特別になれない   作:解法辞典

15 / 37
今回から主人公は暫くお休みです。
川神大戦のお話はそれなりに長くなるので、主人公のキャラを忘れないようにしたいです。
あと、原作キャラを出来るだけ目立たせるように心がけます。


誤字等ございましたら感想にて教えてください。


第十五話 川神大戦

 この一ヶ月は本当に楽しかった。

 私の我侭で寮生になって、黒田の方々や天ちゃん、委員長にも迷惑をかけたが寮に住んでみて本当に良かったと断言する。

 先輩方は優しい。

 初めに声をかけてくださった気の良い先輩の島津岳人さん。寮生他、数人のグループを纏め上げている風間ファミリーのキャップ、風間翔一先輩。島津先輩もその一員で、島津先輩の親友である師岡卓也先輩、グループの頭脳である直江大和先輩、直江先輩にぞっこんの椎名京先輩、武神の川神百代先輩、その妹の川神一子先輩がメンバーだ。

 そのグループには入っていないが寮生の源先輩は、初めはその容貌や素っ気無い態度から怖い人に思えたがとても優しい先輩で他の先輩方と馴染めるように手引きしてくれた。

 百代先輩が私の事を知っていたのも、皆さんに馴染めた大きな要因の一つだ。

 学校が始まってすぐに直江先輩から、黛としての私を川神大戦の戦力として数えるさせて欲しいと言われた。あの時は、声をかけて頂いた事が嬉しくて詳しい話も聞かずに返事をしていたのを覚えている。その次の日くらいには委員長にどちらの陣営に就くのかを聞かれて昼休みの半分を弁解のために使ったような記憶もある。

 その頃までは戦力としてしか考えられていなかったが、外国からの転校生であるクリス先輩が入寮して、風間先輩が私とクリス先輩にファミリーに入るように話を持ちかけたのだ。

 まだ全然仲良くなれていないが、これから皆さんとの親睦をもっと深めていきたい。

 そして高校生活が始まって一ヶ月がたった今、私は川神大戦の戦場に立っている。

 作戦会議の集まりの時、直江先輩がこの大戦を軍人将棋みたいなものだと説明していた。

 決められた範囲内で、人員を配置してから戦闘準備を行い、合図が出るまで待機するのが一番初めの決まりごと。この大戦の舞台となるこの地形は、思ったよりも大きい土地である。だから初めの配置はとても重要である。

 此方の陣営には百代先輩がいるので陣形を考える必要はないかのように私は考えていたが、百代先輩が負けないにしても相手が何らかの方法で百代先輩を足止めすることは確実なようだ。足止めさせない配置、逆に百代先輩の足止めに戦力を集中させる事で他の部隊が進行しやすくする必要でてくる、と言っていた。

 私が任されたのは総大将の護衛。

 直江先輩は、本陣に突っ込ませるまでもなく相手を完封すると言っていたが、私だけは保険として残しておくらしい。

 私の実力が完全に信用されている風には思えない配置だ。

 風間ファミリーに加えてもらったものの、実際には一月すら在籍していないのだから信を得られていない事は当然の事だと言えるが、少し悔しい気もする。

「ここで完璧に仕事をこなして、信用をアップさせましょう。」

「頑張れまゆっち。オラも応援してるぜ。」

 あわよくば、今回の大戦で活躍すれば友達になりましょうと声をかけてくれる人が出てきてくれるかもしれない。

 ああ、遠くから雄たけびが聞こえる。

 川神大戦が開戦した。

 

 

 判断し易いように陣営を東西に分けた川神大戦。

 北側、F組陣営にとって右翼側の部隊には風間ファミリーから三人配置されていた。

 リーダーの風間翔一と島津岳人。

 そしてその二人より先行している武神、川神百代だ。

「大和の予想は外れたな。」

 F組の軍師直江大和が百代に伝えた作戦は、出来るだけ多くの敵を引き付けてくれ、といった簡素なものだった。連絡の取りにくい戦いの最中で百代が暴れる事で不安感を煽り、腕に自身のある猛者を全員一手に引き付ける。恐らくS組陣営の全軍を相手にしても五分の戦いができる百代。

 人数ではS組側が圧倒的に多いので、飛びぬけた戦闘力を持つ敵将クラスの人間をどれだけ百代が惹きつけて大人数を相手に出来るか。それが今回の大戦において、F組の勝ちに繋がる。

 のだが、F組の陣営、つまりは百代の方に向かってくる敵の内で百代に太刀打ちできる敵将クラスの人物は僅か三人。

「舐められたな。」

 百代が走る速度をあげる。

 相手も一人先行してくる。

 相手の速度は百代よりも速く、結果的にF組の陣営が押し込まれる形になる。

 百代はこの相手を知っていた。

 こちらに来る残りの二人も良く知っている。

「相変わらず速いですね、橘さん。」

「スピードだけは武神にも負けないつもりでいるからな。」

 出会い頭に橘天衣の攻撃を受け、足を止める百代。

 僅かに足を止めた隙に、S組陣営の敵将の残り二人が姿を見せる。

「九鬼揚羽、降臨である!」

「こういう戦場においては職業柄で隊を率いたいのですが武神の相手というのも悪くないですね。」

 S軍が百代に対抗するために送った駒は、武道四天王の橘天衣、九鬼揚羽、そしてドイツ軍の兵士マルギッテ・エーベルバッハ。

 いずれも世界に名を連ねる実力者。

 だが、百代は世界一の実力者だ。

「私を三人程度で止められると思いますか。」

 世界レベルの手練れを前に戦いたくて堪らない心情を抑え、百代は問いかける。

 過去に百代はこの三人の中で、四天王である二人とは戦い勝利を収めている。百代は未だ若く戦った当時と比べても強くなっている。残る四天王の一人、鉄乙女を加えられても百代は勝つ自信があるのだった。

 しかし、その鉄乙女はF軍に配属されている。

 対戦前の話し合いで、戦力調整を行うために四天王は両軍均等に分ける必要があるとして、S軍もこれを認めた。それの意味するところ、S軍はこの戦力で川神百代を止める気でいる。

 やはり舐められている。

「確かに私はお前に一度負けた。お前にリベンジを果たすために、本当は一対一で勝負したいところだが、次に機会があったらそうするとしよう。」

 今回は勝ちに拘る、天衣は百代に向かって地を蹴った。

 他の四天王と比べて頭一つ飛びぬけている百代。しかし、速度に関してのみ百代よりも速い人間がこの世に居る。それが、橘天衣。

 武神と言えど、その猛攻を防ぎきるのは至難の技。百代は瞬間回復の回復力に頼って刺し違える事を繰り返せば有利に戦えるが、それも一対一の時のみの話。

 敵は天衣の他にも二人いる。

 天衣の手数が単純に百代の倍あるとしても、百代には戦いで負けた。しかしそれがもっと多い数だとすれば或いは届くかもしれない。

「普段なら有象無象を吹き飛ばすお前だが、我ら程の実力ならばそうもいくまい。集団戦が単なる戦闘力の足し算ではないと教えてやる。」

 最速を誇る天衣が攻撃すると同時にマルギッテがナイフを投擲する。

「ナイフが私に利くか!」

 頭突きでナイフを叩き落す百代。背後に回った天衣の攻撃を迎撃するために回し蹴りを放つ。

「何秒前の私を攻撃しているつもりだ。」

 百代の攻撃が空を切る。容赦なく頭部目掛けて撃ち出された天衣の攻撃。百代はその攻撃を受けて仰け反った。

 次いで天衣から放たれた蹴りが、百代の腕を打ち上げる。

「小癪な手を!」

 打ち上げられた腕をそのままに蹴りを放った体勢のままである天衣に向けて正拳突きの構えを取ろうとする。取ろうとしたところ、揚羽とマルギッテの狙い澄ました攻撃が飛んでくる。百代は無理やり自身の攻撃を中止して身を翻した。

 誰かの爪が擦れたのか、百代の頬からは血が一滴流れていたが、その傷口は既に塞がっていた。

 瞬間回復。

 百代が最強である所以の一つ。百代の代名詞ともいえる技だ。

「ところで、準備運動は出来たのか百代。」

 揚羽の声に百代は答える。

「そうですね。そろそろ本気でやりあいましょう。折角こんなに広いところで戦えるんだ。」

 百代はお返しとばかりに正拳突きを放つ。狙いはマルギッテ。

 マルギッテは普段、力を抑制するため眼帯をつけているが、今回は開戦した時から外している。視界は良好、幾ら武神の攻撃だとしても単発の攻撃に当たる気はさらさらなかった。獲物のトンファーで受け流して、鋭く百代の顎を目掛けて腕を突きだす。

 加えて、正拳突きの隙を狙ったかのように天衣が背後から攻撃する。

 だがその程度、百代はいとも簡単に避けきる。

 その後百代は反撃をしようとするが、天衣が追随している。揚羽も向かってくる。

 避けても避けても、天衣に追いつかれてしまう。

 迎撃しようと立ち止まれば他の二人の攻撃を食らう。だが、百代はこのまま押し込まれるわけにもいかない。

「これでどうだ!」

 百代は大量の気弾を打ち出し、辺りには砂埃が巻き上がる。目視した限りマルギッテには当たっていたが他の二人の足を止めるには至っていない。

「遅いな。」

 百代は気を抜いてなどいなかった。今の攻撃の隙に近づかれ、三連撃。

 揚羽はまだ百代に攻撃できる位置にはいない。当然攻撃してきたのは天衣であった。速度のみでならば武神をも凌駕する。

「どうした百代。私のスピードはまだまだ限界ではないぞ。自分で言ったんだ、本気をだせ。」

「言われなくても!」

 武道四天王クラスの戦い。

 本人たちにとってはここまでは唯の打ち合い程度。

 一般人からしてみれば、土が抉れ衝撃波の飛び交う未知の領域。

 後ろからやってくる風間ファミリーの二人及びその部隊は、別次元の戦いに割り込めず、進軍できずに足止めを食らってた。

 

 

 川神大戦南側。F組の進軍が止まらず、S組の前線は崩壊。S組右翼の全戦力から考えても部隊は半壊と言えるほどの損害が出ている。

 F組の作戦である両翼の電撃戦による突破。

 右翼を任された武神は足止めを食らっているが、左翼を任されたこの男は止まらなかった。

 熊飼満。

 一定時間食を絶つと無差別に暴れまわる巨漢。

 武術家にとっては取るに足らない人物だが、一般人からしてみれば恐怖。横幅が自分の倍ほどある人間が考えられない速度で走ってくる。

 加えて、蓄えられた脂肪に対しては通常の打撃は意味を成さない。

 付け焼刃で戦場に出てきた一般兵はなすすべもなくやられていくのだ。

「お腹すいたよ~!」

「なんなんだよ、このデブ!」

「くそぉ、止まらないぞコイツ。うわああ!」

 順調すぎる快進撃。

 S組の部隊の腹まで食い破ったF組の攻撃は、十分すぎる戦果を挙げている。大戦の前、単純な人数はS組の二倍と言われていたが、この戦場においてはその数も逆転した。

 どんどん先行する熊飼。こぼれた敵を処理するF組右翼部隊。最大戦力は熊飼を含めずに二人、風間ファミリーの川神一子。そして同じくF組に所属する源忠勝。

「一番槍は譲っちゃったけど、敵の首級を初めに倒すのはアタシなんだから!」

「しかし幾ら百代先輩がいるにしても珍しいな。直江の奴が伏兵よりも部隊の戦力確保を優先するなんてよ。」

「お姉様が居るからこそ、右翼だけでなく全体の圧力が必要って言ってたわ。相手が焦る前から策を使う必要性がないって。」

 雑談をする余裕さえ出てきたF組の二人。

 熊飼は二人よりも前に行っているが、手筈よりも上手く戦闘が運ばれているため部隊を分散させても問題ないと結論付けた。

 本来であれば有名どころが出てきても良い頃合だが、出てくる気配すらない。

「血気盛んな九鬼英雄も出てこないとなると中央に人が集まってると見たほうが妥当か。」

 戦況を先読みしようとする忠勝の分析に一子が疑問をぶつける。

「九鬼くんって相手の総大将でしょ。だったら方向転換して横っ腹叩いた方がいいのかしら。」

 中央を任せられているF組の部隊は風間ファミリーのクリスティアーネ・フリードリヒと椎名京。

更に、川神学園の弓道部が率いる弓兵部隊。武道四天王、鉄乙女。

 中央と右翼に戦力を固めたF組の陣営。

 一子と忠勝は伏兵を活かすための部隊で、相手部隊の混乱を煽る役目なのだが、難なく相手の防衛線を食い破れてしまいそうなのだ。

 確実に何かがある。

 そう考えていた矢先、先行していた熊飼の動きが止まった。

 そして聞こえてくる男女二人の声。

「リュウ~、男の子が好きなんだったら走ってきた子くらい受け止めてあげればいいのに~。」

「あのなあ、姉貴。俺は確かに男が好きだが、俺にだって選ぶ権利はあるんだよ。」

 熊飼の体が吹き飛んだ。その先にいた両陣営の生徒が避けられずに直撃して、無事な生徒の数はどんどん減っていった。

 聞こえてきたS組軍屈指の実力者の声に、F組軍は立ち止まった。

 特に、竜兵の声を確認した男子生徒たちは青ざめた顔をしている。

「板垣兄弟。」

 誰が言ったのか。板垣とは、川神学園でも有名な人物の名前だ。

 実のところ、本気で戦ったところを誰も見た事がないが、川神学園に通う人間ならすぐさま分かるほどの実力者だ。

 周りの人が吹き飛ぶほどの川神百代とのじゃれ付きを受けてもびくともしない、辰子。

 真性の同性愛者として、実力以外の理由でも川神学園の凡そ半数ほどを恐れさせている、竜兵。

 まだ他学年には浸透していないが、一年生間では有名で、名前を笑った人物は例外なくぼこぼこにしている、天使。

 その板垣のうち、上の二人が此方の戦場にいる。

「葵の頼みだからな、仕方ないが少しは本気でやるか。」

 歩み寄ってくる竜兵。いや、にじり寄ってくると言った方が正しいか。

 その恐ろしさからF組の生徒の何人かは腰を引かせて逃げようとしている。

「てめえら下がれ。俺が食い止める。」

 全員の前に立って、竜兵へ拳を突き出す忠勝。

 付き合いが長い一子は目の前に立っている忠勝が無茶をしてでも皆を逃がそうとしているのが良く分かった。恐らく、部隊の皆だけでなく、幼馴染の一子も守ろうとしてくれている。

 忠勝の方が、一子よりも実力が劣っているのにも関わらず。

 鈍感な一子は気づいていないが、敵味方関係なく見ていた周りの人はなんとなくだが忠勝の起こした行動に察しがついた。

「おい、起きてんだろお前。何時まで死んだ振りしてんだ。」

 倒れ付していたS組軍の生徒の胸倉を掴み竜兵が引き起こす。

 その生徒は一年S組の委員長。

「止めてくださいよ、竜兵さん。このまま大戦が終わるまで寝ていようと思ってたのに。」

「何でお前がここにいるんだ。非戦闘員だろうが。」

「その筈だったんですがね。捨て駒部隊の指揮官の振りをしろって言われちゃったんですよ。いやあそれにしても辰子さんたちが来てくれたんなら俺もお役ごめんでしょうし、本陣に帰りますね。」

 乾いた笑い声を出す委員長。やんわりと竜兵の手を引き剥がそうとするが、竜兵は胸倉を掴んだままだった。

「あの、竜兵さん。そろそろ放していただけると嬉しいんですが。あと、顔が近いです。」

「……、おいあの二人は付き合ってんのかよ。」

 小声で委員長に話しかける竜兵。委員長は顔だけを一子と忠勝の方へ向けた。

「見た感じだと片思いじゃないですかね。どっかで見た事ありませんかね、あんな関係。」

「そうか、じゃあ手は出せねえな。無理矢理は趣味じゃねえからよ。」

 委員長を解放した竜兵は再度F組軍の方へ向き直った。委員長は急いでS組軍の本陣の方角へ駆けていく。

「そこの二人は俺がやる。姉貴は本陣に向かってくれ。」

 構える竜兵。

 緊迫する雰囲気に、一子と忠勝も構えをとって集中力を高めていく。

 両軍ともに誰も動き出さない。

 竜兵も一子も忠勝も、そして辰子も動かない。

 辰子が、動かない。

「姉貴?」

 訝しげに竜兵が辰子の方を見る。

 辰子は鼻ちょうちんをつけ、寝息をたてている。直立不動のまま寝ていた。

「おーい姉貴起きろ。」

 竜兵が肩を揺するが辰子が起きる様子はない。

 戦場ではあるものの両軍ともこれには苦笑いを隠せなかった。

 一向に起きる素振りを見せない辰子に対して青筋を立てる竜兵。

「起きろって言ってんだろうが!」

 腰の入った右拳が辰子の後頭部目掛けて放たれた。鈍い音が辺り一帯に響く。目を瞑りたくなる程の攻撃であったが、受けた当の本人は少し頭が動いた程度で身じろぎもせずに目を擦っている。

「おはよー、リュウ。」

「おはようじゃねえよ。さっさと本陣向かってくれ。」

「りょうかーい。」

 どんどん皆から離れていく辰子。

 それを見ていた竜兵は足元にある石を拾って投げた。

 直線を描いた石は見事に辰子の頭に当たる。

「なんで俺らの本陣に行くんだよ!話の流れからして、F組の本陣に行くだろ普通は!」

「寝てたから話の流れなんて知らないよ~。」

 頭をさすりながら辰子が戻ってくる。

 竜兵は説教を始めようかと思った矢先、板垣の両名は急にF組軍の方を向いた。

「姉貴が馬鹿なことしてるからF組側の新手が追いついてきちまったようだな。あーあ、姉貴が馬鹿なことしてるから。姉貴が!」

「む~、分かったよ。私がやればいいんでしょ。」

 辰子はそう言って、この戦場に近づいてきた人物の元へと近づいていった。

 自分たちの横を通り過ぎていく辰子をF組の軍団は横目で見ていた。

「戦場で随分と余裕だな。」

 低い声で挑発する忠勝。

 仕切り直しとばかりに竜兵は拳を鳴らす。

 ゆっくりと近づいてくる竜兵に一子は相手が一種の余裕を持っている事を悟った。

「そう、慌てなくてもいいさ。フェアにやろうぜ。真正面から殴り合って、最後に立っていたほうが勝ちでいい。分かりやすいだろ。」

「分かりやすいも何も、普通の戦闘ってそんなものでしょうよ。」

 変な物言いをする竜兵に疑問をぶつける一子。

 その言葉を聞いて竜兵は目を丸くしたかと思えば、いきなり笑い出した。

「何よ、アタシ間違った事でも言ったかしら。」

「いや済まないな。姉貴以外の周りの奴らがまともに俺の攻撃を受けてくれるような人間じゃなかったから俺の感覚が壊れてたみたいだな。」

 まともに受けてくれるような人間が居ない、その一言が一子に火をつけた。

 その意味は一子だけが知っている。

 そして、ふと考えが口から漏れる。

「でも、これほどの使い手の拳がまともに当たらない連中っておかしいわ。」

「別にそいつらに負けてるとは言ってない。強さは抜きにして俺はまだまともな方だ、って事を言っただけだ。」

 二人に対して隙を見出せない竜兵は相手の出方を待ち、この戦闘に関しては数的な優位にある二人は先に動く事に躊躇いを見せた。

 しかし川神大戦という広い目で見たとき、竜兵は援軍が来るまでこの戦線を持ちこたえれば良いのだから、無理に動く必要はなかった。

 その援軍がくれば、竜兵が戦うまでもなくここでの戦いは終わる。

 竜兵は勿論、辰子が向かった新手の人物に大体の予想が出来ている。そのことがわかっている以上は、このままではF組の援軍の方が素早く到達してしまう。

「さっさと始めようぜ。無粋な水差しが入るのはごめんだからな。」

 構えを崩さないで、擦り寄ってくる竜兵。

 一子は獲物の薙刀を構えて、忠勝は拳を握り締める。

「水差しってのは、援軍の事だろう。いいのかよ先輩。そんなにぺらぺら喋っちまって。」

 失態、には見えない竜兵の言い方に引っかかりを覚えた忠勝が問う。

「良いも悪いもねえよ。お前らが俺に負けるか、そいつらに負けるかの違いしかない。」

 竜兵の安い挑発を聞いても、二人はピクリともしない。目の前の敵に、その竜兵の話す内容に集中している。

「お前らの軍師、直江大和も今頃気づいてる筈だぜ。武神、川神百代とそれに拮抗する実力の人間が真正面から戦えばどれほどの規模になって、どの程度の実力があればその横を通り過ぎる事ができるのか。S組の左右の部隊は川神百代を抑えられるだけの面子がそろえてある。大戦が始まった瞬間に武神目掛け橘天衣が走ってくれば丁度良い戦力比になる。そして残ったもう一部隊は、敵の戦力を引き込む。お前たちを引き込んだようにな。」

 あたりを見渡すF組軍。

 熊飼のお陰げかS組の策略か、随分と深くまで切り込んできている。今すぐに援軍を呼んでも届かない場所まで。

「だが、あんたの言うように俺たちがここに誘い込まれていたとしても、百代先輩についていた部隊も中央の部隊も合流すればとんでもない戦力だ。それを止める人員も割いていて、尚且つここにも人員を送るってだけの事なら、俺たちが先輩を倒せば状況は五分だろ。」

 忠勝は自分でこのように口走っておきながら、後悔していた。F組の軍師直江大和の事は良く知っている。例えば、こんな程度の状況ならば忠勝の考えよりも効率的な方法で優位にしてしまうほどに優秀だ。

 だれでも思いつくような相手の作戦。しかし、相手の軍師がこんな生易しい作戦程度で済むだろうか。直江大和ならその程度では終わらせない。

 それは恐らく、S組の軍師葵冬馬にも言える事だから。

「進路を塞いでくれたのは、そっちの川神百代だろ。こっちの作戦に協力してくれてどうもありがとうって訳にもいかないだろ。だからよぉ、お礼に俺たちは中央の進路を塞いであげたぜ。お前たち、F組軍へのお礼にな。」

 中央の進路だと。

 そんな馬鹿でかい広域を塞ぐ事なんてできる訳がない。

 はったりに決まってる。

 と、F組軍の中からそんな声が聞こえる。

「呆ける暇はないぜ。」

 竜兵の不意打ちとも取れる攻撃を受け流しつつ忠勝は攻撃の反動で後退しつつ、やる気満々の一子へ合図を送る。

「先輩よ。不意打ちのお礼に、中央で何が起こってるのかくらい教えろ。」

 便乗して説明を求める集団は竜兵の言葉を聞いて絶句する事となる。

 普段から川神の地で不可思議な現象を目の当たりにする全員が、だ。

「中央は今、燃えてるよ。」

 その言葉を聞いて、数人が走り出した。

 手入れもされていない道を走って、木々の間を抜けて、森の外で見た光景。

 平原で、木の一本もない平原で、炎が燃え盛っている。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。