ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
「そう言えばさ、一夏。どうなんだ? 正直言って」
時刻は午後三時。
オレ達が弾の家にお邪魔してから、早くも一時間近くが過ぎようとしていた。
オレがトイレから戻って来ると、一夏と弾、二人の会話がドアの向こうから聞こえてくる。
(……そう言えば、一夏と弾って二人きりの時は何話してるんだろ?)
オレは無意識のうちに、壁の向こうの二人の会話に聞き耳を立てていた。
「……どうってなんだよ?」
「決まってんだろ? IS学園でのことだよ。聞くところによると、随分楽しんでるみたいじゃねえか、お前」
「バーカ。どうもねえよ」
「どうもねえわけねえだろ? 女子高だぞ? 女子高。若い男が女の園に居て何にもねえわけねえだろうが」
「……本当になんもねえってば」
一夏の少しイラついたような声が聞こえてくる。
(……まあ、一夏にとってはIS学園なんて、居心地悪いだけだろうしな)
弾の浮かれた質問に、彼が腹を立てるのも無理はない。自分と同性の人間が居ない学園生活なんて、相当きついものだろう。
(同性が居ないってことは、本気で腹を割って話が出来るヤツが居ないってことだもんな……)
特に女尊男卑の思想を持った輩の多い、IS学園においては学園生活中に、男の一夏が真の意味での友情を誰かと築くことは、至難の技だ。学園での生活が彼への重荷になっていることを想像するのは、そう難しいことではなかった。
「でも、女子寮に住んでんだろ? お前。少しくらいエロいイベントとか、あっても、いいんじゃねえのか?」
「なんだよ……エロいイベントって。ねえよ、アホか」
一夏はそう吐き捨てると、扉越しにもわかるような、大きなため息をふうぅ……と、つく。
(……そろそろ、中入ってもいいかな)
一夏と弾の問答がひと段落ついたのを見計らって、オレはドアノブを回し、部屋の中へと入る。
「お、金剛長かったな。腹の具合でも悪かったのか?」
オレの姿を見届けるなり、ベッドに腰掛けた弾がヘラヘラと笑いながら、そう尋ねてくる。
「……ん。まあ、そんなとこ」
オレはそう答えながら、弾の隣に腰掛ける。すると一夏は、読んでいた雑誌から顔を上げ、
「大丈夫か? 金剛」
心配そうな視線をこちらに投げかけてきた。
「大丈夫だよ。へーきへーき」
オレがそう返すと、一夏は、そうか、と言って再び雑誌に視線を戻す。
そんなオレ達のやりとりを、隣に座る弾は、何やら意味あり気な顔で見つめてくる。
「……? 弾、どうかした?」
「いや、お前らって……学園でもこんな感じなの?」
「? どういうこと?」
オレの反問に、少しだけ困ったような顔をする弾。そして、無言のまま雑誌をめくる一夏とオレを交互に見て、
「……いや、何も言うまい」
何かを悟ったように、うんうんと何度も頷いて見せた。
弾が何を言いたいのかは、オレにはよくわからなかったが、そう、とだけ言い、特にそれ以上追及することなく、オレはベッドの上に大の字に寝そべった。
「こらこら金剛、女の子が大股を開くんじゃないぞ、まったく」
「ん-? 別にいいじゃんか、ここにいるのオレらだけなんだし。弾と一夏にパンツ見られたとこで、なんとも思わねーよ」
オレは弾の忠告を軽く受け流し、漫画のページをペラペラとめくる。
「……一夏」
「…………おう」
「?」
弾が一夏の肩にポンと手を乗せ、一夏に哀れみのような視線を向けていた。が、オレは特に、彼らの動向には気にも止めず、漫画を貪るように読んだ。
「金剛、そろそろ帰ろうぜ」
一夏の声により、ふと時計へと視線を向けるオレ。夕方、ちょうど今六時を回ったところ。オレ達が弾の家に着いてから、すでに数時間が過ぎていた。もうこんな時間になっていたのか、と読んでいた漫画の本を閉じる。
「えー……、もう帰るのー……?」
出来れば、もう少し弾の家に居たかったのだが……。
「わがまま言うなって。ほら、行くぞ」
一夏にぐいと手を引っ張られ、ベッドから起き上がる。
すると、後ろでオレ達のやりとりを見ていた弾が、
「あー……よかったら泊まってくか? 金剛」
と小首を傾げる。
「え、いいの?」
「ああ、お前さえよかったらな。つっても、今日は親父もお袋も帰ってこねえし、蘭も部活の合宿に行っちまってるけどな」
弾の提案に首を縦に振らない一夏は、
「いや、気持ちは嬉しいけど、弾。オレ達、外泊は校則で禁じられてるから」
と言い、オレの手をさらにぐいと引っ張る。
外泊。
その言葉に、ピクリと反応する。
そう言えば、一夏と出かける前、千冬さんになぜか知らんが、外泊届けを書かされたんだったな、無理やり。
ちなみにだが、一夏のぶんも書かされた。オレが。
「あー……一夏、それなら多分心配ないと思う」
「は? どういう意味だ? 金剛」
「実はオレと一夏のぶん出してきたんだよ、外泊届け。千冬さんに書かされて」
「千冬姉に?」
「ああ」
オレが頷くと、一夏は少し思案気な顔をしてから、
「……わかった。そういうことなら、オレも泊まって行くよ」
渋々ながら、首を縦に振る。
「よし。決まりだな」
パン、と弾が自身の手を叩いた音が、室内に木霊する。
こうして、オレ達三人の、長い夜が始まったのである。