憤怒の暴君、転生する 作:鯱丸
カスチビが俺がいない間に六道骸を脱獄させて幾日。牢番自らが囚人を出すのが考えられない。
あいつは本当の意味でカスだったようだ。馬鹿とはこのことを言う。
しかしここで馬鹿だのカスだの吐いても、六道骸は戻ってこない。
いや、前世の流れだといずれ戻るのだろうが脱獄した以上、カスチビが満足するまで野放しにされるのだからな。まったく、あのカスチビは愉快犯だぜ。
その愉快犯のカスチビの暴挙だが。山に行っていた凪やベスターも聞いていなかったらしい。
俺より先に戻ったようだがその時には出されていたようである。
残念だな。俺がいなくても凪がいたら断固阻止していた筈なんだが……カスチビはこの辺りも読んでいたのか。
あとで笑うのは俺なので別に悔しくはない。これは強がりでもなんでもなく本心から思っている。
兎も角、これ以上何かを言っても無駄なので脱獄の話はここまでにしておく。どれほど後悔しても時は戻せねぇ。
六道骸がいないとなれば、奴を何故出したと騒ぐよりもいつ再び牢獄に突っ込むのか話し合わないといけない。
六道骸をどうするのかという話になると、カスチビは至って真面目に語った。
「六道骸君の一味はエレナ君とデイモン君に任せた方が良いんだろうけど……今回は凪君とXANXUS君にしようと思う」
「テメェは馬鹿か?凪は兎も角、俺はカス共をカッ消す専門だ」
俺は他の奴等と違って生け捕りはしない。
俺が担当する奴は全員カッ消していい奴ばかりだったからな。だからカッ消す事しかしていない。
そして、俺の力も生け捕りには向いていない。凪と一緒だったら問題ないだろうが、だとしても力の調節が必要になる。
凶悪犯罪者として収監された六道骸をカッ消すなら俺を出しても良いだろう。
しかし再び収監するなら、俺ではなく別の奴を出す方が一般的だ。
カスチビに反論すると奴は肩を竦めて事情を明かした。
「普通ならそうするよ。でも今回は君を使いたい。君の名を名乗る女が敵なんだ、その前に君が先に名乗っておけばいい」
沢田綱吉には効果は出るだろうな。リング争奪戦でのヴァリアーのボスが俺の名前なんだからな。
なのに顔を合わせてみたら明らかに別人……違和感を抱かない筈がない。
しかし、だ。
復讐者として顔を出す以上、俺の正体はリング争奪戦半ばにバラした方が好都合だ。
XANXUSがどうのこうので序盤に揉めると、俺も戦いに巻き込まれかねない。三つ巴の戦いなんて冗談じゃねぇ。
それに作戦でも、俺の名前についてはカス女をカッ消す際にしか明かさないと決めただろうが。
忘れたのかカスチビ。ああ、こいつはじいさんだったから仕方ないな。ぼけたんだろう。
「ちょっと、何納得した顔で僕を見てるの!?しかも、凄く心に何かを訴えるような何かを宿した目で見ているなんてっ……!」
何かを言いたげなカスチビを無視してイェーガーと視線を合わせる。
俺の言いたいことが通じたらしい。イェーガーは頷き返した。俺達の合図に気付かなかったカスチビは俺からイェーガーに視線を移して訴えかけた。
「納得がいかないよ。どうしてそんな目で僕を見るんだい……イェーガー君、これは僕がおかしいのかな?」
「バミューダよ、お前は疲れているのだ……」
「えっ?」
イェーガーに労われるように言葉をかけられたカスチビは暫し呆けた。あいつは自分の右腕が何を言っているのか理解できなかったようである。
言葉通りの意味なんだがな。
イェーガーの肩に乗るカスチビに手を伸ばし、抱え上げた凪は暴れるカスチビをゆっくりと揺らした。
「お昼寝の時間……寝て、食べるのが仕事なの……」
「え、いや、眠くないしお腹すいてないけど!?」
赤ん坊のように揺らして、凪はカスチビを寝かしつけようとする。カスチビは包帯を巻いててもわかるほど顔を赤らめて抗議をしているが凪は素知らぬふり。
そうだ、もっとやれ。
「眠くなる……赤ちゃん、眠くなる……」
催眠術のように同じ言葉を呟き続ける。術士とは何かが違う気がしなくもないが、至って真面目に凪はやっている。
規則正しい揺れは眠りを引き寄せる。カスチビは気付いていないだろうが、凪は幻覚を使って眠りを誘っている。
あいつだけに最適に眠れる条件を幻覚で演出するようにしているということだ。流石アルコバレーノの弟子といったところか。
時計を確認。凪が幻覚を使ってから一時間経ったか。
カスチビが眠ったのを確認。意外に遅いのはあいつ自身に幻覚への耐性があるからだと思われる。
「眠ったか」
「眠った」
「眠ったな」
俺の問いにカスチビの寝息を確認していた凪とイェーガーが答える。
やっと眠ったかカスチビ。テメェのせいで行動が遅くなったが……まあいい。時間はまだある。
イェーガーに目を向ければ頷き返された。
「バミューダはこちらが責任をもって預かる……監視人にはデイモンをつけておく」
「その方が良いだろうな。そっちは頼んだ」
サムズアップで「了解した」と答えたイェーガーはバミューダを連れて消えた。
この一連の流れが鮮やかであることに疑問を抱いたかもしれない。それは当然のことだ。カスチビは知らないだろうが実は前から打ち合わせをしていたからな。
これもリング争奪戦で重要なんだ、とでも言えばどうせ何も言わんだろ。あいつはなんだかんだいってちょろい。
カスチビを連れて行ったイェーガーを見送り、新たに加わった人員も交えて話をする。
「では、六道骸を再び収監するための打ち合わせを行う」
身近にあった椅子に座る。俺に続いて二人が椅子に腰かけた。
一人は言うまでもない。俺と一緒にいた凪。
追加の人員はどこか楽しそうな笑みを浮かべるエレナ。先程来たばかりだ。
足元にはベスターが控えている。これでメンバーが揃った……尚、マーモンはヴァリアーにいるため除外だ。
「六道骸とその一味は日本の黒曜町にいる。これは既に確認が取れている。今の所、奴らは一般人に対して暴行、殺害を行っている。凶悪犯罪に加えて一般人への暴行を罪状に加えるべきだとか誰かが言いそうだが――そんなモンはどうでもいい」
「で、私達はどうすればいいのかしら?」
六道骸たちの写真を手の中で弄りながら挑発的にエレナは笑う。その隣に座る凪は静かにこちらを伺っている。だがその周りはあいつの不気味な炎が漂い、心の中が荒れている様がありありと見えた。
やはり、六道骸を担当したいようだな……凪。
「動きたいのはわかるが、凪。六道骸はどうせ死にかけだ……あいつの前に顔を合わせたことがあるだろう女を先に始末しておけ」
「女ってこの人しかいないけど……MMって書いてあるわね。もしかしてこの人?」
「そうだ」
エレナはMMと書かれた女の写真をテーブルに置いた。写真にはブランド物の服に包まれた女の不満そうな顔が映っている。
凪は見たくもないようで、写真から顔を逸らせた。
その様子にエレナは笑みを零した。
「恨んでるのね。私が担当しても良いのよ?」
「大丈夫……できるから」
エレナの好意を断った凪は俺を見た。
「ボス……六道骸たちは、どうするの……?」
「エレナが担当する。奴らは動けそうだからな……だが、六道骸にトラウマを与えたいなら仕事を早く終わらせて来い」
「わかった」
頷いた凪はようやく納得したようだ。対してエレナはどこか釈然といかないようだ。口をとがらせている。
「私がやってもいいのに……六道骸、柿本千種、城島犬だけ任せて、ね」
「こいつらをお前に任せるのは、こいつらがまだ動けるからだ。他は既に倒されている。動けない奴らに狙撃をしても意味がねぇだろ」
正論を吐いてやったのに感情的には納得がいっていないらしい。エレナはまだ口をとがらせて不満をぼやいている。
ここで会話をしていても時間の無駄なのでさっさとエレナを現場に送った。
「仕事を終えたら好きにしろ。カスチビはいねぇしイェーガーは許可を出している」
「うん……」
「ガルルッ」
凪と凪と一緒に行動をしたがっているベスターは一緒に炎に包まれて消えた。最近、ベスターは俺より凪と一緒にいることが多いのだが……まあ、別に良いか。
今はベスターは使わないしな。
さて、俺も行くか。
…… ……
…… ……
「俺らの居場所を、それを……おめーらに壊されてたまっかよ!!」
「でも、俺だって仲間が気付くのを黙って見てられない……!だって……そこが俺の居場所だから」
良いタイミングだな。先に行ったエレナが何とも言えない顔であいつらを見ているのが印象的だ。
あいつにとって、どちらも庇護すべき対象なのかもしれない。実験されたあのガキ共は元はただのガキだったからな。
だが、仕事は仕事。無情だ何だと言われても完遂してもらわねぇとな。
静かに腕を振ればエレナは容赦なく標的を撃った。
「え……っ!?」
二発。一人一発。それで六道骸の配下たちは力尽きた様に地面に倒れ込んだ。呆けた沢田綱吉とアルコバレーノを残して。
「標的は倒れたわ。あとは回収だけね」
「まだ回収するなよ」
「わかってるわよ」
倒れた標的二人の元に近付いたエレナに続き、元は映画館だったらしい部屋に足を運ぶ。
沢田綱吉の驚愕した顔が視界に映る。間抜けすぎて炎を投げてしまいそうだ。
初めて現れた奴に沢田綱吉は拳を構えるわけがない。だがその家庭教師は違う。
銃を構えて威嚇に遠く及ばない殺気を放っている。隣の生徒に配慮しているのか。それともこれくらいが限界なのか。前者だと思いたいところだ。
「何故、ここにいる……復讐者の死神。確かオメーはアジトごと消す時にしか現れない筈だ……」
俺のことも調べているらしい。この辺りは流石アルコバレーノといったところか。
カスチビが聞けば喜びそうだ。怒っていたらこれをネタにして落ち着かせるか。
沢田綱吉は呑気にも「アジトごと消すーっ!?」と一人で驚いている。こいつのせいでこの場の真剣さが足りない気がするのは俺だけではない筈だ。
とりあえず煩いので一睨みしておく。
……ビビッて腰を抜かした挙句盛大に後ずさりしていたのでついでに鼻で嗤っておこう。
「俺からの用はねぇ……だが、少しばかり言っておくことがある」
「なんだ?」
まだ何も知らないアルコバレーノに知らず知らずのうちに口角が上がる。誰も知らない情報を自分は知っている。この事実は一種の優越感をもたらす。
油断していると逆に隙を突かれることは知っているが、今回に関しては問題ない。それにこいつらも直に理解するからな。
警戒しているアルコバレーノに教えてやる。これからの争いの一部の、僅かな一部……肉で言うなら切れ端にも満たない大きさの情報を。
「近いうちにまた会うことになる。テメェ等が嫌がっても、な」
「どういうことだ?」
「凪」
アルコバレーノが騒いでいるが無視。こういうチビって何故か煩いのが常だな。カスチビしかり、マーモンもたまに騒ぐし……そしてこいつもか。
だがチビ共の騒ぎを無視し慣れている俺がこいつの声も無視できない訳がない。
早々に用を済ませたいのでようやくやって来た凪へ声を投げかける。
エレナがにこやかに控えている傍を通り過ぎ、凪は倒れた六道骸の傍に立った。人の気配を察してか、瞼を上げた六道骸はその後寿命が縮む思いをしたことだろう。
何せ、顔の傍にハルバートが突き刺さってるんだからな。
「って、更に危険人物来たーっ!!」
「うるさい……あなたも、刺されたいの?」
「ヒ、ヒイィイッ……!」
「凪」
炎を使って一瞬で沢田綱吉の胸辺りまでハルバートを近づける凪。殺すつもりはないのだろうが、ここは諫めないとな。一応、沢田綱吉達は罪人でもなんでもないからな。
俺が一声かければ凪は一瞬で元の位置に戻り、今度は先ほど刺したところとは反対側に突き刺した。相変わらず六道骸は驚愕したまま表情が動かない。
六道骸が何かを言う前に凪はハルバートをその首元に突き付けた。
「今回は脱獄させて
そりゃあ、気絶するだろうな。凪の純度が高い殺気に直接当てられたんだからな。
それに術士としての力の差も痛感したんだろうな。俺にはわからんが。あいつの殺気は修行の際に慣れている。
殺気に当てられていない筈の沢田綱吉までもが怯えた顔をしている。凪の殺気、中々のモンに上達したな。
エレナがこっそりと耳打ちしてくる。
「アルコバレーノの手も僅かにだけど震えてたわ」
恐怖ではないだろうが武者震いか。強敵としてアルコバレーノが認めたと言うなら凪も嬉しく思うだろうな。もっとも、最初からアルコバレーノであるマーモンの好敵手ではあったから今更な感じもするかもしれんが。
「目的は完了したか?」
今回の茶番は凪の為にあるモンだ。カスチビに許可を取ろうとすれば反対するだろうからあいつをあんな風に動けなくして動いただけだ。
六道骸にこんなことをしたと聞いたらカスチビの奴、恐らく怒るだろうからな。あいつは何気に勝手なことをされると怒る性質だ。だが俺がそんなモンに従うわけがない。
怯えた六道骸の顔と沢田綱吉の顔。更に付け加えれば凪に怖気着いた六道骸を拝むことができたので今回の計画は成功だな。カスチビが出した計画では見ることはできなかっただろう。
どうせあいつのことだ。リボーン君リボーン君クレイジーと騒いだ後に他の復讐者が勝手に捕獲していたかもしれねぇ。
凪にとってそれは宜しくないことだからな。あいつはとりあえず六道骸にトラウマを与えることに成功した。それでいいと思う。
「うん……すっきりした」
控えめだがすっきりとした顔で頷いた凪は手元に鎖を出現させた。有幻覚の鎖だがまだその存在を知らない沢田綱吉達には本物に見えることだろう。
エレナの狙撃により眠らされた二人のガキ。そして凪により強制的に意識を落とされた六道骸の首元に鎖が巻き付かれる。
「この三人は……連れて行く……」
「え、あの……!」
沢田綱吉が何かを言う前に凪は三人を引っ張り、そして消えた。同じく今まで静観していたエレナも炎に包まれて消えた。
俺もこいつらに言うことは言ったので潔く帰ることにする。
「待て、死神!お前のあの言葉の意味、」
聞こえねぇな。
…… ……
…… ……
家に戻ってきた俺は笑顔の凪に飛びつかれた。後ろからはベスターが甘えるようにのしかかってきた。
……お前らは何がしたいんだ。そしてエレナ、デイモン。そこで笑うな。カッ消すぞ。
「ボス!六道骸のあの顔、見た?」
「ああ、無様だったな。今回はあそこまで奴をおちょくり、不愉快な調子扱いて澄ました顔から一転、傑作な顔にしたお前の手柄だ」
「うんっ」
嬉しそうに顔を綻ばせた凪はベスターに抱きついてその喜びを表現していた。ベスターも嬉しそうに鳴いている。
近くにいたデイモンはいつもの笑い声を上げながらも温かい目をしていた。
「ヌフフ、無事トラウマを克服できたようで嬉しいですよ。これならシナリオを書いた甲斐がありました」
「克服どころか植え付けていたがな」
そう返せば、デイモンは楽しそうに嗤った。嗤うデイモンに嫌な予感がすると共に、遠いところでカスチビが吠えているような気がした。
……そういえばデイモンはカスチビの足止めに何をしたんだろうか。
まあ、いいか。カスチビの顔が見れなくて清々するから問い詰めるのは止しておこう。
これを聞いたらデイモンの顔をまともに見ることができないと直感が訴えているからかもしれねぇが、そこは気にしないでおく。