特別になれない   作:解法辞典

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初めましての方は初めまして、解法事典です。
習作を完結させてから幾らか経って年まで跨いでしまいましたが、習作の方で学んだことなどを生かして頑張りたいと思っています。
出来ることなら習作のブレイブルーの二次創作「哀の果てに」の方も完結してそれほど経っていないので読んでいただいて批評などの感想をいただけると幸です。

話の展開をし易い様に原作の設定を一部捏造している部分があります。
そういう物が好まれない方は注意してください。



第一話 少年のある日の思い出

『もし私が神だったら、私は青春を人生の終わりにおいたであろう』とは、かのアナトール・フランスの言葉である。過去の偉人の名言について意味を考えるのは今の人間の特権だ。それこそ本人の意思など関係なく、現代の人間が意味を決める。学校の試験、特に現代文などの国語に関する出題における、問題の作成者の一存によって答えを決められてしまう事と大差はない。

 ここでのこの言葉の意味、青春というものは人生の中で最も彩のある時期で最高潮にあるので、楽しいものは最期に持っていきたい、という事にしておく。最も、青春が人生において灰色だったという人も少なからずいるだろう。その場合は辛いことを最期に置くことで、それまでの人生を満喫することを意味するかもしれない。老いてしまって元気のないままに死ぬより、健康なままに死にたいのかもしれない。

 話は変わるが、一説には人生の折り返し地点は体感時間によると十七歳だという。青春の定義が何歳からなのかというのは置いておくとして、青春は短く、その中でも表現として使われるほど人生の貴重な部分を占めているだろう。だが、価値があるから最期に置くというのは些かおかしく不十分だろう。つまりは若いからこそ意味があるんでは無かろうか、と仮説を立ててみる。

 正直どうでもいい。

 長々と話して済まないが、俺の個人的な考えとしては人生の配置に関係は余り必要では無く。積み重ねた時間や人との触れ合いが、一人の人間を形成していくのではないだろうか。誰しも人生を変える様な出会いというものがあり、その過程が有りより良い方向に導かれるのだ。その引き合いとして、この名言並びに高名であるアナトール・フランスの話を出しただけであって別に彼の言葉が気に食わないだとか、そういう理由ではないのだ。順当に進んでいく人生において急に若返ったりしても、違う人間として過去に行くわけでもないならば、積み上げた人間関係などがあって人生の深みが増していく事に変わりはないのだと、考える。

 再度確認するが、アナトール・フランス個人が嫌いなのではなく。ここでは単なる引き合いでしかない。

 つまり言いたいことというのは、今回、これから話すことは、俺のそれなりに長い人生におけるターニングポイントと言えるべき、正に人生を変え、人生に多大な影響を与えた出会いのことである。

 

 

 

 

 

 年齢にして僅かに六歳、小学生の一年生であり、青春というには流石に無理のある年齢のことだった。

 当時、俺が通っていた学校は、かの高名な武の総本山、川神院があることで知られている川神市において二番目に生徒数の多い小学校だった。一番生徒数が多い方の小学校に比べると少しだけ治安が悪い場所が近いくらいのもので施設や教員の質、共に大した変わりはなかった。とは言っても、実はその時の俺を含めた家族は二年ほど前に越してきたばかりでそれ程までに深くは理解できていなかった。全く理解できていなかったのは飽くまでも俺だけの話であって、父も母も、そして五つ年上の姉も、一帯の治安が良くないことは、その二年間である程度は知っていた。

 というのも姉の人間関係に起因してくることなのだが、その点については俺も無関係ではなくなるのだ。それこそ、俺の人生におけるターニングポイントに直接関わってくることになるのだが、そのためにはもう少しだけ話しておくことがいくつかある。

 俺が通っていた小学校が川神市において二番目の学校だと話した理由の一つとして、俺の家に関することを言わなければならない。一番の小学校に通えなかった理由である。先程も言った通り、この川神市には川神院という武の総本山がある。そこの次期後継者である川神百代がそちらの学校に通っているというのだ。その結果、市の特色である川神の名に釣られてどんどん子供がそっちの学校に流れていってしまったらしい。

 実は俺の家もそれなりに有名な武家である。つまりは、川神市のパワーバランスを保つために、態々新しい道場まで作って俺たちの家は川神市に越してきたのだ。どうも川神市のパワーバランスが崩れるのは大変不味い事だったらしく、引っ越すこともそれなりに前から決まっていたらしい。勿論、俺の家が、という話ではなくバランスが取れて、尚且丁度良い年齢の子供がいる武家が対象だった。頼まれたら断れない性格の父はこれを承諾して、引っ越すことが決まったらしい。更に幼かった引越しが決まった時の事など、ろくすっぽ覚えていないが母の話を聞く限り姉は、嫌だ、嫌だ、と言ってトイレの鍵を閉めて泣いていたらしい。小学校中学年だった姉には友達と離れ離れになることの心の痛みを伴っただろう。姉の前の学校の友達が転校の際に、姉に送ったメッセージプレートの様なものは今でも姉の部屋に飾ってある。しかも、離れていても友達、という半ば定型文と化した言葉を転校の際に貰ったらしい。時たま、姉はその友人に手紙を出したりしている。子供の頃は資金が無く、移動手段がなかったが、高校の時は何度か会いに行っていた。

 因みに、元々それなりに有名だった俺の家はこれを機に、保証金だのなんだの、難しい理由をつけてくすねた金がそれなりに手に入ったのだが、これについての説明をするのは機会があった時にしよう。

 話を戻して、俺の小学校一年生の頃の話。それも入学式の話である。

 一年生の時のことなど殆んど覚えてはいないが、その時の光景や匂いなどは鮮明に覚えている。

 朝、その入学式の日までに何度か背負ってみたランドセルと通学用の帽子をかぶって、入学式に参列する両親と共に家を出た。姉が遊びに行っている時に何度か、姉の部屋に置かれている姉の赤いランドセルを背負ったことはあったけれども、女の子の色とは違う真っ黒いランドセルを見ると当時は心が踊ったものだった。その姉は、六年生にもなって両親と一緒に登校するなんて恥ずかしい、なんていって俺が家を出る前から学校に行ってしまっていた。後で知ったことだが、新入生は在校生よりも登校時間が遅く、その時は本当に姉は心底恥ずかしがっていたのかと思っていた。

 しかし、言った通りに俺の入学は、姉の転校とは違い、川神とのパワーバランスを取るには十分なまでに注目を集めていたらしい。姉が恥ずかしがるのも当然というものだとも、子供ながらに思った。その姉でさえ、時間をずらして登校したのにも関わらずクラスメイトから質問にあって、酷く狼狽えたらしかった。特に姉の親友と呼ぶべき人でさえも熱心に質問をしていたと言う。この質問と言っても、川神関係でなく、単純に姉の友達は、弟に興味があっただけらしい。

 そういった盛り上がりや、何度も言うように川神とのパワーバランスを取るために、もう殆んど俺が家を継ぐことは決まっていたことらしい。姉に才能がなかったわけではないが、際立って俺の才能の方が上回っていたらしい。誤解のないように言っておくが、才能があるといっても、それなりにである。将来において、かの武神と呼ばれる川神百代とのパワーバランスを取れ、なんて言われても役者不足であったのは言うまでもないことである。比べられなくなった理由はほかにも存在するのだが今は触れずにいよう。

 俺は、その一時において注目を集めるには十分に責務を果たせるだけのネームバリューがあったというだけのことである。現在において俺はそのことをどうにも思っていない。だが、優しい父の性格を考えると、負け戦だと分かっていて、息子を武神の当て馬にしてくれないかと頼まれた時、どのように考えただろうか。

 名乗るのが遅れたが、対抗馬が川神だからといって俺の名字は山神なんていうようなしょうもないダジャレでは決してない。今のタイミングで俺の名前のことを話すのには、今度こそ話の核心を突くような内容でありそれこそ名前が違ったならば、俺の人生の大部分が変わってしまっただろう。

 その最たる理由としては、この小学校というのが、出席番号を五十音順で決めるというオーソドックスな手法で決められるものだったからだ。人生で一度も他の出席番号の決め方を経験したことがないが、聞いた話によると誕生日によって決め方をすることもあるらしい。ところで、殆どの人が知っている通り年度初めの学級の席順というものは出席番号で決まる。

 ここが全ての岐路となった。

 話を戻して、俺が始業式の前にクラスに入って担任の先生を待っていた時のことである。

 廊下で教師から視線を感じていたため、教室に入る時、周りを見渡しながら、心音が分かる程緊張をしていた。引っ越して間もない頃であったため知り合いという知り合いも多くないので、他の同年代の子供たちが席を立って同じ幼稚園出身の知り合いと喋り合っている中、静かに席に座っていた。他の子供たちもまだ幼いということもあって、俺がこの学年においてどういう立ち位置であるかを理解していなかった。理解してないといっても、俺の家柄を気にして過ごしていたのは小心者の先生だけだったかもしれない。つまりは、まあ、無駄に気にしてたから、暫くの間、俺は教室で一人だったのであった。

 そして、ここからだ。

 俺が、姉の本棚から借りてきた本を読んでいた時のことだった筈だ。

「なあ、黒田くん。」

 俺の名字が黒田であり、知っての通り席順のおけるカ行は大体が二列目で、一列目はア行ある。つまりは右側から、一列目の人から声をかけられたのだ。

 オレンジ色の長い髪。翡翠色の大きな瞳をこちらに真っ直ぐ向けている。関わったことのある女性といえば母と姉くらいなものだったので遺伝的に肌が若干浅黒い家族に比べて、透き通るように白いその女の子から目が離せなかった。訳も分からないまま幼い頃から丁寧に扱われてきた俺は、その子が俺と対等の立場の言葉遣いで話しかけてきたことが物珍しくて、知らないうちに、その一瞬にして、その子を特別だと心の奥底で感じていた。

 思えばその時点でもう既に俺は目を離すことが出来なかった。

「黒田くんのお姉さんってさ、ウチの姉貴と友達だろ。」

 その子の胸に安全ピンで付いている名札を見ると、確かに姉の話に聞いていた姉の友人の名字と一致していた。そういえば同年代の妹がいるらしいと聞かされていた、と後になって思い出した。俺は相違ないと判断したので、小さく首を曲げながら、うん、と一言返して肯定の意を示した。

「だからさぁ、ウチらも友達になろ!」

 にこやかにそう話す板垣天使から、目を離すことができなくっていた。

 

 俺こと、黒田高昭の一目惚れによる初恋である。

 

 

 

 

 

 

 

 終業のベルが学校全体に響く。

 登校こそ新入生のみが遅かったが、この入学式の日は下校は全学年共通で午後には帰る。全学年が同じ時間に帰ることは、入学式の他に、始業式、終業式、卒業式、運動会などの学校行事に限られる。一、二年生の間は長くても週四回の5時限目までだ。三、四年生は週二回の6時限目に増える。五、六年生はその全てが6時限となり、このように早く帰ることが出来るのはとても嬉しいことなのだ。

 それは黒田高昭の姉である黒田紗由理も例外ではなかった。

 少し前まで、最後の一年を頑張るよう、と話していた担任の挨拶なんぞに気を留めることもせず、紗由理は出かけた溜息を一つ飲み込んで堪えた。別に、嫌いな担任だったからだとか、クラスの編成にいちゃもんがある訳ではない。実は、この小学校五年生から六年生にかけてはクラスの再編成がないため気にはしていなかった。担任も悪い人ではないし、ある程度あたりの先生である。というのも転校してきた紗由理によく気をかけてもらった事がそれなりに嬉しかったのだ。転校して直ぐに作った友人も、相変わらず隣の席に座っている。次いで仲のいい友人も近くに座っている。学校生活には、何の不満もなかった。

 朝、友人を含めた幾人かに、今年入学する弟のことを聞かれもしたが、紗由理自身は弟の高昭は好きなのでまるで自分のことのように鼻高々に話していた。ついでに、親友の妹も紗由理の弟と同じ学年なので二人で会話に花を咲かせたりしていた。

 それでも億劫なのは、両親が、忙しいから高昭を連れて帰ってきてくれ、と紗由理に頼んだことだった。面倒くさい訳では無く、その程度のことを自分に頼む両親のことが、率直に言って嫌いなのだ。勿論、高昭は彼らに甘やかされ、手塩にかけられ育てられたから、両親のことは好きなのだろう。だから高昭の前で親が嫌いだ、と言ったことは無い。

 愚痴を言おうにも、大親友である板垣亜巳には、板垣の家には、両親がいない。その状態をなんとかしようと奮闘して、そのうちにお互いに心を開いたのだが、そんなことまでしておいて紗由理の親の悪口なんて言えない。しかも、紗由理が板垣家に助力していると言っても、紗由理のお金ではなく結局は親の金なのだ。紗由理の知る中で、唯一と言っていいほど親がしてくれた助力である。普段紗由理以外にはトコトン優しい両親であるが、その板垣家の一件で紗由理が困っている人を助けるだとか、心を通じ合わせる能力だとかを過信し過ぎている親を好きになれなかった。

 しかも、元々娘の意思に関係なく無理矢理引越しまでしておいて今更好きになれるわけがない。

 そういった事を鑑みると、弟の高昭が後継たる才能があるのは紗由理にとって恐ろしいまでに都合の良い事でもある。紗由理は主に引越しが原因で、住んでいる人はともかく、この街自体を好きになることは一向に出来なかった。将来は、県外の有名な大学にでも行って、家の有り余っている親の金には頼らずきちんとバイトをして、ゆくゆくは、県外の、親の手の届かない所に就職をしたいと考えている。出来れば、結婚相手も武家には関係無い一般人が望ましい。

「紗由理、ボケっとしてないで一年生教室に行くよ。始業式から教室に戻る時見てきたけど紗由理の弟も私の妹も同じ教室だったから一緒に行こう。」

 今年三年生になった双子の辰子、竜兵を迎えに行って来た亜巳が紗由理に話しかける。紗由理のもう一人の友人はというと、流石に用事もなく付き添いで一年生の教室に行くのは気恥ずかしいらしく、今日は先に帰っている。とは言ってもこのあとはその友人の家で紗由理と亜巳は遊ぶ段取りになっているので、寧ろ紗由理たちが早く用事を済ませないと、申し訳がないとまで思っている。

 その友人も、紗由理が亜巳の抱える問題を解決する際に何度か紗由理と亜巳のすれ違いがあったのだが、その度に仲裁してきた。

 紗由理と亜巳の騒動の原因は、引越しに伴う両親への怒りを募らせていた紗由理に亜巳が、立派な親を持つ子供は出来が違うだの、と煽ったのがそもそもの発端である。その時の席も今と同じく、弟たちと同じく、席が隣同士だった。

「そうそう遊びに行く時、下の子たちはうちで預かるわ。送りも亜巳が帰る時間に合わせて高昭が一緒に送ってくれると思うから。」

 その日新たに配られた教科書を入れて今朝より重くなったランドセルを背負いつつ紗由理は亜巳にそう告げた。

「噂の弟君はそこまで有能なの?凡そ一年生には思えないよ。」

 亜巳は大げさに驚いたジェスチャーをして溜息を吐いた。紗由理は名前を呼びながら擦り寄ってきた辰子の頭を何度か撫でてから教室を後にした。紗由理は少しだけ亜巳に顔を向けて確認を取るように話した。

「高昭も板垣家とはこれから深く関わることになるだろうし、天使ちゃん可愛いからもしかしたらの場合も考えて、ね。そういう関係じゃなかったとしても仲が良いに越したことはないでしょ。」

 それを聞いて亜巳は、妹の天使が御当主様のお嫁さんか、と思いつつ黒田家の財産等と少し打算的なことを考えたが、寧ろ自分が頑張って、紗由理の両親の援助なく家族が暮らせるように頑張らないと、と奮起した。


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