ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

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第九話  淫夢Trick

 

 

 

「おー、やっぱりペンギンは人気だなあ」

 

 館内のペンギンコーナーに着くなり、そう少し感心したような声を漏らす一夏。

 彼の言う通り、ここへ来る途中アシカやクリオネコーナーも通って来たのだが、人の数がそれら比じゃない。

 

(まあ、ペンギンってどこの水族館にでもいるわけじゃないしなぁ)

 

 水族館の看板にも彼らが堂々とセンターで飾られているところを察するに、ここではやはりペンギンが人気なのだろう。

 オレは「お、そうだな」と一夏の言葉に相槌を打ち、柵の向こうのペンギンたちを見つめる。

 一、二、三……その数、ざっと見積もっても十数匹は超えている。

 都内でもこれだけペンギンの数がいる水族館も、そう多くはないと思われる。

 少し、感心。

 

「お、エサやり始めるみたいだぞ」

 

 オレがぼけっとペンギンを眺めていると、一夏がオレの肩を揺さぶり、柵の向こうにいる飼育員さんを指さす。

 係員用の扉から出てきた飼育員さんは、バケツ一杯の魚を運びながらペンギンの前まで詰め寄る。

 そして、おれたちのすぐ目の前で群れをなしている一群の前まで足を運ぶと、

 

「これから、ペンギンのエサやりを始めたいと思いまーす!」

 

 そうトーンの高い声を鳴らしながら、両手をぶんぶんと振った。

 彼女の声を聞いて、一気に盛り上がる周りの人たち。

 周囲の子供はもちろんのこと、周りにいる大学生っぽいカップルたちも大いに盛り上がる。

 隣を見ると一夏も少し、期待がこっもたような視線を飼育員さんに向けていた。

 

「丁度いいタイミングで来たみたいだな、俺達」

「そうみたいだね」

 

 一夏の言葉に素直におれは頷く。

 飼育員さんが魚をペンギンの一頭に向けて、魚を放ると、ペンギンは勢いよくそれをキャッチ。

 

(おおっ……!?)

 

 そして、それをモグモグと頬張る。柵がガラス張りでないぶん、魚を食べる際の生々しい音が耳に届いてくる。

 それを見て、周りからは惜しみのない拍手喝采が溢れた。

 

「いやあ、たまげたなぁ……」

 

 一夏は少し感心したように、うんうんと何度も頷く。

 

「俺、動物の芸ってやつ初めて見たよ。今日」

「千冬さんと来たりしなっかったの?」

 

 オレが少し首を傾げ、彼に尋ねると、

 

「千冬姉は人ごみとか嫌いだからさ、一緒に動物園とか水族館に行ってもショーとかは見たがらないんだよ」

「あー……、なんかわかるかも」

 

 確かに千冬さんはこういった人ごみとかは毛嫌いしそうである。

 オレはなるほどとばかりに、頷いて見せる。

 再びペンギンたちの方へと視線を向け直す。

 すると飼育員さんがペンギンたちに次々と、テンポよくエサを食べさせていた。

 十五、十六、十七、……これで全部にエサをやり終えた、と思ったら、バケツの中には二匹の魚が残っている。

 オレは不思議に思い、柵の中をきょろきょろと見回す。

 すると、柵の左端でくっつき合ってる群れから離れた二匹のペンギンが視界に映った。

 

「おー、ラブラブだなぁ」

 

 隣の一夏はそう言って少し感心したような声を漏らす。

 確かに彼の言う通り、あの二匹のペンギンはお互いに乳繰り合ってるように……見えなくもない。

 まだ真昼間だってのに、ご大層なものである。

 その二匹のペンギンたちを見て、周りにいる女子高生たちが黄色い声をあげる。

 

(ペンギンたちもああいうこと、するのか……)

 

 可愛いペンギンたちの少し意外な側面を見せられ、複雑な気持ちになるおれ。

 一夏は興味深々、といった表情で彼らの動向を見守っていた。

 飼育員さんは、またかぁ、と半ばあきれたような声を出して、少し困ったような顔をしている。

 ある意味、貴重なものを見せてもらえたような気がした。

 

「……ペンギンもああいうことするんだなぁ」

 

 オレが柵にもたれ掛りながら、そう声を漏らすと、柵のすぐ向こうの飼育員さんは、

 

「あはは……あの子たち、実は男の子同士なんですよ?」

 

 と少し困ったような顔をしながらオレに耳打ちをする。

 

「え?」

 

 思わず聞き返すオレ。

 

「ペンギンの間では珍しくないことなんですよ、同性愛って」

 

 飼育員さんは小声でそう言い残すと、壁側にいる彼らを連れて、係員用のドアから出て行ってしまった。

 

(…………知りたくなかった情報だなあ)

 

 彼らが男の子同士だったという衝撃の事実。

 その事実さえ知らなければ、動物たちの純愛劇ということで記憶の片隅に綺麗に保存しておくことができたのに……。

 どうやらやはり、世の中には知らないほうがいいことというものがあるらしい。

 

「何て言ってたんだ、飼育員さん?」

 

 そう言って、不思議そうに首を傾げる一夏。

 そんな彼に、オレは、無言で首を左右に振る。

 

「……一夏、世のなかには知らなくてもいいことがあるんだよ」

「? なんかよくわかんないけど、そうなのか」

「ああ」

 

 オレは二匹のペンギンたちが連れていかれた、ドアの向こう側を見て、そっとため息をついた。

 

 

 


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