特別になれない   作:解法辞典

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お久しぶりです。

前編と後編に分けての投稿になりますので、後編は迅速に投稿する所存でございます。

誤字等ございましたら感想で伝えてください。


第二十話 『壁越え』前編

 西の天神館。

 川神学園と並ぶ武闘派ぞろいの学校である。高校であるのに武闘派が必要かどうかはさて置きとして、その二つの高校が東西交流戦を行った。学年毎に戦って三本勝負で勝ち数の多い方が総合的な勝利を得る。

 既に今日のこの日に決着はついている。

 一学年の部は川神学園側の剣聖の娘、黛由紀江の奮闘むなしく、指揮官及び軍師足りえる人物の不在が響き、天神館の勝利。

 二学年の部、天神館の虎の子、西方十勇士と呼ばれる才能溢れる十人の戦士が奮闘。しかし、先の川神大戦で強い結束を得た川神学園側が士気、策略、連携で上回り西方十勇士を打破し、勝利を掴む。

 三学年の部、天神館が何かを仕掛ける間もなく、武神と板垣姉弟に陣形を食い破られて終了。川神学園の勝ちとなった。

 備考するならば、二学年の終止符を打ったのが源義経のクローンであったり、三学年の天神館が合体奥義を使っていたりしたのだが、勝敗に大きく関係しなかった。

 そして、それらのインパクトは、この後に行われるものに塗り替えられる事は必至である。

「諸君、伝達した本日の東西交流戦はこれで終了となる。しかし、もう少しだけこの場に残っていて貰いたい。」

 川神学園の学長、川神鉄心が喋りだすと、生徒がざわめきだす。

 この日の日程、多少長引く事も考慮されたもので、本来であればあと数時間かかると思われていた。しかし、一学年、三学年が大きく時間短縮をしたために、一般生徒の中には早く帰れるのを喜んでいた生徒も居た。

 逆に、天神館。

 修学旅行の一環でこの川神に来ている。前日の内にこの後の日程は話されていた。特に西方十勇士を含めた武闘派は交流戦と同じくらい楽しみにしている日程だった。

「本来であれば、見世物でもなく、単に見るだけでも一般の人間が見るのにタダというわけにはいかないのじゃが、今回は特別に許可を出してくれた。」

 鉄心が喋っている間にも川神院の修行僧が何人も出てきて陣形を組んでいる。

 その陣形を知っている人間はすぐに、彼らが結界を張る準備をしているのだと気がついた。では何故そのような事をするのか。

 単純な話、被害を抑えるためである。では、何の被害からなのか。

 川神学園、天神館の人間ならばすぐに分かる。あれは、人災から人間を守るためのものである。

「川神院師範代、釈迦堂刑部の『壁越え』を今より二十分後に開始する。」

 壁とされる人物の紹介は、勿論無く、越えられるべき対象として、結界の中に立っていた。

 

 

 特等席である結界のすぐ近く、そこに行けなかった人間は仕方が無く校舎に入って窓から眺めている。それができるのは、校舎に近いところで戦ってくれているからであり更に言えば川神院の修行僧が結界を作ってくれているお陰である。

 勿論、川神学園と天神館の実力者は、結界の近くの場所を勝ち取っているが、そもそもの人数が人数なので、普段関わりの無い人が近くにいるのも仕方の無い事であった。

「ところで壁越えって何だ?」

 実力者揃いの風間ファミリー、そのキャップである翔一が疑問を口にする。風間は野次馬根性を出して、他の武闘派メンバーについてきただけなので、これから何が始まるのかを良く理解していなかった。

「一定以上の実力、つまり人間の限界の力を持っているとされる黒田家の人間を越えた者に送られる正真正銘の化け物の証よ。」

 気分が最高に高まっている一子がそれに答えた。

「彼を倒すと手に入る称号と考えていいのかな。」

 ファミリーの一人である師岡卓也が、先程の言葉を噛み砕いた解釈をして、間違いないかを聞く。

 しかし武神、百代は首を振った。

「『壁越え』の基準は五つ。速さ、技術、力、防御で上回る事。若しくは純粋に黒田に勝つことだ。仮に勝てずとも周りが見て明らかに異常に突出している部分があれば評価される。」

 一対一で戦っても評価を受けれない弓兵の為には、代わりに天下五弓というものが作られたのだ、とその言葉に続けて説明しようとした京は話を逸らす事になるし、自慢するのは柄でもないと思い、結局何も喋らなかった。

「じゃあよ、俺様のパワーが認められたら『壁越え』と認められるのか!」

 岳人が、少し考えれば否定される事も分かるような質問をする。

「ガクト自慢の体格よりも黒田のが優れてるのにどう考えたら勝てるって思うんだ。」

「俺様にだって勝てる部分は、あるはずだろ。探せば一つくらい。」

 岳人は、大和に指摘されて、多少弱気な返答をする。

 と、近くに居ながらも黙っていた人物が岳人の発言に口を挟んだ。

「てめえが高昭に勝てる部分なんざ、年齢だけだ。探すだけ無駄だから教えといてやるよ。」

「リュウー、いきなり悪口は良くないよ。」

 竜兵の暴言を辰子が咎める。特等席を取ろうと前列に来ていた板垣一家が幸か不幸か、風間ファミリーの近くに来ていた。

「随分と黒田の事を買っているんだな、竜兵は。それに同性愛者のお前が男に悪口なんて珍しい。」

「俺が多数の面で勝てない相手は姉貴たちと高昭だけだからな。それに、あいつには戦闘以外の強い部分が色々あんだよ。」

 百代の質問に答える竜兵。言葉だけを聞けば弟分の自慢をしている風にも思えるが、竜兵の浮かべる表情は笑顔ではなかった。

 能天気な岳人と同列に並べるな、と言外に強く含ませていた。

 

 

 周りでそんな風に喋っているうちに、結界の中には道着に身を包んだ二人が、すっかり準備を終わらせて向かい合っていた。

 成人男性である釈迦堂よりも一回り以上体の大きい高昭。一応正式な仕合という枠組みであるので二人とも正装。綺麗に髭まで剃ってきている。そのため、外部の天神館の一部の生徒はどちらが釈迦堂でどちらが黒田か分からない程だった。

 かといって、態々名を呼ぶ、取り仕切る人間は当然居ない。

 全てが『壁』である黒田高昭において決定される。

 これは一種の儀式である。

 二人の間には既に凄まじい闘気が溢れていた。二人の間、ではあるのだが、正確に言えば釈迦堂が大半を占めている。

「後二分だ。」

 およそ爽やかではない、殺気の込められた笑顔をしながら釈迦堂は呟く。

「てめえをぶっ潰す。そうすれば俺は漸く一歩、武の頂に近づける。」

「随分と低いところから登り始めるんだな。」

「俺がてめえに負けたあの日から、全てを一からやり直した。ガキに負けたからだとかそれまで気の緩みがあったとか、理由は幾らでもある。」

 釈迦堂は、自身を落ち着かせるように深く息を吸い込んで、強い眼差しで高昭に対峙した。

「何より、幾らガキだろうと完成が早熟な黒田が相手だろうと他の奴らだろうと、負けっぱなしで引き下がるのは、許せねえ。」

 残り一分。

 お互いに構え始める。

「『壁越え』の挑戦者、釈迦堂刑部に問う。」

 高昭の喋り始めると、そこには二人の武人が立っているだけで、他の人間が入り込む余地の無い世界が出来上がる。

「敵を捉える速さは磨いたか。」

「ああ。」

「己の信じる技術は。」

「言われずとも磨いたさ。」

「敵を屠る攻撃は。」

「今度はどてっ腹貫いてやるよ。」

「身を守るための盾は。」

「言われなくても。」

 最早、開始時刻は関係ない。後は高昭が合図を出すだけである。

「分かっていると思うが、黒田との戦いにおいて運は一切絡まないと思えよ。一度負けたお前は今回勝てなければ次回以降も絶望的だ。」

「次はねえよ。」

「では、挑戦者釈迦堂刑部。越えてみろ、壁を。」

 

 

「行けよ、リングゥ!」

 開始早々二人の間に閃光が走った。

 釈迦堂のオリジナルであり、最も信頼の置く技、リングが打ち出された。その攻撃の速度は凄まじく、釈迦堂が言い終わる前に着弾した。

 しかし、着弾地点は高昭の体ではなく、それを通り越して結界に当たっていた。

 観衆はワンテンポ遅れて気がつき、そうでなくても驚きの声を上げたのは着弾してからの事だった。

「避けただと!」

 一番驚いたのは、百代だった。

 同じ川神流の百代は、釈迦堂の武術を見ている。一世代前の『壁越え』の実力から考えれば、釈迦堂は余裕を持って勝てるだろうと信じていた。

 その釈迦堂の必殺技とも言えるリングを遠くない距離で避けた。

 信頼していたからこそ、驚く。それとともに、高昭の実力が急に底知れないものと感じてしまう。

 疑念を持ったのは百代だけではない。

「高くんはどうして避けたんだ。」

 過去の高昭と釈迦堂の対戦を唯一知る人物。天使が、他の人物には分からない驚き方をしていた。過去の戦いでは、高昭は釈迦堂のリングを食らっても無傷からだろう。

「今の釈迦堂さんのリングを耐えるなんて自殺行為よ。昔の螺旋回転と違って空洞の内側に向かって回っているわ。あんなの当たったら体が抉り取られて、風穴ができちゃうわよ。」

 一子が説明するも、結界に張り付くリングは削岩機をも凌ぐ音を出していて聞こえない。結界を張る川神院の人間は先程よりも険しい表情を浮かべている。

「おらおら、どうした!」

 二発、三発、四発と攻撃を放つ釈迦堂。対する高昭は最小限の動きで回避している。もともと集中していた、と考えればそれまでかもしれないが、高昭は戦いが始まる前と今の状況とで表情に差異が見られない。

 対する釈迦堂は、面白い状況ではなかった。

 リングですら牽制にしかならないのでは、と考えていた。現在、そこまで悲観する内容ではないが、相手のミスが出るまで撃ち続けられる技ではない。加えて、黒田がそんなミスをする訳が無い。

 釈迦道が昔の戦いの反省をした時、高昭はミスを幾つかしていた事に気付いた。しかし、今釈迦道の前に立っている黒田高昭にはその時のような幼さは一切感じられない。

 『壁として』釈迦堂の前に立っている。

「動くぞ!」

 高昭の前方に集まった気。それを見た竜兵は、高昭が攻勢に転じると理解した。釈迦堂にも見覚えがある。空中で気の塊を生成する事によって空中で姿勢制御する技。それの予備動作である。

 リングの射出を止める事を見切った高昭が地面を蹴った。

 前方に飛び上がり、再度足を動かす。空を切ったかに思われた足は、即座に作り出された空中の気の足場を蹴り、二段階のロケットスタートによって爆発的な速度を得る。

「あの巨躯であれだけの速度をだせるのか。」

「でも角度が甘い、あれじゃ通り越すわ。」

 正面から殴りにかかれば、リングを撃たれて終わりだ。故に左右か上方向に避けながら接近しなければならない。

 しかし、高昭は釈迦堂の頭を掠める軌道よりも、大幅に上方向へ飛んでいる。これは素人目に見ても――本当に素人であればこの時の高昭の姿は追えないのだが、軌道がおかしいのは明らかであった。

 そして皆の予想通りに釈迦堂の頭上を通り越す。

 対戦相手である釈迦堂は当然、この戦いを見る人間は片時も高昭から目を離さない。以前の経験のある釈迦堂や、先程の加速を見て気がついた人物は同じ様な考えをしていた。

 先程見せたように空中で制動をかけてくるだろう、そう考えていた。

 しかし、外れ。

 高昭、つまり黒田は人類の壁であり、その程度では務まらない。他人の限界がどれ程なのかを見極める人間が、自身の最高のパフォーマンスを見極めていない筈が無い。高昭は持てる力の限界を引き出して、見極めて、活用している。

 その全てを活用しているのだ。

「フッ!」

 飛び越えた瞬間、釈迦堂の背後の一部が死角になるその一瞬。常人では届かない距離から、高昭の蹴りが釈迦堂へと放たれた。身長二メートルを越える高昭は、無論腕や足のリーチは非情に長い。そのリーチ、攻撃範囲の最大まで伸ばした一撃は釈迦堂の皮一枚を抉るかのように炸裂した。

 思わず、その攻撃が終わってから暫く、誰も言葉を発する余裕が無かった。戦いに集中する釈迦堂は皮を削がれた程度の損害である事に安堵した。少々興奮気味の天使は、低ダ百合折りでめくった、などと内心で喜んでいるが、他の観客は違う。

 釈迦堂を含めた全ての武人が、あの飛び込みの後、気の壁を作り空中でもう一度方向転換してから攻撃するものだと思い込んでいた。速さは、近づくためのものでしかないと思っていたのだ。しかる後の攻撃がどれ程の威力があるのだろうか、そのくらいにしか考えていなかった。

 だが、実際は違った。

 あれだけの速さで、空中での制動ができて、リーチは桁違い、態々後ろに行く必要もない。それだけの条件が有りながら確実に攻撃を当てる為に最善を尽くす冷静さ。何より、軸足が無い体が浮いた状態の蹴りであそこまでの威力がある。

 勿論、比べるまでも無く、釈迦堂の連発していたリングの攻撃力は桁違いであるのだが、当てていない攻撃と当たった攻撃では印象が違う。実際、殆ど戦いに影響しない釈迦堂の傷。しかし、道着と皮膚がそがれた部分は痛々しく見える。それ故に、観客は印象付けられてしまったのだ。

 黒田が、人間の壁が、見掛け倒しではない事を。

「風の構え。」

 高昭の低い声が、静まった観衆の耳に吸い込まれた。

 その体を緩ませた高昭が、宣言した奥義は『風』。攻防一体、黒田の奥義で最速を冠する技。その構えから打ち出される攻撃速度は正に最速。加えて、その攻撃は威力を捨てる事はしていない。緩んだ体から繰り出される一撃は、踏み込む足から腕にかけて綺麗な線を描き、力を逃がす事無く、最短の道を通る。

 そして繰り出されるのは暴風の如き猛撃だ。

 移動速度、攻撃速度を共に最速にまで引き出した攻撃を避けきれる術も無く、釈迦堂は結界の端まで吹き飛ばされた。

 無論、素人目には何が起きたのかすら分からない。否、それこそ壁越えの資質を持つ者しか見切れる筈がない。 

「何よ、今のプレミアムな攻撃は。」

 由紀江や天使と共に観戦していた武蔵小杉が声を震わせながら周囲の代弁をした。この場であの光景を見切り、理解できたのは、百代と由紀江だけである。それと、予備知識のある板垣姉弟と一子だ。

「あの技は体の力を前後左右に完全に動かす事で繰り出す最速の技だ。攻撃が外れる度に逆の軸足にエネルギーがスムーズに流れるから、外部からの干渉が無い限り、高昭の射程圏内では何度でも、何度でも、あの速度での攻撃が可能。」

「止めるには大人しく防御をしてエネルギーを受け止めるか、カウンターを決めるかの二つしか無さそうだが、あの速度に反撃は自殺行為だ。」

 竜兵が知識を、百代が実際に見た感想を述べた。百代は、普段のバトルジャンキーな一面が前面に出ていて、二人の戦いを目を輝かせながら見ている。

「懐に入られたら一発食らうのは確定ってあいつもえげつねえ事するな、まゆっち。」

「そうですね、松風。攻撃速度だけで言ったら、橘さんと遜色ないほどです。しかし、釈迦堂さんも三回は避けていました。精進すれば何か打開策があるかも知れません。」

 何時になく真面目な由紀江と松風の会話が終わると、また場面が切り替わりだした。

 

 

 釈迦堂刑部は、何も考えずに吹き飛ばされた訳ではなかった。敢えて端を背負う事によって後ろからの攻撃を相手の選択肢から外す。逃げ道も格段に減ってしまうが、先程入った不要な情報に戸惑うくらいならばいっその事考えなくても済む方向にしたのだった。

 仕切りなおしになった事で、戦いが始まった瞬間に行われる筈の独特な時間が発生する事となった。

 相手がどの様に近づいてくるのか。どんな攻撃手段があるのか。今、相手とどれ程離れていて、自分が行える行動は何があるのか。動くべきか動かすべきか。

 考える人間によって、それぞれである。

 しかし、釈迦堂が初めに考えたのは勝敗に関わる事ではない。

 ――右腕で、殴ってきやがった。

 それは、釈迦堂が顔を歪ませるには十分な理由となった。釈迦堂が口角をつり上げた根幹の理由は定かではない。高昭の体に対する安心でもないし、完全な状態の高昭を、自身の道を妨げていた岩を今ならば取り除けるからといった喜びでもなかった。

 一番近い理由を挙げるならば、苛立ちだったかも知れない。

 勿論、勝つ気でいる。だが、高昭は強く、釈迦堂でも難しいのは事実だ。

 高昭が、釈迦堂が強いと認める人物が長きに渡って腕を振るう事が出来ずにいた。戦えないというだけでなく、事実として右腕を動かせなかったのだろう、と釈迦堂は推察する。

 それは、辛かったのだろうか。苦しかったのだろうか。しかし、高昭はそれを乗り越えて、壁として、今ここで釈迦堂に立ちはだかっている。釈迦堂には、今しがた受けた攻撃が病を患った人間のものだとは到底思えない。その攻撃は、黒田の名に恥じぬものだった。人類の最高位に位置づけられる攻撃だ。

 釈迦堂はその上で考えなければならなかったのだ。この様を、背中に傷を負い、怒涛の攻撃を避けきれず吹き飛ばされた現在の釈迦堂刑部という人物の様を、立ち返らなければならなかった。不甲斐ない姿だと、釈迦堂は思う。無理を通して、黒田高昭と最初に戦わせてもらって、この様だ。

 故に、苛立つのだ。

 そして、釈迦堂は心に刻む。黒田高昭を妥当すると、必ず圧倒する、と。それは今まで、何度も心に思い浮かべた目標だった。勝つだけではない、奴の奥義を、風林火山を打ち破り、その上で勝利を掴み取るのだ、と。

「いけよ、リング!」

 釈迦堂から再度放たれた砲撃は、初めに撃っていたものよりもずっと速く、回転数もあるものだった。余波によって地表を削りながら動くリングは、見た目よりずっと攻撃力が秘められている。

「林の構え。」

 余りの速度に、動かない高昭が貫かれてしまったものと、周りの観客が思っていた。

しかし、高昭は無傷。流石に肉片が飛び散るだろうと考えた観客が身構えていた悲鳴の代わりに辺りに響いたのは、結界にリングが衝突した事による二次被害の声、川神院の修行僧の呻き声だった。

 見れば、高昭の足元は大きく削れていた。高昭の居場所を境に多少曲がって見えるリングの通り道に加えて、円を描くような傷が地表に増えていた。

 受け流す事。武道における防御の基本となる技術だ。それに避ける技術を加え、極限まで突き詰めたのが、黒田の奥義、風林火山の一つである林の構えだ。

 風に続いて、林。

 単なる偶然であるのだが、仕合が始まってから高昭の繰り出した奥義は、その名前の順番に準じたものを出している。攻防攻防の順番に並ぶ、黒田流奥義。それを知っている人物は、次は高昭が攻勢に転じる筈だ、と思った。

 順当に行けば、次は火の構えが繰り出されるだろうと思うのは、当然だ。

 釈迦堂が、攻撃の手を緩めなければ、の話であるが。

「星殺し!」

 光の帯が高昭の体を包む。

 釈迦堂の放ったレーザー状の攻撃は巨体の高昭を難なく包み込む程の極太であり、幾ら高昭が速く動けようとも、避けきるのは困難であった。

 体に当たらない星殺しの余った部分が、結界に直撃する。思いがけない直撃に、又もや修行僧の表情は、険しいものになる。

 釈迦堂のリングは未だ消えず、結界の至る所に張り付いている。

 今の状況を言い換えるならば、修行僧達が防御に徹しているところに川神院師範代が攻撃をし続けている状況、と言える。

 川神院総代の川神鉄心も、流石に無茶だと判断したのだろう。もう一人の師範代であるルー・イーに目配せすると、結界の維持の為に手助けを始める。

「そらよぉ!」

 釈迦堂は星殺しを撃ち終わると、止めと言わんばかりにリングを放った。途切れた星殺しよりも、数段速く進むリングは星殺しを掻き分けながら進んでいく。高昭に直撃しようがしまいが、あのリングだ。

 この時点で、修行僧達の頭の中には、あの光線の中に高昭がいる事など吹き飛んでいた。さらにあのリングが当たっても結界を維持して、周りに被害を出さないように、と考えるのに精一杯だったのだ。

 無論、誰もが高昭を貫通して結界に直撃するだろうと思っていた。

「嘘だろ、化け物かよ。」

 それは誰の言葉だったのか。

 星殺しが過ぎ去った後、確かに高昭はそこに立っていた。足を肩幅に開き、軽く踏ん張る姿勢。山の構えである。

 星殺しによるダメージは見受けられないが、リングを受け止めたであろうその腹部には、円状の傷。体を貫通される事はなかったものの、無傷とはいかなかった。

 態と山の構えで受けさせて、その上でより高威力の技を重ねて防御を抉じ開ける。

 目論見は成功。釈迦堂は、先程とは打って変わって、真に喜びから表情を歪めた。




格ゲー用語解説

低ダ……ジャンプと同時に最速で空中ダッシュを出す事。基本的には出し易さの関係から前方向のジャンプと空中ダッシュを同時入力する。相手への接近手段やコンボパーツとして使われる。

百合折り……KOFシリーズの八神庵が使う空中でキャラの後ろにリーチの長い攻撃判定の蹴りを出す技。後述するめくり専用の技で、前方に攻撃範囲が無いのが特徴。

めくり……前方ジャンプの後、攻撃判定が真下、又は後ろにも出ているジャンプ攻撃を使う事で相手のガード方向を逆にする行動。地上で、移動技などによって相手のガード方向を逆にする行動は裏まわりと呼ばれる。

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