特別になれない   作:解法辞典

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今回で前置きは終わりです。
次から原作に入れます。

ちなみに、主人公を除くオリキャラに関しては名前を与える気は無いです。

誤字等ありましたら感想にて伝えてください。


第十二話 幸福の一つの形

 時の流れというのは早いもので、もう一年以上の時間を過ごしていた事になる。昨年の夏休みが終われば後期の生徒会選挙があってどこぞ委員長のあだ名が会長に変化した。それからは俺にとって辛い冬が訪れ天ちゃんが編んでくれた指なしの手袋にカイロを入れて寒さを凌いだ。中学校の最高学年になってから一月も経たない間に修学旅行に旅立ち、そしてそれが終わるとクラスに関わらず受験の自覚が芽生え始めた。

 そんな受験生の長く苦しい夏休みも既に終盤に差し掛かっていた。

「ああ~、暑い!高くんエアコン、エアコン点けて。」

「そのページ終わらせたら今日の分は終わりなんだからサボり癖を治すためにも後二問だけ終わらせろよ。」

 かれこれ三十分はそのページと睨めっこしていた天ちゃんは集中が切れてきたのか、暑さで苛々しているのかテーブルの角をシャープペンシルで叩きながら俺に催促をしてきた。

「わっかんねーよ。食塩水の濃度なんか求めて人生の何の役に立つんだっての!こんな問題できなくても誰も困らないだろ。」

「受験には必要だろ。それに今正に天ちゃんが困ってる。」

「ううう。」

 うめき声を上げながら天ちゃんはテーブルに頭を伏せている。流石にお手上げなのだろうか。ノートにはぐちゃぐちゃになった何かの図が書かれている。個人的にはこういう数学の問題は、四苦八苦しながらも自身の閃きを以ってして解く事によって立式の方法を覚える事ができると考える。

 何らかの問題で行き詰る度に天ちゃんには何度も、図示しろと声をかけてきた。逆に言えば、この夏休みに入るまでには基礎的な事をみっちりと教え込んだ事が、無駄になっていなかったのは喜ばしい。アドバイスが図示しろ、といった問題は中学の範囲で言えば関数だったり、立体だったり、後はややこしい問題文の時くらいなものだろう。

「なんでウチが茶の間でこんな暑い思いをしてるのにまゆっちと会長は二階で涼んでるのさ、不公平にも程があるだろ。」

「夏休み前の実力テストで会長は県内でトップ10。天ちゃんは川神学園の特進科がB判定。特待入学するんだったら当然だろ。英語を詰め込んで、国語も、地理も歴史も理科も詰め込んだから残りは数学の発展問題を頑張れば次はS判定に届くだろ。」

「それで、覚えたと言い切っても、この勉強漬けの毎日は何時まで続くんだよ。まだ公民も終わってないし、英語も反復でほぼ毎日だし、まだ半年あるし、……暑いし。」

 そういいながら天ちゃんは突っ伏したまま自分のノートを俺に突き出してきた。答えを写さないように俺が採点するようにしているのだが、こうして丸付けをする事は勉強にもなっていて、復習としてこの役目を利用させて貰っている。ジュースの入ったコップを天ちゃんに差し出すと中身を全部飲み干して俺に無言で渡してきた。もう一度渡すと、半分くらい飲んでから天ちゃんは自分の傍にコップを置いた。

「復習のために間違えたところは明日だな。」

 声をかけてみるが、上の空といった感じで天ちゃんは反応を示さない。夏バテだろうか。

 もう晩夏だというのにそんな事もないだろうが、一応気にかけた方がいいだろう。学校からの課題は夏休みの初めに終わらせてあるし、この夏で潰しておきたい基礎問題も粗方終わらせたから休息として何日か休みを入れた方がいいのだろうか。しかし天ちゃんが自分から、家計を助ける目的として勉学にやる気を出しているのだから受験までは頑張らせるべきなのだろうか。

「……、高くん。」

 少し顔を上げた天ちゃんが話しかけてきた。

「高くん、祭りまで後何時間くらいだっけか。」

 言われて思い出した。今日は夏祭りだったのか。道理で日に日に会長の黛さんに関する愚痴が増える訳だ。未だに距離感がつかめないのであいつに丸投げしたら、きちんと対応してくれたまでは良いが黛さんがべったりになってしまったようだ。

 べったり、といった表現は間違いかもしれないが俺たちは四人で一つのお友達集団だ。そのお陰で班単位の活動のときにあぶれないで済んだ。だが、何年もこの土地で学校に通っていた俺や天ちゃんや会長とは違い、黛さんは来て間もなかった。そのため、色々な人たちと関わる機会が少なくなってしまったと言える。

 まあ、その程度の事で友人が出来ないわけもない。結局のところクラスの大半は、転校生は頼りになる委員長に任せておけば良いと思っていた薄情者だということだ。川神市で育った人間の全員が、帯刀している程度の事に恐怖する訳が無い。視界に入れても何の興味も、感想も持とうとしない。

 散々言っているが俺だって今となっては、小学校の頃の友人でしかも違う学校に言った奴ら全員の健康を気遣ってやるほどに気をかける人間ではない。

 友情すら芽生えてなければそんなものだ。切っ掛けもないのにいきなり旧友のように語らえとは言えない。しかも、その切っ掛けを潰しているのは俺たちかもしれないというのに、だ。

 それを知っていてどうにかしようとしない理由なんて分かりきっている。

 面倒なだけだ。今のままで十分。俺らにしても、四人で居るのが楽だし、他のクラスの人たちにしてもコミュニティーに余計な人を入れるのは快くないだろう。

 だから、で済ます程度なら良かった。

 半分は俺のせいなのだが、とりあえずの弁明をする。あいつが生徒会に入っていたとすれば仕事のある日はあいつ、つまりは会長の帰りは遅くなる。放課後、俺の家に居るのは三人だけだ。天ちゃんと黛さんが二人で遊んでいて俺が一人で居る分には良い。だが、俺のところに天ちゃんが来た途端どうだろうか。もしくは俺の部屋で二人がゲームしてる時、天ちゃんが俺に話しかけてきたら。その条件下だと高確率で俺と天ちゃんの真面目な話が始まる。黒田が来る前の昔の板垣の話だったりと重い話だ。

 当然黛さんは話に参加できないし、巻き込まれたときは逃げられない。

 その為の逃げる場所が会長だ。

 態々、生徒会に立候補して放課後も会長と一緒にいる事で重い話に巻き込まれないように退避。そして、その分あいつの負担が倍増した。まともに意思疎通ができないのに生徒会に入った黛さんの仕事のフォローまでしている始末だった。サポートをされる側の人間だというのに、こればかりは心底かわいそうである。しかしまあ本音を言えば俺と天ちゃんが二人きりになれる時間が増えているから俺からすれば万々歳なのだが、これは心のうちにしまっておく。

 だからこうして俺が勉強を付きっ切りで教えている時、彼らは彼らで遊んでいて、その事があいつには少し辛いらしい。俺は黛さんに詳しくないから知らないが、変なところで真面目な会長は行動力が増してきた黛さんの、有体に言って色仕掛けもどきに、困っているらしい。もどき、の所以と言うと、何でも松風が事あるごとに騒いで、結果として黛さんによる一人芝居が始まり暫く待つと思い出したかのように、また訳の分からない行動が始まるのだと言っていた。

 黛さんの奇怪な行動自体は、あいつも健全な学生であるから、体が触れ合ったりするのは役得であるらしいのだが、周りの目が痛く、会長としての威厳も何もあったものではないらしい。

 中学校の生徒会演説で当選するためには笑いを取りにいったりして生徒全員に覚えて貰わなくてはならず、あいつと、応援演説者を頼まれた俺は演説の内容を考えるのに苦労して、恥を捨てて捨て身の覚悟での当選だったのだ。その為、元々塵ほどにもない会長の威厳であるのに、ただ浮ついているだけの人間という評価をなされるのは、幾らあいつと言えども生徒の代表としていけないだろうと思い続けてきたのだった。

 あいつがその様に思い続けて半年以上が過ぎている。

 会長自身にかかる迷惑と、欲望(あいつの場合は黛さんと仲良くする事で将来刀鍛冶になれるかもしれない、と考えている。あくまで青少年としての欲望はおまけなのだ。とあいつの名誉にかけて言っておく)を天秤にかけた時、欲望が勝ってしまっている。

 閑話休題。

「祭りまであと二時間はあるけど、部屋でゲームでもしてるか。」

「いや、ちょっと寝るからいい時間になったら起こして。」

 テ-ブルに突っ伏したまま、天ちゃんは寝てしまった。

 せめて飲み物くらいは飲み干して欲しかったが、起きた時に飲むかもしれないので少し遠いところに避けて、そのままにしておく。

 

 

 もう少しで夏休みも終わりだと言うのに、毎年毎年蝉の忙しない鳴き声が聞こえる。

 夏休みに限らず、一日一日と少しずつ時間が過ぎていく。

「天ちゃん、元気ないですけど夏バテですか。」

「ん~、寝すぎただけ。」

 着物を着付けているのでいつもはこの後に続く松風の言葉は無い。今松風は床に置いてある。

 流石のウチもいい加減松風が九十九神ではない事くらい分かった。それでもあのレベルの腹話術を

使えるまゆっちは十分に凄いとは思う。

 元気が無い、というのはあながち間違いのではなかったりするのだが、まゆっちに言うほどのこともないだろう。言ってもどうにかなる事ではなく結局はウチがどうにかしないといけない事だ。

 あの時は眠かったには眠かったが、その行為に逃げただけだった。

 コップをつかめるようになったんだ、と唯それだけの事を高くんに喋る勇気が出てこない。コップをつかめる事になった事に限らず、箸をつかめるようになったり、ドアノブを回せるようになったりする度にその事について喜びはしたものの、直接本人に伝える事はしなかった。

 高くんにとって右手がどれほど大切な問題なのか、皆分かっていない。誰より近くで見ているウチ以外の全員が、だ。リュウも、辰姉も、そして紗由理さんも分からないだろう。高くんにとって命の尊厳にも等しいであろう右手の事。

 以前、馴れ馴れしい体育教師との事だった。

 どの生徒も下の名前で呼ぶ、どこにでも居るような体育教師だ。若い、とは言いがたいが年老いた老人というほどでもなく、明るい先生であるので生徒からの評判は悪いものではなかった。だが人生経験は少なかったのだろう。

「どうだ、黒田。右手は良くなったのか。少し先生の手を握って見せてくれ。」

 言うに事欠いて、その先生はそう言ったのだ。

 リハビリに通いだして半年にも満たない頃だった。

 勿論、その先生は善意で、心配しているからやった行動なのである。だから高くんも断る事だけは決してしなかった。

 その時の、いやその後背を向けた先生に見せた高くんの表情をウチは忘れる事ができない。

 どれだけの惨めな思いをしたのか、ウチには分かるわけもなかった。

 力ない右腕。それを差し出す事は、野生の獣が相手に腹を見せて服従を示す事と同義であった。

 まして人間が、しかも武芸者が、生き残りたいという本能よりも誇りを優先し、命よりも重い魂の尊厳を守る人種が、それを差し出したのだ。

 そして晒した、自分の無力を。力の入らない右腕では、見せろといわれた『握る』行為すらできないのだと、これほどまでに惨めな姿だ、と。

 怒りとも悲しみとも取れない高くんの顔が、頭から離れない。

 ウチが踏み入っていい問題なのかも分からない。

 唯一、ウチだけが高くんの右側にいる事が許されている事を、皆は知らない。それに関しても、教室の席の配置上仕方なかったりして妥協しているのかも、と考えた事もあるが違った。

 高くんは、歩くにしても右側通行を貫いている。道路交通法を慮っている訳ではない。高くんは自分の右側に誰かが居るのが怖いのだ。ウチには分からない。何故、車両側に立つのか。何で、もっと弱い存在である人間に右側を侵されるのが怖いのか。

 高くんのパーソナルスペースは右半分に広い。

 病気に関係して、だから足の部分は関係がないのだが。それでも、右腕に限らず、右肩、首筋、背筋、胸筋と神経性の病気のために影響のある部分は全て、触れようものなら、高くんの心に土足で踏むいっている事に等しい意味を持つ。

 触れられずとも、右側に居られる事を快く思ってはいない。

 しかし、それならば何でウチの事だけは許すのか。

 言ってくれれば、右側にも立たない。聞き訳がないわけではない、寧ろ誰よりも高くんに気をかけている自信さえある。

 高くんが、ウチに心を打ち明けてくれていないのではないか。

 その事実は、ウチが高くんにとってどの様に思われているのかを分からなくさせる。ウチを家族の様に思ってくれているのか、いつかの亜巳姉の冗談のように異性として好いてくれているのか、ウチに限らず誰にも心を開いていないのか。

 自惚れでは無い。

 高くんと一番心が通っているのは、黒田家の誰でもない、赤の他人である筈のウチである。

 近しい筈の黒田家に限らず、皆が、あれだけ抱え込ませておいて尚、今の高くんの気丈な振る舞いを見てそれをよしとする。

 分からないのだ。高くんが成長して、大人びて見えるがゆえに。

 あの日の嘆きも、あのときの苦痛の表情の一端にも触れていないために、分からないのだ。

 ウチでさえ怖くなる。皆に右腕の事をひた隠していた時の高くんは、何でもない振りをしていた高くんは、どれだけの苦痛を一人で背負っていたのか。

 気づけなかったウチらをどんな目で見ていたのか。

 怖い。

「何時まで着替えてんだお前ら、置いてくぞ。……っと高昭、幾ら俺でもどさくさに紛れて覗きにいく訳ないだろ。」

「小学校でプール終わりに女子更衣室に入ろうとした馬鹿ならやりかねないだろ。」

 着替え自体は終わっていたが、時計を良く見ていなかったらしい。

 まゆっちも松風との作戦会議をしていたらしく全く時間の経過を気にしてなかったみたいだった。何の作戦会議なのかは言わずもがな、会長がらみだろう。

 玄関に出ていた高くんたちと合流する。

「オラと違って最近の男子は本当に色気ねーよな。祭りの日なのに普段着だもんな。」

「年中一張羅しかない松風が言えた事かよ。それに色気も糞も、艶めかしい男とか気持ちわるくてしょうがないよな、まゆっち。」

「ええええ、えっと偶にはいいんじゃないんでしょうか。」

 艶めかしい男ってなんだよ、と言いたいところではあるが松風の問いかけをまゆっちに打ち返す事に関しては流石としか言いようが無い。

 自分で松風に喋らせたのに、色気のある男子の例を挙げられなかった時点でまゆっちの負けだ。仮に話し始めたとしたら、それはそれでドン引きなので、まゆっちに勝ち目は無かった。

「着れる服も限られるからな。」

「それは高昭だけだろ、体がでかすぎるんだよお前は。来年には二メートル越すんじゃないか。」

「えっと、高くんが二メートルだとウチよりどんだけ高いんだ。」

「板垣、勉強のしすぎで引き算もできなくなったのか。かわいそうに。」

 目頭を押さえながら会長は泣いている振りをしていた。会長はいちいちむかつく事ばかり言う。でもまあ、反論しても面倒くさい事になるし無視するのが一番だろう。触らぬ神にたたりなし、だ。ここで反応して、面白いリアクションをするから余計に弄られる事になる。丁度まゆっちみたいに。

「しかし良かった。板垣の兄貴がいると背筋が寒くてしょうがないからな。勘弁して欲しいぜ、同性愛者を否定する気は無いけどよ。俺に関わりの無いとこで勝手にやっててくれ。」

「今日は安心していいぞ。リュウは今年も型抜きやってるからな。」

 そんな事を毎年一人でやってるのは流石にどうかと思うが、リュウ本人が好きなんだから気にしないでおく。

 友人でもなんでも募って、自分で屋台を出したほうが絶対に儲けられる。

 しかしリュウの目的は金稼ぎではなく型抜きをする事なのだ。別にリュウに友人がいないとかそういう理由ではない。

 しかし、一人で型抜きしてるような奴に友達ができるはずもないだろう。学校でどのような振舞いをしてるかなんて知らないし、学校生活のことなんて聞いたこともないが、こんな日にまで一人だという事はそういう事なのだろう。

 と雑談してる間にもう屋台が見えるところまで来ていた。

「ああー、みんな遅いなー。もうはじまってたのにー。」

 辰姉が入り口辺りで、声をかけてきた。

 手には焼き蕎麦があり、ウチの知らない女の人と一緒にいる。高校の友達だろうか。

「なんだこいつら、辰子の知り合いか。って一人阿呆みたいにでかいのがいるぞ。」

「妹と、その友達だよ。百代ちゃん。」

「妹の友達って、私より年下なのかこのでかぶつは。」

 その人は高くんを胡散臭いものを見るような目で見ている。

 この人の気の量も大分胡散臭いと思うのだが。

「うん。辰子の知り合いっていうなら、これくらいあって当然か。一人は違うけど三人ともかなりの実力があるな。今日が祭りじゃなければ戦いたいんだけどな。じじいからも騒ぎだけは起こすなって止められてるし、今日は諦めるか。」

 辰姉の友達が溜息を吐いているところ、人見知りである筈のまゆっちがウチたちの中で初めて口を開いた。

「あのう、つかぬ事をお伺いさせていただきますが、その膨大な気の量。もしかしてあの武神さんでしょうか。」

 にたりと口を歪ませたその人は少しだけ、体から気を漏らす。

 ある程度の実力者にしか分からない威嚇の方法に、まゆっちは目を細め、高くんはウチが反応するよりも早くウチとその人の間に割って入っていた。

「うんうん、気に入ったぞお前たち。いかにも私が武神、川神百代だ。そっちの子は、帯刀の許可が下りているって事はかの黛の家系だな。そっちのでかぶつは、どこの家だ。」

「黒田。」

 ぶっきらぼうに告げた高くんは、名乗りだとかそういう事どうでもいいと言っている風だった。

「年上のお姉さんにそんな態度取るのか。最近の子は冷たいなー。今なら組み手で川神の技を見せてあげたって良いんだぞ。」

「前に見た。」

 高くんが言った言葉に反応して、百代さんの目つきが変わった。

「なあ、お前。釈迦堂刑部って、聞き覚えないか。」

「前に一度、川原で。」

 そうか、と一言漏らした百代さんは、目をぎらつかせたかと思うと急に悲しい顔をした。横目で高くんのポケットに納まっている右手に視線を送ってから辰姉と一緒に人ごみの中に戻っていった。

 

 

「高くん、少しあそこに腰掛けよう。」

 ウチは少し屋台から遠くにあった石段を指差して高くんの方を見る。微かに頷いて、高くんも石段の方へ歩を進めた。

「それにしても凄い人の量だったな。浴衣しか着てないのに暑くてしかたない。」

「そうだな。」

 応答した高くんは飲み干したラムネのビンを手で弄んでいた。感覚を確かめるように、ポケットから出していた右手で。

「なあ高くん。」

「んっ、なんだ。」

「その、右手、大分よくなってきたんだな。物とか、持てるようになったみたいだし、さ。」

 ウチの言葉が意外だったのか、高くんは少し呆けたような顔をした。

「なんだ、暑さで頭でもやられたか。」

「紛れもない本心で、高くんの事を心配してんだよ。」

 茶化そうとした高くんの思惑には乗らず、極めて真剣に視線をそらさずに見つめる。

「そっか。口に出さなくても、気にかけてくれてたんだな。」

「あれだけ、普段から右側に殺気を出してたらいやでも気になるっての。ウチだけには右側のポジションに居てもお咎めは無かったけどな。」

 ウチが意地悪な事を言うと高くんは、恥ずかしくなったのか頭をかいて言葉を詰まらせた。

 その様子が、背の高くなった高くんに似合わず、思わず笑ってしまう。

「何だってそんなに慌てるんだ。家族だろ、ウチらは。ウチからすれば、亜巳姉たちより高くんの方が余程仲がいいし、別段気を許してたっておかしい事じゃない。」

「そうだな、もう人生で一番長い時間一緒にいるからな。」

 花火の打ち上げを告げるメガホンや、客の呼び込みの雑音が、遠くの方で聞こえる。

 木の生い茂っているこんなところでは花火なんて綺麗に見えず、祭りに来ている客は入り口のほうへと流れていっている。先程まで近くに居た子供連れの親子も子供に引っ張られて、花火を見るためにどこかに行ってしまった。

「なあ、高くん。」

「なんだよ、天ちゃん。」

「右手、触られるのってやっぱ嫌なのか。」

「そりゃあな。俺にとってどんなに大切なものか、他の奴らにはわからないからな。」

 高くんは弄っていた空のラムネの瓶を左側に置いた。そして、右に座っているウチに、右手を差し出してきた。

「でもこれまでずっと、気を使ってくれていた天ちゃんはどれだけ大切なものか分かってるだろ。今までと同じように、優しい天ちゃんには、俺の右を許してるよ。」

 ウチは差し出された右手を、両手で、壊れないように優しく包んだ。

 世間一般で言えば、手を繋ぐという行為なのだろう。

「ウチ、やっぱり暑さで頭やられてるかもな。」

「ばーか、俺たちは家族だろ。」


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