特別になれない   作:解法辞典

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後書きに格ゲー用語解説とまじこい公式サイト風人物紹介を書いておきました。
今後続けるかどうかは別にして、今回は主人公の紹介。

紹介文含めて今回は伏線大目です。

何度も言うようですがエタる事だけはないので気長に待ってください。
更新が遅れてごめんなさい。

誤字等ございましたら感想で伝えてください。




第十九話 表と裏と裏

 川神大戦終了後、夕方は過ぎ徐々に暗くなりつつある空の下で、川神学園の生徒たちは学園に集まり、その日の功績を称え合いながら宴会を催していた。

 当然、活躍した人物の近くには多くの人間が集まる。学年なんて関係なく。

 だから、一年生の天ちゃんやまゆっちの近くにも多くの人だかりが出来ていた。

「やっぱり、俺が来ても意味ないな。」

 皆は今注目の的、幾ら天ちゃん達に呼ばれたからといって川神大戦に参加すらしてない俺が来るべきではなかった。

 こうして隅で一人、黒田家遺伝のでかい図体を隠すように、食事をする訳でもなく、飲み物すら持たずに立っている。

 つまらないかと聞かれれば、それは否定する。近くに居ようと、遠くに居ようと皆を眺めるのは嫌いではない。退屈はしない。

 例えば天ちゃんは、この前転入してきた二年生の金髪の外人の先輩と談笑しているところだったり、まゆっちがいつも通りおどおどしていても、俺の知らないまゆっちの新しい友人に励まされていたり、竜兵さんが男性をナンパしてたり、辰子さんが武神とじゃれあっていたりするのは、見ていて飽きない。

 それでも、黒田高昭というオブジェクトがここに有るのは、周りから見れば随分と不釣合いで、不恰好な、つまりは邪魔なものなのだろう。

 しかし居心地は悪いが、別段俺が彼らに抱く嫌悪感もない。彼らは数分もしない内にこの会場の中にまた溶け込んでいく。俺が何か行動を起こす事もなければ、彼らが詰め寄ってくることもない。

 やはり俺はここにおいて、彫像の様なものでしかなかった。

「あー、いた!」

 と、元気な声が響いた。

 多少、驚いた。酔狂にも俺に話しかける人間は、そもそもこの学校で俺と面識のある人間は随分と限られる。天ちゃんの次くらいに元気な声を出す人間となれば、まあ、一人くらいしか居ないのだ。

「こんばんは、川神先輩。」

「うん、こんばんは。黒田君。」

 川神一子先輩。

 前回と違い今日は、というより今は学校の制服を着ている。

「そんなに気にかけて貰わなくても大丈夫です。一度しか会ってないのに、態々挨拶をしに来なくても構わいません。それこそ、この間川神先輩にお伝えできた事なんて黒田の秘伝でもなければ、直ぐに武器になる情報ではなかったでしょうに。」

 川神先輩とは知り合いというだけで親しくもないから突き放すような言い方をしてしまった。離れて欲しいという意味を含めたつもりだった。

 だが、先輩は気にした様子もなかった。

「直ぐに身につく武なんて、本当の武じゃないわ。それに『人の武の壁』と呼ばれる黒田の知識や技術、修行の方法を幾つか教えてもらって、完全な調子ではなくても黒田の武の動きを見せてもらっただけでも十分以上の成果だったんだから。」

 快活な笑い方をする川上先輩からは、武に対する真摯な思いだけが感じられる。

「そうですか、安心しました。黒田の武は未だ女性向とは言い難い。俺の姉も黒田の武術を十分に使いこなせる訳ではありません。以前お見せした技が川神先輩のお役に立てていると聞けただけでも十分な報酬です。」

 俺はそうやって、胸に手を当てて安心しているように見せた。

 川神先輩は、オーバーリアクションな俺の動きを見て笑っている。そんな川神先輩から視線を外して周りを見る。

 案の定、と言うべきか。妬みに近い感情の篭った視線が向けられている。

 川神先輩が人気のある人物だと聞き及んではいたが、ここまで露骨に周りが反応を示すとは思いもよらなかった。

 女性と男性が一対一で話していれば、要らない詮索をする人間も居るのだろう。まして皆から好かれている川神先輩が関わっているとなれば、この状況になるのも予想できた筈だった。

 自分の判断能力の低さを実感しながらも、それ以上に悲観する事はなかった。

 怪我の功名と言うべきか。衆目に触れているからこそ弁明できるチャンスが、噛み砕いて言えば、事態の収束をしてくれそうな人物が此方に向かってきていた。

 この場面をぐちゃぐちゃに掻き回して、先程までの事をなかった事にするくらいにインパクトのある人物が二人。

「あっ、お姉様だわ!」

 川神先輩は、小走りで此方に来る武神に向けて手を振ってる。

 そして次の瞬間には、武神は俺たちの目の前に移動していた。流石に目で捉えられないなんて事はなかったが、難しい技であるのに簡単であるかのようにやってのける武神の技量に感心するばかりだ。

「丁度良かった。黒田の事を探してたんだ。」

 武神は、妹である川神先輩を撫でながらそんな事を言った。

「どうかしましたか。」

「見れば分かるだろ、私は今非情に困ってるんだ。早急に対応してくれ。」

「何を、でしょうか。」

 武神は何も言わずに自分の腰に纏わり付いているものを指差した。

 それは紛れもなく辰子さんだ。

「ほら、辰子って寝るとなかなか起きないだろ。いつもは竜兵が処理してくれるんだが探しても見つからなくってな。付き合いが長いなら対処法を知ってるだろ。」

「辰子さん起きてますよ。」

 起きている事が知られ、武神の腰の辺りで少し震えた辰子さんは、恐る恐る顔を上げる。武神はそれを見て溜息を吐いた。

「ほら辰子さん、しっかりと自分の耳で聞いていたんですから。」

 だから武神から離れるように、そんな意味合いを持たせて辰子さんに言った。しかし普段は竜兵さんがこの役目を引き受けている以上は、この程度の説得で辰子さんが素直に首を縦に振らないのは明白であった。

 何度も説得を試みても、辰子さんは武神から離れなかった。竜兵さんが説得しないとどうにも駄目な様である。力ずくで引き剥がすのは、極力避けたかったので、そのままどんな言葉をかければ良いのかを考えていると、武神が口を開いた。

「もういい。今日だけは辰子の好きにさせるさ。」

 武神は、川神先輩の頭を撫でているのと逆の手を辰子さんの頭に置いた。

 ミシミシと辰子さんの頭が音を立てているが、辰子さんが文句を言っていない以上はいつもと変わらないやり取りなのだろう。

 その後、川神先輩も武神に抱きつき始めて、本格的に武神が助けを求めてきたが、救援が終わる前に電話がかかってきた為、武神には申し訳ないと言ってから会場を出て電話に出ることにした。

 

 

「……であるからにして、ドイツの誉れ高き軍人の中でもマルさんは特別に素晴らしい人間なんだ。」

「すっげー。マルギッテ先輩ってそんなに格好良い人なんだ。それにドイツって凄いところだし。いつか行ってみたいぜ、です。」

 人差し指を立てながらクリスは祖国について豪語した。それを聞く天使も目を輝かせていて、クリスの話を心の底から楽しんでいる。天使が聞き上手という事もあってか、クリスの祖国ドイツ、またドイツ軍に関する自慢話は留まるところを知らない。兼愛してならないマルギッテや自慢の父親の話が延々と続けられている。

 クリスと親交の深い、同じ風間ファミリーの人間がこの状況に気付いたならば、やんわりと注意しただろう。だが、遠くから見ている分には仲良く話している様子しか分からないので、ストッパーが入ることはなかった。それでいて、天使はまだまだ聞き足りないという様子であるので実際に止める必要もなかった。

「無理をして敬語でなくとも良いと言ってるだろう。しかしそうだな。学生の内は難しいかも知れないが、いつかドイツに旅行する時は言ってくれ。自分が案内しよう。」

「じゃあ今はクリスが日本に居るから、ウチが日本を今度紹介しないと。」

「それは、是非。」

 日本を紹介して貰える、その言葉にクリスは目を輝かせる。実際に日本に来た事で、日本に来る前のクリス自身の持っていた知識は、ほんの一部しか知らないことに気付いたのだった。風間ファミリーやクラスメイトにも多少は案内をして貰ったが、今日までこの川神大戦の準備が忙しくゆっくりと日本について教わる機会がなくなってしまっていたのだった。

 運の良い事に、天使には日本に詳しい友人が居るというのでクリスの期待は高まるばかりであった。

「それと、川神院ほどではないにしても、文献としては非情に価値がある武家の家も見て回れる筈です。ウチが高くんに頼んでおくから。」

「その高くんというのが、戦いの後に言っていた天の師匠で合っているか?」

「まあ、同い年だから師匠かと言われると少し違うけど。」

 クリスはそれを聞いて驚いていた。

 天使に武道を教えた人物、それは勿論板垣辰子や竜兵に武を教えた人物である事と同義である。その人物が自分とそれほど変わらない年齢だと思っていなかったのだ。

「高くんもここに連れてきたから紹介するつもりだったんだけど。」

「黒田高昭なら先程会場から出て行きましたよ。」

 返事が返ってきたことに天使は驚き、声の主が居る方へ視線を向けた。そこには先程話題に上がっていた人物が立っている。

「マルさん!」

 親しい人物が来た事で無意識に笑顔になったクリスが、今までより少し大きな声をだしてマルギッテの名前を呼んだ。

「名前を呼ばれていた気がして近くまで来たのですが何か御用でしょうか。お嬢様。」

「いや、親しい人物として名を出しただけだ。迷惑だったか?」

「お嬢様に親しいと思われている、それだけで身に余る光栄です。」

 従者の様な立ち振る舞いをするマルギッテだったが、目を瞑ってクリスに感謝の言葉を漏らす姿は、本当に感動に打ち震えている様子だった。

「マルギッテ先輩は高くんのこと知ってたのか。」

「日本の黒田家、『人間の壁』といえば、世界でも有名です。私もいずれ壁越えには挑戦しようと思っていましたので、どんな人物なのか見に行ってきました。」

 それで出て行ったことを知っていたのか、と納得する天使。しかしなぜ会場から出て行く必要があったのか、それが天使にとって気がかりであったのだ。

「今度日本を案内してもらう事になったのだが、マルさんも一緒にどうだ。此方に来てからも任務が忙しくてまともに見て回る機会がなかっただろう。一緒に出かければ護衛の任務とやらも出来るから一石二鳥だ。」

「お気遣いありがとうございます。その時はご同行させていただきます。」

 クリスとマルギッテが仲良く喋っている。

 天使はその後も少し続いた会話が一段落ついてから、マルギッテに話しかけた。

「あの、マルギッテ先輩。高くんはどこに行ったんですか。」

「電話をしながら、恐らくは校舎の方へ向かって行きました。」

 この催しの会場は基本的に体育館で行われているものである。だから校舎に行く生徒は居ない筈だ。体育館から出た、ではなく校舎に向かった。高昭は、マルギッテがそこまで判断できるような移動の仕方をした。

「それ以上の詳しい事は分かりませんが、もし気になるのなら近くに潜伏させている部下に様子を探らせますが。」

「ウチが自分で行くから良いです。じゃあ、クリス詳しい話はまた今度。」

「分かった。ではまた学校で会おう。」

 天使は胸の内に幾つかの疑問を抱きながら校舎に向かった。

 

 

 声が聞こえる。

 暗い校舎の中で、今ここにはウチと高くんしか居ない。ウチは少し遠くから、ばれないように高くんとは距離のある場所に居る。ウチが見ている廊下の角を曲がったところに高くんがいる筈だ。ここは高くんの電話をする声が良く聞こえた。

「ああ、その件については良く分かった。安心しろ俺は不利益になる事はしない。知られて得する事がない。」

 喋っている内容から、電話の相手が推測できないが、こんな所で喋っているという事からも分かるほどに後ろめたい内容である可能性が高そうだった。

「それでもう一つの用件というのはなんだ。」

 もう一つという事は、初めの一つの話は既に終わったのだろう。そちらも気になるが今から始まる話を聞くために集中する。

「それくらいは知っている。いや、説明は細かい方が良い。続けてくれ。」

 それから少しばかりの間、高くんが相槌を打つ声しか聞こえなかった。聞こえた情報は少なく、現在の持ちえる情報だと、誰かに知られると困る情報を電話の相手と共有している事。

 そしてそれは川神学園の誰にも聞かれたくない事であるらしかった。

「俺にその解決を協力してくれというのか。」

 解決という事は、何かしらの問題点が。協力の要請という事は、既に結託された組織的な動きではない筈。少なくとも高くんが所属していることは無い。もしも高くんが悪い事を任されていたのなら、もしも悪事に後ろめたさを感じていたなら考え直す時間がある。

 まあ、まだ高くんが悪い事をしていると決まったわけじゃない。それに、寧ろそうじゃない方が良いに決まっているのに、こうして探偵みたいな事をしていると自然と思考がそちらに向かってしまう。

「そうだな。可能な限りは協力するが、俺より適任な人物がいる。俺の姉だ。」

 協力を承諾した事、それは仕方の無い事として受け入れる。

 しかし、高くんが「姉」と言った以上は悪い事をしている可能性は低くなった。高くんの事を信頼しているのは当たり前だが、紗由理さんが悪い事に加担するわけが無い。高くんも自身の姉の事なのだから知っているだろう。

「そうだ。姉さんの方が適任だ。ああ、俺の方から頼んでおく。」

 紗由理さんの名前が出た以上は、何も心配をする事はない。

 あとは高くんが電話を終えるまで待っていればいいだろう。

「詳しい話は、また今度だ。これだけ分かれば十分だ。それに」

 

「少し用事が出来た。」

 静まり返った校舎の中で、通話終了を告げる電子音は良く響いた。どんな聞き方をしても何らか不測の事態が起きた結果、高くんは通話を終えたのだ。詳しい話は今度にと言った。聞かれて不味い話なのだろうか。

 この静まり返った校舎の中で高くんとウチしか居ない筈だ。

 その聞かれては不味い話を聞かれてしまう可能性。考えなくても分かるだろ。この場面で邪魔者なのが誰なのか。

「こんな所で奇遇だな、天ちゃん。」

 廊下の角から、高くんが出てくる。窓から入ってくる月の光が微かに体の輪郭を映し出していた。暗く、誰も居ない校舎。高くんの実力はウチが一番知っている。逃げる事は絶対にできない。

 ウチですら何も知らなかったのだから、他の誰かが、ウチがこんな状況になるなんて予想もしないだろう。

 頭がお花畑のまゆっちは、夜の校舎に男女で二人と聴いただけでふしだらな妄想でもしているかもしれない。

 ウチは、現在こんな事になるなんて思いもしなかった。

「残念だ、俺はこんな事をしたくは無かったんだ。しかし、まあ、仕方が無い。」

 歯切れの悪い言葉を漏らしながら、立ち止まっているウチに向かって高くんが近づいてくる。この時のウチは、高くんを信じているから立ち止まっていた訳ではなかったのだと思う。考えもしなかった事が起きて混乱し、近づいてくる高くんが怖い。

 高くんだから、では無い。暗闇の中、夜の学校で、体の大きな人間が、うっすらとした輪郭で、ゆっくりと歩み寄ってくるのが、怖い。

「寧ろ、他の人間がするくらいなら、いっその事、俺がやれて良かった。」

 その言葉とは裏腹に、高くんの口元は大きく歪み、白い歯が月明かりに反射しているのが良く分かった。

 高くんが笑うところを久しぶりに見たかな、と思いつつ、こんな怖い笑い方をする高くんはやっぱり見た事は無かったと改めて思うのだった。

「嘘だよな、高くん。」

「当たり前だろ。」

 まさかの即答だった。

 暗い学校という雰囲気のせいで、ちょっぴりだけ怖かったが高くんがそんな恐ろしい事をするわけが無かった。ウチは信じてた。あー良かった。

 別に高くんが悪い事していると思ってはいなかった。それでも、もしもというものが有るだろう。いや決して信じていなかった訳でなく、可能性として、無くもないかもと思う程度だったのだ。

 ぶっちゃけ怖いものは怖いのだ。

「驚かすなよな、ワラキアみたいな顔しやがって。」

「何だよその分かりにくい例えは。てか天ちゃん泣くほど怖かったのか。」

「何言ってんだよ。ウチは泣いてない、泣いてないからな!」

 ウチは高くんが差し出したハンカチを受け取ると、さっさと目元を拭う。

「何も疚しい事をしていないんだから口封じなんてしないぞ。」

 高くんがそんな言葉と共に差し出したのは、先程までの通話履歴の映った携帯電話。そこには登録名が「委員長」とされている人物からとの通話履歴があった。

 哀れ委員長、だがウチもアイツを本名で登録していない。

「なんで委員長との電話で、校舎の中まで来る必要があるんだよ。やっぱり疚しい事でを話していたんじゃないのかよ。」

「電話とか関係ない。会場に居るのが辛かっただけだ。」

「じゃあなんで電話で紗由理さんの名前を出してたんだよ。」

「委員長が友人の相談事を手伝って欲しいって言ってたんだが、その相談がどうにも女性関連の事らしいんだ。俺じゃ分かんないから。」

「女性ってだけならウチでもいいだろ。」

「委員長が態々俺に聞いたって事は、それこそ姉さんに取り次いで欲しいって事だ。天ちゃんじゃ分からないと思ったんだろ。」

 まるでウチが女性らしくない様な事を言っているので取り敢えず高くんのお腹を殴っておく。委員長も次に会ったらぼこぼこにしてやる。

「でも委員長へそんな相談する奴っていたか。四六時中一緒に居るわけじゃないけど高くん以外に委員長と仲が良い男友達を見た事がないぜ。」

 唯一、ウチが疑問に思ったのがそこだった。もうすっかり高くんの事を疑っていないので普通に会話に興じているが、寧ろ委員長の方が疑わしい。そう言えば会場で委員長の姿を見ていなかったな、と思い出した。まゆっちは、今日の川神大戦後に友達になった大和田伊予ちゃんと談笑していた。だから、委員長は他の誰かと喋っている筈なのである。

「ああ、俺も気になったから聞いておいたんだ。」

 高くんはそこまで気にする様な事でもない、と言っているかの様な口調だ。本当に気にする様な事ではないのだろう。

「唯一気になる事は、あいつに外人の知り合いが居た事だな。」

「外人?委員長にそんな知り合いが居たのか。どんな名前の奴だ。」

「マロードって名前らしいぞ。」

「ふーん。」

 本当に大した事もなかった。あの会話から激動の予感がしていたんだが、全然そんな事はなかった。高くんがしていたのはなんでもない会話だったらしい。少し涙目になってしまったが、損をした気分だ。勿論、この時には既に、高くんが他人に聞かれたくない話をしていたという情報は、頭に残っていない。

「なーんだつまんねえの。高くんは何か面白い隠し事とか無いのかよ。」

「面白い隠し事ってなんだよ。」

 そういえばそうだな。

 ウチの家は物が無さ過ぎて、家族全員が隠す事もない。かといって、高くんの家は皆がいつも行くから隠せている物がないのだった。何故か、こっちの方が申し訳なく思えるくらいに、高くんにはプライバシーの権利が無いように思えてきた。

「面白くはないけど、隠す事なら一つある。」

 そして、高くんの口調は先程までの軽いものでは無くなっていた。

 真面目な話。後で考えると、高くんはこの事ををウチに伝える為に校舎の中まで来たのではないのか。そう思えてならないのだ。いや、態々伝えなくても良かった。ウチならば、高くんの考えは良く分かる。だから嫌でも、その内に気付く事だった。

 でも高くんは自らの口で伝えたかったのだろう。

「一ヵ月後に、東西交流戦があるのは知ってるよな。」

 東西交流戦の事は、この会場に生徒が集まりきったタイミングで、学長が生徒全体に伝えた内容だ。当然ウチも聞いていた。

「まだ俺と学長、そして川神学園の師範代しか知らない事だ。その後で、俺は川神院師範代の釈迦堂刑部の『壁越え』の挑戦を受ける。」

 一瞬、高くんの正気を疑う。

 高くんは強い眼差しで、ウチを見ていた。

「嘘だろ。」

「嘘なんかじゃないさ。」

 優しく、諭す様な声色で、高くんは喋る。高くんの決心はウチの言葉で揺るがす事はできないのだろう。

 それでもウチは、嘘だ嘘だ、と言い続けるしかなかった。願うしかなかった。思い直して欲しかった。

「だって、高くん。腕がきちんと治っていないじゃないか。」

「そうだ。だから俺と天ちゃんの隠し事だ。」

 今度は本当に、泣き出してしまう。

 高くんがどれだけ、どれだけ苦労して、ここまで回復させたのか。その努力を高くんは赤の他人が『壁越え』という称号を手に入れる為に、投げ出すと言うのだ。

 もしかしたら、高くんの方が強くて、誰もその称号に辿り着けないかもしれない。そしたらいよいよ、高くんの頑張りの意味が無い。誰も、報いてやれない。

「俺のこの体という資本は、そもそも天ちゃんが言う赤の他人の『壁越え』というものの為にある。天ちゃんが、他の人がどんな感じ方をするのかは分からない。だけど俺にとっては、『黒田』にとってそれは何もおかしな事じゃないんだ。」

「でも、高くんは怖くないのかよ。また動かなくなるのが。」

 衝撃を受ければ、当然腕には良くない。攻撃を受けるのは言うまでも無く、その手で、攻撃できるのかすら怪しいだろう。

 それでもやる。

 強がりなのか。それとも、本当に『黒田』として何も感じていないのか。

 どちらにしても、それは呪いだ。結局高くんが『壁』をやる事は変わらない。

「泣くな、天ちゃん。俺は大丈夫なんだから。」

 そう言いながらウチの頭の上に置かれる高くんの右手。

 病状なのか、それとも恐怖からなのか、微かに震えている。




格ゲー用語解説

ワラキア……メルティブラッドシリーズに出てくる人物。正式名称はワラキアの夜。元の格ゲーが型月作品であるのでキャラの詳しい設定は長いので割愛。初期シリーズでは投げから十割とかする壊れキャラだった。必殺技でカットカットとか廻せ廻せと連呼するのが印象的。ドットの顔や特定の超必殺技の後にでるタタリマークが怖い。


まじこい公式サイト風の人物紹介

「越えてみろ、壁を」
黒田 高昭(くろだ たかあき)

身長      223センチ
血液型     B型
誕生日     1月22日
一人称     俺
あだ名     高昭、高くん、でかぶつ
武器      全身(黒田流武術)
職業      川神学園1-S 人間の壁
家庭      両親、一人暮らし中の姉
好きな食べ物  すじこ
好きな飲み物  スコール
趣味      格ゲー(天使の影響)
特技      器用さ
大切なもの   家族、板垣一家
苦手なもの   天使のお願い(惚れた弱み)
尊敬する人   高順

武術家の実力の基準とされる黒田家の現当主。壁。
遺伝である体つきは人間最高の体格であり、見ただけなら最強。
歴代当主の中でもトップクラスの実力だった。

中学の頃に、右腕が病気になり、色々と思いつめた挙句に自身に失望して、以来感情の起伏が殆どなくなっている。普段見せている顔は繕った演技であるが、最近は自分でも自分の本心が分からなくなってきた。その頃から怒る、泣く、憎むことをしなくなり、負の感情は心の底に封じ込めたらしい。ようするに我慢している。

板垣一家とは家族ぐるみで仲が良く。末妹の板垣天使には一目ぼれしている。天使を除いた三人と姉の受験期に腕の病気が発覚した事から、負担になったのではないかと負い目を感じている。実の姉を除けば、板垣一家にだけ感情を見せる。

天使に告白しないのは理由があるらしい。

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