特別になれない   作:解法辞典

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お久しぶりです。
最近は(最近じゃない)投稿するたびにこの挨拶をしていますが、最低限想定していた分は既に書き終えました。
推敲し次第、投稿していきます。

誤字等ございましたら報告よろしくお願いします。



第二十四話 崩壊をつげるもの

 夏休みが終わり何日も経ったその日、高昭と天使は普段の様に学校へと歩を進めていた。しかし、二人ともその口数は少し前と比べて減っている。この休みの間に高昭は多くの挑戦者と戦い、目に見えて、体は傷ついていた。

 最早、天使以外も勘付く程に、高昭の右腕は、その動きが鈍くなっていた。

 度々天使は、高昭に何かを言おうとして、その言葉を喉から吐き出せずにいた。周りの人間の中にはその姿を見て表情を歪め、しかし自らも踏み込んだ話が出来ない者もいる。

 天使が、高昭に何も言えないのは、勇気が無いわけでも、高昭を思っての事でもなく、幼稚であるからである。それは同時に無知である事と同義である。

 つまるところ、高昭について、何も知らなかったのだ。故に履き違えている。それは危うさでもあり、同時に、天使が高昭に一番近い事を表していた。

 時は、夏休みに遡る。

 

 

 その日は珍しく、板垣家の全員に予定が無く、高昭は挑戦者の下へ赴いていた。紗由理が帰省しているのもあり、高昭を除く全員が黒田家で寛いでいた。

「折角みんなで集まれそうだったのに高くんがいなくてさびしいなー。」

 辰子が、季節のせいで三割り増し間延びした声でぼやいていた。

「全くだ。こんなクソ暑い中で仕合とか正気じゃねえな。最近は誰も勝てねえのにな。」

「しょうがないわよ、高昭は強いから。」

 竜兵の言葉に反応した紗由理の呟きと腕を組んだ姿を見て、その場の全員が呆れた様に紗由理を見た。

「……何よ。」

「紗由理さんってなんだかんだ高くんの事好きなんだなって思って。」

 天使が言うと、紗由理は亜巳を睨み付ける。亜巳は手で口元を隠して笑っている。

「だって、ねぇ。普段は高昭ともあんまり喋んないし、両親の事を馬鹿にしたりするのに影ではこんなに優しいお姉さんだもの。ちょっと前なんて『高昭から頼みごとされちゃった。高昭もやっと他人を頼る様になったのね。』なんて言ってはしゃいでいたからね。」

「おじさんとおばさんにも、なんだかんだ誕生日プレゼントとかあげてるしねー。」

 亜巳と辰子に煽られる紗由理は顔を赤くして、拗ねる。

「普段表情一つ変えない高昭の頼み事なんだから、嬉しくって当たり前でしょ。」

「まあ今の、冗談でも笑わねえ高昭にしては、十分すぎる感情だからな。人に手伝って貰おうとするのは。」

 竜兵の話を聞く皆の反応を見て、天使は一瞬眉を顰めた。そして、何事も無かったかのように会話に参加する。

「でもやっぱウチらよりかは、同じ家の事情を知ってたりする紗由理さんのほうが相談しやすいんだろうな。」

「おや、天。紗由理に嫉妬してんのかい?」

「そんなんじゃねえよ。」

 今度は天使が拗ねると、クスクスと笑い声が生まれる。

「でも、私は皆が思ってるほど家族の事知らないわ。武術は教えて貰ってたけど、家の事情はさっぱりなのよ。知ってるのは少しばかり小金持ちな事と、両親の仲が良い事くらいだから。」

「じゃあ、あの部屋も知らないのー?」

 辰子が聞くと紗由理は頷く。

 あの部屋。普段は両親も入らない開かずの間。最近は共に居る事の多い両親だが、高昭が当主になる以前は先代である高昭の父も良く入り浸っていた。恐らく、当主を襲名した人物しか侵入を許されていない。

「私は入った事もないけど、高昭も数える位しか入った事がないんじゃないかしら。皆が見た事がないなら、最後に見たのは右手を壊して暫くした頃だったかしら。」

「じゃあウチらと同じくらいしか知らないのか。」

 少し喜色の混じった声で天使が相槌を打つと、また笑われた。

「……なんだよ。」

 天使は口を尖らせていじける。

「やっぱり嫉妬してんじゃねえかよ。」

「天ちゃんは高くんの事がほんとーに好きだねー。」

「止めな、辰。見てるだけで暑い。」

 夏真っ盛りで暑苦しいのに天使に抱きついている辰子と、それを咎める亜巳。なんだかんだ言って、平和な時間が過ぎていた。

 

 

 しかし、思い返せば思い返す程に天使がその時抱いた感情は単なる嫉妬であった。黒田の事にしても、天使と同じくらいの知識しかない紗由理が、高昭から頼られたのに対して、天使があの日共有した秘密は周知の物となっている。

 天使にしてみても、紗由理は亜巳たちと遊んでいて、自分が高昭と一番長くいた筈なのに――同年代と遊ぶのは当たり前の事であるが。高昭の事を一番良く分かっているのは事実として天使であるし、天使が分からない事を、高昭本人以外の他の人間が知っている訳が無いのだと思いたいのが当然だった。

 どんな感情を以って、そうさせたのかは定かではないが、天使にはそういった自負があるのは確かだった。

 そういう事で、天使は機嫌が悪い。

 この年は、高校に進学した事もあり、出会ってから初めて、長く一緒にいれなかった。その原因とも言える、高昭の責務というべきか、使命というべきか。『壁』にしても、日々右腕を酷使する高昭を見るのは、天使にとって気が気ではないし、今になって高昭を止めておけば良かったのではないか。そう考えていた。

 勿論、そうしても誰の為にもならない事くらい、天使は分かっている。だが、もう天使も子供のままではなかった。天使は自分の気持ちには整理がついているし、長い付き合いを思い起こせば、高昭が天使の事をどのように思っているのかも十分理解していた。

 だから、分別のある大人として、高昭の思いも汲み取らねばならないと頭では分かっている。その一方で、天使は、自分を優先して欲しいという、幼稚でありながら大人の女性の考えを孕む、そんな感情がどうしても生まれてしまっていた。

 様々な感情が胸中に渦巻いて、結局、天使は高昭に漏らしたい言葉を見つけられず、不機嫌なのであった。

 

 

「ふぎゅ。」

 不意に、高昭が立ち止まると、考えをぐるぐると悩んでいた天使はぶつかってしまう。

 普段ならば些細な事でも天使に謝る高昭は、この時は、そうしなかった。手に持っていた学生鞄を地面に投げ捨てると、天使を守るように半歩踏み出して構えを取る。

「天ちゃん。下がって。」

 言われて天使が退くと、高昭の肩越しに女の姿が見えた。

 学生が多いこの時間に――というよりそんな格好の人間は滅多に居ない。見れば、服は露出が多いが、剥き出しの武器を持っている。明らかに戦闘態勢の人間。

 それなりの実力しかない天使でも分かる強者。

 そして、高昭に『壁越え』を挑みに来た様子でもなかった。

「合計2300Rってところか。しかも弱点二つ持ち。運が良いなー、わっちは。」

「何者だ。」

「ああ、お前と戦うときは名乗りを上げるんだっけか?わっちは梁山泊の史進。世界一の棒使いさ。」

 自信に満ち溢れた様子の史進。高昭は全く気に留めず、ただ向かい合っていた。

「傭兵もどきのその精神性は『壁越え』に値しない。潰されたいか。」

「なるほど、弱点込みの差し引き有りで2000R越えか。面白い。」

 高昭の威嚇に舌なめずりをした史進は、少しずつ、距離をつめる。その狙いは迷い無く高昭の右腕であり、更には余裕があれば後ろの天使を庇わせようともしていた。

 史進は武人であるが、仕事に徹底する梁山泊であった。

 例えば、川神院のルーが語る様な精神性を踏みにじってでも。例えば、目の前の高昭を戦闘不能にする為に、右腕と足手まといである天使を狙ってでも。任務遂行の為に手段を選ばない。傭兵としての精神を併せ持つ人物。

「そらァ!」

 容赦のない打撃が高昭の右腕を襲う。

 高昭の後ろには、天使が居る。もし、高昭が避ければ、史進の攻撃は天使に及ぶ距離になり、高昭を無視して、天使に攻撃ができるようになる。

 そんな事をすれば、次の瞬間には高昭の攻撃が史進の体に突き刺さるだろう。それは他に人間だったらあり得ない事。誰が考えても、ありえないと言うだろう。

 しかし、高昭はその可能性を無視できない。高昭にとって、右腕よりも大切なものは二つだけある。家族と板垣家の人間だ。

 もしも後ろに居るのが、単なる友人であったり、単なる知り合いであったりすれば容赦なく、史進を叩き伏せる為に利用したかもしれない。

 高昭はその攻撃を受けとめる。

 続く腹部を狙った突きも避けられない。

「どうした、拍子抜けだぞ!黒田高昭!」

 加えて、言うならば、高昭にとって右腕とは大切な物ではなかったのかも知れない。結局のところ、『壁』として振舞う必要のない高昭が、普段と違う部分。それは取り繕う部分の有無なのだろう。天使たちの前、『壁』として振舞わなければならない時。高昭は常に何かを演じてきていた。

 今の天使にとって、高昭は自分を右腕を犠牲にしてまで守ってくれている、としか感じられない。それ以上の余裕が無いのは事実である。言い換えれば、憤りだ。理不尽に襲ってくる相手。自分の無力さ。それらへの怒りが心の中で暴れだす。

 そんな天使を背後に守り、一歩たりとも後ろに引けない状況で、少なくとも高昭は上手く攻撃を捌いていた。大した力の篭っていない牽制のみに直撃しに行き、迎撃を匂わせておいて、追撃をさせない。高昭にとって、怖いのは史進への援軍が来る事である。だから迂闊に攻めて仕留め切れなかった場合、戦闘を長引かせかねない。

 倒すならば一撃で仕留める。その為に高昭は、一度たりとも攻撃に転じなかった。相手の目を此方の攻撃に慣れさせない為に、防戦一方で凌いでいる。

 だが、そんな目論見など、天使は知らない訳である。

 

 

「調子こいてんじゃねえぞコラァ!」

 高昭が史進の攻撃を受け止めたタイミングで、天使が滑る様に前に出た。驚いたのは史進もであるし、高昭もであった。恐らくは天使にしか出来ないであろう。高昭本人ですら驚くほどに、ぴったりと高昭が攻撃を受け止める瞬間を見計らって攻勢に転じた。

 高昭もそれに反応して受けとめていた右腕では無く、左腕で棒を持ち、無理やり史進の棒を固定した後に体を捻り、史進の体幹を崩した。

 人一倍優れる反射神経でもってして、高昭は史進より速く反応できたのか。それとも高昭と天使との間にある一種の神がかり的なシンパシーによるものなのか。

 どちらにせよ、気による炎を纏わせた天使の拳が、史進に直撃するまで残された時間は殆どなかった。もし史進が棒を手放し、天使の攻撃を避けたとしても、恐らく追撃してくる二人の攻撃を獲物無しで捌くのは難しいだろう。逆に棒を離さなければ、天使が傷つく事を徹底して避けようとする高昭は、みすみす敵に獲物を返す事はしない。そうすれば受ける攻撃は天使一人分で済む。

 史進は、甘んじて天使の攻撃を受け入れるしかなかった。

「オラァ!」

 攻撃は、人体の急所である正中線上にある鳩尾を的確に貫いた。如何に非力な天使の攻撃とはいえ、高昭と天使の二人という数的有利を前にして、戦闘続行するべきではないと史進に判断させるには十分な攻撃だった。

 大仕事を控えている史進としては、こんな早い段階から余計に消耗する戦闘は控える必要がある。ここで逃げても、情報としては十分なものを確保する事はできた。高昭の右腕は既に殆ど使い物になっていない。それこそ、『壁』を越える資格がある者には特に顕著であろう事。

 勿論、史進は今の状態の高昭に単独で楽に勝てるなどとは考えない。しかし、この戦いを見る限りは高昭は多人数で戦う事には慣れていない。数的に勝るにも拘らず攻勢に転じないのは悪手という言葉すら生ぬるい。

 それだけの情報を理解できれば、史進には十分な戦果であった。

「このっ!」

 史進は極めて苛立った風に呟くと、塞がっている両腕ではなく、足を、ピクリと動かした。それだけで、高昭を煽るには十分だった。何より、天使に傷ついて欲しくない高昭は当然のように、史進は懐に入った天使を退けようとする、と考える。

 半ば体に染み付いた習性の如く反応した高昭を見て、その隙に史進は素早く棒を引き抜いて距離を取ると、棒を地面に押し付け、しならせて、その反動で以って大きく後ろへ後退していった。

 無論、高昭はそれを追いかける筈も無く、口に溜まった血を地面に吐き出そうとして、天使が居ることに気付き、飲み込んだ。

 

 

 たったの一発では怒りの収まらない天使は、史進の逃げた先を暫く睨み付けていた。睨みながらも、自身の行動を振り返り、血の気が引いた。間に高昭を挟まずに史進に対峙した時、頭に血が上っていたために、臆せず拳を振り切れた。だが、あれだけ実力の離れた人物に明確な敵意を向けられたのは初めてだった。

 武道家と向き合う時の威圧とは明らかに違う敵意。それが天使に向けられたものか、高昭に向けられたものかは関係なかった。天使は、今になって気圧されていた事に気付き、そして緊張の糸が解けた事で、少しふらついた。

「天ちゃん、大丈夫か。」

 高昭が天使を支えようとすると、天使は体勢を立て直し、高昭と向き合う。

「……怒んないのかよ。」

「一体何を?」

 天使から言わせれば、せっかく高昭が体に傷を刻みながらも身を挺して守っていたのに無視して敵の前に躍り出た事、そもそも直ちに逃げなかった事、力量の差が分かっていながら意味の無い攻撃をした事など、怒られてしかるべきであった。

 だが、高昭は責めない。

「無事で居てくれれば、それでいい。」

 そう言って高昭は右腕で天使を手繰り寄せて抱きとめた。天使は力の入っていない右腕に導かれるように、そう見えるように、高昭の胸に頭を埋める。天使は、誰にも見られないように、高昭の制服を濡らした。

「高くん、その、右腕は。」

「気を滾らせなければ、こんな程度だ。天ちゃんたちなら知ってただろうけどな。」

 高昭が自嘲気味に呟く。

「皆を守る為なら、右手がどうなろうが良かったし、立場だって利用する。」

「どうでも良いわけなんかないだろ。」

「川神大戦で、力を示した皆を守るには、俺が注目を集めるしかなかった。『壁』としてな。」

 四天王を倒した辰子、武神相手に果敢に挑んだ竜兵、派手に立ち回った天使、少なからず有名になるのは当たり前だった。

「その理由が有っても、決心がつかなかったのは、俺の心の弱さだろうな。直ぐにでも力を示して、板垣の皆に武を教えた人間として、注目を集める必要があったのに、だ。」

「でも、高くんは『壁』として十分に役割を果たしてただろ。」

「役割は、どうだろうな。文献から類推すれば、初代の黒田は、今の武神の有り方に近かったのかも知れない。噂を聞きつけた有象無象も、今と違って何の柵も無かった実力者も、時には格上とも戦ったから。頂点ではなかったが、最上位の武道家だったんだろう。時代の流れか、そうじゃなくても、洗練されすぎた殺人拳に人を惹きつける力はないんだろうな。」

 高昭は、より一層力を込めて天使を抱きしめる。

「もう、黒田は意味を成せず、右腕の壊れた俺もその内に、何者にもなれないだろう。だからせめて、皆を守る事をさせてくれ。」

 その言葉に、天使は戸惑った。今すぐにでも叱咤してやりたい気持ちを押さえ込んで、どう受け答えればいいものかと頭を捻る

 ――右腕がどうでもいいなんて冗談が過ぎる。

 現に、黒田の役割云々は兎も角として、まるで高昭自身が役立たずの様な言い方を見るに、右腕を壊したあの時の事、これまでの事を引き摺っているのは間違いなかった。

 もし、天使がここで高昭に怒鳴り、間違いを正せば、高昭が迷惑をかけていた事を肯定したと捉えられかねない。実際、あれはどうしようもない話ではあったけれども、一人で抱え込んでいた高昭が悪くないとは、言い難かった。

 今この場には天使と高昭以外居ない。登校時間はとっくに過ぎていた。

 だとしても、天使にさえ、高昭が自分の心の内を吐露するのは、随分と久しぶりの様に感じさせた。恐らくは、天使にも、多少の演技の混じったいつもの態度とは違う高昭自身の言葉。

「高くんはいつも、そうだ。ウチらがどうしようも無くなってから、力が貸せない状況になってから、全部伝えんなよ。そんな決心を語んなよ。」

「……ごめん。」

「なんでもっと早く言わねえんだよ。相談くらいしろよ、馬鹿。馬鹿。高くんの馬鹿。」

 高昭は自嘲して呟く。

「『壁』になろうとした決心にしても、今になって話す気になった決心にしても、俺は何かの後押しやきっかけが無ければ進み出せない臆病者だ。だから――。」

「いいよ、もう。十分わかった。」

 天使は目元を拭って立ち上がる。そして、はっきりと高昭を見つめる。

「高くんが嘘つきなのは分かった。もう、高くんが何を言おうが勝手にするからな。勝手に高くんを助けるからな!ウチは、絶対に!」

「ごめんな、天ちゃん。」

「ウチは今回は謝らない。そう決めたからな。」

 天使は高昭に背を向けて歩き出そうとする。そして少し振り向く。

「でも、ありがとうな。高くん。」

 

 

 高昭たちが到着する頃には、川神学園も慌しかった。二年生の修学旅行中に生徒に対して襲撃してきた梁山泊。先生は勿論、生徒には被害者も出ている事もあって、学園中が騒がしかった。

「高昭!無事、とは言い難いな。酷い怪我じゃないか。」

 教室に入ると、委員長が高昭に話しかけてくる。このクラスに限った話ではないが、空席が目立った教室になっていた。

「委員長、ムサコッスは。」

「あいつもやられた。」

 天使が聞くと、痛ましげな表情で委員長は答える。

「あれほどの実力がありながら、無意味に襲う理由は分からないがな。」

 高昭が、言葉を零すと紋白が近づいてくる。

「天、黒田、無事であったか。我も心配しておったぞ。」

 紋白の傍にはいつも居るヒュームは控えていなかった。

「執事が出払ってるという事は……。」

「うむ。今は川神と九鬼で協力して犯人の根城を探しているところだ。」

「まあそういうこった。高昭が今日このまま来なかったら、この地区縄張り的に黒田が怪しまれてたんだろうな。」

 委員長が特大級の自虐をすると、高昭は溜息を吐く。

「その様子だと、お前たちでも無いみたいだな。」

 そんな事を言っている間に、天使と紋白は勝手に話し始めていた。

 委員長は、この日は裏の事情が入った話をする気も無いらしく、教室から出る素振りも無く、高昭と会話を続ける。

「まゆっちは戦う前に逃げられたと言ってたが、高昭がそこまで苦戦するとなると、連中も強いのか?」

「恐ろしい。なにしろ梁山泊には躊躇がない。増援が背後に迫ってきている可能性を常に考えなければならないからな。」

 高昭が言うと、委員長は頭を抱えて呆れた風に聞き返す。

「お前、もしかして一人で……。」

「当然だ。俺は、常に最悪の場合を考えなければならない。」

 返事をする高昭だったが、委員長にはその心は揺れているように見えた。

「まゆっちに聞いたんだが、川神先輩と松永先輩とまゆっちで、拠点が見つかり次第攻勢に転じるらしいが、お前はどうするんだ。」

「言うまでもない。」

 高昭は無表情のまま委員長を見つめ返す。

「姉さんたちも守らなければいけない以上は、この身が幾つあっても足りない。敵が梁山泊のみと断定できない現状では、護衛を疎かにはできない。」

「そうかよ。じゃあ、まゆっちにはそう言っとく。」

 委員長が携帯を弄りだすと、高昭は手近な椅子に腰掛ける。

「なあ『委員長』。お前は楽しいか。こんな奴が傍に居て。」

「どうだかな。でも、漸く答えはだせそうだよ。俺は、な。」

 

 

 

 

 

 

 運命は傾き、時計の砂は流れ始める。

 歯車は軋みをあげて回りだす。




格ゲー用語説明

暗黒地獄極楽落とし……「調子こいてんじゃねえぞコラァ!」という成功時ボイスが印象に残る1フレーム投げ。KOFのキャラクターである乾いた大地の社の超必殺技で、何度も言うが投げ技である。今回は印象的なセリフのみ抜粋。


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