特別になれない   作:解法辞典

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タイトルで殆ど分かった人もいるかと思いますが、本作品の天使はゴルフクラブを使いません。
ゴルフクラブでの戦闘とか書ける気がしないのでしかたないと言えばしかたないのです。
今回は意識して会話を増やしてみたのですが、文章を書くのは難しいと改めて認識しました。
出来れば会話量バランス等踏まえて感想いただけると嬉しいです。

誤字などございましたら感想で伝えてください。


第十一話 武家に無きもの

 新しい学年に上がってから最初の一月が過ぎた。目論見通りに事は進んだけど、中学校における委員長副委員長なんて号令くらいしか仕事が無いので、黛さんの名前と顔はクラスの皆に覚えられても友人と言える仲の人間はできていない。

 俺の予想は外れていたみたいで、黛さんへの苦手意識が芽生えてしまっている風に見える委員長からは、クラスの役員決めが終わった後で胸倉を掴まれる程度に感謝された。なんでも、委員長が興味が湧いたのは刀にであって、黛さんにでも、剣術にでもないそうだ。俺には違いが分からない。黛さんとしては天ちゃん以外に話し相手が見つかって嬉しいようで、委員長も好意を抱いている人間を邪険にするほどの悪党ではないので仲良くしている風に見える。あくまで見えるだけであって掃除の時間やトイレなどで愚痴を聞かされる。

 天ちゃんはどうにかして黛さんの友人を増やしてあげたいと言っているが、俺自身も人気者というわけでなく友人が特別多いわけではないので身のある話し合いができない。肝心の黛さんは、この春の連休を利用して一度実家に赴いている。気の許せる同姓の遊び相手が居なくてこの連休中、天ちゃんは暇そうにしていた。この連休はどこも混んでいるので正直動きたくない。俺に限らず天ちゃんも面倒くさいらしく同じ考えだった。

 実を言えばそう言っている天ちゃんに同調して詰まらなさそうに見せているだけで、俺自身はこの連休を毎回のごとく不安と期待を胸に募らせている。今回に限らず、毎年の事だ。楽しみだというところでは天ちゃんも同じで、このゴールデンウィークにある自身の誕生日を心待ちにしている事だろう。

 今日は天ちゃんの誕生日なのである。

 寝過ごすわけにいかないので、普段よりも三十分ほど早くにかけた目覚まし時計のお陰で起きて直ぐだと言うのに俺の頭は非常に冴えている。押入れの中に入れて隠しておいた天ちゃんへの誕生日プレゼントを出しておく。もしかしたら不備があったかも、そう思って今日まで何度も中身に不備が無いかどうかを確認してきたため、これ以上はする必要はないだろうと思うもののついつい気になって覗いてしまう。

「よし、問題は無いな。」

 再三確認しているが何の問題も無いみたいだ。それにしても包みのあるものじゃなくて良かった。店の人のような綺麗な包装は俺には出来ないから、今回のように何度も確認ができずに余計に不安を募らせただろう。

 まだ天ちゃんたちが来るには早い時間だ。今日は天ちゃんの誕生日だから皆、バイトも無く集まれると言っていた。姉さんも久しぶりに家に顔を出すようだ。亜巳さんと姉さんは大学が終わってから晩御飯に合わせてくるらしい。辰子さんと竜兵さんは天ちゃんと一緒に、もう少ししたら来る。

 バイトが休みのときは、竜兵さんと辰子さんは家の道場を使って体を動かす。天ちゃんもそれに混じっているのだが、竜兵さんと辰子さんはそれなりにがっつりと組み手などをするのだ。天ちゃんが弱いわけじゃないが、その二人と同じ事をするとなると如何せん身体的なリーチが足りなくなってくるのだった。だから前までは俺がついていって天ちゃんの修行を見ていた訳なのだが、この頃は黛さんが行くようになっていたので、俺としては久しぶりだ。

 行かなくなった最大の理由の俺の体のこともあって気を使ってくれているのも分かるが武道面での面倒を見ていたのは俺だったから、教えたりできなくなって少し寂しい思いもしていた。

 まだ随分と時間に余裕がある。とりあえず朝食と歯磨き、ついでに髭も剃っておこう。

 

 

 玄関で今か今かと待ち続けるのは、流石に阿呆らしかったので結局茶の間で時間を潰していた。こういう時、特に十分程度の空き時間だと特にする事がないので無為に時間を浪費してしまう。

 この家にもインターホンはあるが、そんな事をしなくともこの家の敷地に誰かが入れば、気を感じる事で分かるので、意味をなしていなかった。板垣家の面々も最近はめっきり押さなくなった。返事が無くても入ってくる。別段、黒田家も怒ることも無い。それだけ板垣家の出入りが多いのだ。皆の年齢が高くなっているとは言っても、天ちゃんは殆ど毎日来ているし、なんだかんだ竜兵さんも辰子さんも少なくとも一週間に一度は来て体を動かしている。

「お邪魔しまーす。」

 天ちゃんが元気な声で自分がきたことを告げている。何時も元気な天ちゃんだが、今日は三割り増しぐらいで元気だ。

「誕生日おめでとう、天ちゃん。」

 誕生日プレゼントを渡しながら挨拶をする。

「ウチの持ちキャラのぬいぐるみだ。高くんありがとう。」

 凄く喜んでくれている。辰子さんに裁縫を習って一から作った甲斐があったようだ。

「あー。高くんまた背ぇ伸びたねー。リュウと同じくらいだ。」

 そう言って辰子さんが自分の頭頂部から手を水平に動かすといった古典的な身長の比べ方をして、ぺしぺしと俺の顎のあたりを叩いている。

「少し前までは餓鬼だったのにな。天と同い年なのが信じらんねえな。」

「リュウ、同い年じゃなくて今日からウチの方が年上なんだよ。謂わばお姉さんだ!」

 余計信じられない、と言った竜兵さんに天ちゃんがつっかかっている。黒田の血筋は体が大きい人が多い。姉さんも背が高いし、父さんも2メートルは越えている。その事もあってか無駄に視線を集めるからと言って父さんは滅多に外に出ない。

「二人とも遊んでないで、お昼も近いからさっさと鍛錬して午後からだらけようよー。」

 口喧嘩している二人を引きずりながら辰子さんは道場の方へと歩いていく。

 一年前もこんな事があったなと思いながら俺も道場へ向かう。

 

 

 軽く体を動かすといった感じで、竜兵さんも辰子さんも本気で殴り合ってはいない。体の動かし方を確認する、黒田の考え方に従った鍛錬になっている。黒田の奥義に限らず、伝えられている事。そして教えられる事は武術の基本的な動きだけだ。この二人のような体格に恵まれて重い一撃が繰り出せるならば、攻撃の捌き方を教えて組み手の中で自分にあったような戦い方を模索してもらう。

 師に相談してもらえるならば、最適化した動きを共に徹底して考える。それが黒田の教え方であり板垣家への教え方だ。竜兵さんも辰子さんも一撃に重きを置いた戦い方が馴染んでいるのでお互いの組み手を多くして、考えの機会を増やすようにしている。亜巳さんは棒術が馴染んでいたようで武具に長けた姉さんと鍛錬をしていた。

 天ちゃんは思いがけないくらいに器用なのだが、力が強いといったわけではない。かといって武器を持たせてみたが手に馴染むものが無いと言っている。教えられる事を繰り返し丁寧に教えて天ちゃんのできる行動に幅はできたのだが普通の動きだと竜兵さんと余り大差が無くなってしまう。そうすると背の高い竜兵さんが勝つに決まっている。実力に差が余り無くても組み手だと無茶もさせられないので顕著に体格差がでてしまう。

 であるからして、俺の代わりを務めた黛さんが何を教えていたのかが気になるのだ。

「何を教えてもらってたんだ。外から来た武芸者だから面白い話でもあったか。」

「よくぞ聞いてくれた、高くん!ウチの修行の成果が実るときだ!」

 天ちゃんがいきなり語りだしたけど面白そうだから静かに聴いていることにした。

「苦節数ヶ月、教えている途中で松風と他の話を話し始めるまゆっち。そして初めは一切理解すらできなかった説明を乗り越えて、ウチが手にした力。」

 無駄に力説をしているがそれだけ大変だったのだろうか。とりあえず黛さんも天ちゃんに技術を教えようと頑張ってはいたのだろう。

「さあ見てごらん、ウチの炎。」

 紫炎が天ちゃんの両手に纏わされる。気の扱い方の上手さが格段に上がっている。黛さんが教えてくれたのだろう。

「すごいな天ちゃん。俺じゃそんなに綺麗に炎にできないぞ。出来ても温度変化くらいだ。」

「ふふーん、すごいだろ。なんとこの炎!自由に出し入れ可能だから火災も発生しないし、元々が気で作っている炎接触判定もあるし、燃え広がったりもしない優れものだぜ。普通の火みたいに酸素が薄い下のほうは熱くないなんてこともない。しかも脳波コントロールできる!ふふふ、凄かろう。」

 確かに凄い。今まで散々格闘術を仕込んできたから加えて遠距離、中距離での牽制手段が出来るとなれば一気に戦闘に幅ができる。まあ、気を用いた戦闘の中でも放出しながらの戦闘はは完全に俺の専門外なのだが。

「じゃあ竜兵さんと五分ぐらいにはなれたんだな。」

「あー、それはちょっとな。前に少し試しにやってみたんだけどね。」

「その猪口才な攻撃を全部無視して突っ込んで、殴り合いに持ち込んで俺の勝ちだったぜ。」

 組み手を終えたらしい竜兵さんがこっちの話に首を突っ込んできた。

「リュウ、なんで言っちゃうんだよ。」

「高昭、姉貴が先に鍛錬切り上げて風呂借りてるけど問題ねーよな。」

「大丈夫ですよ、俺はもう少し天ちゃんの修行を見てあげないといけないみたいだし。」

 天ちゃんは余計な事を言ってしまった竜兵さんの足を蹴っている。仲が良いのは悪い事ではないが少し天ちゃんが可愛そうなので助け舟をだそうか。誕生日だし出血大サービスだ。

「駄目だろ天ちゃん。相手の機動力を削がないとなんだから、もっと腰を入れて蹴らないと。模範演技をするので竜兵さん上手く捌いて下さい。」

 言って、俺が構えを取ると竜兵さんは目に見えて焦ったような素振りを見せる。

「おいおい、待てよ。姉貴の相手してて俺の足は既にがたがたなんだぞ。お前の蹴りなんか食らったら明日一日歩けねえよ。腕治ってねぇんだから無理すんな。おい待て馬鹿。」

「冗談ですよ、本当にやるわけ無いじゃないですか。」

「笑えない冗談だなおい。じゃあ俺も切り上げるからな。天は俺に勝てる程度には頑張ってくれよ。まあ無理だと思うけどな。」

 竜兵さんはそう言いながらもちゃんと一礼をして道場から出て行った。

 隣を見れば天ちゃんが項垂れている。せっかく頑張ったのに、その結果たる技をあんな風に頭ごなしに否定されてしまったらしょぼくれてしまうのも仕方が無いのだろう。折角の誕生日なのに気落ちさせたままにはしておけない。

「天ちゃん、竜兵さんとの組み手の時絶対に牽制に炎を使っただろ。」

「当たり前だろ、飛び道具として優秀だからな。燃えろぉー!ってな具合にな。」

 天ちゃんが当時の再現であるだろう身振りをして、その手から放たれた炎は地面を這いまわって進んでいきやがて消えた。

「そんなに大きな動作だったら相手が飛び込んできても迎撃が間に合わないだろ。牽制なんだったらもっとコンパクトに打たないと。」

「それでも必殺技だったら派手にしたいじゃんか。ウチはシャープな格好良さより派手な演出が出て見た目が映える奴がいいんだよ。」

「じゃあ牽制は普通今まで通りでいいんじゃないか。その代わりに炎を使って高威力を出せれば近寄り辛くもなるし、高威力が嫌なら広範囲にすればいい。炎だから場持ちもいいし自分が動くところだけを操作すればデメリットもないだろ。」

 頭の中だけで考えた机上の空論でしかない事をつらつらと述べてみる。きちんと考えれば可笑しい部分も多々見つかるだろうが、それは実際に技を編み出してから修正していけば良い。結局は錬度が大切なのだから使えない技でもてこ入れしていく内に十分実践で通用する技になる。

「そうなー。色々試したい事もあるし地道に考えるか。ウチは開発とかは苦手なんだけどな。コンボとかも大体誰かの流用だし。でも高くんが手伝ってくれるなら大丈夫かな。」

「自作の補正切りをがんがん使ってくる天ちゃんが言える事じゃないだろ。まあ一人で暇つぶしするのも限界だから今度からみんなの鍛錬を見に来るかな。ちゃんと指導しないと天ちゃん火事を起こしそうだし、黛さん頼りなさそうだし。」

「ウチらの修行もマイペースだからな。まゆっちも本当なら終わりまで真剣にやってけじめをつけるんだろうけど、如何せんウチは黙ってると逆に集中が持たないんだよな。まゆっちが話に付き合ってくれるのは嬉しいけど結局は時間が延びちゃってるだけだしな。でもその話をしていた時間があったからこそ、この炎も出せるようになったし一長一短なのかな。」

 喋っていても黙っていてもパフォーマンスの変わらない天ちゃんもある意味では一種の珍しい才能を持っていると言えた。今となっては炎を出せるようになったりしていてそっちの方がこれからは特色と呼ぶべきなのだろうか。しかし黛さんの鍛錬の妨げになっている可能性も今の天ちゃんの話から示唆された訳だし、結局は俺も道場に脚を運んだほうがいいのだろう。

 それにしても感覚的には然程武術、並びに指導から離れていた様には思えかった。目に見える程の変化があった天ちゃんにしても、ちらと見ていた竜兵さんと辰子さんの組み手にしても、皆少なからず成長している事が良く分かった。よく考えれば俺の右手が可笑しくなってから半年近く、リハビリに通うようになってからの事を考えても随分長い時間が経っていたのだと改めて思う。

 周りも変化している、そんな事より身近な変化があるのにもかかわらず俺は長い時間が経っていた気がしなかった。身近な変化、天ちゃんの事と比較すれば小さい事かもしれないが、リハビリのお陰で一応病気の進行は止まって未だに実感できるほどの効果は出ていないが少しずつ回復している。

 当時の事を思い出せば、トイレで無理して右手を腰の方へ動かしたらその格好のままで右手と、筋肉の繋がっている右半分の背筋を攣ったのは苦い思い出だ。今となっては落ち着いたもので筋が攣る事もめっきりと無くなった。

 動かし方は未だに明確には掴めずに居るが、リハビリの後で右腕が以上にだるくなる事に右腕の人としての機能が、つまりは感覚がまだ通っているのだと密かに感動したのも記憶に新しい。相変わらず意思とは関係ない形で薬指や親指が痙攣しているが、痙攣とは違う自分の意思で人差し指がピクピクと動くようになった時、今まで味わった事のない妙な感覚だった。

 痩せこけていた右手にも少しではあるが肉付きが良くなった風に見えてしまう。

 少しずつ修行を続けていた天ちゃんがコツなのか、或いは黛さんが来たというきっかけなのか。どちらにせよ大きな転機、それも良い方向へ転がっているのは間違いが無かった。

 俺も何らかの感覚を掴めば、また昔のように自らの十全な武を揮う事ができるのだろうか。

 そんな心配をするまでも無く、リハビリを続けていけば何時の日か昔と同じようになれると信じてきたわけだった。だが、暫くぶりにこうして昔のように修行を積んでいるみんなの姿をこの道場で見ていたら、俺は武が好きだったのだなと思い知らされた。

「あ、でも無理はしなくていいからな。道場に来ないならそれでも良いし、ウチの我侭で高くんの右手が悪化したら後味悪いから。でもこれから、もう少し高くんと話をする時間を作れるだけでウチは十分だから、無理だけは絶対にしないで。」

「気にしすぎだ。俺が大丈夫だと言ってるならそれは俺の自己責任だ。特別動くわけでもないし、片手が無かろうが天ちゃんたちの攻撃なら捌ける。」

「折角人が心配してるのにその言い方は酷いだろ。一回ぐらいなら辰姉が当ててるの見たぞ。」

「誰が武術を教えたと思ってるんだ。辰子さんの攻撃は掠っても致命傷になりかねないけれども、避ける事だけに気をかければ当たる事なんてない。それに当ててるだけなら竜兵さんのほうが多い。」

 竜兵さんと天ちゃんの掛け合いと同じように、こうして軽口を叩きあえる。後で思い返せば、少し前まで天ちゃんが態々喋る機会を増やそうと言っていたように、こんな風に喋る事が少なくなっていた。今は、右腕を話題に出されても落ち着けている。結局、俺に心の余裕が無かったのだ。話し相手が天ちゃんという要因も大きいが、ある程度、回復している実感が湧いてきたので右腕を話の種にされても余裕が出てきたのかもしれない。

 普段は格闘ゲームの話を、鍛錬が終われば武術の話をしていたあの頃と同じように過ごせる日に戻りつつあった。

「今日の鍛錬は終わりだな。そろそろお昼も近いから先に汗を流してこい。辰子さんも上がってるだろうからな。」

「辰姉寝てるかもな。この頃はバイトで帰りも遅いから疲れてるみたいだし、リュウ曰く学校でも寝てるらしいけど風呂場で寝てる事もしょっちゅうなんだよ。」

「じゃあ尚更俺が風呂場にいけないな。天ちゃんが起こさないとだから。鉢合わせたりでもしたら大変だからな。」

「家でも一度リュウが殴られてたな。風呂場だと逃げ場が無いんだ、って言ってた。」

 

 

「ああ糞ったれ。姉貴のせいで風呂に入れねえじゃねえかよ。」

 案の定と言った具合に、待てども辰子が風呂場から出てくる気配が無かったので竜兵は家に戻り汗を流す事にしていた。

「姉貴のせいでこんな事してるのに『洗濯物増やさないで』なんていうんだからたまったもんじゃねえよな。俺に道着を着たまま町を闊歩しろって言ってんのか。」

 汗をかいたままの状態で着てきた服に着替えている竜兵の手には、帯で無造作に繋ぎとめられた道着があった。いくら陸上の選手でも、ユニフォームでロードワークをしないのと同じく、竜兵も道着の状態で街中を歩くというのは憚れたのだ。別段、竜兵はそんな姿を見られて恥ずかしいと思うような性格はしていないが、面倒事は避けたいのだ。この川神という地は、武神への果し合いや道場破りにくる地方の武術家も少なくはなく。道着を着ている人間なんて居たらば、肩慣らしだといわれて戦いを申し込まれても文句を言えない。唯でさえ、こうやって道着を持っているだけでも声をかけられた経験が竜兵にはあって、それも一度や二度では済んでいない。

 辰子が風呂場で寝ているだけで、こんな仕打ちにあい。その上小言まで言われるのだ。竜兵はその事に、割に合わないとは思うものの、普段家の火事全般をこなしている辰子には頭が上がらないのであった。

 体は疲れているが、相容れない連中に会った時は精神的にも疲れてしまうので早足で帰りの足を速めるのであった。竜兵は、武術家の全員が高昭や紗由理のように不必要なまでに他人に気をかける人物だったらどれほど良かったか、と思う事が多々ある。

 しかし、その度に自己中心的なのは武術家に限った事でもなく、寧ろ自分がそれほどまで出来た人間でもない。そう考えて自分の行動を省みようと思うわけだが、気の短い性分はなかなかに厄介なもので、風呂に入れない程度の事に悪態を吐く始末だ。

「おいそこのお前道着を持っているという事は武道家だろ。」

 竜兵はその呼び止める声に反応する。

「護身術を身につけるための習い事だ。武術家なんて大それたものじゃない。」

「おいおい、幾らなんでもその図体で『習い事です』っていう言い訳は無理があるだろ。ん?お前確か板垣の弟か。」

 そうのたまってきたのは黒い髪の、竜兵とそこまで年の変わらない女性だった。

「誰だてめえ。姉貴の知り合いか。」

「一応同じ学校に通ってるんだけどな。この完璧美少女に見覚えが無いと言うのか!」

 言われて竜兵は学校での記憶を思い出そうとしてみるが結果は得られず、首を横に振る事で知らない事を伝えた。

「本当に知らないのか。武神も地に落ちたものだな。がっくり。」

「ああ武神なら知ってるが、お前が武神だったのか知らなかった。すまんな、帰らしてもらう。」

 そう言って竜兵は武神に背を向けて帰ろうとする。

「おい待て、私は川神百代だ、武神だぞ。お前も武術家なら挑戦状とか戦いたいとかないのか。」

「俺の知り合いは武術家だが生憎と俺は違う。帰らせろ。」

「じゃあ、あれだ。私は美少女だぞ。ムラムラきたとかないのか。」

「俺は女に興味はねえ。さっさと帰れ。」

 竜兵の発言に驚き一歩退いた武神を見て竜兵は歩を進める。

「話はそれだけか、俺は帰るからな。」

 律儀に竜兵が声をかけると武神が生返事をする。

 今度こそ帰ろうとすると後ろからまたも声をかけられた。

「待て、最後に一つだけ聞かせろ。」

「なんだよ。さっさとしろ。」

 少し前の考えとは裏腹に苛々してきた竜兵は口調を強めて催促した。

「釈迦堂刑部、この名前に聞き覚えはないか。」

「誰だそれ。知らない奴だな。」

 竜兵が聞き返すと武神は軽く説明をした。

「川神院、家の師範代なんだが私くらいの年代の男子に負けたと言っていてな。聞いたは良いのだけど情報を教えてくれなくて困ってるんだ。私のじじいも教えてくれえないし、でも釈迦道さんが武に前向きな姿勢を見せるようになった切っ掛けになって奴らしいからコテンパンにやられたんだろう。そんな奴がいるなら、と思って探してるんだが見つからないんだ。」

「しらねえな。じゃあ俺は帰る。」

 強い男子、竜兵がそう聞いて思いつくのは高昭しか居なかったが、高昭の病状ならば今武神に可能性を伝えても意味が無い。そう考えて何も喋らなかった。

 高昭の右腕の病気を思うと、何の力にもなれない自分の無力さに悲しくなってくる。

 そして竜兵は武神を目の当たりにして、その体から溢れる気の総量、絶対的自信、言葉とは裏腹に自分の事など歯牙にもかけぬような言動に、多少の怒りを覚えたのだった。




持ちキャラ……格闘ゲームをする中で重点的に使う、若しくは一筋に使うキャラクターの事。二番目に使うキャラをサブキャラと呼んだり、持ちキャラを変えることをキャラ替えと言う事がある。
飛び道具……攻撃判定を遠くに飛ばす武器やそれを行う技自体もさす事がある。特殊な判定(飛び道具判定)となっているゲームもある。必殺技としてポピュラーなカテゴリの一つだが、飛び道具判定の通常技もあったりする。

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