でもないが、一応のフォローの方法は考えてあるのでクラスには馴染めるだろう。

 そして天ちゃんと黛さんの他愛も無い会話を聞いている内に学校に着く。

「おお、皆同じクラスだぜ。また高くんとは隣の席だな。」

「良かったです。私一人で一年間過ごす事になったかと思うと……。」

「いや、そこはせめて友達作ろうぜ。まゆっち。」

 そんな事を教室に入ってから天ちゃんたちが駄弁っているところを眺めていると、知り合いに引っ張られた。

 何も廊下に出る必要性はなかったと思うが邪険にする様な仲でもなかったので軽く流してそいつに応対をする。

「何だ、委員長も同じクラスだったのか。」

「まあな、二年間宜しくな。」

 去年俺のクラスの委員長を務めていた男友達だった。別に名前が分からない訳でもないが、あだ名で呼んでいると急に呼び方を変えろと言われても難しいものだ。

「二年間?この学校って三年に上がるときクラス替え無いんだっけか。」

「そうだよ。それよか、誰だあの子。転校生の割には仲がいい友達が居るなんて珍しい事もあったもんだなぁ。なあ高昭。」

「そうだな。」

「なんで学校で帯刀してるんだろうなぁ。なあ高昭。」

「剣聖の娘だからだろ。」

「剣聖ねぇ。人間国宝の娘さんか。変な奴がいると思ったら、やっぱり黒田の関係者じゃねえか。お前と関わると碌な事がねえな。」

 そう吐き捨てた委員長はクラスに戻っていった。何がしたかったのだろうか。俺のクラスに戻ろうかと思ったが、折角なので水を飲んでから戻る事にしよう。

 口を潤していると委員長が戻ってきた。

「高昭、お前さっき剣聖の娘って言ったか。」

「言ったけどなんだよ。去年に比べて、乗り突っ込みのキレがなくなってんぞ。」

「純粋に驚いてんだ、馬鹿。というより何だよ、あの子めちゃくちゃかわいいじゃねえか。何でお前の周りにばっかりかわいい子が集まるんだよ。不公平だろ!」

 言われて俺の周りの人間でこいつが合った事のある人物を思い浮かべるが、天ちゃん、辰子さん、黛さん、それ以外が思い浮かばない。

「言うほど人数はいないだろ。」

「数の問題じゃなねーよ。気が変わったぞ高昭。お前の恋路を応援してやるから手を貸せ、いや貸してください。」

 委員長の気が変わったというよりかは態度が変わっている。こんな謙った負け犬根性を働かせる奴ではなかった。まあしかし、こいつは去年から口から出る事の大部分が冗談であった。今回の事も何割かは本心だろうが、余り本気ではないだろう。

「何にだよ。また委員長に推薦してくれってか。それとも生徒会長の応援演説か。」

「両方とも自力で狙うからいいけどさ。あの子を副委員長に推薦してくれないかなー、なんてさ。」

「直接頼みにいけばいいだろう。」

 そして今度は俺がこいつを引き連れて行く。ここまでは予想通りだ。唯一俺と天ちゃんの共通の友達なんて顔の広かった委員長しかいない。天ちゃんには悪いが友人は少ないし、俺に限っては女の友人は居ない。だから、黛さんの友達作りを手伝って貰おうというのだ。 こいつ自体も俺たちと仲が悪いわけでもないし、男子の仲でも俺とこいつは一番話す機会が多い。勿論、俺の周りの女性の人数がどうのこうのと話していた様に、俺の家に何度か遊びにも来ている。その際に姉や辰子さんや竜兵さんと面識をもっているのだ。俺が右手を壊してからは俺の家にくるのは流石に重苦しいものがあったらしい。そのため、天ちゃんの友達が少なくなったのでは、と板垣家の人たちは天ちゃんを心配したりもしていた。

「おーい天ちゃん。委員長連れてきたぞ。」

「でかした高くん!今だまゆっち特訓の成果を見せるんだ!」

 天ちゃんは委員長を指差しながら黛さんを応援している。黛さんも委員長の前に立って精神統一をしている。道場で見せる集中と同じくらい真剣な眼差しで委員長を見ている。少し殺気が漏れている様に見えるが気のせいだろう。委員長が気に当てられて膝が震えているが気にしないでいよう。

 天ちゃんと黛さんが自己紹介の練習のような何かをしていた事は知っているが、余りの可笑しさに笑いを堪えるのが大変だった。

 そして目を見開いた黛さんが言葉を発する。

「ヘーイ!」

 そう言葉を発すると同時に委員長に向かって指でコインを弾く。綺麗な放物線を描いたコインは委員長の額に当たって床に落ちていた。後ろでは天ちゃんが小さな声で、カウンタッ、と呟いていた。そして再び訪れる静寂。

「ヘーイ!」

 もう一度黛さんがコインを弾く。委員長も俺の家で遊んだ事があるので黛さんが何をしているのかを知っている。というよりかこれを知らない相手にやっても意味が無いから、意味が分かる委員長を連れてきたのだ。ここに皆が共通で知っている格ゲーの居合いの達人の物真似だ。普通の人は分からない。そこも後で天ちゃんに教えておかなければならない。

「よし、まゆっち二回コインを当てたから最大コンボを叩き込んでやれ!」

 俺の方をちらと見る委員長の額にはコインの当たった痕と滝のように流れる冷や汗が見えた。このまま放っておいても、黛さんの事だから天ちゃんの教えた通りに居合いをする事もない筈だ。俺の隣で天ちゃんがさっきから。

「いい~的だぜ。」

 と何度も呟いているが気にしないようにしよう。決して俺も、この状態からなら壁も近いからダメージを稼ぎつつ起き攻めに移行できる、なんて考えたりもしていない。天ちゃんの呟き以外俺たちは喋っていないが、教室の中でもあるため周りは騒がしい。幾ら目立つと言っても注意を引き付け続ける訳でもないから、結局は刀も引けずにこの流れで気の利いた事が思い浮かばない黛さんが床に落ちたコインを拾い始めた。

「高昭、これって俺が悪いのか。」

「ネタとして分かっただけで上出来だよ。ネタとしても微妙だから天ちゃんは黛さんと反省点を話し合っててくれ。」

 納得のいかなそうな天ちゃんに黛さんを任せて、またも委員長と共に廊下に出る。水道場に行って口を潤した委員長は然も生き返ったという様な表情をしている。素人相手に形だけでも本気を出していた黛さんのせいだろう。刀を抜かずとも委員長を殺したの同然だった。

 しかし黛さんは融通の利かない性格なのだろうか。ゲームのキャラの真似事だといっても居合いの動作に関しては譲れないものがあったのだろう。俺も黛さんの居合いの範囲内に居たから背筋が凍った様な気分だった。普段の行動を知っているからこそ、安心しきれた。黛さんは、有事であっても最後まで刀を抜かずに済む方法を考えるのだろう、と思えるほどに人を傷つける事を好まない。

 今日まで、道場で鍛錬をするところを見かけたことはあるが組み手はしていないようだ。実力で拮抗するであろう辰子さんは組み手に向かない。肝心の辰子さん自体が、俺が回復するまでまともに体を動かせる相手が居ないので息抜きもできず気の毒なのだ。辰子さんは戦う事が余り好きじゃないがこれからはバイトで忙しいだろうからストレスの発散方法ができればいいと思うのだが、今のとこr考え付かない。

「なあ高昭。さっきの話は忘れてくれて構わない。」

「何の話だっけか。」

 もう少しでチャイムが鳴ろうという時間であるのに俺たちはまだ廊下に居た。教室を覗くと天ちゃんの席の近くで二人が話をしている。他のクラスの皆は黛さんの腰に携えてある刀が怖くて近づいていかない。ある意味で当たり前の反応と言えた。

「あの子を副委員長に、の話だよ。いや嫌いになったとか、だいぶ板垣に毒されているからとかじゃなくてだ。クラス委員同士での集まりとかで、あの子をフォローできるほどの仲でもないし、できる自信がない。」

 心底申し訳なさそうに頭を下げる委員長。こいつは本当に友人関係における義理人情を重んじる人格者なのだ。中学生らしく学校に不要な物も持ってきている事もあるが、あだ名が委員長になるくらい昨年度も皆のまとめ役をしてくれた。

 まあ当然天ちゃんもそれなりにこいつを信頼してるわけで、多分黛さんもこいつから滲み出る良い人の雰囲気を感じ取れたのであろう。

「委員長、手遅れだ。」

 教室の二人の会話を聞くまでも無く、黛さんはこの学校での最初の友人作りのターゲットを俺の隣に居る男に決定したらしかった。




格ゲー用語説明

居合いの達人……この話で出たこの人物はギルティギアシリーズの「ジョニー」の事。ヘーイ!は本来挑発の際のセリフ、コインを相手に当てると固有のレベルが上昇して必殺技の居合い切りの性能が上がる。天使の言った「いい~的だぜ」のセリフは上中下の三方向の居合い切りの内、中のボイスとなっている。

カウンタッ……カウンターヒットの事。相手の攻撃の出掛かりに技を当てる事で攻撃側が有利な状態になる格ゲーの仕様。威力が上がったり、復帰可能までの時間が長くなったり、通常とは異なる状態を誘発して追撃を可能にしたり等。

起き攻め……ダウンした相手の起き上がりに合わせて攻撃をする事。パターン化したものはセットプレイと呼ばれる。昨今の格ゲーにおいては特に重要な読みあいが発生する。

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