憤怒の暴君、転生する 作:鯱丸
昨日は散々だった。並盛に飛ばされ、よくわからねぇ剣術を継承され、勝手に師を名乗られ、散々な一日だった。
旅行という名目である以上、一日で帰ったら奴が煩く言ってくるかもしれない。そう考えると、あと数日はここで過ごさねぇといけない。だが並盛で過ごすつもりは毛頭ないので昨日は隣の町のホテルで寝た。
この町の名前は「黒曜町」というらしい。どこかで聞いた名前だ。
俺はどこかで聞いた名前は前世関連のことだと思うことにしている。生まれ変わってから初めて日本に来たというのに、聞いたことがあるとなったら前世を疑うだろう。黒曜町とやらで何があったのかはわからないが、前世関連を警戒するに越したことはない。
そう思ったのが俗にいう「フラグ」だったらしい。
「ヴァリアーの……」
最近顔を合わせた前世関連の奴の髪型とよく似た髪型をしていた女……のかなり幼い姿。今はぜんぜん違う髪型だが、あいつの髪型に嫌気でもさしたのか?
まあ、俺には関係ないが。
ベスターを伴って焼肉屋に向かっていた俺はその道中で女に会った。前世でマーモンと戦い、六道骸の代理だった霧の守護者――クローム髑髏。
前世とは違い両目で俺を見上げている。
「あなたも、生まれ変わった……?」
「らしいな」
首を傾げたクローム髑髏に答える。前世の記憶持ちに会うとは思わなかった。六道骸ではなく、クローム髑髏だったのは予想外だ。
あいつは六道輪廻が云々と言っていたから、真っ先に転生しても覚えていそうな奴だと認識していたのだが。まさかその代理の方だったとは。
クローム髑髏は持っていた袋から魚を出してベスターに差し出した。
許可を取ってもないのに早速食べ始めるベスターに溜息を吐く。餌付けされんじゃねぇ、ベスター。俺が殺気を放っていないからと言って味方認定するのはどうかと思うが。
ベスターが魚を食べているのを観察しながらクローム髑髏は零した。
「裏切られたの……あなたと同じように」
顔を伏せているのでどんな表情をしているかはわからない。だが、こいつを裏切る相手と言ったら、自ずとわかる。仲間を信じる沢田綱吉の仲間であるこいつは奴と同じように、仲間を信じていたんだろう。
俺とは違ってそれなりのダメージを受けていることは言うまでもなくわかる。
「沢田綱吉達に裏切られ、六道骸に殺されたか」
勘で当ててみると、クローム髑髏は大きく身体を震わせた。
こいつは最も信頼していた六道骸に殺されたのは勘でなくてもわかった。裏切られたとこいつが言うのであればその相手はまず沢田綱吉か六道骸だからな。
沢田綱吉は自分で人を殺すような、図太い神経を持ってはいない。だが六道骸なら、味方と見せかけての裏切り、そして抹殺するだろう。奴はそういう男だからな。
あいつは沢田綱吉より性格が悪い。どのようにしたら人が絶望するかをよく知っている。クローム髑髏はそれで裏切られて殺され、そして生まれ変わったと言ったところか。
「……うん」
最後に白状したクローム髑髏は呟くように続けた。
「骸様……六道骸に殺された……犬も千種も、フランも……見ていただけ」
「フン、どちらにせよ無様な死に様だったようだな。俺が死んだ後はどうなった?」
俺が生きている間にこいつの訃報は聞いた覚えはない。となると、俺が死んだ後にこいつも死んだことになる。つまり、クローム髑髏は俺が死んだ後を知っているということになる。
死んだ後、カス鮫がヴァリアーのボスになったことは確実だがそれ以外のことが気がかりだ。
知っていることを話してもらうと、クローム髑髏によりある事実が明かされた。
俺が死ぬ原因となったカス女。そいつは俺の死に一番衝撃を受けていたらしい。
カス女は俺を殺したカス鮫とそれを指示した沢田綱吉に激怒したようだ。俺を死なせたくなかった理由は不明。だが深く考えなくとも、男好きのあの女のことだ。俺が消えたことで不満でも持ったんだろう。
そして女はその怒りを妬みに変えて、六道骸に可愛がられていたクローム髑髏を嵌めた。
前からカス女に惚れていた六道骸は容易くその嘘を信じた。クローム髑髏が女に卑劣なことをしていた、という妄言を。
碌にこいつと関わりがない俺ですらわかる。こいつはそんな馬鹿げたことをする奴ではないと。
だが「恋は盲目」状態の六道骸はその妄言を真実と思いこみ、そしてクローム髑髏を消した。六道骸の配下共も、クローム髑髏を庇うことなく蔑んだ目で最期を看取った、らしい。
全てを話したクローム髑髏は途方に縋るように俺に尋ねた。
「信じてた人に裏切られて……もう、これからどうしたらいいのかわからない……未来が同じように訪れるなら……また、裏切られる……私は、どうしたらいいの……?」
前世と同じような結末になること。それをクローム髑髏は恐れているようだった。
その恐れを理解できない訳ではない。理解できない訳ではないが、恐れてはいない。それもそうだ、俺は既に前世とは違うことをしている。
「あの時と同じような結末にはならねぇ」
俺が今、復讐者にいることを話してやる。復讐者にいる俺が果たしてヴァリアーのボスになれるのか。答えは否。例えカス鮫たちに前世の記憶があったとしても、立場がそれを許さないだろう。
マフィアを消す立場の俺が、マフィアであるボンゴレの更に下のヴァリアーに所属することは、それこそ考えられない。俺も嫌だがボンゴレ側も嫌だろう。復讐者を身内に入れることでバレたくないものもバラされるのだから。
したがって、俺がマフィアとしてヴァリアーに加わることはありえない。俺があのカスチビに出会った時から俺の未来は変わったということかもしれない。あいつに救われたと考えるのは嫌だが、あいつのおかげでボンゴレと関わらずに済んでいることは事実だ。認めたくはねぇが……水滴レベルの大きさでの感謝はしている。
前世とは違うことをすれば未来も変わるだろう。そのことをクローム髑髏に話せば、深く考え込み始めた。
「前世と違うこと……そうすれば、大丈夫なら……」
五分ほど考え込んだクローム髑髏は最終的に俺が予想していたような結論を出した。
「あなたに着いて行っても、いい……?」
「弱いのに連れて行くと思ってんのか」
「うん……」
俺が連れて行ってくれるだろうと信じ切った目をしている。裏切られても人を信じるのは愚かだと裏切っても良いが……逆にここまで信じられると裏切れない。
そもそも俺は裏切るのが嫌いなのでその選択肢は最初からないが。
意図せず溜息が出る。
仕方ねぇ、連れて行くか。術士が一人手に入ったと思えば何とかなる。六道骸に師事していたフランと同レベルだ、多少は使えるだろう。
連れて行ってやることを言ってみれば嬉しそうに笑った。
「私、頑張るから……ボス」
「好きにしろ」
こうしてクローム髑髏もとい凪が加わることになった。ちなみに凪という名前は「クローム髑髏」という名前以前の名前らしい。六道骸に付けられた名前である「クローム髑髏」には愛着はないらしく、以前の名前を名乗りたいとのことで俺に呼んでほしいと言ってきた。
裏切った奴が付けた名前を名乗るのは確かにムカつくことだ。
わからないでもないのでクローム髑髏のことは「凪」と呼ぶことにした。
俺が「凪」と呼んでいるのに対し、凪は俺のことを「ボス」と呼んでいる。名前で呼ぶより「ボス」と呼んだ方が楽らしい。俺には理解できねぇが。
尚、そんな凪とベスターの仲は悪くない。初対面で魚をあげたからなのか、ベスターに気に入られているようだった。そこまで単純ではない筈なのだが、実は単純だったのか。
ベスターの新たな一面を見た気がしてならない。
…… ……
…… ……
日本旅行は続行し、並盛に縁のない場所で観光をした。マフィアとは縁のない、クソみたいに平和な町。ベスターを見るだけで卒倒し警察が追いかけてきたのは面倒だった。
怒りの余りに石化させようとしていたベスターにわさびを叩きつけた凪の機転の良さには感心した。
この日本旅行で俺達が得たものはかなり少なかった。苦労が九割、その他が一割といったところか。
結局のところ、トラブルにしか巻き込まれなかった気がする。主にベスターの所為で。
一週間に渡る日本旅行を終え、俺達はカスチビの元に戻った。お土産を買えるだけ買って。
「おかえり!そこの彼女は将来を約束した仲かい?」
「これが土産だ。わさびとにんにくと納豆の詰め合わせだ」
「あ、ありがとう……って、なんでそれなの……じゃなくて!彼女は君の恋人かい!?」
「これはイェーガーの土産だ」
「あ、イェーガー君、君にも土産があるって……って違う!だから、」
「うるせぇ!!!!」
奴の顔面ににんにくを叩きつけ、ついでにチビな体を引っ掴んで投げ飛ばす。
飛ばされた奴とすれ違うようにイェーガーが俺の元にすっ飛んできた。報復をするのかと思いきやお土産を開け始めた……後ろで放物線を描く奴のことは気にもかけずに。
包装紙を破いたイェーガーは箱の中身を見て大層喜んだ。
「これが本場のテリヤキソース!」
わざわざ包帯を外して味見をした奴は目を見開いて顔を俺に近付けた。そして前世では恐らく絶対に言わないであろう台詞を言うのだった。
「今日の夕飯は照り焼きハンバーグだ。期待しておけ」
そう言うと、早速調理するべく消え去った。前世とは180℃違うキャラに凪は目を丸くしたまま固まる。もう慣れたから何とも思わないが、最初の頃はらしくもなくツッコミを入れていた気がする。
今となってはカス鮫を凌ぐ料理の美味さなので食べるのが楽しみだったりする。
イェーガーが料理を作りに行ったとは露知らず、覚束ない足取りで戻ってきたカスチビは再び凪を見上げた。
奴が何かを言う前に炎を叩きつける……が、躱された。
「ちょっと、僕に会いたかったからと言ってその嬉しさをツン全開で表現するのはどうかと思うよ」
「ボス、嬉しいの?」
カスチビの言葉を言葉通りに受け取ったらしい。凪は先程より目を丸くして俺に尋ねてきた。そんなわけがないので否定する。そもそもこいつには会いたくねぇ。
だからその嬉しさなんて元からない。ミリ単位、いやマイクロ単位でもあるわけがない。
しかしカスチビはやはりカスだった。
「いやいや、彼にはツンデレ翻訳があってね。本当は僕に会いたかったんだよ。僕も会いたかったよ、友達だからね!」
「ボスの友達?」
「違うな」
「ボス、違うって言ってる……嘘は、ダメ」
カスチビの傍にしゃがみ込んで訴える凪にカスチビは黙り込んだ。俺もベスターもつい黙り込み、この場に妙な沈黙が落ちた。
沈黙を破ったのは静かさが苦手だと言っていたカスチビだった。
「うん、まあ……今回はそういうことにしておこう。それより君は、一体誰なんだい?」
流石のカスチビも凪に何かを言うことはできないらしい。本気でそう信じ込んでいる顔で言われたらやはり何かを言う気は失せるんだろう。俺も気が失せたからな。
代わりに気になる凪の素性について聞いてきたので俺が答える。
「こいつは凪。前世持ちだ」
「へぇ……じゃあ、君も代理戦争とか体験したの?」
「……うん」
代理戦争、の言葉で込み上げてくるものがあったのだろう。今にも泣きだしそうな顔をした凪にカスチビは大いに慌てた。
「え、なんでそんな顔するの!?」
「テメェのせいだ」
「僕のせい!?パラレルワールドの僕が君に何かしたの!?」
「ち、違う……赤ちゃんのせいじゃないから……」
赤ちゃん呼ばわりされたカスチビは地面に膝を着けて地味に落ち込んだ。落ち込むカスチビを慰めるべく凪は慌てて言葉を取り繕った。それを見ながら、代理戦争の記憶を思い起こしてみる。
俺達はマーモン側で戦っていたので凪が代理戦争で何をしていたのかはあまりわからない。六道骸たちとは敵対していながらも実際に戦ってはいないからな。沢田綱吉側とも結局は戦わずに組んだ形になったしな。
しかし前世を思い出して泣きたくなるくらいには何かがあったのはわかる。六道骸と共に戦えて嬉しかった思い出でもあるのかもしれねぇな。裏切られた今はもう、幻のように感じているかもしれないが。
「僕はどうせ見た目が赤ちゃんだよ。若く見えると思えば問題ないとか思っていた僕が間違っていたんだ」
「でも赤ちゃん、可愛い……」
「ゔっ……」
いじけたカスチビに止めを刺したのは凪だった。奴は忌々しげに俺を見上げた。
「君、こんなかわいい子を使って僕に止めを刺すなんて卑怯だよ」
どうやら負け惜しみのつもりらしい。つまり奴は負けを認めているということなので鼻で笑っておく。
「フンッ、俺の勝ちだな」
「くぅ!この、卑怯者が……!」
一体何に成り切っているのか、芝居がかった口調で話すカスチビにムカついたのでベスターを差し向ける。追いかけるベスターから逃げるカスチビは最終的に俺の頭に避難してきた。
俺の上に立っていることが不愉快だ。奴の頭を摘まんでベスターに投げる。
ベスターが受け取ろうとするがその前に消える。逃げた奴が現れた場所は凪の頭上だった。ここが一番安全だと思ったようだ。
「ふぅ。君が帰ってくると本当に疲れるよ。それにしても君、その竹刀はどこから持って来たの?お土産?」
凪の所なら安全だと思ったカスチビはそこを定位置と決めたようだ。凪の頭から目敏く竹刀を見つけたらしいカスチビは小さな手を差し出した。
自分へのお土産だと思っている辺り、こいつも結構自意識過剰だ。そもそもこいつは竹刀なんざ使わないだろうに。何故欲しがるのだろうか。
欲しいようなので竹刀を一振りしてから奴に差し出す。
「って、今何したの!?刀になったんだけど!!」
「テメェが並盛に送ったせいで押し付けられたモンだ。わけわからん流派の継承者になっちまった。これもテメェのせいだ」
「時雨蒼燕流……?」
竹刀から刀に変形する刀に見覚えのある凪はわかったらしい。この流派の名前や俺が誰に会ったのかも。目を丸くさせているのは、俺が剣を習うのを珍しく思っているからだろうか。
カスチビは流派の名前を知るわけが無いのでわけわからん顔をしている。
「なんだい、その時雨蒼燕流って。それ以前にまた僕のせいなのかい」
「当然だ。テメェの存在が俺に厄介ごとを持ち込んできてるからな」
断言できる。カスチビのせいで俺はいつも厄介なことに巻き込まれているとな。
そもそも俺がこいつ等と関わる羽目になったのも全部こいつがやって来たからだ。こいつに連れられて復讐者に所属することになり、こいつのせいで六道骸に会い、こいつのせいで並盛に送られた。
どうだ、全部テメェのせいだろう。
「ほんとだ。僕って凄いね!アハハー」
「テメェ開き直んなカスが。凪、カスチビを渡せ」
「うん」
凪にカスチビを引き渡すように言うと素直にカスチビを俺に渡してきた。凪の頭の上が安全地帯だと思ったら大間違いだ。俺の命令に従う凪の上は安全じゃねぇ。
見事に騙されたカスチビは凪が引き渡したことに愕然としている。
「え!?裏切るぅうぐぇ!!」
引き渡されたカスチビの身体を握りつぶす。赤ん坊はこれだから物理的に潰しやすいんだ。この調子だと握った手から炎を灯そうとすれば、カスチビが逃走した。
離れたところで宙から俺達を見下ろすカスチビ。癪に障る顔をしている。というか見下ろすな。カッ消すぞ。
「たかが憤怒の炎では僕は倒せないよ。死ぬ気の到達点に辿りつくほどのレベルの炎じゃないとね!」
俗にいう「あっかんベー」を俺にしたカスチビは再び炎を使って消え去った。この場に残った凪とベスターの視線が向けられている。
だが、視線が向けられていようが今はどうでもいい。
怒りが湧いてくる。あのカスチビ、俺を馬鹿にしやがった。俺だけじゃねぇ、憤怒の炎も馬鹿にした。
「あのカスチビ……そこまで言うなら、死ぬ気の到達点に辿りついてテメェをカッ消してやる……!!」
「ガゥガゥ!」
憤怒の炎を使うベスターも怒りが湧いているようだな。その怒りは当然のものだ。
俺達の炎をそこら辺の死ぬ気の炎と同一視をした……これは許すとかそんな問題じゃねぇ。カッ消す、奴が悲鳴を上げ泣き面を見せても止めねぇ。
三日間炎で炙って、踏み躙って蹂躙してにんにくをたっぷりその顔に塗りたくってやる……!!
「ボス、私も強くなる……」
「当然だ。テメェも死ぬ気の到達点に辿りつくぐらいの目標を持っておけ」
「うん」
まずは「死ぬ気の到達点」に辿りついて、自分の力を探らねぇとな。夜空の炎のように新たな炎を生み出し、あのカスチビの度肝を抜いてやる。
奴らの知識にない炎。これであいつの隙を突くことが出来れば勝てる筈だ。