ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

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第十二話 五反田食堂なう

 

 

 

「そう言えばさ、一夏。どうなんだ? 正直言って」

 

 時刻は午後三時。

 オレ達が弾の家にお邪魔してから、早くも一時間近くが過ぎようとしていた。

 

 オレがトイレから戻って来ると、一夏と弾、二人の会話がドアの向こうから聞こえてくる。

 

(……そう言えば、一夏と弾って二人きりの時は何話してるんだろ?)

 

 オレは無意識のうちに、壁の向こうの二人の会話に聞き耳を立てていた。

 

「……どうってなんだよ?」

「決まってんだろ? IS学園でのことだよ。聞くところによると、随分楽しんでるみたいじゃねえか、お前」

「バーカ。どうもねえよ」

「どうもねえわけねえだろ? 女子高だぞ? 女子高。若い男が女の園に居て何にもねえわけねえだろうが」

「……本当になんもねえってば」

 

 一夏の少しイラついたような声が聞こえてくる。

 

(……まあ、一夏にとってはIS学園なんて、居心地悪いだけだろうしな)

 

 弾の浮かれた質問に、彼が腹を立てるのも無理はない。自分と同性の人間が居ない学園生活なんて、相当きついものだろう。

 

(同性が居ないってことは、本気で腹を割って話が出来るヤツが居ないってことだもんな……)

 

 特に女尊男卑の思想を持った輩の多い、IS学園においては学園生活中に、男の一夏が真の意味での友情を誰かと築くことは、至難の技だ。学園での生活が彼への重荷になっていることを想像するのは、そう難しいことではなかった。

 

「でも、女子寮に住んでんだろ? お前。少しくらいエロいイベントとか、あっても、いいんじゃねえのか?」

「なんだよ……エロいイベントって。ねえよ、アホか」

 

 一夏はそう吐き捨てると、扉越しにもわかるような、大きなため息をふうぅ……と、つく。

 

(……そろそろ、中入ってもいいかな)

 

 一夏と弾の問答がひと段落ついたのを見計らって、オレはドアノブを回し、部屋の中へと入る。

 

「お、金剛長かったな。腹の具合でも悪かったのか?」

 

 オレの姿を見届けるなり、ベッドに腰掛けた弾がヘラヘラと笑いながら、そう尋ねてくる。

 

「……ん。まあ、そんなとこ」

 

 オレはそう答えながら、弾の隣に腰掛ける。すると一夏は、読んでいた雑誌から顔を上げ、

 

「大丈夫か? 金剛」

 

 心配そうな視線をこちらに投げかけてきた。

 

「大丈夫だよ。へーきへーき」

 

 オレがそう返すと、一夏は、そうか、と言って再び雑誌に視線を戻す。

 そんなオレ達のやりとりを、隣に座る弾は、何やら意味あり気な顔で見つめてくる。

 

「……? 弾、どうかした?」

「いや、お前らって……学園でもこんな感じなの?」

「? どういうこと?」

 

 オレの反問に、少しだけ困ったような顔をする弾。そして、無言のまま雑誌をめくる一夏とオレを交互に見て、

 

「……いや、何も言うまい」

 

 何かを悟ったように、うんうんと何度も頷いて見せた。

 弾が何を言いたいのかは、オレにはよくわからなかったが、そう、とだけ言い、特にそれ以上追及することなく、オレはベッドの上に大の字に寝そべった。

 

「こらこら金剛、女の子が大股を開くんじゃないぞ、まったく」

「ん-? 別にいいじゃんか、ここにいるのオレらだけなんだし。弾と一夏にパンツ見られたとこで、なんとも思わねーよ」

 

 オレは弾の忠告を軽く受け流し、漫画のページをペラペラとめくる。

 

「……一夏」

「…………おう」

「?」

 

 弾が一夏の肩にポンと手を乗せ、一夏に哀れみのような視線を向けていた。が、オレは特に、彼らの動向には気にも止めず、漫画を貪るように読んだ。

 

 

 

 

 

「金剛、そろそろ帰ろうぜ」

 

 一夏の声により、ふと時計へと視線を向けるオレ。夕方、ちょうど今六時を回ったところ。オレ達が弾の家に着いてから、すでに数時間が過ぎていた。もうこんな時間になっていたのか、と読んでいた漫画の本を閉じる。

 

「えー……、もう帰るのー……?」

 

 出来れば、もう少し弾の家に居たかったのだが……。

 

「わがまま言うなって。ほら、行くぞ」

 

 一夏にぐいと手を引っ張られ、ベッドから起き上がる。

 すると、後ろでオレ達のやりとりを見ていた弾が、

 

「あー……よかったら泊まってくか? 金剛」

 

 と小首を傾げる。

 

「え、いいの?」

「ああ、お前さえよかったらな。つっても、今日は親父もお袋も帰ってこねえし、蘭も部活の合宿に行っちまってるけどな」

 

 弾の提案に首を縦に振らない一夏は、

 

「いや、気持ちは嬉しいけど、弾。オレ達、外泊は校則で禁じられてるから」

 

 と言い、オレの手をさらにぐいと引っ張る。

 

 外泊。

 

 その言葉に、ピクリと反応する。

 そう言えば、一夏と出かける前、千冬さんになぜか知らんが、外泊届けを書かされたんだったな、無理やり。

 ちなみにだが、一夏のぶんも書かされた。オレが。

 

「あー……一夏、それなら多分心配ないと思う」

「は? どういう意味だ? 金剛」

「実はオレと一夏のぶん出してきたんだよ、外泊届け。千冬さんに書かされて」

「千冬姉に?」

「ああ」

 

 オレが頷くと、一夏は少し思案気な顔をしてから、

 

「……わかった。そういうことなら、オレも泊まって行くよ」

 

 渋々ながら、首を縦に振る。

 

「よし。決まりだな」

 

 パン、と弾が自身の手を叩いた音が、室内に木霊する。

 こうして、オレ達三人の、長い夜が始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 


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