ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

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第十四話 英国料理の真髄2

 

 

 

「お待たせ、カレーできたよ」

 

 オレがそう言ってカレーの入った鍋を食卓に持ってくると、真っ先に反応したのは他でもない一夏だった。

 

「おー、本格的だなあ」

 

 ホクホクと湯気の出る鍋をのぞき込んで、一夏はそう呟く。

 

「当然。ルーから作ったからね。我ながらいい出来だと思うよ」

「へぇ、そりゃ楽しみだ」

 

 一夏と二人で会話をしながら食卓に食器を並べる。

 こうしていると、なんだか中学時代の時のようで少し懐かしい気分になってくる。

 オレたちが三人分のカレーを食卓に並べ終えたころにちょうど、

 

「お、もうできたのか。早いな」

 

 弾が戻ってきた。

 

「おう、風呂掃除ご苦労さん」

「ご苦労さま、弾」

「ああ、二人こそ料理ご苦労」

 

 弾が戻ってきたので、三人でテーブルについてカレーを食べることにした。

 やっぱり夕食のカレーは鉄板だよな。

 カレーのスパイシーな匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「いただきます」

 

 オレたちはそれぞれあいさつをした後、しばし無言でカレーに手を付け始めた。

 

 もぐ、もぐ、もぐ……。

 

(うん、おいしい)

 

 玉ねぎの甘みとカレーの辛さがほどよくマッチしている。

 豚肉の大きさもちょうどいい。

 久しぶりに作ったわりには、それなりのできだと思うが……。

 

「……うまいな」「だな」

 

 よかった。

 一夏たちの評価も悪くなかったようだ。

 

「金剛、また料理の腕上がったんじゃないか?」

 

 ジャガイモをスプーンでつつきながら弾がつぶやく。

 

「え、そうかな?」

「中学の時よりなんか、こう……野菜とかの切り方が丁寧になった」

「そっか。ありがと」

 

 自分でも気づかない間に包丁さばきがうまくなったのだろうか。

 それとも、女になった影響で器用になったとでも言うのか。

 まあ、どちらにせよ料理が上達するのはいいことだ。

 

 ここは素直に喜ぶとしよう。

 一夏を見る。一夏もカレーに概ね満足したようで、ご飯のおかわりをよそっていた。

 

「一夏、どうだった?」

 

 一応彼の感想も聞いてみる。

 

「ああ、うまいぞ。久しぶりのお前のカレーだもんな。うまいに決まってる」

「よかった」

 

 今日の夕食は、少しだけ昔のころのように懐かしい心地がした。

 

 

 

 一夏や弾がリビングのテレビで野球中継を見ているのを尻目に、オレは台所で食器をかたずけていた。

 スポンジで汚れを取った後、最後の皿をタオルでふき取る。

 これで終わり、っと。

 皿をかたずけ、リビングに入る。

 

「皿洗い終わったよ」

「おう、お疲れ。風呂湧いてるから、入ってきていいぞ」

「え? オレが最初でいいの?」

「もちろん。こういう時はレディーファーストだ。な、一夏?」

「ああ」

 

 レディーファーストねぇ……。

 あんまり女扱いされるのは嫌なのだが……ここはだまって二人の厚意に甘えるとしよう。

 

「わかった。ありがとう」

 

 オレは二人に感謝の言葉を述べて、風呂場へと向かった。

 脱衣場の戸を閉め、黒のワンピースを脱ぎ、下着に手をかける。

 黒のひもパンを手に取り、しみじみと思う。

 

 どうでもいいが、どうして女ものの下着ってこうスースーするんだろうな。

 防御力薄すぎじゃね? ……別にナニから守るとはいわないけどさ。

 

「さてと……」

 

 最後にブラジャーを外した。

 ぷるん、と形のいい胸があらわになる。オレは脱衣場に衣服をたたんで置き、風呂場へと入る。

 すると鏡越しに、程よい大きさの乳房と桜色の乳首が視界に入ってきた。

 

(っ……)

 

 突如として湧き上がる嫌悪感。

 オレはさっと鏡から目をそらし、シャワーのノズルを回す。

 すると冷たい水が全身に当たる。

 

(気持ちいい……)

 

 体中の熱気が吹き飛んでいくかのようだった。

 

 やはり夏の水浴びは格別だ。

 

「…………」

 

 冷水を浴びながら、ヒバの木でできた木製の風呂椅子に腰かける。

 真正面の鏡に映るのは、水に濡れてどこか物憂げな顔をした少女の姿。

 それは、かつて見慣れた男の姿の自分とは遠くかけ離れており……。

 

「うっ……」

 

 思わず吐きそうになる。

 げほげほ、げほっ……。

 何度かむせ返るも、のど奥まで出かかったそれを必死に呑み込む。

 

「はぁはぁはぁはぁ…………収まった、か」

 

 呼吸を整えながら、自身の胸に手を当てる。

 鼓動がバクバクと鳴っているのがわかった。

 

 ここ最近はずっとこうだった。

 変化した自分の身体を直視すると、たまらなく鼓動が震えてくる。

 

 理由は分かっていた。

 

 今まで胸筋のあった胸のあたりには、先っぽに桜色の突起をとがらせる乳房が。

 髪もうっとおしいほど伸びてしまい、かつての面影もない。

 股間にはあるはずのものがなく、代わりに、男を受け入れるための蕾がついている。

 雌の身体。

 

 ――お前は男ではない。

 

 オレの身体がそう告げてくる。

 

 そのことにたまらない不安を覚えるのだ。

 アイデンティティの崩壊、と言えばいいのであろうか。

 

「……胸、また大きくなったな」

 

 鏡の中の少女を見て、他人事のようにぽつりとつぶやいた。

 

 

 

 


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