ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
千冬さんから素敵なプレゼントを受け取ったオレは、そのまま寮の自室へと足を運ぶ。
手のひらサイズのコンドームの箱を、どうしたものか、と頭を悩ませながらの歩行。
コンドームの箱は、当然、廊下ですれ違う女子達に見られないよう、制服のポケットの中に忍ばせている。万が一にも、こんなものを使うことはないだろうが、学校のゴミ箱でこれを捨てるのもあれなので、不本意ながら、寮まで持っていくことにしたのだ。
といっても、寮にこの箱を持って行ったところでなんの解決にもならないが。
……悩んでいても仕方がない。あとのことは部屋に行ってから考えよう。
そんなことを考えながら、赤い絨毯の上を歩く。
(……一夏にこれ見られたら最悪だな)
一夏にこの箱が見つかったら、間違いなく訝しがられるだろう。金剛はホモなのではないかと。
ホモと友達でいるのなんて、さすがの一夏でも一歩引いてしまうだろう。
最悪の場合、幼いころから築き上げてきた彼との仲が壊れてしまうことも予想される。
(それだけは阻止しなくては……)
どっと両肩に疲れが溜まっているのを感じた。
一刻も早く部屋に戻りたい。そう思った。
それから歩くこと数分。
「さてと……」
ようやく、寮部屋までたどり着いたオレは、カードキーを使い、部屋の扉を開ける。
そこは、朝、オレと一夏が部屋を出た時のままの状態だった。
(…………用事を思い出したから、今日の勉強会はお開きだってメールは、一応したが……)
この部屋を見る限り、おそらく一夏もまだ戻ってきていないのだろう。
誰もいない静かな室内。オレは自分のベッドの上に、制服のまま寝転ぶ。
「……はあ」
そして、自分の枕に顔をうずめながら、小さくため息をついた。
最近。一人でいると、今みたいに気分が沈んでくることが多い気がする。
なんというか、……こう、急な孤独感に苛まれるような気分になるのだ。
今ごろ、弾たちはなにをしているのだろうか。
部活をやったり、勉強をしたり、……放課後、みんなで遊んだり。
そういう毎日を楽しんでいるのだろうか。
そんなことが、ふと、頭に浮かぶのである。
正直、そんな彼らの生活が少し羨ましい。
もし、自分も事故に遭わなかったら……そう思わずにはいられなかった。
「寝よ……」
ベッドに突っ伏したまま、瞳を閉じる。
一人で部屋にいたところですることもない。
一夏が来るまで、少し寝ていよう。そう思った。
オレと一夏が出会ったのは、およそ五年前。小学五年生のある夏の日。
その年。オレは、父の仕事の都合で、イギリスから日本へとやって来た。
はるか遠く、地球の反対側にあるちっぽけな島国。
もちろん、日本に来る前、幼いながらもオレは父に反発した。自分は日本になど、行きたくない、と。だが、最終的にはオレの反発も空しく、父と二人、日本へと渡航することとなった。幼いころ母を亡くしたオレには、父以外の身寄りがなく、イギリス本国に残る、という選択肢が残されていなかったからだ。
慣れない日本語。慣れない日本食。慣れない日本生活。
産まれてからずっとイギリスで暮らしてきたオレにとって、異国の地。
日本での生活は苦痛でしかなかった。
だが、ある夏の日。
一夏たちとの出会いによって、オレの毎日が大きく変化した。
忘れもしない、あの夏の日。そう、……あの日も、今日みたいに綺麗な茜色の空だった。
………………………………………………。
………………………………。
………………。
「やーい、外国人ー。悔しかったら取ってみろよー」
「give! give me back! (返して! 返してよ!)」
オレが一夏たちのいる小学校に転校してきて間もなくのころ。
オレは日本語を話すことが出来なく、周囲の環境に溶け込めずにいた。
日本で生まれ育った父とは違い、オレにとってそこは異国の地。
話す言語も、人も、風土も、なにもかもが異質の存在だった。
しかし、それはすなわち、日本人にとってオレが異質の存在である、ということにも繋がる。
クラスで一際浮いていたオレが、いじめっ子たちの標的の的になるのには。
そう時間はかからなかった。
「また、あいつらやってるよ。こりねえなあ」
「でもまあいいんじゃね? 島崎のやつ、ムカつくじゃん」
「だよな。顔がいいからって女子からちやほやされてうぜえし」
「あ、それ言えてる」
放課後。
クラスの中で喧嘩をしている少年たちがいる。……いや、一人の少年を数人がかりで押さえつけているところを見ると、これは喧嘩というよりはむしろ一方的な暴力かもしれない。いじめっ子の一人が、少年の首からペンダントを奪い、それをみんなで面白がる。少年は必死に取り返そうと試みるも、まったくどうすることもできず、ただ、目に悔し涙を浮かべている。
一方的な暴力。まさに理不尽ないじめだった。
しかしその現場を見て少年を助けようとするものなどはどこにもおらず、むしろ冷ややかな目で騒ぎを見つめていた。そんな中一人だけ。一人だけ騒ぎの中に自ら割って入ろうとする者がいた。
――彼の名は織斑一夏。
オレの日本で出来たはじめての友だちだった。
一夏は無言でいじめっ子たちの前まで詰め寄ると、
「おい」
静かに、……しかしそれでいて、どこか怒りの籠った声で、彼らをを睨んだ。
「なんだよ織斑。お前もまざりたいのか?」
「お前達、もうそのへんにしといてやったらどうだ?」
一夏がそう言うと、クラスの皆が一瞬、ポカンとした表情を見せたあと、笑い出す。
「織斑、お前。正義の味方のつもりかよ」
「ひゅーひゅー織斑君かっこいー」
みんなが小馬鹿にした態度を取り、クラス中からは失笑が漏れる。
当時のオレは日本語がわからなかったが、場の空気で、自分のせいで彼が馬鹿にされているというのだけは察した。オレは小さく彼に頭を下げた。これで彼も引き下がるだろう。誰もがそう思い、笑っていた次の瞬間。
「うるせえよ」
一夏はそう言って、いじめっ子の一人を殴り飛ばした。
彼の突発的な行動に、思わず唖然とするクラスの人間。
しかし、とうの彼はそんなクラスの雰囲気など意にも返さないといった様子で、一人。
また一人と、次々と連中を殴り倒す。
理不尽な暴力には、それ以上の理不尽で叩き潰す。それが当時の彼のやり方だった。
一夏は最後に残ったいじめの主犯格を睨みつけながら、指を鳴らす。
そして、無言で彼に向って拳を上げた。
「や、やめてくれ。い、今なら先生に言わないでおいてやるから」
「お前はそいつがやめろって言った時、素直にやめてあげたか?」
そう言って、床で腰を抜かしたオレの方を見ながら、呟く。
「そ、それは……」
そして、言い淀むいじめっ子を冷ややかな目で見下ろしながら。
問答無用でその拳を振るった。
「……sorry」
オレは彼の赤くなった拳を見て、思わず頭を下げる。
すると、彼は先ほどまでの冷徹な表情とは打って変わって優しい笑みをオレに向けた。
「こういうときは、ごめんなさい、じゃなくて、ありがとうって言うんだよ」
そう言って、彼はオレに手を差し伸べてくる。
「……アリ……ガト」
その手を、オレは強く握り返す。
これが、オレと一夏との、初めての出会いだった。