憤怒の暴君、転生する   作:鯱丸

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1 憤怒に謝意を潜ませて死す

 思えば、俺の人生は碌なものではなかった。

 

 

 妄言に憑りつかれた母親によって自ら父親と戯言を吐いた父親に騙され、野望も真の後継者に打ち砕かれ、そして最後は腹心に殺された。

 

 あんな奴はもう腹心でも右腕じゃねぇ、ただのカス鮫だ。

 

 俺の死因は部下であったカス鮫に斬り殺されたこと。カス鮫に負けて殺されたわけじゃねぇ。俺があんなカスに負けるとで思ってんのか。殺されてやっただけだ。

 

 何故、わざわざカス鮫に殺されてやったのか。それは俺の生きる意味がなくなかったからだ。

 

 生きていても意味がないのに、どこぞの老害のように生にしがみ付きたいとは思わなかった。だからカス鮫に殺されてやったんだ。

 

 俺は生きることを諦めていた。俺が手に入れたいと思っていたボンゴレファミリーは既に堕落していたからだ。

 

 あんなボンゴレは求めていない。大体女一人の為に動く組織なぞ知ったことか。

 

 

 

 いつ来たのかわからない一人の女によって、今までの日々は跡形もなく砕け散った。

 

 まず堕落したのは俺の野望を壊したボンゴレⅩ世、沢田綱吉だった。超直感は警告をしなかったのかは知らないが、奴はあっけなく女に堕ちた。

 

 沢田綱吉が女に執着し始めると、奴の周りの人間も揃って堕落した。終いには、奴の家庭教師である晴れのアルコバレーノも堕ちたというじゃねぇか…奴ら人を見る目がねぇな。

 

 

 次に堕ちたのは、ヴァリアーだった。沢田綱吉が女に堕ちたという話はこちらまで届いていたから、真相をカス鮫に調査させた。

 

 すると戻ってきたカス鮫は、今まで見たことが無い程顔がだらしなく緩んでいた。何が「天使のように可愛い」だ。仕事に私情を挟むカスはいらねぇ。

 

 カス鮫が堕ちたのを興味深げに見ていたベル――カス王子が、次に奴らを偵察に行った。だが戻ってきたときには奴も堕落していた。口々に「俺の姫」だとほざきやがる。天使のように可愛くてカス王子の姫なんざただのカスと変わりないじゃねぇか。

 

 フラン――カス蛙が「堕王子」とよく言っていたが、あれがまさにそうだな。そのカス蛙も、六道骸について行って女を見に行った後堕落した。術師は人の本質を見抜くのが得意だと聞いていたが、そうでもないようだな。

 

 事態はこれでひとまず一段落したと思っていた。ヴァリアーで外見の良いカス共が堕ちたとなれば、男を狙っているであろう女も何もしないと思っていた。

 

 だが、女はそれだけでは物足りなかったようだ。

 

 

 俺が俺宛の重要任務をこなしている間に女がヴァリアーを訪問したらしい。帰って来た俺にルッスーリア――カスオカマと、レヴィ――カスは次々に俺にあの女がどれほど可愛いのかを語り始めた。

 

 万人受けする奴は大抵裏がある。それをこいつ等は経験的に知っているはずだ。だがこいつ等は呆気なく堕ちた。幹部が全員堕ちてから、ヴァリアー全体の空気が濁った。いや、訂正しよう。幹部が"全員"堕ちたわけではない。

 

 幹部の中で、マーモンはただ一人堕ちなかった。何故なのかはわからないが、マーモンは女を嫌っていた。

 

「恋愛なんて金にもならないのにね」

 

 苦々しい口ぶりで吐き捨てたマーモンに当然だと頷いた記憶がある。愛ほど腐った言葉はない。愛ほど信用ならない言葉はない。

 

 マーモンは最後まで俺を裏切ることなく仕えていた唯一の幹部だった。俺が雇い主だったからなのか、奴は裏切らなかった。

 

 右腕は誰だという話になれば、俺は間違いなくマーモンの名を挙げるだろう。それほどまでに、奴には助けられてきた。

 

 金のない信頼関係は、結局どちらか一方が裏切られて断ち切られるのがオチだとよくわかった。

 

 

 マーモン以外の幹部たちが堕落してから、俺達の日常は変化した。

 

 カス鮫は俺の機嫌取りに来なくなった。俺がいる間にも、あの女の元へ行くために日々ボンゴレを襲撃していた。それは他の幹部も同様であった。

 

 仕事を一切せず女に執着するカス共は不気味だった。俺が任務を与えると、カス共は「その間にもボンゴレたちが女を唆す、俺たちは仕事をしている場合ではない」というくだらない言い訳で任務を放棄した。

 意味が解らない。仕事を捨ててまで女を構うなんざ社会人失格だな。それでも大人か。

 

 俺はそれでも関係ねぇ、と一蹴して任務を与え続けた。そしていつしか、カス共から俺に対する忠誠心が消えて行った。俺を"ボス"と呼び慕うことがなくなった。

 

 忠誠心があろうがなかろうが俺には関係なかった。"ボス"と呼ばれなくとも構わなかった。

 

 俺はボンゴレの敵になり得るカス共をカッ消せばそれで良かった。その為の手足としてヴァリアーがあるだけで、そこにどんな気持ちがあろうとどうでも良かった。

 

 

 幹部の要望を聞かず任務を与え続ける俺と、女に会いたいとほざくカス共との関係に亀裂が走った。

 

 それでも俺達がヴァリアーとして何とか成り立っていたのは、単にマーモンが間に立っていたからだろう。

 

 

 ギリギリの状態で成り立っていたヴァリアーだが、ある日突然それが崩壊した。どれもこれも全てあの女が原因だった。

 

 俺があの女に会ったのが全ての始まりであり、終わりだった。

 

 ある日、任務帰りに女と会った。その女は至って平凡で、カス共が「天使のように可愛い」と持て囃した容姿には到底思えなかった。

 拍子抜けするほど平凡な女の傍を通り過ぎようとすると、いきなりしがみ付かれた。

 

「待って!私は東宮愛。スク達から貴方のこと、たくさん聞いていて一度お話ししてみたいと思っていたの!一緒にお話しようよ!」

 

 上目遣いをした女の目には、絶対的な自信が見えていた。その目に宿る慢心、過信に思わず嘲笑を溢した。

 

 特徴のないその顔で俺を惚れさせようとしたのかと。

 

「冗談はその顔だけにしておけ、カス」

 

 女を振り払い、唖然とした顔の女を放ったまま俺はそのままヴァリアー本部に帰った。

 

 あの時振り払わずに惚れたふりでもしていれば、死ぬことは無かったのだろうか。いや、いずれにせよ自分は死んでいただろう。

 

 この時には自分がボンゴレに存在する意義が解らなくなっていたのだから。

 

 九代目のクソジジイに拾われてⅩ世になるために足掻いてきた俺には、Ⅹ世になれない時点でもう存在する意義がなかったのかもしれない。

 

 それを誤魔化すためにヴァリアーで敵をカッ消して、組織にとって有益な存在であることに安堵したかったのだろう。

 

 俺はボンゴレに依存していた。それ故に俺にはボンゴレを抜けるという選択肢は無かった。

 

 

 そして気が付いたら俺の周りには敵しかいなかった。

 

 聞けば、俺はどうやらあの女に乱暴をしたとかで信頼がガタ落ちしたのだとか。もっとも、二度もクーデターを起こした俺に信頼もクソもねぇが。

 

 沢田綱吉たちは会うたびに突っかかり、ヴァリアー幹部のカス共も俺をボスと敬わなくなった。だが、どうでも良かった。ボンゴレに居続ける事が出来たなら、と。

 

 

 そんな俺に追い打ちをかけるように、事態は更に悪化した。俺をヴァリアーボスから降ろし、カス鮫を新しいボスにすると沢田綱吉がほざいたからだ。

 

 これによって俺はボンゴレに捨てられた。母親の妄言に振り回され、偽の父親に裏切られ、そして最後には縋った組織から捨てられた。

 

 

 カス鮫は、俺と戦いたいと沢田綱吉に進言した。

 

 曰く、俺の前のボスである剣帝とも殺し合いをした。ヴァリアーのボスの座は殺しで継承を行うのだとか。

 

 カス鮫の提案を沢田綱吉は受け入れて、ヴァリアーのボスの継承は殺しによって行われるという伝統がここに出来上がった。

 

 ギャラリーはボンゴレの守護者たちとヴァリアーの幹部。会場はヴァリアーの本部。そこで、ボスの座を懸けた殺し合いが始まった。

 

 勝負は始まる前から決まっていた。向こうは知らないだろうが、最初から決まっていたのだ。

 

 俺は負けるつもりだった。例え勝利を掴んだとしても、ボンゴレから捨てられたという事実は消えようがない。女を襲ったという根も葉もない噂のある俺を、奴らがいずれ何らかの形で処理するのは目に見えていた。

 

 

  だから、

 

 

  だからカス鮫が斬りかかった時、抵抗をしなかった。

 

 

 周りが俺が抵抗しなかったことに唖然とした中、俺は一人死んだ。マーモンの悲痛な叫び声を耳に入れたとき、俺は生まれて初めて"申し訳ない"と思った。死に際に"謝意"が浮かぶとは、俺もどうかしていたのだろうか。

 

 最後まで俺を信じたマーモンのその後は知らない。

 

 死ぬ前にボスの権限で、ヴァリアーの資金を全てマーモンの口座に移したが気付いただろうか。おかしな噂を広められて殺される前に逃げて、その金でイタリアから遠いところで平穏に暮らしてほしいものだ。

 

 

 ボンゴレに散々振り回された俺は、三十年弱――八年引けば二十年と少し――で死んだ。だが、どうやら俺は地獄行きを免れたようだ。

 

 だからといって天国とやらに行けたわけでもない。

「人生をやり直せ」と言わんばかりに俺は再び現世に生まれ落ちた。

 

 

 どこか見覚えのある女の顔を見て、俺は神がいるのかもしれないと考えるに至った。どうやら神は、俺に人生をやり直させたいようである。

 

 

 

 

 俺は将来XANXUSと呼ばれる男――――つまり再び自分に生まれ変わったのだ。


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