ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

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第十三話 英国料理の真髄1

 

 

 

 とあるエスニック・ジョークにこんなものがある。

 

 ある人が、世界で最も幸福な男は? と知り合いの男に聞くと、彼は世界で最も幸福な男とはアメリカの家に住み、イギリスの服を着て、中国の料理を食べ、日本の女を妻にした男であると答えた。

 

 ……うん。

 

 これにはオレも概ね同意してもいい。酢豚美味いし。

 だが、ここからの下りがいただけない。

 

 逆に最も不幸な男は? と彼に聞いてみると、それは日本の家に住み、中国の服を着て、イギリスの料理を食べる男である。と彼は答えた。

 

 ……イギリスの料理がまずいという風潮。

 

 これに対して、オレは断固として意義を唱えたい。スコーン、ジンジャークッキー、ギネスシチュー……イギリスにだって美味い料理は存在する。フィッシュアンドチップスとか。あれなんかすごいぞ、一度食べたら、次からは匂いだけでお腹いっぱいになるレベルだ。匂いだけでお腹いっぱいとか凄いだろ、一ヶ月一万円生活とか余裕で優勝できるレベル。すごくね?

 

 閑話休題。

 

 ……まあ、ようはオレが何を言いたいのかと言うと……イギリス人が料理下手という風潮は完全に偏見だ、ということだ。(ただしセシリアは除く)

 

「おおっ! うまいもんだな」

 

 五反田食堂、厨房。

 

 なんやかんやで弾の家に泊まることとなったオレと一夏。今日は弾の家族が皆、出かけているとのことで、現在、五反田家にいるのはオレと一夏、並びに弾の三人のみ。厳さんたちも出かけている。そのため、食事などは自分たちで作らなくてはいけない。

 

 風呂掃除は弾が引き受けるとのことなので、オレと一夏は厨房で黙々と野菜の皮を剥いていた。ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ……などなど。材料などで察しはつくと思うが、今日のメニューは、二人の要望に応え、カレーということになったのだった。

 

「よくそんな、綺麗に剥けるな」

 

 隣からオレの作業をじっと見つめてくる一夏。彼はその瞳を少年のようにキラキラと輝かせながら(というか少年なのだが)オレが剥き終えた長いニンジンの皮を見つめ、ほー……と感嘆の息を漏らす。

 

 よせやい。照れるだろうが。

 

「あー……そういや。金剛の手料理なんて、随分と久しぶりだな。中二の林間学校以来だったか?」

「え?」

 

 ……林間学校。

 

 一夏の口から発せられる、その懐かしい言葉の響きに、思わず手を止める。

 

「あの時も、カレーだったっけ? 確か。金剛ってあの時から料理上手だったよなぁ、割と」

「……」

 

 一夏たちと過ごしたあの夏の日。

 

 ……ああ、今でも覚えている。

 

 何を隠そう。オレの中学時代ベスト10に入る思い出である。悪い意味で。

 

「そういやあの時、鈴と大喧嘩したんだっけ。俺」

 

 そう言って、顎に手を当てながらうんうんと頷いて見せる一夏。

 

 忘れもしないあの夏。

 

 数年経った今でも、あの日のことは鮮明に覚えている。

 

「……ああ。それでなんか知らんが、オレが責任取らされたんだよな。班長だったからって」

 

 そうなのだ。

 その日は確か、一夏と鈴が喧嘩して、なぜかオレが担任に怒られたのである。

 

「そうだったっけか? 悪い悪い」

 

 一夏はケロッと、何の悪びれもなくそう答える。そしてオレの目を見つめ、いつものように微笑んだ。

 

「ははは、どんまい」

 

 うわぁ……笑顔が眩しい。

 ……こいつ殴っていいですか?

 

「でもさ、あれ鈴が悪かったんだぜ。そもそも、あいつが酢豚にパイナップル入れたから喧嘩が……」

「……は? パイナップル? え? そんなくだらないことで喧嘩してたの? お前ら? そんなくだらないことのせいで反省文読まされたの? オレ?」

「あー……そういや、学年集会で反省文読まされてたよな。それもなぜか金剛だけ。俺らの班の班長だったばっかりに。……あの時は同情を禁じ得なかったね、俺」

 

 ……こいつぶっ飛ばしていいかな? 割と本気で。

 

「でもまあ、今となってはいい思い出だよな。うん」

「……」

 

 ……あとで絶対に許さないリストに、一夏の名前を書いておこう。そう深く心に誓った。

 

 

 


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