ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
「うーむ。凰のやつ……勝手な真似をしおって」
オレが千冬さんのもとまで行って部屋の掃除をしながら、一夏と鈴が部屋を交換することを伝えた結果……心なしか、千冬さんの機嫌が悪くなったのを感じた。千冬さんは部屋のベッドにどっかりと腰を据え、その顔の眉間にしわを寄せながら、小さくため息をついた(その手には例のごとくビールが握られている)。
「で、金剛。お前はそれでいいのか?」
「いいも悪いも……。……しょうがないでしょう。オレが自分のことを男だと思ってても……周りがそうは思ってくれないのも事実なんですし」
「……しかしだな」
「……いいんです。オレと一夏が四六時中一緒にいることで、周りの生徒たちにあらぬ誤解を与えてしまっていたであろうことは……なんとなく気づいてましたから。これを機に、……オレも一夏も少し距離を置いてみようと思います」
本心では一夏と別の部屋になるのは……少しだけ寂しい気もするが仕方ない。オレも一夏も、いつかは必ず大人になってしまう。いつまでも子供のときみたいにべったり――ってわけにはいかないんだ。オレが一夏と別の部屋になるのに異存はないとの旨を言うと、千冬さんは「……うむ」と小さく声を鳴らし、黙り込んでしまう。――そして、数十秒ほど自身の顎に手を置き、なにやら考え事をする仕草を見せたあと、彼女はこんな提案をしてきたのだった。
「――だったらいっそのこと、一夏と本当に付き合ってしまうというのはどうだ?」
「ファッ!?」
い、いきなり何を言い出すんだこの人は。
「一夏と一緒にいることで周りに下種な勘繰りをされるのが嫌なら、もういっそのこと誤解を誤解じゃなくしてしまえばいいじゃないか」
「い、いやいやいや……まずいですよ! そんな……一夏と付き合うなんて……」
オレが一夏と付き合う? ♂×♀として……? ……あ、ありえない。
「そもそも一夏が同意しなきゃ無理でしょ、そんなこと」
オレがそう言うと、千冬さんはジト目でこちらをじーっと睨んで、いかにもわざとらしく大きなため息をついたのだった。
「……一夏のやつも大概鈍いとは思っていたが……。お前は一夏以上の朴念仁だな、金剛」
「は、はあ……? それってどういう――」
「――いや、いい。皆まで言うな」
千冬さんは左右に首を振り、オレの言葉を静止する。
「では考えてみろ。IS学園を卒業したあと、お前はどうするつもりだ?」
「え、……それは……」
学園を卒業したあとの進路か。……思えばいままで、一度も深く考えたことがなかった気がする。……一応、オレは日・英の代表候補生ということになっているし、そのどちらかの代表になったりするのだろうか?(一口にイギリスと言っても、地区ごとに代表候補生はそれぞれ一人ずついる。オレはイギリスの中でもウェールズの代表候補生であるが、セシリアはイングランドの代表候補生である。ちなみにいうと、予算の都合的にはイングランド>スコットランド>ウェールズ>北アイルランドの順になっている) ……いや、代表候補生なれればの話なんだが。
「えっと、その……自分的には……日本かウェールズの代表になりたいと思ってるんですけど……。妹たちには、皆ちゃんと大学まで出てもらいたいからお金を稼がなきゃいけないので」
「ふむ。それで? 代表生として働いて妹たちを全員、大学を卒業させた後はどうするつもりだ?」
「あと? えっと、そのあとは……結婚して、贅沢とは言わないまでもごく普通の家庭を、恋人と子供と一緒に築いてつつましく生活できたらいいな、とは思いますけど…………って、あ」
自分で言ってて――途中で気が付いた。
オレって将来、……どっちと結婚するんだ? 男? それとも女?
「……やっと気が付いたようだな」
千冬さんはそう言うと、グビグビと一気にビールを飲み干し。
空になった缶をテーブルの上に置いた。
「いいか? 金剛。この先、お前が誰かと結婚したいと思ったら、その相手の性別が男であれ女であれ、必ず多少の問題が生じるんだぞ?」
「問題……ですか」
「ああ。相手が男だったら精神的、女だったら肉体的な同性愛者ということになるな、お前は」
「……同性……愛者」
「あー……そんな泣きそうな顔になるな、金剛」
……なんてこった。よくよく考えたらオレにはこの先の人生において”普通の家庭”を作れる余地なんて残されてないんじゃないか。…………バカだ、オレ。……そんな単純なことに気が付かなかったなんて。――自身の目頭がカーッと熱くなっていくのを感じる。
「まあ、その……なんだ。その事実を踏まえてだな、お前の結婚相手に最もふさわしいのは一夏だと考えるわけだ、私は。結婚する相手には当然お前の過去のこともちゃんと知ってるやつのほうがいいだろう?」
「で、でも……」
オレが一夏と結婚する? 今まで親友としか思ってこなかったあいつと? ――……無理だ。……嫌だ。一夏とそういう性的な関係になると想像しただけで、……寒気がしてきた。……やっぱりオレの中でのあいつは同性としての親友で、どうしても異性としては考えられそうになかった。
「まあ……この問題ばかりは当人たちの問題だから私がどうこう言ったところで、結局はお前たち次第なんだがな」
「…………」
「その、……なんだ。この学園を卒業するまでまだまだ時間があるからな。それまでに考えて、後悔のない選択を出すといいさ。私も教師としてお前たちが一番幸せになれる選択ができるよう、できるだけのサポートはするつもりだ」
「……ありがとうございます」
「がんばれよ、金剛」
そう言って千冬さんはバン、と力強くオレの背中を叩いたのだった。