特別になれない   作:解法辞典

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構想を練れば練るほど相対的に主人公が弱くなっていく気がしてなりません。
今回から格闘ゲームの話が多くなります。
特に今回は多いので後書きに軽い解説を書いておきます。


第四話 惚れた弱みは恐ろしい

 一礼をして道場を後にする。

 すっかり辺りは暗くなっており、道場の電気を消すと廊下には光さえなかった。廊下の角まで歩けば母がいるはずの茶の間の明かりが見えるはずである。長年培った勘と経験で暗闇を歩く。夕飯を食べると帰っていく板垣家の面々が去った後、姉が風呂を出るまでの時間はこうして体を動かすようになった。早朝にも修行をしているので夜は主に技についての修行だ。

 黒田の技は異常に少ない。

 開祖が作ったとされる奥義が四つと秘奥義が一つ。これ以上に優れた技以外は黒田の技ではなく単に黒田が伝承する才能の一部と考える。事実間合いやタイミングさえ間違えなければその奥義だけで十分に闘いに勝つことが出来る。それを生かすのが黒田の才能であり、勘であり、経験であり、読みであるのだ。

 そしてその奥義を確実に決める為に作るのが各々の技だ。

 父は奥義そのものを練磨する。

 姉は武器を絡めて相手の行動を制限して確実に叩き込む。

 祖父は気で作った分身を使うらしい。

 では俺はどうするのか。

 丈夫に作られた廊下をしっかりと踏みつけて、跳躍をしてみる。本気を出せば天井に触れることが出来るがそこまで力をいれずある程度体に自由が利く様にする。己の気で固めた空中の足場に乗ってもう一度跳躍をする。はじめに飛んだのは垂直に、次に飛ぶのは後ろ方向に、更に空中に壁を作って前方に飛ぶ。

 意外と便利なものだと考えつつ、事の発端の二年ほど前のことを思い出す。

「高くんもこれ出来るの。」

 そう言いながら天ちゃんがテレビの画面を指差していた。画面にはふわふわと画面を漂う物があって、所謂格闘ゲームの飛び道具といわれる技であった。画面の格闘家が出しているのはその中でもオーソドックスなもので、自らの気を固めて打ち出す技だ。

 大体の格闘ゲームのキャラクターや技は、この世の中本物の武術家たちの技を基盤としている。この頃は化け物のキャラが出てきたり、話が盛られているが、この世界の人間で再現できるものが殆どだ。目に追えない速度の居合い、雷を打ち出したり、ヨガを極めて間接を伸ばすなど。人には無限の可能性が秘められている。

 どれも一朝一夕で身につくものではない。

 それ故に体感できる格闘ゲームが世界中で人気である事にもつながっている。当然ゲームであるからバランスはとられているが、近代的な武器を使うキャラはそこまで強くはない。それは実際の武術家は銃弾さえも跳ね返すので、現実に即しているのである。

 最近はそんなことでは国家を守れないということで、軍隊も格段に強くなっている。

 しかしゲームにおいては銃を使うキャラは火力が弱いのが様式美になりつつある。火力だけがすべてではないので一概に弱いとは言えず、バランスが上手くとられているのだ。

 話を戻して、その気弾だけでなく色々な格闘ゲームの技を再現していた所、更に天ちゃんが疑問を持ちかけてきたのだ。

「なんで武術家って空中で行動しないんだろ。」

 格闘ゲームをしていて、近しいところに武術家がいる天ちゃんならでは疑問だった。

 ゲームにおいて動きが遅かったり、地上での制圧力が高いキャラと戦うと不利になることがある。それを解消、和らげるために空中でも行動が出来るのだ。いつしか空中でもう一度跳躍することが出来る二段ジャンプや、跳んだ後に急接近するために空中ダッシュ、画面内の端である壁際と呼ばれる場所で使うことが出来る壁張り付きと三角とび。これらによって更に取れる行動の幅が増えて読み合いが深まった。

 元々はゲームのバランスをとる為のものだったのだ。

 ゲームの元が武術家の動きという先入観に囚われていた俺には気づけなかったことだった。敵が空中にいない以上此方が飛ぶ必要性はないと思っていた。だが、今のままでの俺は前後左右を動いていただけで上下左右を動く画面のキャラたちと変わりがないのではないだろうか。

 正に棚から牡丹餅であった。相手が此方の機動に対応しても相手が同じ土俵に立てない限り、優位は揺らがないものとなる。空中に作る気の塊は俺の足場となり行動の幅が増える。逆に相手の邪魔な物質として使うことも出来る。

 足場として機能するだけの硬さがあり、それだけ集中しなければ使えないものである。故に反復練習をしなければならなかった。どんな場面でも出せるように、反復して何度も何度も、練習をしている。そのために夜にも修行をする様になったのだ。天ちゃんが言い出したのが、四年生の春頃。一年近く繰り返し修練をしていたが、決まった流れでしか安定して出すことが出来ないかった。それに思った以上に気の消費が激しい。初めは二十分もしないうちに気がそこをついてしまっていたが、今は半分ほど残せるようになってきている。

 それに伴った空中から出来る技の種類も増やさなければならなかった。なにせどの武術の型も地上での戦いしか想定していて、空中から地上の相手に放つ技なんてあるわけがないのだ。例外の現存しているとび蹴りなどだけでは相手に対応されてしまう。足場がなければ踏ん張りが利かず速度が主だった威力の源になる。

 速度をつけようとすればそれだけ単純な軌跡を描く。そうすれば相手に攻撃を読まれてしまう。単発の攻撃が多いのもネックだった。

「高くん、ロマキャンが見たい。」

 ロマンキャンセル、通称ロマキャン。

 本来強力な必殺技を出すために必要なゲージを使って通常の攻撃の隙をキャンセルしてしまうというものだ。相手の反撃を食らわないようにしたり、攻撃を誘ったり、本来繋がらない連携が繋がるようになるなど、多彩な効果がある。

 天ちゃんが何気なしに言った事であったが、前述の棚から牡丹餅があるので、とりあえずやってみることにしたのだった。何より二段ジャンプや空中ダッシュが出来るようになって、見せると凄く喜んでいたので断るわけにもいかなかったのだ。

 目指すのはとにかくどんな攻撃をした状態からでもニュートラルな体勢に戻すことだ。かつ反撃を受けないようにしなければならず、攻撃を受け止められた時も使えなくてはいけない。だから攻撃の勢いで体を一回転させる訳にも行かず、動く体を押し戻すようにしなければならない。自分の体を自分で押すためには気を使わなければならず、気の消費が酷い事になってしまった。

 今でこそこなれてきたものの、最初にやったとき、空中での気の固め方に慣れてしまっていた為に、体を押す気が硬すぎて体中が痣だらけになったのは良い思い出である。それと、体を押さなければならないので時には少しおかしな方向に体を曲げることがあり、体が柔らかくなった。せざるを得なかった。思い返せば一年近く、必死にりんご酢などの体が柔らかくなるらしいものを試していた。

 動作中に違うことを空中でするよりも、基本の自然体に戻すだけの此方のほうが断然楽だと感じている。応用すれば相手の攻撃もずらしたり出させなくする事が出来そうだが、そんなことにまで使っていたらば俺の気の総量では持たない。

 使っているうちに何も、全ての行動を元に戻すことがないことに気がついた。本来、参考にしたロマンキャンセルを使わずとも繋がる攻撃があったのだ。格闘ゲームにおけるチェーンコンボという名前のものだ。当てた攻撃に、決められた攻撃であれば続けて当てることが出来るというもので、近年の格闘ゲームのコンボはこれが物差しになって作られている。攻撃の硬直にチェーンコンボによって決められた技でない発生の早い技を当てるという意味になっている目押し技術もあるのだが今話すのは現実での格闘の話だ。

 何度も同じキャンセルをして練習に励んでいるうちに最低限の動きを模索できるようになり、少しだけ間が空いてしまう連携も気を使って高速化を図り、演舞の様な流れる動きに擬似的にすることが出来たのだ。隙を消すだけならば基本姿勢まで戻す必要はなく、次にとる行動に移行しやすい体勢に変えるだけで良い。右腕で大振りの攻撃をしたならば腰を少しだけ元の位置に戻せば、隙を見せて相手の攻撃を誘いつつ反撃を受けることもなく防御が間に合う。更に相手に攻撃を叩き込むことも出来る状態を保てる。

 

 

 齢、僅か十歳にして俺は黒田家で一番の実力を有してしまった。姉が後継者に選ばれなかった理由が自分の高すぎる能力にある事。才能とはこれ程までに残酷である事を実感していた。

 天ちゃんが見つけた方法が優れている訳ではない。再現できてしまった俺が優れてしまっているのだと理解せざるを得なかった。姉には筋力が足らず、父には独創性がない。俺はその全てを才能として、黒田の血を色濃く受け継いでいる。隔世遺伝や両親から直接、それらの才がこの身という器に注がれている。

 姉や父が弱い訳ではない。黒田には届かないにしても、高い能力を持つ板垣家の面々は修行に来た他の黒田の道場の門下生を倒す実力を持つ。天ちゃんはまだ組み手をさせて貰えていないが、武具に秀でる姉に修行をつけてもらった亜巳さんの棒術、怪力では説明が足りない程の力を保有する辰子さん、パワーファイターながらも細かい芸を多彩に使用する竜兵さん。

 板垣家の皆も高い戦闘能力を保有して武芸者としても将来有望だが、黒田の才能には届かない。

 その才能に経験も積み重ねた父でさえ、更に上を行く才能には敵わなかった。

 しかし、その俺でさえ研磨し続けなければならない。上には上がいる。いくら才能があってもこの身は所詮人の身だ。それ以上を望むことは出来ない。知り合いで人知を超えた怪力を持つ辰子さんは神に愛された存在だろう。この先幾ら代を重ねてもあの力には届かない。人は神にはなれないのだ。辰子さんの力は神にも届く、神をも超える可能性がある。とは言っても超えるのは怪力のみに限る。

 武神川神百代。

 神は神たる能力全てを持つ。

「今はまだ手の施しようがあるが、完全に出来上がれば勝ち筋はない。」

 手合わせに川神院に行って帰ってきた姉はそう言った。

 その言葉は姉のことではなく、おそらく黒田の全員に向けたことだ。技ではなく、才能で負けている事。それは黒田の根幹に関わる問題であった。黒田の武術は早期完成。加えて技は少なく対応されることは即ち負けを意味する。初代の考案した技が一筋縄で突破できる代物ではないが、自分たちが出来るように、相手もまた才能によって突破口をこじ開けない筈がない。

 それ故の原点回帰。相手に技を見切らせない為の努力だ。そこに至って初めてわかった黒田の奥義の素晴らしさ、完成度。人の作る技で、これ程までに完璧に仕上がるものなのか、という初代黒田への尊敬の念がこみ上げてくる。

 その技をもってして、突破しかねない武神の才。

 姉が当て馬だといっていたことをいやというほど実感する。

 聞けば辰子さんたちと同じ年だというのだから嫌になる。

 出来れば一生不干渉で戦いたくない。

 

 

 月日が進んで欲しくないと思っても次の日は必ず来てしまう。

 今までの日々の楽しさが何れ来る武神との戦いの代償だとしたら、無事で楽しい平穏の代わりに命さえ落としかねない。実際に辰子さんだって俺の内臓を破壊しかねない攻撃を組み手の手加減した状態で平然と打ってくる訳だから、本気の試合での武神の攻撃なんて喰らったら人間の命の灯火は消え失せてしまうだろう。

 武神の当て馬だなんて話を聞かされずにいたならば、こんな鬱蒼とした日々を送らずにすんだかの知れないのに、なぜ死刑宣告の様な仕打ちを受けなければならないのか。今の俺なら夜中に父のしたの名前を叫びながら何かを殴る音がした時の隣の部屋の姉の気持ちが良くわかる。加えて姉が優しくしてくれた理由の大半も分かった気がする。姉は元々優しい人なので理由としては半々程度かもしれないが、感動は薄れた気がする。全部父のせいだろう。

「高くんどうしたの、ため息なんてついて。悪い夢でも見たのか。」

 俺の生きる気力の源である天ちゃんが心配してくれている。クラスの男友達からは、最近大人しいな、と言われるまで気勢がそがれているが、天ちゃんの前では何時も通り明るく振舞うことが出来ている。俺の身長も大分大きくなってきたが、学校で習った通りに女子のほうが成長が早く、天ちゃんも大人びてきた。

 詳細な事を言えば、俺のほうが背が高く、少しでも疲れると昔からおんぶをするようにせがまれるのだが、この頃少し意識が削がれてその時の天ちゃんとの会話に集中が出来なくなっている。天ちゃんが大人になってきているのと、俺も年を重ねて色々と無駄な知識が増えてしまったということなのだろう。

 内心嬉しいのだが、それと同時に男として意識されていない事に気づいて悲しくなってくる。天ちゃんに俺よりも仲のいい男子はいない。そう分かっているのだが、こんなに長く一緒にいるのにここ数年の対応と変わっていない事に、少し傷ついているのも確かだ。

 事情を知っている友達には、告白しろだとか言われているが、そんな勇気があったらしているしそもそも今から交際する事になっても成人するまで続く保障も自信もないし、仮に振られたら毎日会うのに気まずい。

 というか武神の件だってやりたくはないし、正直逃げたい。しかしもし天ちゃんが俺が敵前逃亡をしたなんて知ったら、当然天ちゃんの性格から考えて評価はだだ下がりする。それに加え俺の周りの人間の中で、ゲームではあるが唯一俺に完全に圧倒している、という天ちゃんのアイデンティティーを守らなければならない。

 だから、せめて勝てないまでも引き分ける程度の実力は有さなければならない。

「ウチも怖い夢見たな、高くんが一方的に殴られてボロボロになるの。」

 生返事で、怖い夢を見た、と返したら天ちゃんが空恐ろしい事を言った。豪く的確に、俺の心情を抉ってくる言葉だ。昔から勘がいいのは知っているが、未来予知までしてくるとは思わなかった。何も負ける事を前提にしてたら努力なんてしないが、心の安寧である天ちゃんと一緒にいる時までにそんな事を言われると心臓に悪い。

「それって、俺に勝ち目あった。」

「勝ち目ない試合なんてないでしょ、現実で体が消える無敵技なんてないだろうし。対戦ダイアは最低でも九対一以上はあるだろうから勝ち目はあるんじゃないの。」

 見たところ九対一だった、という事だろうか。そんな事を言ったら、姉さんと竜兵さんの組み手は十対零だろうに。それは多分年齢とかの影響だから大丈夫、と天ちゃんは言うが年の差が縮む事は無いし、竜兵さんは今でも十分に体が大きくなってきていると思う。

 天ちゃんも大分格闘ゲームに毒されてきている。この頃漸く勝利を勝ち取ったけれど、どんどん辛い対戦が続いている。この前店の大会で優勝してた。天ちゃんは目立つミスがない、変なあたり方がしてもアドリブでコンボをつなげられるからダメージレースで勝てない。真っ向からプレイヤースキルで打ち破る他ない。

 そんな天ちゃんの有難い助言がまた増える。

「対戦ダイア負けてても勝ちたいなら、ワンチャンで勝てればいいじゃん。」

「現実だとコンボなんてないから引っ掛ければ勝ちはないよ。」

 即死コンボは愚か、コンボ自体が不可能な現実でそんなに美味しい話はない。

「一撃必殺じゃだめなの。」

 天ちゃんの言う一撃必殺とは、黒田の奥義の一つで相手に防御されても殆ど勝ちが確定する様な相手を屠る事のみを追及した技のことである。しかしながらしっかりとした土台がある道場などでしかまともに使えず、攻撃範囲も限られていて、かつ相手に一度背を向けるので、使う状況は限られている。使えるように相手を誘導するのも必要になってくるので地力で負けている相手を仮定した時は使わない方がいいだろう。

「高くんがそう言うと思って今回はきちんと考えてきたんだ。」

 考えてきたって言っているから、何時もの様に格闘ゲームの技なのだろう。今までのだってまだ煮詰まっていないのに、また新しい事をしなければならない。

「本当は小パン刻んでバスケとかやって欲しいんだけど流石に無理があるから、ブースト使えば良いと思うんだ。ブースト一撃も出来るし、地上は無理だけどブーストが有れば現実でも空中コンボが出来ると思うんだけどやってみてよ。」

 天ちゃんにしては珍しく、きちんと理論立っているプレゼンテーションだ。思いつきで兎に角やらせてみてお蔵入りになった技もいっぱいある中で今回のは比較的まともだ。

 それにしても、気を使わないで再現可能な技を提案してくれないと俺の気の総量では全然足らなくなってしまう。諦めて修行に瞑想を取り入れるしかないのだろうか。

 

 天ちゃんが嬉しそうだからもう細かい事は考えない。




格ゲー用語説明

二段ジャンプ、空中ダッシュ……空中でもう一度ジャンプしたり、空中で一定距離横に移動すること基本的に二段ジャンプすると空中ダッシュが出来ず、どちらかを一回ずつとなっている。

ロマンキャンセル……攻撃があたった時に、超必殺技を打つ為のゲージを使ってニュートラルな行動可能な状態に戻すこと。攻撃の隙を消して不利な状況を作らないようにしたり、普段出来ない攻撃を繋げてコンボのダメージ量を底上げするなど多彩な使い道がある。

チェーンコンボ……通常技を弱、中、強の順に入力することで硬直をキャンセルしてコンボを繋げる事。元々これは目押しコンボと呼ばれていた。

目押し……本来はパチスロ用語とされている。キャンセルをせずに戻りの早い技から発生の早い技を当てる事。難しいがリターンは大きい。速度を求める場合ずらし押しという事もある。

対戦ダイア……有利不利の事。決まった定義は特にないが、九対一は相手にミスがない限り勝てない十対一は勝ち目がないとされている。負けた時の文句として使われる事が多い。

一撃必殺……ゲームによって違うが使用条件を満たし、相手にヒットすれば相手を倒せる技の事。たいていの場合条件が厳しい。

ブースト……AC北斗の拳のシステム独自のブーストゲージを使って前進する。消費によってキャンセルも出来る。

小パン……しゃがんで出す弱攻撃

バスケ……AC北斗の拳のバグ。攻撃を当て続けると浮き方がおかしくなって、無限に連携が繋がる。一応全キャラが使える。

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