特別になれない   作:解法辞典

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お久しぶりですといわざるを得ない。

この口調の解説が後書きにあると誘導せざるを得ない。

誤字等ございましたら感想にて教えていただくようにお願いせざるを得ない。



第二十二話 使わざるを得ない

 昨日は東西交流戦、及び俺と釈迦堂刑部による『壁越え』を行い、誰もが心身共に疲弊した日であったが、その次の日、つまり今日は平日である。生徒は疲れた体を学校へと運ばなくてはならなかった。しかし、その足取りは重いものではない。通常通りに学校があるのは勿論、それ以外にも生徒たちを動かす原動力となる大きなニュースがあった。

 九鬼財閥が本日発表した過去の偉人のクローン。

 その三人、源義経、武蔵坊弁慶、那須与一が川神学園に通う。通称武士道プランと呼ばれる行いは川神学園の人間は言うまでも無く、日本中、世界中から注目を集めている。聞くところによれば、九鬼は二十年近く前からヒトクローンの技術は持っていたらしい。それが倫理的に問題なのかどうかはこれから偉い人たちが考えるのだろう。

 そんな訳で、昨日の疲れが残っているにも拘らず、元々真面目な生徒も多い事に加え、クローンたちへの興味が働き、本日の出席率は殆ど完璧らしかった。

 朝に行われた全校集会で、転入と言うべきか編入と言うべきかはさて置き、この学校に新たに通う生徒が紹介された。

 三年生には、オリジナルとなった歴史的人物が不明の葉桜清楚。

 二年生には、今朝から話題になっている源義経、武蔵坊弁慶、那須与一。

 一年生には、九鬼英雄の妹であり飛び級で入って来た九鬼紋白、その従者であるヒューム・ヘルシング。

「俺らの学年だけひどくないか。他の人たちが良かったとか、他の学年に行く人に既に一目ぼれしたとか、そんな訳じゃ決してないんだけどな。せめて年齢ぐらいは合わせて欲しかった。」

 一学年に来る二人が俺らのクラスだとわかった時、委員長がそんな事を言っていた。あの老執事、ヒュームが聞き耳を立てている中でそんな事を言えるだけの度胸があるのは感心するが、果たして委員長がその言葉のせいで若干目をつけられていると知るのは何日後になるのだろうか。

 その集会の後、教室に戻ってから改めて自己紹介が行われた。九鬼紋白の自己紹介の時、副委員長でもある武蔵小杉がわけの分からない難癖をつけたのを皮切りにクラスの殆どが決闘を申し込んだ。プライドの高い連中は、例え相手が九鬼の人間であろうと、実力を示されないまま踏ん反り返られるのは頭にきたのだろう。

 因みに九鬼紋白は、将棋、長距離走、料理、歌唱力など、クラスの人間の様々な得意分野での勝負に応じ、その全員を下している。

「高くんは何の勝負にするんだ。ウチは全然思いつかないなー。」

「おいおい、板垣。仮にも委員長の俺の前でいじめを助長するな。高昭が本当に得意分野で決闘したらあの餓鬼泣いちまうぞ。」

「天下の九鬼だぞ、泣くわけないだろ。それに心配してもらわなくても、生憎とこの後の昼休みも、放課後も忙しいから俺はパスだよ。」

「放課後に用事って事は、今日も『壁越え』の挑戦者がいるのか。」

 委員長の推察の通り、この日の放課後は以前から予定されていた挑戦者と戦う事になっていた。昨日の釈迦堂の戦いを見て、その上で俺に挑む人間という話なので相当な実力者なのは間違いない。それと自信もあるのだろう。

 逆に、今日の挑戦者以外のこれまでに予定されていた挑戦者の人々は、昨日の戦いを見たせいなのか、『壁越え』は当分見送るという話だ。武士道プランの影響もあってか此方の注目度は低くなっているらしく、今日の挑戦者の予定がキャンセルにならなかっただけでも御の字と言えるだろう。

 それこそ、次に挑戦者が現れるのは何時になるのか。

「今日の放課後に戦えるって、高くんは昨日の怪我はもういいのか?大分手酷くやられていたみたいだけど。」

「川神院の技で治療してもらったよ。いやはや、黒田にはああいった秘術は無いから助かった。それに、あれだけ強力な回復手段があるなら、武神の回復前提の強引な戦闘スタイルも納得できる。」

 最も、並みの武術家が相手なら、あの武神に瞬間回復を使わせる事すら叶わない。

「なら高昭は転入生との決闘は無しか。板垣はどうすんだ。」

「じゃあ、ウチも放課後はバイトだからパスで。」

 天ちゃんは、本当に決闘をする気が無くなった様で、Sクラスらしく単語帳を開いて勉強を始めた。真面目なのは良い事だとは思うが、クラスメイトの決闘を無視するのは褒められたものではないだろう。

「――と思いながらも、結局高昭だって板垣の事しか見ていないから、似たもの夫婦というかなんというか。おーい、お前らが目を離している間にムサコッスが天井に突き刺さってるぞ。助けてやれよ。」

 

 

 そんな訳で、俺は転入生とは特に関わりを持つ事も無く放課後を迎えた。

 天ちゃんもバイトに行って、委員長は仕方なくクラスの奴らを取り仕切る為に教室に残っている。

「しかし、映像に残したくないから場所は用意すると言われたが、九鬼に関係があるとは思いもしなかった。だが、武士道プランとは関わりがないように思える。どういう事だろうか。」

「おや、予定より早めに着ていただきありがとうございます。本日は色々と、九鬼の人間は多忙でして、前倒しできる予定はできるだけ終わらせたいと思っていましたので感謝感激です。」

 案内として九鬼の従者部隊の人間が建物の中から出てきた。

「おっと失礼、私は桐山鯉と申します。挑戦会場までの案内をさせていただきます。」

「どうも。ところで、ある程度の説明はお聞かせ願えますか?」

 今回の挑戦相手と九鬼との関係。

 その関係を俺に教えた上で、依然として挑戦者が戦いの記録を漏洩させないように努めている理由。

 そして、それらを教える事で『壁』である黒田を恐らくは抱き込もうとしている事。

「そんなに怖い顔をしないで下さい。我々はあなたを下に見ている訳でもなく、単に今回の事について黙秘していただければ良いのです。確か、黒田に対戦相手の力に関して秘匿させる権利がありましたでしょう。」

「今日の相手が実は公にされていない九鬼の生み出したクローンだった、とでも言いたいのか。」

「いえいえ、彼女の武器に関して、少々九鬼が手助けをしただけです。その武器自体と九鬼との関係が周囲に知らされると余りよろしくないので、といっても知られて困るのはごく一部の人間に限られてくるのですが。」

 であれば、俺が干渉する必要もない。

 どうせ武神関係の話であろう事は容易に想像できる。

「おや、あれだけ目に見えて不機嫌でしたのに随分とあっさり引き下がるのですね。」

「必要以上に此方に干渉して来ないなら構わない。特に俺が黙っているだけで済む問題であるなら、黙ってれば良いだけの話だからな。」

「納得していただけたようで良かった。」

 それからは特に会話らしい会話も無く、九鬼の建物の地下まで案内された。

 

 

「いやーどうもどうも、態々来ていただいて申し訳ない。松永燕の父であります、松永久信です。今日は『壁越え』よろしくお願いします。」

 そう言いながらその日の『壁越え』の挑戦者、松永燕の父である松永久信は高昭に向かって握手を求めてきた。

 差し出してきた手は右腕。

 高昭が久信の後ろに居る燕を見ると、悪びれもしない、そして隠す気も無い表情が伺えた。

「俺の心を揺さぶる心算なら止めておいた方がいい。あんたらが付け入ろうとした右腕の病気。そもそも、それが原因で俺の感情も動かなくなってる。」

 高昭は表情一つ変えずに、差し出された腕とは反対の左腕を差し出した。

 久信は苦笑いをしながらその手を取り、握手を交わす。

「『壁』としてはっきりと宣言する。昨今において武芸者は、車を受け止め、銃弾を掴み、戦車を引き裂く。故に、兵器の有無は戦闘における絶対的な優位とは言えない。黒田は、『壁越え』の際に兵器は武器の延長線上と考える。そして、『壁越え』の判断に必要な勝利以外の四つの条件の内、技術として、その武器を評価する。」

 高昭は燕を見て告げる。燕は深く頷き、条件の確認を終える。

「じゃあ、おとん。頑張るね。」

「ああ、頑張って家名をあげるんだぞ。」

 久信が安全な場所まで移動したのを確認してから高昭と燕は相対した。

 燕は初めから装着していた『平蜘蛛』の最終確認をしている。腕につけている物のほかにも、高昭から見て燕の後ろに鎮座している物があった。巨躯の高昭から見ても身の丈以上の大きさの兵器。

「あれは今日使わないから無視してもいいよん。一回撃つと充電に一年くらいかかる代物だから。」

「別に手を抜こうが構わない。それに何度も言うようだが俺に挑発をしても意味が無いと言っておく。」

 互いに興味なさげに話をして、後は高昭が合図をすれば直ぐにでも戦いが始められるような雰囲気だった。多少は効果があるかと期待していた燕の小細工は意味をなさず、逆に能面の様な高昭の表情を見て、必要以上に警戒させてしまった事を悔やんでいた。

「一つだけ忠告しておく。」

「んっ?なにかな。」

「別に自分の実力を隠すために映像に残さないのも構わない。それに他の人間に被害が出ない場所で戦うのも、兵器を使うのも構わないが……。」

 一呼吸おいて高昭が告げる。

「兵器を使う奴が相手なら、黒田の秘奥義を使わざるを得ない。」

 

 

 戦闘開始と同時に燕は素早く右手の手甲部分とベルトを素早くチューブで繋いだ。

「スタン。」

 機械音声が響く。

 手甲はバチバチと音を立て、俗に言う電撃属性を帯びている。燕は不敵に笑い、高昭はそれを見て表情を歪めた。電撃は体全体に伝わり、蓄積させれば体の機能を麻痺させる。神経性の病を患う高昭にとって、弱点という言葉程度では片付かない程に脅威的な攻撃であった。

 燕がその拳を振るうと、高昭は飛びのく。

「感情はないみたいな事を言ってたけど本能はちゃんと働いてるみたいだね。」

 馬鹿にするような燕の発言。勿論煽りであるし高昭は無視をするのだが、しかし燕の攻撃は無視できる類のものではない。

 対策を練って戦う事で有名な松永燕が記録の少ない高昭を相手に『壁越え』を挑み、勝利を掴み取る為に見つけ出した『壁』の綻び。それは釈迦堂との戦いで見せたものを根拠にしたものでは無かった。

 長らくの間戦う事が出来なかった原因そのもの。

 要するに、燕が第一に考えた攻略法は、高昭の右腕に漬け込んだ作戦だった。

「腕から繰り出される打撃ではあるけど、見た目以上にリーチのある攻撃だからね。加えて君の大きな体。二つの条件が合わさる事で、避けるには常人よりも必要以上に動かないといけない。」

 続けて攻撃を繰り返す燕に対して、高昭は反撃を出す事が出来なかった。高昭の体は大きく、故に攻撃範囲が広い。だが逆に、強襲をかけるには近く、かと言って高昭をしても届かない絶妙な中距離に陣取られるのは、恵まれた体格の高昭が初めて経験するであろうインファイターの弱点であった。

「それに、この攻撃は一回たりとも受けたくないだろうしね。」

 燕が言う通り、高昭は自身の恐怖心によって必要以上の回避行動を行っているように伺えた。だが燕にとって、高昭の右腕が治ったから『壁』が復活したとか、完治はしていないが隠して『壁』を行っているとか、そんな事はどうでも良かった。

 戦いに出てきた以上、容赦はしない。こうして拳を交える意志を見せた以上は、後になって言い訳をしようが、何をしようが遅いのだ。だから利用できるものはするし、必要があれば、自分の身だって利用する。

 これが燕の考えだ。

 そして、自身を犠牲にしても構わないと思える燕だからこそ、高昭が態と大げさに避けている事も予測できていた。恐らく高昭が電撃属性による攻撃を受けても構わない覚悟でクロスカウンターを狙っている事は容易に想像できた。

 だから、高昭が燕の『スタン』を受け止めつつ攻撃するのは必然であったし、一手先を読んでいた燕がその攻撃に対して左腕による攻撃でカウンターを決めるのは当然と言えた。

 完璧な一撃を顔の側面に叩き込まれた高昭はその巨躯を空中へと吹き飛ばされた。それでも幸いだったのは、高昭の脳が揺れていない事である。普通、頭に攻撃が当たればほぼ確実に意識を刈り取られるが、高昭は攻撃を受ける一瞬で判断を下し、最低限の被害で済ませる事に成功していた。

 左腕を地に伸ばし、突き上げ、一回転しながら高昭は着地する。

 この一連の流れから、或いは昨日の釈迦堂の戦いから、挑戦者である燕は何を警戒するのか。

 反射神経だ。

 黒田はその恵まれた体格に加え、現代武術における気の運用を除いた全ての才覚に秀でている。それが反射神経であり、判断能力であり、自身を犠牲にしても勝ちを目指す冷酷さであり、はたまた後世の黒田に武を伝える指導の上手さであったりする。それは武の人間にとって、修行ではどうにもならない差である。勿論、『壁越え』においてはその差を埋めるだけの武術を求められる。

 その中でも特に勝敗に影響を及ぼすと燕が考えたのが、反射神経だった。

(昨日の釈迦堂戦。あれだけ高性能な飛び道具を見てから避けられる程の超反応。黒田の攻略法は遠距離攻撃で間違いないけど、恐らく私が遠距離戦を仕掛けても避けられるだけだ。だったら……。)

 距離が離れた事を理解した瞬間燕は平蜘蛛のチューブを素早く取り替える。

「スモーク。」

 燕が撃ち出したのは煙幕。高昭の反射神経が脅威なのであれば、そもそも反応させない。それが、燕の考えた最良の一手。

「アイス。」

 続けて機械音が響く。

 燕が遠距離戦に持ち込んだ事は、高昭も承知している。昨日の釈迦堂との戦いは見ている筈であり、気の壁を生成できる事は知られている。故に高昭は考える必要があった。今から放たれる攻撃は、その防壁を貫通するのかしないのか、逆に防ぐと不味い類の攻撃なのか。この状況を燕が作り出した以上は、防壁を作って不利になる可能性がある。だから思考する必要があった。

 この時、高昭は慢心していた訳ではない。先程行動を読まれたからこそ、慎重に動こうと考えたのだ。何らかが撃たれれば反応できる自信と、対応できる力量は持ち合わせている心算でいた。

 戦いの中で一度読み違え一手遅れるというのは、主導権を奪われる事だ。だから高昭は熟考する事を選択した。それは間違いとは言い切れない。その場合の選択肢の一つである事は確かだ。

 その結果、今回、裏目に出るとしても、間違いとは言い切れない行動だった。

 間違いでは無かったが、もし、何か高昭に落ち度が有ったとすれば、それは経験不足に他ならなかった。高昭自身も、燕も気付かなかったその弱点は、当然と言えば当然なのである。

 高昭は、右腕の病のせいで、何年もの間組み手すら行わなかった人間である。他の武術家と比べても、経験に差が出るのは仕方の無い事であった。昨日の釈迦堂と五分の戦いが出来たのは、過去に釈迦堂と戦えた偶然の産物だ。それほどに経験は大切だ。

 だからといって、高昭が悪い訳ではないのは誰もが知るところであるし、そもそも頭脳戦で秀でている燕は高昭にとって天敵だった。

 しかし、結局のところ、燕が一枚上手であるだけの話であり、何か突出している部分があれば、時として『壁越え』があっさりと終わってしまうのは、有り得なくもない事なのである。例えば、恐ろしい威力を持つ釈迦堂のリングが一度でも当たれば勝負が着いた様に。

 そして、今回の様に、遠距離戦をすると思われていた燕が突如目の前に現れ、機械音声では『アイス』とコールされたが実際は『スタン』であったりして、加えてそれが腹部に、物の見事に叩き込まれた時点で、この戦いの勝敗は兎も角として、松永燕の目標であった『壁越え』自体は殆ど達成されたのであった。

 

 

 それから燕は、『スタン』によって動きの鈍くなった高昭に対して、『スモーク』の効果が終わる前に、加えて数発、攻撃を叩き込んだ。

 煙が無くなる頃には、高昭は自由に体を動かす事が出来なくなっていた。動きにキレの無くなった状態で使える奥義は『山の構え』のみで、今度こそ遠距離に陣取った燕に対して、的でしかない。

 釈迦堂戦で見せた接近する術も、体が動かない状態では使う事も出来なかった。

 余裕の笑みを浮かべる燕に、高昭は口を開いた。

「忠告はしたぞ。」

 高昭は徐に左手を燕に向ける。その左手には、高昭の気が全て集まり、何かを撃ち放とうとしている風にしか見えなかった。

 ――兵器を使う奴が相手なら、黒田の秘奥義を使わざるを得ない。

「不味い!」

「シールド。」

 咄嗟に燕はチューブを取り替えて障壁を張る。

 次の瞬間には、高昭は攻撃を放っていた。

「秘奥義、渦雷。」

 初めに高昭の掌から、一本ずつ細長い気で出来た鞭状のものが出てきた。それらは高昭の左手を中心に高速で回り始め、伸び続けた。少しずつ本数が増える中、初めに生成したものの速度が途轍もない程速くなり、そして音速を超え、空気を叩き、衝撃波を出し始めた。

 恐らく、高昭もその全てを完璧に制御しきれない程の大量の鞭。それらは空気を叩いて、お互いに叩いて、衝撃波を生み出しながら、大量の鞭の殆どがその中心へと押されていく。

 手の矛先である燕へ向かって飛んでいく。

 その渦の中は激烈。

 気が遠くなる程の大量の気で出来た鞭、回転する内に恐ろしい速度を得たそれら自体が殺傷能力を持った攻撃。更に、その量を上回る衝撃波。

 衝撃波によって衝撃波が生まれ、それらは鞭の進路を妨害し、故に鞭同士がぶつかり合い、衝撃波は生まれ、衝撃波が生まれる。

 繊細な気のコントロールに加え、中より生じる無数の衝撃波を押さえ込む力技。渦の中では高昭も想像する事が不可能な不規則な攻撃が生じている。ありとあらゆる方向からの攻撃に耐えるには、単に力が有ったり、卓越した技術が有ったりするだけでは防ぎきれない。

 何か内なるものを乗り越えようとするのではなく、強さのみを追い求めて『壁越え』を行う人間への試練。即ち、今回の場合、極まった気の運用により生み出された暴力を以って、人間の知恵が生み出した兵器が上回るかどうかの判別を行う。

 それが秘奥義、渦雷。

 兵器であれど人が何日も悩みぬいた傑作。その努力に対する返答は全力であり、要するに高昭のこの攻撃は、体内の気を全て消費して放つ技である。

 衝撃波による爆音が収まっていた時、燕が立っていたならばその時点で燕の勝ち。もしも立っていなければ、そもそも生きているかさえ危うい。

 戦う意志を見せた以上は容赦はしない、とは良く言ったもので、燕が容赦なく電撃属性の攻撃を行った事で、自らも制御しきれず加減の出来ないこの秘奥義を高昭が放つ決心になった。

 武士たるもの、何時でも命を落とす覚悟は出来ている。その誉れを高昭は持っているのだろう、と燕に行動で示された。だから高昭はこの技を撃つ事で返答としたのだ。

 麻痺した肉体に鞭を打って、この技を放ったのだ。

「リカバリー。」

 高昭が秘奥義を打ち終えると直ぐに、その電子音が響いた。

 松永燕は立っていた。

 流石に無傷とはいかなかったようであったが、瀕死という程ではないようだった。

「全く、『リカバリー』を二回使ってなお半殺しって、確実に一回は死んだ計算なんだからね。」

「しかし立っている。それだけで十分だろう。」

「私自身の認識も甘かったって事なんだろうね。他の人と戦う時はもっと万全の準備をしてからじゃないと体が持たない。」

 高昭は道着を直しながら立ち上がり、燕は手甲を取り外して、お互いに向かい合う。

「ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

 礼をして、高昭が顔を上げると燕が手を差し出し握手を求めてきた。それを見て高昭も手を差し出す。

 燕は右腕、高昭は左腕。

 当然、同じ腕同士でなければ握手は成立しない。散々体に電撃属性の攻撃を打ち込まれた高昭の燕に対する好感度は人生最低に好ましくない人物であり、殺されかけた側である燕もまた高昭の印象は最悪のものであった。

 お互いに愛想笑いすらしないままに、手を差し出し続け、結局は久信が冷や汗を垂らしながら仲介する事でこの日は別れる事となったが、その後この二人は生涯においてこの日以降に言葉を交わす事すらなかった。

 何はともあれ、松永燕、『壁越え』達成。




格ゲー用語解説をせざるを得ない

使わざるを得ない……全文は「武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない」であり、初代「龍虎の拳」でリョウ・サカザキが妹を救出するために、バイクで軍港施設へ乗り込む際に言い放ったセリフであると言わざるを得ない。つまりはシュールな絵面で言い放ったセリフがネタになっていると説明せざるを得ない。因みに、元ネタの意味は「奥義を使えば銃を持った集団にも勝てる」なので、この小説の主人公はオマージュしきれていないと言わざるを得ない。

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