憤怒の暴君、転生する   作:鯱丸

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10 受け継がれる最強の剣術

 今、俺は日本にいる。カス共を消すためではなく、修行のためでもなく、旅行のために。

 

 

 事の発端カスチビは困ったようにリストをひらりと振って俺に言ったことから始まる。

 

 最近、リストの更新がやけに遅いと俺は思っていた。一応リストを更新するのだが、リストに載るマフィアの数が五個ずつになった。前と比べると少ない。圧倒的に少ない。

 その理由を聞いてみると、奴は俺にこう答えた。

 

「君が働きすぎるからいけないんだよ」

 

 

 カスチビが言うにはカス共を絶滅危惧種に指定したらしい。俺としてはそいつらをカッ消しても支障はないが、奴からすれば支障があるようだ。

 マフィア界のバランス維持のためにカス共はある程度残さなければならない。そんな考えは俺には理解できねぇモンだな。

 

 善良なマフィアを揃えた所で、結局そいつらもやってることはやってる。そういう奴らもカッ消すとなると、結局はマフィアの殲滅に他ならないとカスチビは言いたいようである。俺としてはそっちでも良い。カッ消せる奴が多いとそれだけ気分が良いからな。

 

 そう言ってみると、カスチビは反論した。

 

「何だかんだ言って、マフィアは表にも関わりがある。ここでマフィアが消えたら余計な争いが生まれるんだよ」

 

 シマが云々という話もマフィアならではのことだ。ボンゴレとかは政府と関わっていることもあり、全てのマフィアを消すのはあまり得策ではないらしい。

 名の知れたカスマフィアを消す分には問題ないが、だからといって一掃するのも問題。

 かなりの数のカス共をカッ消した俺のせいで、マフィア界のバランスが壊れつつあるようだ。俺にカッ消されていないマフィアが勢力を強め、カス共は鳴りを潜めた。

 そのためカスチビはしばらくはカッ消すようなことはするな、と俺に厳命し休暇を与えたわけである。

 

「僕は善人ではない。あくどいマフィアが増えて被害になる人もいるだろうけど、僕等にとってそれはどうでもいいことだ」

「掃除人の仕事はついでで本命はチェッカーフェイスか」

「副業より本業に力を入れるのは当然のことだろう?」

 

 当然のことのように聞いてきた奴に頷き返す。否定はしない。

 俺も含めて、この中には誰も善意で被害者を助けようと思う奴はいない。復讐者は文字通り復讐のために。俺は単にカス共をカッ消したいからカッ消すだけ。

 そこに実験体が加わってきたところで俺達が示すのは「無関心」だ。

 

 こうして俺はしばらくの間、活動休止を言い渡された。不満は勿論あるが、奴の言葉に納得がいったので最終的に俺も同意した。 

 奴が言った言葉。それは「今は待つんだよ。しばらく待てばまた彼らは増える……それを一掃するのも、いいんじゃない?」と奴が言ったことだ。

 数少ないカス共を一気に狩って長い間待つか。それとも増えるまである程度待ってから一掃するか――俺は後者を選んだ。大人数を消してこそ一掃し甲斐があるというもの。

 カスチビの提案に賛同し、俺は休暇をとった。

 

 そして、ここから問題が発生する。

 

 俺は肉を食いにオーストラリアかアメリカに行こうと計画していた。だが何故か、カスチビは俺に日本語のガイドブックを渡してきた――つまり日本に行けと言うことだ。

 納得がいかなかった俺はカスチビと殴り合……話し合いをした。

 その結果、カスチビに無理矢理日本に送り込まれた。

 

 こうして俺はここ日本に来たわけである。航空機?そんなもん、生まれ変わってから一度も乗ってねぇ。

 

 何が「お土産期待しているよ」だあのドカスチビ精神年齢破綻野郎。今度会ったら「ジジイ」と呼んでやる。日本は高齢者に人気のお土産を数多く売っているとイェーガーから聞いた。つまりアイツもめでたくジジイの仲間入りだ。

 ハッ、ジジイの戯言なら仕方ねぇが聞いてやる……訳がないだろうが。

 あの忌々しいチビの土産はわさびとにんにくで良いだろ。

 

…… ……

…… ……

 

 カスチビに飛ばされた場所はどこかの街中だった。日本だとわかったのは日本語の看板が沢山並んでいるからだ。日本語なんて日本以外ではマイナーより更に下の位置だ。日本以外で中々その看板はない……たまに海外で日本語の看板があると、ニセモノかもしくは海外進出しているかだ。

 ここは日本語の看板と文法の間違った英語の看板が並んでいるので間違いなく日本である。

 

 ベスターと共に街中を歩くと、嫌でも注目を浴びる。ベスターが猫に見えないからだろう。そもそも日本では猫を連れ歩く文化はない。もしくはマイナーだ。

 隣を歩くベスターとすれ違う奴らは必ず一度は振り返ってくる。鬱陶しいカス共だ。

 

 焼肉屋を探すために近くにあった看板を眺めていると、知らない奴に肩を叩かれた。馴れ馴れしい、カッ消すと一瞬思うがこいつは一般人であった。

 一般人は殺せない。非常に残念だが。

 

 振り返ると、どこかで見たことがあるような顔をした奴がいた。

 

「そこの兄ちゃん!こんな所で突っ立ってどうしたんだ?観光客か?」

「テメェには関係ねぇだろ」

「まあまあ、そんな辛気臭い顔しないで、寿司でも食わねぇかい?」

「いらん」

 

 この男、何故か俺を寿司屋に誘おうとしている。魚より肉が好きな俺からしたら迷惑以外の何物でもねぇ。大体、魚なんざ肉と比べるまでもねぇ。魚なんか食えるか。

 だが、ベスターは鼻を頻りに動かして男を見上げている。

 どうしたベスター、さっきからそいつを見て。

 

「ガゥ?」

「寿司なんざに興味はねぇ」

「ちょっ、それは酷いぜ。うちの寿司屋は並盛一なんだからよぉ!」

 

 男の言葉に一瞬留まる。

 

 待て、並盛だと?俺はいつの間にか、あのカス共のいる並盛にいたのか?あのカスチビ、何を企んでいる?

 

 カスチビへの暴言を吐きつつ、前世の記憶を洗い出す。沢田綱吉の守護者は並盛出身が大多数を占めている。先程この男の顔に見覚えがあると思ったが、もしかしたらこいつは守護者の誰かの身内かもしれねぇ。

 記憶を探ると、ようやく思い出すことができた。

 並盛の寿司屋と言えば確か、ボンゴレの雨の守護者だった筈。カス鮫を倒した男。

 どうもこの男、あのカスの親のようだ。

 

 道理で剣士らしい佇まいや覇気を持っているわけだ。剣士の覇気は飽きるほど見て来たからな。いい気はしないがよくわかる。

 

 

「さっきから鬱陶しい。用があるならさっさと言え」

「いんやぁ、少し頼みがあってなぁ。寿司を全品奢るから協力してほしい」

 

 俺を魚で釣るとは随分と大胆な賭けに出たな。この男、俺が肉好きだった場合を考えなかったのか?

 真摯に頭を下げる男を無視してそのまま通り過ぎる。通り過ぎようとしたその時に何故か服を引っ張られ、そのおかげで前に進めなかった。

 

 下を見下ろせば、ベスターが俺を見上げていた。

 

「ガゥ……」

 

 甘えるように鳴くベスター。俺にはこいつが何をしたいのか理解できない。この男の言う「頼み」が何であるかわからない以上、協力することはしない。そもそも寿司が対価と言うのも許せない。

 そう思った俺とは裏腹に男にはベスターの要望が分かったようだ。

 

「おっ、大きい猫だな!魚が好きか?うちには良い魚がいっぱいあるぜ!」

「ガウガウ!!」

「ベスター」

 

 息子とそっくりな笑顔を浮かべた男にベスターは興奮したように鳴く。だが、俺がひと声かけると途端に落ち込んだように耳を伏せた。

 ……いつからそんな芸当ができるようになったんだ?

 

 どうやらベスターは、魚が食いたかったようだ。肉好きだと思っていたが、魚も好きなのか?やはりそこはネコ科だからだろうか。

 ふむ。猫なら仕方ない。魚を食わせてやろう。

 

「案内しろ」

「おう!兄ちゃんは食べねぇのかい?」

「いらねぇ」

 

 俺は肉が好きなので断った。男は気にしていないようで、ベスターにあげる魚について色々述べ始めた……魚の種類なんざ理解できねぇ。俺が知ってるのは最近カスチビが言っていた「グッピー」だけだ。

 肉のことは大方知っているんだがな。

 

 男に案内された寿司屋には、「竹寿司」と書いてあった。前世の記憶によると、ここは雨の守護者の実家らしい。その守護者の名前も今となっては忘れたが。

 敵の陣地で飯を食うのは違和感があるものだ。まあ、今は敵ですらないが……違和感はぬぐえない。

 

 ベスターが魚を味わいつつ時折わさびに前足が伸びるのでそれを阻止する。取り上げると何故か吠えられた。

 そんな時に再び寿司屋の男が声を掛けてきた。

 

「なあ、裏に道場があるんだけどな。ちょっと兄ちゃん、来てほしいんだよ」

 

 了承をしてもないのに何故か無理矢理連れられた先にあったのは小さな道場。俺の部屋と比べるとカスみたいな小ささだな。本当に道場なのか?家畜小屋ではないのか?

 

 欠伸をしながら待っていると、先程退室していた男が戻ってきた。その手には見覚えのある竹刀が握られている……山本武の武器は継承されたものだったのか。

 男はそれを一振りし、刃を剥かせた。

 

「俺は山本剛。時雨蒼燕流の八代目継承者だ。兄ちゃんにこの技、継承してほしい」

「普通、初対面の人間にそれを言うのか?」

「ははっ、大丈夫さ。時雨蒼燕流は別に血筋関係ねぇモンだからな。それに剣士の勘だ……兄ちゃんならきっと良い剣士になれる」

 

 剣士の勘とやらは使い物にならねぇな。

 信じ切った顔をしているが、俺が剣術なんざに興味を持つ訳がねぇだろ。第一剣術なんかつまらねぇ。見るのも、やるのも。

 

 にも拘らず、山本剛は俺に竹刀を一本投げた後いきなり剣を振りかざしてきた。竹刀で応戦してやると、嬉しそうに顔を綻ばせて奴は更に剣を下ろす速さを上げた。

 継承者自体はマフィアでも何でもねぇ。銃で応戦したら直ぐにカッ消えるし、そうなったらカスチビにうるさく言われる。面倒だ。

 

 剣の打ち合いより銃の撃ち合いが性に合うな。腕を振るうのが面倒で面倒で仕方がない。

 ベスターが魚を食っている以上、協力しないと不公平だ。一度決めた約束はある程度は守るのが信条だ。ある程度、と言うだけあって別に固く守るつもりはない。

 

「おぉう、良い筋だ!基本が出来たら技の継承だな!」

 

 なんでこんな面倒なことに付き合ってやらねぇといけねぇんだ。そもそもベスターがホイホイ釣られなければ俺は肉屋にいたものを……まあ、ベスターを恨むつもりはないが……カスチビに全ての苛立ちを向けておこう。

 身勝手な継承者に怒りを込めて斬撃を飛ばす。カス鮫にもできるんだ、俺にできない訳がねぇ。

 

「おわっ!すげぇな兄ちゃん、アンタもう一人前の剣士だぜ!!」

「これくらいできて当然だ」

 

 日本人がよくする謙遜なんてしないのが俺だ。大体、ヴァリアーのボスだった俺が銃でしか戦えないかと言われたらそんなわけがないだろう。拳でも戦えるが剣でも戦える……カス鮫に言ったことはないが。

 言ったらあのカスのことだ「俺と戦えぇえ゙え゙!!」と口煩く、毎日、一分ごとに俺に言ってくるに決まってる。鬱陶しくて女々しく、そして極めつけはカス。それがカス鮫だ。

 

 カス鮫と比べたらこの男はマシだ。そう思わねぇとカッ消してしまいそうだ。

 

 それから山本剛と剣を打ち合い、技を見させられた。一度しか見せないとかいうのも複雑な方法だな。こりゃあ、努力より天才重視じゃねぇか。努力馬鹿が見れば怒りそうだ……努力馬鹿ってそういやいたか?

 

 一度しか見せない技だが、やろうと思えば真似することくらいは簡単だ。奴の技を全て真似て、更にひとつくらい新しいのを作ってやったら

奴は感動したように泣き出した。情緒不安定だな。

 

「俺の、俺の、初めての弟子!何だか嬉しくて涙が止まらねぇ……」

 

 そこら辺にいた奴を捕まえていきなり剣を振り下ろして弟子にするなんざ身勝手すぎる野郎だ。こいつ頭大丈夫か?間違いなくマトモな神経をしちゃあいねぇ。どこかがイカれてる。

 勝手に弟子認定されているが俺はテメェを師とは認めねぇ。自分より弱い奴を師と敬えるわけねぇだろ。

 

 そんなことを言ってみても何故か通じなかった。終いには良いように受け取られて「かっけー男だな、ははっ」と笑われた……おぼろげに残る雨の守護者の性格と酷似しているような気がしなくもない。

 そして、この男は今更なことを尋ねてきた。

 

「そういえば、名前聞く前に継承者にしちまったぜ。名前聞いても良いか?」

「……テメェ今更過ぎるだろ。俺の名はXANXUSだ」

「おう、ザンザスか。外国人なのかー!日本語ペラペラじゃねぇか!すげー!!」

 

 こいつ俺が外国人だってこと、今気づいたのかよ。目を輝かせて「ハローとか言えるか」とか聞いてきた。テメェも言えるのにそれを俺に聞いても変わりはない気がするが……先程からツッコミを欠かしていない自分に怒りと呆れが湧いてくる。

 これ以上ペースを崩されたらカッ消しかねないのでもう帰る。

 今日の事しかり、前世の事しかり……並盛はトラブルとトラウマの塊だ。今日来たばっかりだというのに、訳わからねぇ剣術の継承者になったんだ。

 

 この町の、どこが並だ。大体戦乱の世で有名な剣術の継承者がいる時点で並じゃねぇ。人殺しの才能のある奴の巣窟じゃねぇか。

 

 山本剛と共に寿司屋に戻るとベスターが冷蔵庫に入っていた魚を食べていたところだった。顔を青くする男にニヤリと笑みが浮かぶ。

 

「もっと食え。奴が破産するくらいな」

「ガオォッ!」

 

 俺の命令にベスターは大きく返事をして見るからに団体用のマグロを食べ始めた。白く、灰になりかけた山本剛は俺を恨めしげに見る。

 

「仕返しだ」

 

 そこら辺の棚に乗っていた酒を手にそう言ってやる。奴が口を開いて何かを言う前に飲み干せば悲鳴が上がった。

 

「上客用の酒がー!!!」

「ブハッ!ざまぁ見やがれ!」

 

 これくらいはやって良いだろう。勝手に弟子にして、勝手に継承して、それでなにもされないかと思ったら大間違いだ。問答無用で巻き込みやがって。一般人であることが惜しいくらいだ。マフィアだったらカッ消していたというのに。

 だが、これだけ怒っていて実は、そんな予感がしていたと言ったら――酒代を請求されるだろうか。


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