特別になれない   作:解法辞典

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気づけばもう十話になりました。
早く高校編を書ければいいと思うものの、この頃少しずつ分量も増えているので登場人物が増えたらもっと分量が増えるのだろうと戦々恐々してます。
昔から比べれば喜ばしい成長なんですけれども、何分書き方がくどいのでたまにはすっきりした文章を書きたいものです。

誤字等ございましたら報告ください。


第十話 秘なる奥義

 静寂に包まれた道場に礼をして一人一人が踏み入ってくる。神聖な道場であるから家に来ていた委員長には無理を言って家の道着を貸して着てもらっている。

「高昭、せめて俺が遊びに来ていない時でも良かったんじゃないのか。」

「固いこと言うなよ。日本に名を連ねる武道家の技を間近で見られるんだから損は無い。それに、黛の奥義を見れるなんて名を連ねた武道家でも珍しいんだ。一般人ならまず頼んでも無理だ。運がいいんだぞお前は。」

 折角の入学式で午後放下なのにこんな場所に連れてこられて、委員長としてはさぞ不服だろうが仕方ない。それにしても今朝におふざけとはいえあれだけの事をされてもまだ黛さんの道着姿を盗み見ているのだから、委員長も俺の家に来たこと自体は満更でもないのだと曲解しておこう。雰囲気に呑まれていただけなのでまだ軽症だが、この後の黛さんの抜刀術を見た後で平常心を保っていられるだろうか。未だ黛の剣を実際に見た事のない俺にも言えることだが、抜かれるかも知れないといった形を作られるだけであれだけ肝が冷える。それを抜いた後の情景まで見えるようになってしまったら面と向かう事も出来なくなりかねない。

「武道を知らない委員長のために、軽く武道について説明をする。これからの事は委員長の常識では有り得ない様な事だから頭で知っておいた方が良い程度のものだ。俺にも利点があるから遠慮はしなくて良い。まあ、自分の知識や技術を他人に伝えるというのは委員長は特に勉強と同じと思ってくれれば分かりやすいだろう。インプットしたものを他人にアウトプットするのはお互いにとって良い経験になる。」

「武道ってのは体に覚えこませるものじゃないか。優れた人たちはその上で考える事があるだろうが見ている分には問題ない。」

 甘く見ている訳ではなく、見れば分かるのだから早くしろと言う委員長。付き合いは浅くなく、非常に優れた人物であるところは認めるが、何かと喧嘩腰な口調で話すのが特徴だ。能力があるので自信家でもあり、人の意思を纏める事に関しては右に出るものはいないとまで、昨年の校内合唱祭の時に豪語していた。

「安心していいよ。頭の良いお前なら説明だけで理解してくれると思うからするだけだ。逆に頭の良いお前が悩まないで済むためのものだからな。武道の常とは日常と比べて次元が違う。」

「次元ねぇ。お前らは時間でも巻き戻すのかよ。」

 委員長が冗談で言ったセリフに対して俺は、右足で蹴りを放ち、脚が伸びきる前に即座に引き戻して見せた。正面に居る委員長からすれば、時が戻った様に錯覚しただろう。

「誤解はないだろうがこういうトリックの事じゃない。確認までに言うが三次元から四次元になるわけでもない。例を挙げて説明する。日本に居る武神が海外のジョークで日本の核なんて言われる所以は、既存の兵器に負けないほど強いからだ。武神に限らずその強さの要因として気の運用が挙げられる。一般人も一切使っていない訳ではないが、比べて大きく恩恵を享受するのが武道家だ。」

 こんな感じになと言って、気で作り上げた足場の上にのる。一般人の常識では知りえない状態を見て呆けている様だが説明を続ける。

「気の細かい運用法は後日に聞いて貰えば話すが、こんな具合に形として使う事もできる事を頭においておけば良い。不定形な運用法も出来る。技にのせる、纏わりつかせるイメージで使えば金属をも穿つほどに強力だ。でなければこの時代に栄えない。」

「それなら武器なんて要らないと言えないか。その、気を使えれば結局は何でもできるんだろ。生身で十分じゃないか。費用もかからない。」

 恐らく、その疑問には黛さんの刀の事も含めている。態とそういう風に聞いているのだ。委員長の悪い癖で、相手の意図を先回りして読んで相手の喜びそうな質問をぶつける。何時も数学や英語の時間に先生の解説したい部分を先回りして質問をするので、授業を潰す気かと怒られている。

「気を纏わせるのは体だけではなく、道具にもできる。強力な銃弾にも、試した人は居ないがミサイルにもできる筈だ。でも気というのは精神状態に大きく左右されるために古くからの型がある武術的なものの方が付加させやすいんだ。勿論価値観の問題だから英国ではレイピアだったり、昔はアメリカのガンマンも弾に気を込めれたらしいから難しいんだがな。難しいものを使わずに誰でも運用できる兵器も栄えた。」

 そうして武器倉庫から一つ持ち出してきた。

「これは辰子さんがたまに使う狼牙棒なんだけど、勿論鉄製だ。そしてこれを辰子さんが使えば戦車の装甲すら貫く。ところで委員長はナイフを投げて戦車の中の人を刺し殺す自身はある?聞かなくても分かる事だ。ナイフじゃ貫けないと思っているだろ。じゃあなぜ辰子さんはこの狼牙棒でできるのか。もしくは俺が素手でできるのか。それは後で黛さんの抜刀術で分かるから見れば良い。」

 黙っていると言う事は理解してくれたのだろう。そしてこれから俺が言う事の予測も大体できている様だった。

「そして、そんな攻撃を武術家が受けてもある程度平気なのも、気があるからだ。また鉄を基準にするけど、鉄より硬いもので殴られたら、もっと硬いもので防げばいい。簡単に言ってそういう事なんだ。体に限らず、武器にも道具全般にも言える事だ。特にこの道場自体も気を巡らせるように出来ている。吸収することで威力を抑えて床などの負担を減らしている。吸収したものを使って頑丈にもなる。使う俺たち武道家だけでなく、武器や建物を作る人が気の技術を使うことがある。これ以外にも色んな特性があったりして、例えば業物や妖刀なんかは作った人の気による場合が多い。」

 分かりやすいように先程乗っていた気の塊を地面に降ろすと床に吸い込まれて消えた。狼牙棒を試しに床に叩きつけるが、傷はついていない。

「普段から武道家が鍛錬をする道場だから染み込んだ気の保有量は多い。そして濃密な気に囲まれて修練を積む事でより研ぎ澄まされた精神を得る事ができる。道場が神聖な場所のように感じるのはそれのお陰だ。それでも気を留める事は簡単ではないし、一度に溜める量にも限界はある。人間と変わらずにな。」

「道具も人間もその保有量で優劣が決まるんだな。」

 実際には技に加えて、気、なのだが現実として武神に限らず何らかが宿っている辰子さんにしても気の総量が多ければ強い事は事実だ。最終的な差も気によって決まるが元々の地力も気の量によって決まる事がある。

「まあ後は見て貰うのが一番だ。」

 狼牙棒を壁に立てかけて、精神統一をしている黛さんの方を見る。天ちゃんに持ってくるように頼んでいた物も運んである様だし、そろそろ始めてもいいだろう。

 この道場にいるのは、俺と天ちゃん、黛さんに委員長。黛の奥義を見せていただくに当たって部外者が入り込まない手筈だ。バイトがなければ辰子さんや竜兵さんにも見せたかったのだが仕方が無いだろう。

「じゃあ黛さんの準備も出来たみたいだからやって貰う訳だけど、その前に。唯でさえ人の目に晒すことの無い黛の奥義を実践していただくから、黒田の技も見せようと思う。」

「高くん、ウチじゃ『風』も『火』も受け止められないよ。それに高くんは奥義を使っても大丈夫なのかよ。」

 天ちゃんが心配をしてくれている様に俺が今の状態で『火』を全力でやれば右手がいかれるのは明白だ。道場は気が篭っているので、季節に関係なく温度は一定に近いので防寒具もつけていない。外気に晒している俺の右腕は見て分かる程に痩せこけている。親指と人差し指の間は陥没していて、未だ戻らない握力のせいで不自然に開いていて、痙攣もしている。道着にはポケットも何もないので出しているが見せている俺の精神にも辛いものがあるので本当ならば隠したいところだった。

「心配してくれてありがとね、天ちゃん。でも大丈夫だよ。確かに今の俺は黒田の奥義を全力で撃つことなんて出来ないけど、やるのは奥義じゃないから。」

 戦いの時には出す技なんて奥義程度しかない。別に見せてもかまわないような黒田の奥義を見せても意味は無い。黛の奥義を見せてもらうのにはいささか釣り合いが取れていない。だから右手に負担がかからないのであれば、黒田の決定権は今は俺にあるのだから、何を見せても構わない。

「黒田、秘奥義。」

 俺は皆に危害が加わらないような方向に左手を向けた。

 

 

 自分で出した技による耳障りな音も消える。予想以上に頑張ったせいかそれとも久々に運動をしたせいなのか。間違いなく技自体の消費が一番の要因だが、俺の息は絶え絶えだった。傷一つついていない道場の強度は流石と言ったところだろう。

「黛さん、準備は大丈夫か。」

 皆が黙って呆然としているので俺が口を開く。天ちゃんも委員長も今起きた事に目を疑っている風に見える。初めて見たならば無理は無い、こんなに無茶をする技を俺も他に知らない。

 しかし黛さんが口を結んでいた理由は違うらしく、いつもの落ち着きのない顔ではなく真剣な眼差しで俺を見ていた。

「黒田は、なぜそれを秘するのですか。」

 簡単な質問ではない。これを秘するには惜しい技でもあり、他の流派にはない強力な武器になりえるのは見れば分かる。単に他流派との仕合で使っていれば、黒田は川神の名に並ぶほどだったろう。

「本当は壁の役割なんて欲しくなかったんだ。信念を曲げる事になるからな。」

 だが見れば分かるはずだ。少なくとも、秘奥義と今の俺の状態は黒田という理念を表している。過去の黒田が目指した形。壁になる前から受け継がれた理想を。

「黒田の秘奥義は、失われてしまった古い考えを後世に伝えるためだけにある。カモフラージュのために戦闘でも使える程度にはなっているんだがな。」

 今出来る話は終わりだ。これ以上二人を待たせても申し訳ないので、この話を切り上げる。天ちゃんに運んで貰っていた鉄柱を道場の真ん中に置く。非常に優れた武道家であれば鉄を砕く、引き裂く事は容易に出来る。黛の力量を完全に把握できていないため、顔に泥を塗らない程度の攻撃対象で用意できたのが鉄というだけだ。名目上演舞を見せて貰うので、そこまで気にかける必要も無いのだがなるべく最高の技を見せて貰いたかったのだ。

 黒田の秘奥義をみせたというのも、物の準備が十全ではなかったのが理由の一つとなっている。価値で言えば、仕合では使用経験のあるらしい黛の奥義より、黒田の門外不出の秘奥義の方が上だが、切らせる物の用意が鉄柱になってしまった無礼を詫びるため仕方ない部分もあった。

「ではこのままだと釣り合いが取れないので此方も黛の秘奥義を見せましょう。」

 そう言った黛さんは、刀に手をかけたまま押し黙った。元より静まりかえっている道場の空気は更に張り詰める。黛さんの纏う気と雰囲気は、未だ姿を見せない刀を表しているかの様だ。

 未熟な天ちゃんは言うまでも無く、委員長も、黛さんの放つ威圧感に飲み込まれていた。俺でさえ黛さんの集中に釣られて、先程の自分の演舞の時よりも神経を鋭くしていた。鼓動の音すらも聞こえず時間の経過すらも忘れて、唯一点。黛の太刀筋を見切ってやろうと考えている。

 恐らく、一瞬にも満たない時間だ。黛を相手取った時、瞬きをする間に何度切りつけられるものか分かるはずもない。分かる事と言ったら、緊張の糸と同時に命が事切れるだけの話だと言う事くらいで、未だその国宝と謳われる剣術をこの目に収めた事はなかった。

 視界に納められた黛さんの佇まいは、恐ろしい。本能がそう告げている。その構えをされて踏み込む勇気、掻い潜るイメージが未熟な俺には出来なかった。その刀を抜かずとも仕合を決する居合いの極意、活人剣である黛の剣。食らわずとも分かるその必殺の一撃が、目の前で解き放たれる。

 既に、この場に居る全員が鉄柱なんて気にも留めていなかった。あれを切れるのか、なんて無粋な疑問を持つ事は出来ない。ここにあるのは、今から黛さんが刀を横薙ぎに一閃するのだろうという事実だけだ。それがどのような軌道を描き、どのような音を奏でて、何を魅せてくれるのか。通過点にある鉄屑なんてもはや空気にも満たなかった。凡そ切れないであろう物を用意した方が失礼にならないだろうと思っていた少し前までの俺の考えは全てが間違いだ。

 剣の軌道上に何かを置いて、切れるかどうかの思考実験。これこそが失礼そのものだ。黒田家当主の俺が自信を持って断言しよう。黛の剣に切れぬものなどないだろう。あれは、何があるとか、どのように切るとか、どんな軌道を描くとか、それら全てを既に切り捨て終わっている。間にある過程を全てをだ。これから先にあるのは、初心と残心だけ。

 悟りの境地だ。

「黛流秘奥義、涅槃寂静。」

 その名を告げるために要した時間。それも居合いと比べれば遥かに時間がかかるだろうと踏んでいたが、口を開いたその瞬間には既に残心であった。鞘に収まっていた刀を確認するだけでなく、技を放った事を確認する手立ては無かった。遅れて金属の擦れる音がしたかと思えば、綺麗に地面と水平に切られた鉄柱が床に倒れ落ちている。これほどの技ならばまさかする人間も居ないと思うが、武を理解しない者の様に、ここで拍手でもしなければこのままの余韻に何時までも浸ってしまいそうで空恐ろしかった。黒田の血生臭さの拭いきれない技とは違う。

 刀を抜くまでの時間の経過が分からない場の雰囲気だったのと同じく、刀を抜いた後の残心のまま動かない黛さんが何時まで止まっているのか。道場に注ぎ込む光の量を見て時間を計るなんて無粋な事は出来るはずも無い。

 俺でなくとも誰であろうと、この光景を見た万物は心から賛辞を呈するだろう。

「今の凄いなあ、黛さん。」

 委員長がここで言葉を発したのは礼節を弁えないからではなく、単純に感動したからであり、礼節がどうしたと言っている俺よりも素直な賛辞の言葉を送る委員長のほうが、礼を弁えている風に思えた。武芸者である俺の友人でありながら、今まで見てきたのは純粋に俺の運動神経や天ちゃんの発案したものだけだった。本当の武術を見たのは初めてで、それも武芸者ですら唸らせるほどの芸術とも呼べる技を目の当たりにした。俺が心を満たされたかのように息を吐き緊張がほぐれたのに対して、委員長は爛々と目を輝かせている。

「その刀を見せてくれないか。」

 彼も、魅入られてしまった人間の一人なのだろう。

 

 

 その後黛さんと委員長は少しばかり話をしていたわけだが、外から聞こえてくる五時を知らせるサイレンを聞いて歯切れ悪く委員長は帰っていった。聞けば、黛の秘奥義は使うための集中に一時間もかかるのだと言う。今回に限っては、黒田の秘奥義の後だったので短い時間で集中できていたらしいが果たして俺たちはどれほどの時間を費やしていたのだろうか。

 夜も修練をしていた黛さんが階段を上がってくる音がする。

 右手がこんな状態では修行も何もないので、俺は晩御飯を食べて風呂に入って寝るだけだ。黛さんとの兼ね合いで、俺と黛さんの間に母が風呂に入る事になっていて黛さんが修練をするから、俺は一番風呂に入れるようになった。だからなんだと言えばそこまでだが、前向きに生きていかなければ毎日が辛いのだ。小さな幸福を噛み締めるのがどれほど大切な事か。

 この時間は天ちゃんが居ればゲームをしているのを見ながら雑談をするだけだし、今日の様に居ないなら少し前まで勉強をしてから、腕を暖めるために布団の中に入る。読書をする気も無いし、特別見たいテレビ番組も無いので今日も布団に入って眠るまで唯ひたすらに静かにしている他にする事がなかった。こんな日はいつもなら下らない事を考えていたりする。

 例えば自分の右腕の事だったり、天ちゃんの事だったりする。俺の立場だから下らないなんて言えるが特にその二つは他人に下らないと言われれば堪忍袋の緒が切れるだろう。俺が下らないと総評するのは何をしたところで変わる訳がないからだ。右腕にしても、天ちゃんとの関係にしても考え方に変わりは無い。

 俺の右腕がすぐさま治るのだったら、俺だけでなく他の患者もすぐさま治して欲しい。俺と違う病気の人も含めて、全員。これも他人に言われれば当然怒るのだが、俺なんてまだ回復の余地があるから良いほうだ。不幸な中でも幸運だ。これだけ心が弱っている中で思考実験をすると、最悪に場合は脈絡無く心臓麻痺で死ぬよりましだとさえ思う。

 天ちゃんが近くに居るだけで、俺には十分過ぎる幸福だ。常に最善の選択肢を選べるように心がけているが、時には傷つける言葉だって言ってしまう。逆に言われて落ち込む時もある。それらを含めて天ちゃんと過ごせるだけで充足した毎日なので下手な行動をして崩すくらいならば、このまま過ごせるだけで良い。普段の登下校もこのまえの誕生日に貰った手袋も何もかもが今の俺にとって、これ以上にない幸福だ。天ちゃんは唯一俺に温もりを与えてくれる存在だ。

 今の俺は天ちゃんが居ればいい。

「高昭さん、起きてますか。」

 ドアをノックする音に吃驚する。この頃の心の脆さと涙脆さのせいで滲んでいた涙を拭って黛さんに自分が起きている事を伝える。

「あ、あの差出がましい事で無ければ聞きたいのですが、非常に動揺してなさった様ですが何かの邪魔でもしてしまいましたでしょうか。」

 扉越しでも気が乱れれば分かってしまうだろうとは思っていたが、看破されると気恥ずかしいものがある。目元が赤くなっていないか気になるところではあるが、何か用事があってきたのだろうから早目の返事をして邪険に扱ってはいないとアピールしておくべきだろう。そして動揺していないと言ってみるべきだ。

「いや、少し眠りかけていただけだ。話は聞ける。」

「なーんだ。オラはもしかしたら高昭がうら若き乙女に見せれないことでもしてて、まゆっちがノックして来て慌ててるのかと思ったぜ。」

「ななななんて事を言ってるのですか松風!」

 自分で言って自分で突っ込みを入れて自分で恥ずかしがる。なんて高度な事をしているんだろう。俺は、人並みにそういう方面にも興味はあるが家にいる時も学校にいる時も基本的に天ちゃんが一緒なので、情報は疎い。知っている知識と言っても、小学校の時男子の更衣室代わりに使っていた図書館で友人が百科事典などを駆使して集めた程度しか知らない。今黛さんもとい松風が言った事が自慰行為をさしているのは分かったが、中学の保険の授業で友人たちが喋っていた事は知らなかったし耳にした事もなかった。後で委員長含めた友人から意味を聞かされたが、多分生きていく上で知る必要も無い事ばかりなのだろう。それにしてもうら若き乙女の黛さんまでそんな事を知っていると言う事は俺の常識はおかしいのだろうか。

「それで昼間の、秘奥義の話の続きかな。」

 相手にするとどつぼに嵌りそうなので無視する形で話題の確認をする。

「いえ、あのですね。お願いがあって来たんです。」

「まゆっちからの直々のお願いだから心して聞けよ。」

 お願いと言われても、役立てるものなんて出来そうもない。大体にして黛さんは俺と同じくらい能力が高い。そして俺に出来る事だったら、黛さんと同姓の天ちゃんでも問題なくできるだろう。

「俺で出来る事なら何でもどうぞ。」

 邪険にする理由もないので、軽く受け答える。

「では、お願いします。あの委員長さんと言う方を今年のあのクラスでも委員長にして下さい。推薦の程をよろしくお願いします。」

「そんな事で良いならやるよ。」

 名前聞いてないのかよ、という無粋な事は言わないでおく。学校までのあいつだったら怒られそうだが居合いを見てからのあいつの様子を見る限りは問題ない筈だ。実際は俺も見切れなかったのだがこの際は言葉遊びはやめておく。それに元より俺が委員長に止められたのは、黛さんを副委員長に推薦する事だ、委員長自体はあいつがなる気でいるだろう。

「そしてまゆっちが副委員長に立候補して手堅く友達二号をゲットするんだ。ゆくゆくは立場を使って交友の幅を広げて目指せ友達百人!」

「学年全体で百人を超しているので十分に狙えますね、松風。」

 そう良いながら頭を下げて部屋を出て行った。

 これだけ話せるなら俺を友人のカウントに入れても良いと思う。委員長を二号に沿えると言う事は辰子さんたちも友人には数えてないのだろう。黛さんの友人の基準はどこにあるのか。

 今日の暇つぶしの思考実験の題材はそれになった。


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