ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

4 / 26
第三話  モッピー襲来

 

 

 

「…………ん、寝ちゃってたのか、……オレ」

 

 ずいぶんと懐かしい夢から目を覚まし、あたりを見渡す。先ほどまで綺麗な夕日の差し込んできていた部屋の面影はなく、窓の外を見るとすっかりと夜の帳が下りているのに気が付く。

 

「お目覚めか?」

 

 不意に、隣のベッドから馴染みの声が聞こえてきた。

 その声の主は、言わずもがな。一夏である。

 オレはおもむろに起き上がり、彼のいる方を見る。

 暗い部屋の中、月明かりだけが室内に差し込んでくる。

 青白い月光に照らされた一夏。実に絵になる風景である。

 

「……うん。ごめん。勉強会、勝手にお開きにしちゃって」

 

 オレがそう言って、頭を下げると一夏は、

 

「いいよ、別に」

 

 そう言って優しくほほ笑んできた。

 そして、一夏はポケットからジュースの缶を一本取り出すと、

 

「ほらよ」

 

 オレに手渡してきた。

 

「……いいのか?」

「ああ。今日のお礼」

 

 プレミアム紅茶。

 

 オレの好きなやつだった。さすがは親友。オレの趣味をよくわかっている。

 だが、今日の勉強会はオレの勝手な都合でお開きにしてしまった。……本当に貰ってもいいのだろうか。

 そんなことを考えながら、オレが一夏と紅茶を交互にちらちら見て黙っていると、

 

「遠慮なんかすんなって。俺とお前の仲だろ、金剛」

 

 そう言っていつもの優しい笑顔を向けてくる。

 

「…………ありがとう」

 

 一夏にお礼を言い、缶のふたを開ける。

 プシュッと缶ジュース特有のプルタブを開く音を聞き、ゆっくりと紅茶を口にいれる。

 ほんのりとした甘さが口全体に広がった。

 

(……うん。やっぱりこの紅茶、おいしい)

 

 少々本国のものと比べると甘ったるい気もするが、これはこれで悪くないものである。

 オレが紅茶を飲み終えると、ぼーっとした表情でこっちを見ていた一夏が、

 

「金剛。飯、まだだろ? 一緒に学食行こうぜ?」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「え、もうそんな時間?」

 

 いったいどれくらい寝ていたのだろうか、自分は。

 そう思い、慌てて時計を見て時刻を確認する。

 

 午後八時。

 

 部屋で眠りについてから、すでに三時間以上経過していた。

 どうやら自分が思っていた以上に、長く眠っていたようだ。

 

「ああ。早くしないと学食も閉まっちまうぜ」

「一夏もまだなの?」

「ああ」

 

 一夏は頷き、オレの手を取る。

 その瞬間、自分の手越しに彼の硬い手の感触が伝わってきた。

 オレは彼の手に引かれながら、学食へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

「一夏。随分と仲がよさそうだな」

 

 学食へと向かう途中、篠ノ之箒に声を掛けられる。

 振り返り彼女の方を見ると、彼女は少しイラついたような表情でオレと一夏を睨んでいた。

 オレの推測によると、彼女は多分……一夏に特別な感情を持っているはず。

 もしかしたら、一夏がオレと手を繋いでいるのが気に食わないのかもしれない。

 そう悟ったオレは、咄嗟に一夏の手を離す。

 

「おう、箒。どうした? お前もこれから飯か?」

 

 しかし、とうの一夏は全く彼女の怒りに気付いていないようで。

 いつものような態度で彼女に話しかけた。

 

(鈍感というかなんというか……)

 

 ちなみにオレは自分に彼女らの怒りの矛先が飛んでこないよう、彼女たちがいる前では一夏と距離をとるようにしているのだが……。

 一夏がいつもこんな調子だからこっちに矛先が向いてくるのだ。

 少しは、彼女らの乙女心というものをわかってあげて欲しい。

 

「ああ、そうだ。部活がたった今、終わったのでな」

 

 部活。

 

 彼女の言葉に、少し反応する。この普通とは違いすぎる高校、IS学園にも部活動なるものは存在する。サッカー、バスケ、ソフトボール、などといった体育会系はもちろん、料理部などといった文科系の部活もだ。しかし、いかんせんここは女子高。昔から同年代の女子達と話をするような機会が少なく、女子への免疫の薄いオレは、部活動には入らずに過ごしていた。部活に入ったところで、部内で浮きまくるのは目に見えているからだ。

 

 が、そんな事情は周りの生徒達の知るところではなく、部活動にも入らずただ毎日を怠惰に過ごしていると思われているオレは、他の部活動に一生懸命取り組んでいる生徒達からは、あまりよく思われていなかった。いや、ただの帰宅部の生徒ならまだいい。だが、織斑一夏という学園に一人しかいない男子がそのなんの取り柄も無い女子生徒(オレのこと)とばかりつるんでいるのだから、彼女らも心中が穏やかではない。篠ノ之箒も――そんな彼女らのうちの一人であった。

 

(まあ……オレが元男、ってことをみんなに知らせなかったのも悪いのだが)

 

「部活っていうと……剣道部?」

 

 オレがそう尋ねると、彼女は、

 

「他に何がある」

 

 と、その鋭い眼光をこちらに向けてきた。

 

(……こっ、こわっ……)

 

「竹刀の入った袋を持ちながら廊下を歩いている生徒。それが剣道部以外のなんであるというのだ。少しは頭を使ったらどうだ?」

「…………ごめんなさい」

 

 オレが頭を下げると、彼女はフンと鼻を鳴らしおれから視線を逸らす。

 

「一夏、私はこれから用事があるので失礼する」

「あ、ああ」

 

 オレと一夏への態度の違いに、さすがの一夏も面食らったようだ。

 彼は少し驚きつつも彼女を見送り、彼女の背中が見えなくなったころに一言。

 

「金剛。お前、なんで箒と仲悪いんだ? 喧嘩でもしたか?」

 

(あなたのせいですよ……)

 

 オレは小さくため息をついた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。