憤怒の暴君、転生する 作:鯱丸
「馬鹿な……そんな、技……時雨蒼燕流に、あるわけが……」
上半身を斜めに斬られ、そのついでに左腕を失ったカス鮫は地面に膝を着け、力なく倒れた。それと同時に斬り飛ばされた左腕も地面に落ちた。
絶えず流れ続ける血をそのままにしていたら、数時間も経たずにカス鮫は死ぬ。常識的に考えたら放置して奴が死ぬのを笑う所なのだが、今回は違う。
刀に付着した血を拭き、凪に命じておく。
「凪、応急処置をしてやれ」
「……いいの?」
「今夜殺すのはカス女だけだ。カスチビともそういう話をつけていたからな」
俺の言葉に従い、凪はカス鮫の元へ駆け寄った。手早く処置を行う姿を目に入れながら、カスチビに聞こえるようにマイクに向かって話しかける。
「やり過ぎた。後始末にデイモンとイェーガーを送ってくれ」
つい力んで刀を振ってしまった。カス鮫の腕を飛ばすついでにその後ろにあった建物を削ってしまった。
歪な形をした建物を直してもらおうと連絡すれば、カスチビの文句が返ってきた。
『まったくだよ!まぁ、それを使えと言った僕も悪いけど。悪いけど!だけどこれは明らかにやりすぎだよ!』
ブツクサ文句を言うカスチビだが、仕事は早い。隣に炎が出たかと思いきや、イェーガーとデイモンが到着した。
デイモンは満面の笑みで、イェーガーは工具箱を片手にそれぞれやって来た。
「見事彼の技を再現しましたね!!しかも彼より強力です!流石ですよXANXUS。私は嬉しくて小躍りをしてしまいそうです」
「話は後だ。デイモン・スペード」
興奮するデイモンとは反対に冷静に工具箱を掲げるイェーガー。工具箱を持っているのは俺がぶっ壊した建物を修復するからなのか。
いや、そもそもなんで手作業なんだ?まさかこいつがトンカチ持って釘でも打つのか?
疑問が尽きない。
デイモンは素直にイェーガーの言葉に頷いた。
「ヌフフッ、あとで沢山お話しましょうXANXUS。エレナがご飯をつくって待ってますよ!」
「……なにぃっ!?」
「ヌフ?」
「ん?」
今、イェーガーが大声を出したような……。
デイモンも気付いたらしい、二人でイェーガーを見るも奴はそっけない顔で「早く動けデイモン・スペード」と言っている。
……気のせいか?
デイモンと二人で首を捻るが結局答えは出なかった。
「にしても凄いですねぇ、流石破壊力トップ」
「ただの憤怒の炎だがな」
カス鮫が剣を降ろした時、俺は斜め下から腹、胸の辺りを斬り、終いにはカス鮫の腕を斬り飛ばした。無傷だったら避けることができただろうが、残念なことにあいつはボロカスだった。
俺は「避けない」とは言ったが「反撃しない」とは言っていない。というか、避けないでそのまま甘んじて受け止めるとか馬鹿がすることだ。
カス鮫の動きは光速で動き回るカスチビ程早くはない。俺の目はカスチビや奴と同等の速さで動くイェーガーで慣れているため、カス鮫の攻撃もスローモーションで見えた。
あいつが剣を振り下ろすその間に、カスチビなら数えるのも面倒な数の拳を出している。
そんな奴と殴り合っていた俺がまずカス鮫の動きを「見えない」ことはない。
そうなると、反撃して終わりだ。カス鮫は残念なことに相手が悪い。凪だと良い戦いになっただろうがな。
マーモン?あいつはイカれちまった。
応急処置を終え、包帯が新たに巻かれたカス鮫を見下ろす凪を眺めていると、いきなり強い風が顔を叩きつけた。
何かが崩壊する音に音がした方向へ向く。
「……その工具箱は壊すためのものだったのか」
「いかにも」
「違うでしょうXANXUS!まずツッコミを入れるべきは、何故!工具箱に!フライパンが入っているかでしょう!!」
デイモンの言う通りだ。ツッコミが追いつかねぇ。
イェーガーはフライパンを空に掲げて包帯に隠れて見えないが、恐らくドヤ顔を披露した。
「何故か。それはフライパンが武器だからだ――さぁ、見るがいい」
そう言ったイェーガーがフライパンを振り下ろした。
一瞬の出来事だった。フライパンが地面に触れた途端、再び風が強く吹き付けた。
凪の顔に巻かれていた包帯が吹き飛び、デイモンの髪型が崩れ、マーモンが空を飛んで行った。
風だけでない。地面にも異変が襲った。
なんと、ただのフライパンでイェーガーは……地面を、割った。空いた虚空に建物が呑みこまれ、大きく傾いた。
……カスチビに、なんとなく連絡を入れた。
「おい。何か違うと思うんだが」
『おかしいな。元に戻せって言ったのに……あっ、デイモン君が何もないところから有幻覚で同じビルを建てるんだよ。うんそうだよ!多分!』
「テメェそれでもあいつの上司なのか?」
風が治まると凪が不機嫌そうに再び包帯を巻き、その傍らで今戻ってきたマーモンがブツブツと文句を零す。
俺と同じイヤホンをしたデイモンもカスチビの苦しい言い訳を聞いていた。
片眉を上げた奴は呆れたように息を吐いた。
「で、あそこのイェーガーはまだ壊したいようですね」
先程からイェーガーはフライパンを地面に叩きつけるという不審者もビックリな不審な行動を取っている。
それを引き攣った顔で眺めるデイモンとは別に、凪は労わるように見ていた。
「実はストレスが溜まっている……?」
「じゃあカスチビの責任だな。思えばあいつには有給休暇がなかった筈。ストライキでもしてるんだろ」
「巻き込まれた僕は迷惑だけどね!で、ボス。イェーガーは放置してさっさと帰ろうよ」
マーモンの言う通り、イェーガーは放置して帰った方がいいかもしれないな。
どうせこいつのことだ、早く仕事終わらせてキッチンに籠るだろ。
というわけで。まだフライパンを振り回しながら「フハハーハッハハ!」と笑っているイェーガーもとい不審者を放置し、再び街をさまようことにする。
腹が減ったので食べるところがあったら直ぐに入ろう。それから帰っても遅くはないだろ。
カス鮫はいずれ回収しに来るだろう跳ね馬に任せるとして、この場を後にした。
…… ……
…… ……
「何か胸騒ぎというか予感があったから起きていたんだけどよ。久しぶりだなぁ、XANXUS」
偶然通りがかった見覚えのある店が開店中だったので入ってみれば、数年ぶりに会う男が満面の笑みで出迎えた。
この男の身元を知るマーモンは「この男の息子、これを知ったら驚くだろうね」と肩を竦め、続けた。
「ボスが剣術を極めていたとは知らなかったよ。だって極めないと言わんばかりに無視してたのに。僕がいない間にボスも色々あったんだね」
お前程じゃないがな、マーモン。
だがマーモンの言う通り、マーモンがいない間に色々なことをしてきた。特に想定外だといえるのは復讐者入りと剣を取ったことか。
剣に手を出すなんざ、前の俺は考えつかなかっただろう。
夜中だというのに起きているこの男は、自分の息子でも心配していたのだろうか。カス鮫にぼちぼちやられ、大空戦でも若干傷ついているだろう山本武を。
だが勝手に出しゃばらずに見守っているのは奴のことを考えているからなのか。
カウンター席に座り、思い思いの寿司を注文する。夜中に来る非常識な客であることは自覚しているが、腹が減っているから仕方ない。
それに俺が叩き起こしたわけでもないし店の札は「開店中」とあったから何ら問題ない。
「おう、久しぶりだなネコ!さっき釣ってきた良い魚をあげるぜ」
「ガルルッ♪」
「おおぉ……すげぇ食べっぷりだ。んでXANXUS、それを持ってるってことは剣を続けてくれてるのか!!」
ニッと笑う男、山本剛の視線は俺が先程カス鮫を斬った竹刀に注がれていた。先程戦ったのでまだ手に持っていたのだが、それを目につけられたようだ。
ここで否定しても意味がないので素直に肯定する。
「さっき斬ってきた」
「ほーう。そうだ、新しい技とかつくったか!?できれば見せてくれると嬉しいぜ」
「つくってない」
俺がそう言った直ぐ後にデイモンが余計なことを言った。
「つくっていますよ。アレンジもありますが」
「ほうほう!こりゃ是非とも見たいもんだ!」
子供のように目を輝かせて包丁で剣の構えを取る山本剛。その姿が何故かイェーガーと被った。しかもフライパンを持った。
類似点はない筈なんだが、何故被ったのだろうか。
見たいと連呼している山本剛を無視しながら寿司を口に運ぶ。その間にも二人の会話は進んでいた。
デイモンは俺の竹刀を取ると、黒い斑模様を指した。
「この斑模様の竹刀を使っていた人物に『朝利群雨』という方はいませんでしたか?」
「朝利群雨……ああ!時雨蒼燕流の開祖だ!!その竹刀、群雨のものなんだよ。だけど死に方が悲惨だったとかで怨念が宿ったと言われ、それから血を吸い続ける妖刀になったんだとよ。だから俺は師匠から預かっても一度も使わなかったよ」
「朝利群雨?初代雨の守護者、朝利雨月の関係者?」
聞き覚えのある名前にか、黙々と寿司を食べていた凪が声を上げた。
マーモンも好物らしいイクラから顔を上げ、感激しているようにみえるデイモンに尋ねた。
「で、その朝利群雨がなんだって?というか誰だよ」
「群雨は朝利雨月の弟です。剣を持った兄を追って海を越え、そしてセコンドの雨の守護者に就任しました。音楽を好んだ朝利雨月とは違って剣一筋に生きてきた生粋の武人です」
なるほど、どうやら身内だったようだ。俺は朝利群雨とやらの話は奴から聞いていなかったが、デイモンがやたらと俺に剣術を極めろと口煩かった理由がわかった。
同僚の剣を持っていた俺にそいつの技を使ってほしかったということか。
「だからといって何故俺に奴の奥義を教えた?」
「群雨は自分の剣術を広めたいと言って広めていましたが、奥義だけは自分の認めた人だけにしか教えたくないと言っていました。実はセコンドがその奥義を修得していたので、その子孫であるあなたもやってみたらいいかと思いまして」
「……待て、セコンドは素手で戦っていたんじゃないのか?」
「セコンドは片手に素手、もう片方に小刀を持って接近戦で戦うことを好んでいましたよ」
そう言った後、デイモンは「この世界のセコンドがこのような戦いをしていただけであり、あなたの世界のセコンドとはまた違っているでしょうが」と続けた。
凪はその言葉に思うところがあったのか、手を叩いて頷いた。
「同じ人でもパラレルワールドだと能力が違っていたって聞いたことがある……」
「白蘭が言っていたことか」
白蘭が出した具体例は忘れたが、確か持っている力が違っていたとか言っていたな。
ここのセコンドは俺達の世界にいたセコンドとは違う。同一視するのではなく、別の奴もいるという認識が必要ということだな。
だとしたら、これから会う奴は実は既に会っている奴の中で、俺達の世界とは違う奴がいるかもしれないということだな。
大人しくなりやたらと現実的になった六道骸や、違和感が拭えない雲雀恭弥など色々な奴の顔が浮かんでくる。
そうだ、カスチビやイェーガーも違うな。特にイェーガー。
俺達も事情を知る奴からしたらかなり違っている。戦い方や考え方がパラレルワールドとかけ離れているだろうしな。
凪がいれた茶を啜りながら一息吐く。
「よくわかった。もしかしたらこの世界は結構俺達のいたところと違う可能性がある。昔からずれているなら現代までそのずれは大きくなっている筈……もしかしたら、俺達が前は戦わなかった敵と戦うかもしれねぇな」
「あと、違う能力を持った私達の知る敵……とか?」
「そうだ」
前世の記憶は結構戦いにおいては重要とは思っていたが……だが、思えばそれは大きな驕りだ。
白蘭が俺達の戦い方の知識を授けて余裕ぶっていたように、ある程度の奴らには効果がある。だが、未知の力を持った奴には一気に巻き返される。
そして情けない目に遭うのだ。
今まで俺が戦ってきた奴らは運が良いことに前世とそれほど変わりがなかった。ヴァリアーとかは寧ろ弱体化していたしな。
だが俺がいることでカスチビやイェーガーの戦い方が変化しつつあることに俺は最近気付いた。
パラレルワールドはいくつもの選択肢に分岐すると聞いたが、これはまさにそうだ。
「なんかすげぇ難しい話をしてるなー」
「そういえばここでもずれが発生している……」
「確かに」
「ん?寿司が欲しいのか?へい、お待ち!」
呑気に首を傾げ、寿司を渡してきた山本剛。俺と会わなかったらこうして話すこともなかっただろう。
俺もあの時この男と会わなかったら、リング争奪戦後は直ぐに帰還していた筈。そう思うと、俺が関与したせいでずれがいくつも生じている。
まぁいい。どうせずれが亀裂になるのはまだ先のことだ。今は受け身になり、いつでも対応できるように技を磨けばいい。
最後の寿司を食べ終え、勘定してもらう。
カード払いより現金が良いと言ってきたので札束を投げつけた。
「あ、そうだ。何かよくわかんねぇが何かあったら遠慮なく俺を頼っていいからなー!」
「考えておこう」
何故かこいつを頼りそうな未来が一瞬見えたのはきっと気のせいだ。
そう思いこむことにして、カスチビとエレナが待っているであろう復讐者の牢獄、の隣にある俺の家に帰った。
…… ……
…… ……
大空戦から数日ほど経ち、各自好きなように過ごしていた時。
飲んでいた酒の水面が揺れたと思ったその間に、家の中が揺れ動いた。
トランプでピラミッドを作っていた暇人、カスチビが地震の揺れで動く家具の音に勝る大音量で悲鳴を上げた。
「うわぁああ!!あと少しだったのにぃ!」
「うるせぇ黙れ」
崩れたカードの山に埋もれるカスチビに手にあった新聞を投げつける。
カスチビは新聞に身体を叩きつけられ、カエルのような潰れた声を上げた。痛そうなので機嫌が少し浮上する。
「ボス、地震だけど大丈夫!?」
「棚の上の貯金箱、壊れてないよね!?」
「……ねぇ、なんで誰も僕の心配をしないのかな……」
「テメェを心配する奴なんざいねぇだろ。イェーガーを見てみろ」
カスチビの優秀な部下である筈のイェーガーはキッチンに散乱する調理器具に悲鳴を上げていた。
この世の終わりのような顔をして折れたフライパン返しを両手で握っているのはかつてないほどシュールだ。
貯金箱の無事に安堵するマーモンと早速家の掃除を始める凪を眺めていると、デイモンとエレナがやって来た。
どうやら避難してきたらしい。こっちよりあいつらの家の方が頑丈の筈だが。
「ヌフフッ!停電しましたらみんなで怖い話をしましょう!」
「デイモンったらこんな可愛いこと言ってるのよ。停電にならないかしら?いえ、停電させましょう」
避難ではなく遊びに来ただけらしい。追い出しても良いがここに来たのなら片付けを手伝わせよう。
そう思って立ち上がった時、頭の中に何かが強引に押し込まれたような気がした。
そう、これは――――前世で感じた、アルコバレーノによる未来での記憶のインプット。
「んん?なんか、入って来る!」
「ってことは、僕達は未来での戦いに加わったってことだよね、ボス!」
「関わりたくない筈だがどうも関わっているようだな」
「うぅん……なんか色々浮かんでくる……ここは……復讐者の、牢獄?」
新しく植え付けられた記憶がふたを開けたせいで、凪の声を最後に何も聞こえなくなった。
そして意識が暗転し、見覚えのある景色が脳裏に描かれた。
おま毛~竹寿司から帰ってきたデイモンたちのその後~
「エ、エエ、エレナァァア!!痛いです痛いですぅうう!!!」
「私、料理作って待ってるって言ったわよね?なのに外食って……フフッ、どういうことかしら?」
デイモンの頬を抓りながらエレナは邪気しか感じさせない笑みを浮かべる。明らかに怒っているのは鈍感でもわかるだろう。
元から察しの良いデイモンは愛しの恋人がどれほど怒っているかおおよそわかっているため、顔色を失っている。
涙目の恋人にも容赦がないエレナは両手を使って頬を抓りながら、明らかに引いているXANXUSと凪へにっこりと笑った。
二人が僅かに後ろに下がったことに気づかずに彼女は続けた。
「デザートだけでもできるなら食べて欲しいわ。腕によりをかけて作っちゃったんだもの。食べるわよね?」
「う、うん……ボスは?」
「いらん。寝る前に甘いモンは食わねぇ」
バッサリと切り捨てたXANXUSに凪は顔を青くしたが、エレナは理由を聞いて咎めることをしなかった。
だが、ここで空気を読まない男が現れたことでエレナの機嫌は地に落ちた。
「フハーハハッハ!思い知ったかエレナ!XANXUSは甘い物など口にしない。この男が食べるものは、そう!肉だ!!」
「イェーガーェ……今日こそ決着の時!」
イェーガーを果敢にも睨みつけたエレナ。彼女は挑戦的に笑いながらタマゴを突きつけた。
「決着をつけましょう、イェーガー!」
「望むところだ!!」
何の決着なのかは誰が見てもわかった。何故なら、彼らは鬼気迫るオーラを背負いながらキッチンに向かったからだ。
解放されたデイモンと凪がハラハラと見守る中、気合の入った声が絶えずキッチンから響いた。
「今日も平和だな。寝るか」
そう言ったXANXUSは欠伸を零し、長い戦いを終えた後の心地よい眠りについた。