特別になれない   作:解法辞典

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日常編は難しいですね。
小説がきちんと書ける人は凄いなと再確認しました。
ストレス発散でちまちま書いているのですが、思ったより書きづらくモチベーションが上がらず遅くなりました。
もっと投稿のスパンを短くしたいです。

誤字報告などありましたら訂正しますので感想に書き込んでください。
感想、批評お待ちしております。


第三話 暖かさはそこに

 迷子。

 それが現在の板垣天使の状況であった。ボーリングを終えたあとで年長者の三人が支払いを済ませているので、そのフロアの目立つ柱の近くで待っているように天使と高昭、辰子、竜兵は言われていた。上の兄弟二人が高昭を苛めて遊んでいて、天使はすることがなく暇であった。

 当然、ショーケースの中にたくさんのお菓子が積まれている所謂UFOキャッチャーという物を現物で見たことがなかった天使にとって、それはとても感動的な物に思えた。そのまま同じフロア内に存在するゲームセンターの方面に足が進んでいても致し方ないことだった。お菓子やぬいぐるみなどに加えて、雑多な音が飛び交う天使の見た事のない娯楽用品がそこには多く存在していたのだ。

 生憎と家の経済事情も相まって自分の財布という物を持っていない天使は、元々ボーリングというものをやりに来るだけの予定だったため、ポケットには小銭の一つすらも入ってはいなかった。渋々誰かがそれらをやっているところを遠目に見ることで、好奇心を満たすことにした。

「天ちゃん、心配させるなよ。」

 天使のことを探していた高昭が、見つけてそう言った。心配して身の凍る思いをしていた高昭の心は知らず、天使はこれは占めた、と考えた。高昭ならば自分の財布を持っている。まして自分の頼みを高昭が断ったことがない事もなんとなく分かっていた。

 天使の目論見通り、高昭は仕方がないと言いつつも百円玉を一つだけ差し出した。それ以上の時間を費やすと姉たちが心配すると言って、高昭は枚数だけは譲らなかった。今はある程度黒田の家の御蔭で改善されてはいるが貧しい事に変わりはない家に生まれた天使はその一つの百円玉が、高昭がそれをくれた事が、堪らなく嬉しかった。

 天使は、姉である亜巳と違って、名前の様に純粋であった。最もそう願った両親は蒸発しているし天使自身は気に入ってなどいない。実際に親しい高昭にも「天ちゃん」という愛称で呼ばせる程度に自身の名前が嫌いであった。しかし高昭の根回しでクラスメイトに名前で虐められる事もなく、紗由理の御蔭で亜巳が家で荒れることもなくなったので、穏やかな時間を過ごせている。持ち合わせているお転婆に、高昭が振り回される事も多々あるが、人間の怖いところを限りなく見ないで育った天使の心は純粋そのものだ。

 惚れた弱みで断ることはできない高昭は、たとえ一枚でも姉は心配をすること、後で怒られることがわかっていたが天使に百円玉を渡す。ありがとうと言って満面の笑みを浮かべる天使を見て高昭は顔が熱くなっていると自覚していた。ボーリングでのクールダウンで体温は元の状態に戻っていたはずなのにと、高昭は満更でもないのに、自分に対して言い訳をする。気づかれる程の変化でもないのに、気づかれないようにと口数が少なくなる。

 そんな高昭ことなどいざ知らず、あれをやりたいと言って天使は高昭の右腕を引いている。

 天使が指をさした筐体では向かい合った男二人が向かい合っていた。丁度画面の中のキャラクターも向かい合って居る。天使たちが覗き込んでいる方の男の筐体の上にはその人の財布が置いてあり筐体そのもののレバーとボタンもあるのが伺える。

 天使だけでなく、こういう娯楽を知らないのは高昭も同じであった。

 男は、後ろで目を輝かせながら見ている子供二人をチラと見て腕をまくった。

 画面の中のキャラクターは相手目掛けて走って行く。明らかに攻撃とみなせる行動をキャラクターは行っており、武道の家の高昭も一応習っている天使も共に、その単純に見える戦いにどんな駆け引きがあるのかが良くわかった。現実のような拳を一つ打ち込めば勝敗が殆んど決する物ではない。敢えて自分の動きを読ませてそれを更に読んで攻撃を当てる。普通は有り得ない跳躍、空中での移動や攻撃でその読み合いは幾重にもなる。

 何より、現実では凡そ再現が不可能である華麗な連撃。

 二人は目を奪われていた。

 

 

「高くん、おはよう!」

 何時ものように天ちゃんと通学を一緒にするために板垣家で合流すると、いつにも増して天ちゃんの機嫌が良かった。そして、昨日から俺に勝ち誇った顔を浮かべる。

 あの後俺と天ちゃんとで一戦交えたのだが、結果は俺のボロ負けだった。見ていただけである程度動かせた天ちゃんが凄いだけであって、必殺技の出し方は未だに分からないが、それでもやったのはたった一度だから結論を出すにはまだ早いと思う。再戦を望もうにも、勝手に遊んでいたお叱りを喰らって暫くはゲームセンターの方にも行けないだろうからこれからは天ちゃんに勝ち誇った態度をとられるのだろう。

 機嫌が良いというだけで別段困ることもないのだが、負けっぱなしなのは居心地が悪い。

 辰子さんがいつもの様にまだ爆睡しているとの事なので、竜兵さんは今日も遅刻しかけるのだろうと思いながら、いつもの様に天ちゃんと通学路を歩いていく。俺が会う時はそれほど寝ているイメージはないのだが、天ちゃんや竜兵さん、亜巳さんの話を聞く限り一日の八割方寝ているといっても過言ではないほどらしい。寝る子は育つといった具合に少し前まで竜兵さんより背も高かったがこの頃は竜兵さんの背も高くなってきた。二人とも同じ年の子と比べて頭ひとつ抜けているらしい。

「天ちゃん、割烹着忘れてる。」

 週明けに忙しく家に戻っていく姿を見るのも、三年間で見慣れた光景だ。

 

 

 学校についてから始業のベルが鳴るまでのおよそ三十分程、クラスの皆とサッカーをする。その日の昼休みも引き続きの点数計算だ。本物のゴールは六年生と五年生が占有しているので下の学年は緑のネットをゴールに見立てている。キーパーは無し、曖昧なフリーキックなど。発達しきっていない子供だからこそ均衡の取れるルールだ。

 俺だけでなく、身体能力の高い天ちゃんも参加している。流石は天下の川神のお膝元なだけあってちらほら女子でも身体能力が発達しているので、男子に混ざって遊ぶ人も多い。

 態々運動着に着替える必要もない、私服登校というのは本当に便利だと思う。姉たちに中学の制服を着せられていた天ちゃんは可愛かったけれど、基本的に小学生で制服が似合うのはなかなかにいない。天ちゃんが可愛いのは、俺の主観であって、制服が似合っていたかといえばそうでもなかったし新鮮味があって反応に困った事も起因しているだろう。後何年かすれば慣れるほどに見る事になるだろう。天ちゃんの私服は基本的に亜巳さんたちのお下がりや昔姉が着ていたお下がりが多いけれど誕生日には姉がプレゼントとして送った物もある。

 そういえば、今年の天ちゃんへの誕生日プレゼントはどうしようか。昨年は天ちゃんの誕生石を送ったけれど、着けているところなんて何度かしか見たことがないし少しチョイスを間違えたのだろうか。いつも男子に混じって漫画の話しなどしているし、好みに合わなかったのだろうか。かと言って漫画といっても、いつものように「本棚に入りきらなくなった」と嘘を言って好みに見合ったのを渡しているし、代わり映えがしない。女の子にそんな物を誕生日のプレゼントとして渡すのもどうかと思う。見てわかるほど値の張ってしまう物は気を使わせてしまうだろう。俺のように誕生日が冬ならば手袋などを買ってあげられるのだが、天ちゃんの誕生日は五月の一日。特別な季節でもないし、悩むところである。今の天ちゃんが興味を持っている物といえば、昨日遊んだアーケードゲームな訳だが、あの筐体を買うことなんて出来ない。

 しかしこの世の中は上手く回っている様でアーケードゲームの家庭版という物があるらしい。ゲーム本体、ソフト、二人分のアーケードコントローラー、全部で六万円程するが今年のお年玉の半分を削れば問題は無い。ただし問題が一つあって、プレゼントをそれにするとして板垣家の電気代は大丈夫なのだろうか。結局お金を出すのは黒田家だが、それでも亜巳さんからしてみれば現状でも申し訳なく思っているとの事だし、それなら俺の家に置いて遊びに来てもらっても同じ事だ。

 

 今年の誕生日は普通に着物をあげた。喜んでくれた。

 

 

 画面に映るK.O.の文字。

 夏休みに突入してから殆ど毎日天ちゃんとゲームをしているが笑えないくらい勝てない。竜兵さんも一緒にするようになったのだが、天ちゃんと竜兵さんは五分。俺と竜兵さんは五分。にも関わらず俺は天ちゃんに一度も勝てていない。必殺技を出せるようになって、一通り動かせるようになったが俺とやりあうときに限って、天ちゃんの集中力が凄まじい事になっている。

 確かに唯一、俺に勝てた事だが、気迫が入りすぎている。ここまで来ると俺も意地でしかないが竜兵さんに何度か使用キャラを替えればいい、と言われたが替える気は無い。竜兵さんが天ちゃんに有利なキャラを使っても五分の戦いをされている事を考えて何度かキャラを替えたくなったけれど、自分の実力が無いのをキャラのせいにするのはお門違いだ。自分にそう言い聞かせてモチベーションを保っている。

 別に天ちゃんは一番強いとされるキャラを使っている訳でもないんだ、そう思うのだが、飛び道具を足払い技でかわされた時は思考が停止するほど驚いた。出来るとは聞いていたけど実戦で安定させられる様なものではないと思っていたので、感心もした。

「そこまで動かせるお前ら二人とも凄いけどな。」

 寝そべって漫画を読んでいる竜兵さんがそんな事を言ったので、またも勝ち誇った様な笑みを浮かべた天ちゃんがもう一回やるかと聞いてくるので、結局夕飯に呼ばれるまでゲームをしていた。勿論部屋は明るくしていたし、テレビからもきちんと離れていたので目は悪くならないだろう。午前中は稽古で体を動かしたので運動不足ではない。やる事はきちんとやってから遊んでいるのだ。

 余談だが、姉と亜巳さんと辰子さんは夏休みの初めに宿題を終わらせる派だ。隣の姉の部屋で勉強をしているらしく、曰く明後日頃には終わるらしい。姉は貰った日に終わらせていて手伝いや残った作文などをしているらしい。

 

 

 夏の終わりには、夏祭りが開催される。丁度夏休みの最終日の一日前である。今の俺たちにとっては三日後の事になるのだ。他の皆も根は真面目だが、俺も例に漏れず寝る前に少しづつ進めていたので自由研究以外を大体終わらせている。実を言えば、毎年この時期には天ちゃんは終わらせていないので手伝うために早く終わらせたという事でもある。

「抜け駆けはずるいと思うんだけどな、高くん。」

 そんな風に愚痴を言う天ちゃんが面倒くさそうに数学のドリルを解いている。幸いにも三年生の宿題は少なめだから、天ちゃんは余り無理をしなくても大丈夫そうだ。

 ちらと視線を動かすと辰子さんに監視をされている竜兵さんが見える。つい先ほどまで答えを見ながら宿題を消化していたところを、態々お菓子を持ってきてくれた時に隠し損ねて没収されてしまった。勉強は苦手じゃないのだから普通に終わらせれば良いというのに、少しでも早く終わらせたかったのかそんな事をしてしまったがために説教を含めて無駄に時間を浪費する結果となっている。

 天ちゃんのやる気が下がっているのも、近くでその説教をしていたという事も一因である。別の部屋か廊下ですれば良いのにと思ったが、飛び火するのがいやだったから黙っていた。

 最近、組み手をするとき辰子さんの一つ一つの攻撃が重くなってきた気がする。手加減ではなくて俺が笑って済ませられる限界を覚えたみたいなので、相手にすると無駄に体力を使ってしまう。偶に反論したりすると、締め上げられたりするので辰子さんの前では基本的にイエスマンになっている。

 身長が伸びてくれない事には体術では分が悪い。それに試合でもないのに気を使用した攻撃なんてしていいわけが無いし、ムキになる事も無い。辰子さんの事は嫌いではないから、何をされてもいいというのは無いが、ある程度は許せてしまう。辰子さんに限らずある程度親しい人には強く出れない。皆が引き際を心得ているということも会って然程ストレスを感じたことも無い。

 作文の内容を考えるふりをしていると、天ちゃんが頭めがけて消しゴムを投げてきた。大人しくそれをヘッドバッドで天ちゃんにたたき返す。解けない問題が出てきたなら口で伝えればいいし、そんなことしないでもそこまで同じページで固まっていたらいくら考え事をしている俺でも気づいていたのだが、と思ったらどうも上の兄弟二人のせいで雰囲気が重いから喋ろうとのお達しだった。

 竜兵さんは結局夏休みギリギリまで終わらなかったが、俺と天ちゃんは次の日の四時ぐらいから何時もどおりゲームをしていた。

 俺は皆ほど夏祭り自体を楽しみにしてはいない。

 好きな季節は冬だ。

 しかし天ちゃんと一緒にすごせて、その天ちゃんが夏祭りを楽しみにして機嫌が良く、喜んでいる姿を見るだけでお腹はいっぱいだ。価値のあるものだと思える。誕生日にあげた着物の事を思い出してはそわそわしているところを見ると、プレゼントして良かったと、天ちゃんが喜んでくれていて良かったと心から思える。

 

 

 夏祭りの日。近くまで皆で来たが、いの一番に竜兵さんが型抜きの屋台に走っていった。今年こそは団子形を成功させてお小遣いを稼ぐのだ、と息巻いていた。去年一緒に参加したが俺も天ちゃんも成功する気配がなかった。今年はその分のお金を射的に回して元を取ろう、と天ちゃんが言っていたので竜兵さんも気になるが天ちゃんと二人で祭りを回る事にした。

 辰子さんは姉たちの集団に混ざっている。

「辰子が寝たらあんたたちじゃ連れてこれないから。」

 亜巳さんがそんな風に言ったが、唯一辰子さんがそこまで寝ている印象を持っていない俺はなんとも言えなかった。まあ、天ちゃんと二人きりで回れる事で頭の中がいっぱいだったので、自分からそんなおいしい話を崩すわけも無かった。

「高くん次あれ食べよう!」

 二本目のチョコバナナを食べ終わった天ちゃんが綿飴屋を指差して急かすように俺の背中を押す。人ごみの多い中で歩きづらい着物を着ている天ちゃんは俺を人避けに使っている。必然的に手を引く形になっていて、天ちゃんは着物でいつもと違う雰囲気を纏っているので、鼓動がわかるほどに左胸が動いている。そのせいで小さな声でしか応答が出来ない。天ちゃんが何気なしにする行動が俺をどぎまぎさせる。この時期の薄着や学校でおんぶしてと言って背中に飛びついてくる事、家で漫画を読むとき俺のお腹に頭をおいて枕にする事など。

 夏の気温とは関係無しに顔が、耳の辺りまで熱くなる。

 天ちゃんがお店の人に綿飴の注文をして、俺は財布からお金をだす。お金を受け取った人が、まじまじと俺の財布である巾着袋を見ていた。この頃だと見かけないのだろうか。少しでも落ち着くために天ちゃんから気をそらした。天ちゃんは機械の中で回されている竹串に綿状の物がついていく様を見て口を半開きにしながら感嘆のため息を漏らしている。

 思ったよりも大きく作ってくれた綿飴を貰って上機嫌な天ちゃんは次に射的をしたいらしい。食べることに夢中な天ちゃんが怪我をしないようゆっくりと歩いていく。天ちゃんがさっきから甘いお菓子しか食べていないので射的をした後に食べれそうな焼きそばや焼き鳥の出店の場所を覚えておく。チキンステーキやじゃがバターの出店もあるんだな、と思いつつ眺めていると、俺が空腹で見渡しているのだと勘違いした天ちゃんが千切った綿飴を口元に差し出してきた。

 このまま食べろという事なのだろう。

 ここまでしてくれているのに手で受け取ってから食べる選択肢は無い。気恥ずかしいと思いつつ口を少し開けると、綿飴をねじ込まれた。見た目より多かったので租借するのに少々時間がかかったが勢い余って少し唇に天ちゃんの指が触れた事に対する気持ちの整理をするには足りなかったかもしれない。

「ありがと。」

 はっきりと天ちゃんに聞こえる様に言う。

「どういたしまして。」

 天ちゃんはそう言って綿飴を千切った手の指を舐めた。そうしたら天ちゃんは繋いでいた手を汚した事に気づいて、ハンカチ貸して、とはにかんだ。

「あっちに水道あるから先に手を洗いに行こう。」

 洗えば大丈夫だからと言って、俺は天ちゃんの手を握って水道場のほうへと歩いていく。

 心臓は、これ以上に無いくらい早く動いていたが、これ以上ないくらい時間はゆっくりと進んでいるように感じられた。


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