僕は麻帆良のぬらりひょん!   作:Amber bird

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第3話

 深夜の公園を舞台に異質な三人が向かい合っている……

 

 メイド服の茶々丸。セクシーランジェリー幼女エヴァ。学園最高責任者の近衛近右衛門、学生服バージョン。誰もがマトモでない面子だ!

 

「ふざけるな!儂は頭以外は普通だ。エロ幼女にロボメイドと同列にするでない」

 

「ジジィ狂ったか?老人が学生服を着ている時点で変態だ!私のは夜の眷族としての様式美に則った衣装だ」

 

「全くです。マスターに仕える私がメイド服姿なのは当たり前田のクラッカーです。マスターと学園長の様な趣味のコスプレではありません」

 

「「…………」」

 

 茶々丸の発言に黙り込んでしまう。

 

「茶々丸?お前、私をそんな風に思っていたのか?」

 

「エヴァ……茶々丸のネジを巻くぞ。過剰な位に魔力を込めて……」

 

 目線を合わせ頷き合う二人。ジリジリと茶々丸との距離を詰めていく。

 茶々丸も少しずつ後退していくが、直ぐに樹木に邪魔をされ下がれなくなってしまった……

 

「お二方?その、本気と書いてマジでしょうか?」

 

 無表情なのだが、オロオロ感を良く表している茶々丸……加虐心が、何か新しい世界が開けそうな感じがする。

 

「「茶々丸、覚悟!」」

 

 彼女に襲い掛かろうとした瞬間、強力なライトと詰問調の声が掛けられる。

 

「お前たち、何をしているんだ?そこのメイドさん、大丈夫か?」

 

 見回りか?

 

「エヴァ、茶々丸。面倒事になる前に逃げるのじゃ!」

 

「茶々丸、学園長を家に持ち帰るぞ」

 

 何故か茶々丸に担がれてエヴァのログハウスに連行された……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 応接間に通されソファーに座る。直ぐに茶々丸が、約束の玉露を煎れてくれた。

 最初は少し温めを大きめな茶碗で。次は少し熱めのお茶を。最後は熱いお茶を煎れてくれる。

 

 石田三成の三茶汲みか?儂、秀吉?ぬらりひょんから猿に格下げか?

 

「学園長、お約束のお茶は如何でしょうか?」

 

 メイド服から茶道部のユニフォームの和服に着替えた茶々丸が三つ指ついて畏まっている。

 

「いや、最高のお手前で……旨かったぞ」

 

 前回訪問の時に、次は美味しいお茶を煎れてくれると約束したのを守ってくれたのか……確かに最近肥えた舌でも十分美味しいかった。

 茶請けの豆大福も、手作りだと言うが老舗和菓子屋の味に負けていない。

 一家に一台、茶々丸シリーズが発売されればヒット商品間違い無しだな……

 

「ジジィ、待たせたな」

 

 二階の私室から着替えたエヴァが降りてくる。フリフリの飾りのついたパジャマだ。

 

「ほぅ……随分と愛らしいパジャマじゃな。良く似合ってるぞ」

 

 西洋人形の様な外観を持つ彼女は、ゴシック系が良く似合う。

 

「ふん!たまたまコレしか無かったらから仕方無しに着たんだ」

 

「マスターはフリルを多用した可愛い系を好まれます」

 

 主の秘密をバラす従者……茶々丸はエヴァを敬ってはいないのだろうか?

 

「精神は肉体に引っ張られる、か……若いままで永く生きている君は、何時までも乙女なんだろうね。羨ましいと思うよ」

 

 思わず素の口調で話し掛けてしまった……何時までも若い肉体。永遠の命……余命幾ばくもない死にかけ老人に憑依した僕から見れば、彼女は眩しすぎる。

 

「ジジィ?何を言ってるんだ?本当にボケてはしないだろうな?悪い物でも食べたのか?」

 

 結構失礼だな君は……

 

「いや、平気じゃよ。年寄りの僻みと思ってくれれば良い。それで……何か話が有るのじゃろ?わざわざ儂を拉致ったのだから」

 

 茶々丸が煎れ直してくれたお茶を飲む。フーッと息を吐いて落ち着かせる。僕が爺さんに憑依した他の世界の人間だとバレたら厄介だからね。

 

「明日、ナギの息子が学園に来るな。確かネギ・スプリングフィールドか……ジジィはヤツをどうするつもりなんだ?」

 

 魔法使いの機密保持を本気で心配した!

 

 情報だだ漏れ、これは他の勢力にも知れ渡っていると考えるべきか……

 

「メルディアナの校長からの依頼は、彼を日本の学校で教師として認められる事じゃよ。

だから本校男子中等部一年のクラスの副担任にする。新学期が始まる迄の、僅かな期間じゃがな。

その間でクラスに認められれば、晴れて試練達成。イギリスに凱旋じゃな……」

 

 一気に話してから、お茶を啜る。茶々丸が茶請けの練り菓子を出してくれる。今回はサービスが良い。

 

「男子中等部!ジジィ、あの騒がしいクラスに入れるのではないのか?」

 

「まさか……火に油どころの騒ぎでは有るまい。それこそ火薬庫で花火遊びをする位、確実に騒ぎを起こすぞ!」

 

 何を馬鹿な事を言っているんだ的な表情をする。

 

「あっ、いや……確かに騒がしい連中だからな。でも、本当に良いのか?」

 

 多分、ネギを麻帆良に繋ぎ止めるには彼女達との縁を結ぶのは有効だ。序でに従者候補も沢山居るからな……

 

「ネギ君には、本国の意向が付き纏うじゃろ?確かに魔法使いならば、彼は特別じゃ……しかし、彼には厄介事が多過ぎる。

学園を預かる者としては、安全を考えても早くイギリスに帰したいのぅ……」

 

 そう言って顎髭を扱ごく。

 

「だが、最高の駒でも有るだろう?ヤツを抱き込む……」

 

「必要は無い!彼が居ては関西呪術協会との交渉も儘ならぬ……魔法使いの象徴が、大戦の英雄の息子が居ては纏まる物も纏まらんわい!」

 

 エヴァが言い終わる前に否定の言葉を被せる。僕の死亡フラグをへし折る為にも、彼は早くイギリスに帰したいんだ!

 

「勿論ネギ君の修行には全面的に協力するし、彼には魔法先生を何人か宛てがって勉強もさせる。

大分歪な天才少年らしいからな……矯正には骨が折れるやもしれん」

 

「ジジィ……私はどうしたら良い?闇の福音、真祖の吸血鬼たる私は……」

 

「会わない方が良いじゃろうな……今のネギ君にとってエヴァは悪でしかない。正義の魔法使いマギステル・マギを目指す彼に闇の福音は刺激的過ぎるじゃろ?」

 

 そう言って微笑む。何もわざわざ波風を立てる必要も無いだろうし……

 

「それを含めての男子中等部に赴任なのか?」

 

「ネギ君は立派な漢として再教育するのじゃ!男の園で男臭く生きる。エヴァ達可愛い女の子には一切の接触を禁じている。破れば強制送還じゃ」

 

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。悪の組織のトップたる儂の笑みに、エヴァはどん引きだ!

 

「そっそうか!分かった、ネギには関わりを持たないと誓おう。……それで、先日の提案の件なんだが。

その、ジジィは私を本当に受け入れてくれるのか?学園に雇われれば……」

 

 学園の教職員になれば、僕の学園長たる爺さんの比護を堂々と受けられる。表も裏も……しかし、それは彼女のプライドと折り合いが付けばの提案だったが。

 

 モジモジする幼女には、妖しい魅力が溢れていた。

 

 

 

 両手を交差して、モジモジしている洋ロリ……コレなんて可愛い生き物?とても齢600歳の真祖の吸血鬼とは思えません!

 先程迄はエヴァの後ろに控えていた茶々丸が、僕の後ろに回り込みモジモジしているエヴァを熱心に録画している。

 

「ハァハァ、マスター素敵です。萌え、これが人の萌えと言う感情なのですね……」

 

 茶々丸は秋葉原仕様に変化しつつあるのかな?

 

「エヴァ……それは学園に雇われると言う事で良いのか?」

 

「義務は今迄とそう変わらないからな。それに……今のクラスの奴らは気に入っている。

この15年で最高にぶっ飛んだクラスメイト達だからな。彼女達の記憶に残るなら、それも良いさ」

 

 このプライドが高い洋ロリは、人との触れ合いや絆に飢えている。特殊過ぎる自身の境遇から、無意識に受け入れられない事に恐れを抱いているんだよな。

 本人に自覚が有るかは疑わしいが……

 

「エヴァ……

それは来年の卒業間近の方が本当は良いのじゃろう。彼女達とまだ一年近く過ごせるからのぅ。しかし儂には時間が無いのじゃ。

エヴァの学園での立場を固めてから辞するとなると……直ぐにでも教職員として雇わなくてはならないが。良いのか?」

 

 正直な所、タイミングが悪い。ネギ君が来る時に、闇の福音をフリーにする……端から見れば、何か企んでいると疑われても文句は言えない状況だ。

 しかし、来年度迄は待てない。僕の寿命的な意味で……

 

「良いだろう……ヤツらには学園に居る限り会えるからな。しかし、ネギを副担任にするんだろ?なら私は何をするのだ?」

 

 エヴァの、洋ロリに出来る事?何だろう……常識的に見れば、何も無いな。

 労働基準法・労働安全衛生法・学園の労働規則……全てに抵触するよね。

 

 んー幾ら非常識の塊な麻帆良学園でも、対外的に目立つ部署は無理、か……それに魔法使いにも跳ねっ返りは居るし……

 彼女なら返り討ちも可能かもしれないが、それはそれで良い排除の理由にしかならない。

 

「エヴァ……

普通の教職員は無理じゃろ?お前さんの容姿ではな。なら儂の護衛を兼ねた秘書的な仕事を表として。

裏は、今まで通り侵入者の対処。裏の魔法関係者には、儂が近くに居る事を条件に融通をきかせられる。

しかし……

表の理由は、儂がロリコンでエヴァを侍らせているみたいじゃな。これは問題じゃぞ」

 

「…………確かにな。私がジジィの傍に居るとなると……幻術で成長するか?相応の年齢ならば問題無いだろ?」

 

 美人秘書ゲット!

 

 それはそれで反感を買いそうだが……どうせ2カ月程度だから問題無いかな?

 

「良いじゃろう?エヴァは学園長秘書として雇い入れよう。茶々丸はどうするのじゃ?」

 

 直立不動でエヴァの脇に立つ茶々丸に声を掛ける。

 

「私は常にマスターと一緒ですから……秘書二号でお願いします」

 

 正直、秘書としてのエヴァは役立たずだと思っていた。しかし、茶々丸とセットなら十分だ!これで有能な護衛と秘書を雇えたぞ。

 

「では、しずな先生に手続きを頼もうかの……給料や待遇については色を付けよう。

あと魔法関係者の根回しもしておく。くれぐれも問題を起こすでないぞ」

 

「分かった。しかし、幾ら雇われといっても私のポリシーに反する事は了承しない」

 

 いえ、エヴァに求めているのは僕の護衛だけです。それ以外は求めていません。

 

「構わんよ、それで。こちらも無理強いはしない。あくまでも儂の護衛じゃ。儂も一度狙われているから、それの用心じゃ。

しかし闇の福音が儂に雇われたと言う情報は広まるぞ!それは良いじゃろ?」

 

「今更だよ、それは……私が此処に居る事は調べれば直ぐに分かる。何故居るか?

学園長が了承せねば、私は此処に居られない。私とジジィが繋がっているのはバレてるよ」

 

 そう調べれば分かる……調べる?何だ?

 

 連想で思い浮かぶ記憶は……警戒……超……茶々丸の制作者……茶々丸を傍に置く事は、彼女に情報が流れる……

 

 得体の知れない女。

 

 麻帆良の最強頭脳……この警戒心と焦燥感は……

 

「ジジィ、ジジィ?どうした?大丈夫か、ボケたのか?」

 

 エヴァに肩を揺すられて意識が戻る……

 

「あっああ……すまないのぅ。儂も年かの……」

 

「ツマラナい冗談はよせ!私とジジィは共犯者なんだぞ!しっかりしろ」

 

 ん?共犯者?雇用関係だよね?

 

「雇用者と非雇用者じゃぞ。儂は清廉潔白な老い先短い老人じゃ。面倒事は遠慮したいのぅ」

 

 そこんところヨロシク!

 

「ふん!ジジィが何かを企んで私と茶々丸を引き込んだと周りは思うだろう。真実よりも状況を周りは信じるぞ」

 

 ニヤニヤしやがって洋ロリがぁ!しかし、気になる事が有るのだが……

 

「エヴァよ。超とはどうなのだ?

茶々丸の制作者であり麻帆良の最強頭脳……魔法関係者は彼女を過剰に警戒しておる。

彼女は、儂らと敵対するかの?それとも不干渉かの?」

 

 エヴァは顔をしかめながら「超鈴音、か……私にも彼女が何を考えているのかは分からない」と言った。

 

 2001年に麻帆良学園に入学してから、数々の功績を残す才女。資金も豊富、自身も有能。

 若くして成功した、ネギとは対極の天才少女。爺さんは彼女が敵対すると感じていた……

 

「敵対しなければ良いのじゃが……最悪でも不干渉で居たいの……」

 

 何故か茶々丸の目を見て話してしまった。茶々丸の制作者なら、彼女の記憶……データを閲覧出来るだろう。

 だから茶々丸を通して、超に質問を投げかける。

 

 どうでる?麻帆良の最強頭脳さん。

 

「考え過ぎではないか?超は確かに胡散臭いが、敵対する意志はないぞ」

 

 

「今、はね……儂も学園長として、辞する迄は学園を守らねばならないからのぅ。どんな手を使っても……」

 

 エヴァと茶々丸は、僕が過剰な程に超鈴音を警戒している事に疑問を持ったみたいだ。

 彼女等にすれば、超鈴音は茶々丸の制作を通じて協力関係に有るからね。無意識下で仲間と思っている節がある。

 しかし関東魔法協会の力をもってしても、入学前の一切の情報が掴めない。完璧過ぎる程、過去に存在した痕跡が全く無い。

 これは異常な事だ。彼女は、僕にとって敵なのだろうか……

 

 

 

 ログハウスの応接室。

 

 先程まで居た学園長を送り出しても、まだ主従は残っていた……

 

「茶々丸……ジジィは余程、超鈴音を警戒しているのだな。何故だと思う?」

 

 あれ程の露骨な警戒……あの喰えないジジィがだ。

 

「私の制作者の1人、超鈴音……麻帆良学園に入学する前のデータが有りません。人1人の痕跡を完璧に消すのは難しい。

特に……あれ程の有能な人物が今迄ノーマークなど有り得ないのでしょう」

 

「得体の知れない天才少女、か……」

 

「それに……」

 

 茶々丸が珍しく言い澱んでいる。

 

「何だ?何か気になる点が有るのか?」

 

 何故か言い辛そうに口を開いた。

 

「訳有りの天才少年を迎え入れなければならない学園長からすれば、胡散臭い超鈴音は警戒する相手かと……

それも踏まえて、ネギ・スプリングフィールドを男子中等部に放り込んで彼女達からの接触を極力避けさせる。

序でに超陣営側と目される私達を学園側に引き込みにきたのかと……一連の行動は理に叶っています。そして、超陣営よりも学園側に……

学園長に付いた方が私達のメリットは大きいかと考えます」

 

 この寡黙な従者が、珍しく長い台詞を言う。しかし内容は、そう言われれば確かに納得出来る部分も有る。

 我々を仲間に引き込む。又は中立の立場を取らせる為に譲歩した。

 

「やはり喰えないジジィか……しかし登校地獄を緩和させられるのは、今のところジジィのみ。

ジジィは……

関東魔法協会の会長の座も、麻帆良学園のトップの座も辞すると言った。本気なのは分かるのだが……」

 

 手に持っていた、冷めた紅茶を一気に飲み干す。

 

「どちらにしても、我々はジジィに雇われた身……無理な要求でなければ割り切ってやるしか有るまい」

 

 それにジジィは……

 あの喰えないジジィが私を本気で心配していた。私が人の感情の機微に詳しくなったのは、追われ始めてからか……

 600年の逃亡生活の中で培った、人の表情や動作で感情を知る技術。まだ力の弱かった時には、随分と助けられたのだ。このスキルに……

 だからこそ確信が持てる。ジジィは、私を本気で心配していた。

 自分が引退した後に、私がどうなってしまうのかを……年老いた事で、ジジィの感情が変わってきたのか?

 それとも麻帆良学園を去る前に、私を何とかしようと思ってくれてるのか?

 

「茶々丸……ジジィは変わったな。良い方に……

以前の様な得体の知れない感じがしない。感情が素直になっている。何故なのだろうな?」

 

「何者かの変装、薬物や魔法による人格操作……いずれの兆候も認められません。

学園長は本人で有り、何かしらの精神操作も認められませんでした……」

 

 私のスキルでも偽物ではないと思った。科学的なデータでも、それは裏打ちされた、か……

 つまりジジィは本心から私を心配し、何とかしようとしていると言う事か。

 

「まぁ良いだろう。ジジィが引退する迄の間に、身の振り方を考えよう。

ヤツが心配してくれているのだ。最悪丸ごと面倒を見て貰おうではないか」

 

 今まで15年も麻帆良の為に働かされたのだ。それ位は押し付けても良いだろう。案外ジジィも、それを見込んでの心配やもしれん。

 

 しかし……

 

 茶々丸やチャチャゼロ以外で心配されるなど、何時以来だろうか?

 

 そもそも真祖の吸血鬼を

 

 賞金首のお尋ね者を

 

 心配するヤツなど居なかった。

 

「ふっ……まさか最初に心配してくれた相手がジジィとはな。笑い話にもならないな」

 

 そう毒づきながらも、頬が緩むのが分かる。ジジィと私との絆とは何なのだろうか?

 雇用者・非雇用者?騙し騙され、利用し利用される腐れ縁?

 

「茶々丸……誰かに心配されるとは、妙な気分だな」

 

「それが学園長なら、尚更でしょうか?」

 

 静かに笑い合う、主従2人であった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 エヴァのログハウスを後にして、ゆっくりと自宅に向かい歩いて行く……エヴァと茶々丸が、こちら側に付いた。

 彼女の力は、僕にとってどう影響を及ぼすのか?護衛としては、タカミチ君に次いで強力だ。

 秘書として、またサポートとしての茶々丸も心強い味方になるだろう……だが、情報は超鈴音にも流れてしまう。

 彼女が何を企んでいるのかは、分からない。

 僕が引退をすると知れば、それ以降にアクションを仕掛けてくるか、後任との引き継ぎのドタバタで仕掛けてくるか……

 何らかの動きは見せるだろう。

 

 それか……

 

 ネギ・スプリングフィールドが来る明日以降に。やはり厄災の元はネギ君だと、ヒシヒシと思う。

 爺さんのカンなのか、僕の不安がそう思わせるのか……準備と警戒を更にしておく必要が有りそうだ。

 全く、余生を穏やかに過ごしたいだけなのに……余計な事ばかり降り懸かってくるよね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 某未来の火星人のラボ

 

 

 

 茶々丸から転送されたデータを見て呆然とする超鈴音……

 

「何故?何故カ?学園長が引退?ネギ・スプリングフィールドが男子中等部の副担任?

そんな事は……そんな過去は知らないネ。

そもそもネギ坊主が、2-Aの連中と絆を持たなければ私自身が生まれてくるかも疑問ダ。拙いネ拙いネ拙いネ!

私が来た事によって学園長の警戒心を引き上げてしまったカ?」

 

 自分も全ての過去を知っている訳ではない。当時の記録が全て残されている訳ではないのだから……

 しかし、茶々丸のデータやその時代の他の記録等を総合的に考えて推測していた。

 

 しかし、しかしだ!

 

「やはり、この過去はおかしいネ!ネギ坊主は2-Aの副担任となり彼女達と絆を結び、魔法世界に送り出さねばならないネ」

 

 計画を大幅に変更しないといけないネ……先ずはネギ坊主と明日菜を引き合わせて。それから順次2-Aの連中と引き合わせる。

 クラスで会えないなら、個人的な出会いをさせれば良い。私が偶然を装って彼女達に会わせまくれば良い。

 あのラッキースケベなネギ坊主の事だ。次々と彼女達との絆を結んでいくだろう。

 

「こんな事で、私の計画を潰させないネ!」

 

 全く迷惑な未来人だった……

 

 

 

 そして、ネギ・スプリングフィールドが……この物語の中心人物が、麻帆良学園の大地に降り立った!

 

 

 

 麻帆良学園の登校風景は絶景だ……

 

 何百人と言う女生徒が、走ったり自転車に乗ったりローラーブレードやスケボー等、色々な移動手段を使い各々のクラスに向かっている。

 一部、普通なら持ち込み禁止の物を使い登校しているのだが……歩くロボットに乗ってるのは、どうなんだ?没収すべきだろうか?

 何故、登校時間帯に女生徒達の流れに逆らって車を走らせているかと言えば……単純にネギ・スプリングフィールドの出迎えだ。

 

 彼はイギリスから飛行機で成田空港へ到着。天才少年は事前に色々と調べていたらしい。

 そしてモノレールや在来線でなく、空港から発車する長距離バスをチョイスした。

 確かにバスなら乗り換え無しで大宮までこれるのだが……周りの人達に話し掛けながら、どのバスに乗り何処へ行きたいかを聞いたのだが何故か大崎駅に着いたそうだ。

 

 埼玉県の麻帆良市に行きたいので「大宮駅」に行きたい、が。

 埼玉県の麻帆良市に行きたいので「大崎駅」に行きたい、と。

 

 聞いた人も間違いを教えた訳ではあるまい。確かに埼京線の始発駅でもある大崎駅からなら、大宮駅まで繋がっている。

 ネギ君も途中で目的地が違う事に気付いたが、大宮駅まで行ける事を確認出来たので問題無いと思ったらしい……確かに初めての外国。

 日本に来て、日本語で会話しながら此処までのルートを調べたのは10歳としたら大したものだろう。

 

 しかしネギ君は日本の通勤事情を舐めていた。特に埼京線とは、混雑と痴漢がハンパない電車なのだ……

 彼は可愛い外見が災いして、また外国人の少年と言う珍しさからか?

 通勤中のOLや女生徒達から揉みくちゃにされたらしい……大崎駅から大宮駅までの間、ずっと。

 

 早朝のラッシュ時だと45分は掛かる。その間、女性に揉みくちゃにされていたそうだ。

 周りの乗客も子供だし、痴漢行為では無いと思って微笑ましく眺めていた。しかし大宮駅でJRの駅員さんに助け出された時には、半裸でキスマークだらけの彼は女性恐怖症のごとくしゃがみ込んで怯えていたそうだ……

 気の毒に思った駅員さんが目的地で有る麻帆良学園に連絡を入れて、ワザワザ最寄りの麻帆良学園都市中央駅迄同行してくれたのだ。

 連絡を受け、直接話した彼は涙声だった……

 しかも駅員さんは、ネギ君が麻帆良の小学校に転校したと思っているので彼が先生として赴任したと言い出した時に酷い精神的ショックを受けているので救急車を呼びましょうか?とか言い出したのだ。

 

 僕が早く迎えに行かなければならない。麻帆良学園の学園長たる僕が行けば、大事にはならないだろうし保護者として僕以上の者は居ないのだから……

 お抱えの運転手さんを急かせて麻帆良学園都市中央駅に付いて、駅員さんに声を掛ける。

 

 人の良さそうな駅員さんは「ああ、あの少年の保護者の方ですか?彼は駅務室に居ますよ」そう言って案内してくれた。

 

 改札の奥の駅の事務所?に入ると、ネギ君がソファーに座り缶の紅茶を飲んでいた……確かに強姦魔に襲われた様にボロボロだ。

 

「ネギ君や。ネギ・スプリングフィールド君。大変だったみたいじゃな。儂が近衛近右衛門じゃ。麻帆良学園の学園長じゃよ」

 

 捨てられた子犬の様に縮こまっていたネギ君が顔を上げる。

 

「わーん!学園長さん、怖かったです」

 

 そう言って僕に抱き付いて来た。正直、ショタでも何でもない僕は困ってしまったが、空気を読んで軽く抱き締めると背中をポンポンと叩いた。

 

「さぁ麻帆良学園に行こうかの……お世話を掛けました。彼は儂が連れて行きますので」

 

 周りで見守る駅員さんにお礼を言って、ネギ君と手を握り外へ出る。

 

「僕、1人で混んでいる電車に乗っちゃ駄目だよ。今度は気を付けてね」

 

 駅員さんに暖かい言葉を掛けて貰い、ネギ君も落ち着いた様だ……取り敢えず待たせていた車に乗せる。

 ネギ君は、リムジンが珍しいのかキョロキョロしていたが後部座席に座ると俯いてしまった。

 暫くは無言で目的地に向かう。流石に赴任先の学校には行かずに、学園長室が有る本校女子中等部にだ。

 既に授業は始まっており、生徒はクラスの中。ネギ君と無人の廊下を歩き学園長室に入る。

 先ずはソファーに座らせて落ち着かせる為に話し掛けた。

 

「大丈夫かの?今日は簡単な説明と住む所や同僚の紹介で終わりにしようかの?」

 

 この状態では、授業は厳しいだろう。幸い荷物は先に届いており、彼の部屋に運び込んである。

 今日は麻帆良学園の事や注意事項、明日からの説明で終わりにしよう。

 

「あっ有難う御座います。僕は……イギリスでも田舎のウェールズ育ちなので、人があんなに沢山乗る電車なんて初めてで……

それに、あの女の人達の目が……」

 

 自分の肩を抱き締めながらブツブツ言い出したぞ!トラウマになってしまったのか?

 

「ネギ君、大丈夫じゃ!もう此処には君を襲う女性は居ないぞ」

 

「はぁはぁ……すみません、学園長。もう平気です」

 

 精神的に不安定なせいか、魔力が漏れ出してるな。目に見えて分かる位に……その時ドアをノックする音と共に、しずな先生が入ってきた。

 

「学園長、ネギ先生の手続き書類をお持ちしました。あら?

貴方がネギ・スプリングフィールド君ね。宜しくお願いします。私は源しずなです」

 

 そう男性なら頬を緩ませる様な微笑みを浮かべて、ネギ君に手を差し伸べる。

 

「おっ女の方……女性、いや僕はオモチャじゃない……そんな所を触らないで……」

 

 いかん!魔力の高まりが!

 

「はっハックション!」

 

 クシャミと共に、ネギ君から魔力の奔流が溢れ出し……しずな先生のシャツを吹き飛ばした!

 

「オオ!ワルダフルな双子山が……ブラは薄紫色じゃ!」

 

 思わず前屈みでガン見してしまった。

 

「あわわわわ……」

 

 自分の魔力の奔流に呑まれてか、足元が覚束ないネギ君がしずな先生のはだけた胸へとよろめいた。

 ボフン!と擬音が出そうな弾力の双子山に顔を突っ込むネギ君。正直、羨ましい。

 この一連のラッキースケベ状況をただ見詰めるしか、僕には出来なかった。大人の女性とは、なんと素晴らしき物をお持ちなのだな、と。

 気が付けばネギ君は、しずな先生のビンタを受けて壁に吹っ飛んでいった……

 

 しずな先生?魔力か気で身体強化なんて出来ましたっけ?

 

 はだけたシャツを前に寄せて、豊満な胸を隠した彼女に羽織りを渡す。勿論、目線は避けたままで……

 

「学園長?このチカン少年がネギ・スプリングフィールド君で間違い無いのですか?」

 

 壁に張り付き「女の人、コワい。コワいよう……」と呟いているネギ君……

 

「そうじゃ。間違い無くネギ・スプリングフィールド君じゃ。

しかし……女性恐怖症なのにラッキースケベか。これから大変じゃの」

 

 主人公属性たるラッキースケベ。女性との縁に困らない、このレアスキルを持つ少年は女性恐怖症だった。

 僕は彼に漢としての教育を施すつもりだった。

 しかし、女性恐怖症を治さないと大変なトラブルを引き起こさないか、彼は?

 女性に慣れさせる教育もしなければならないのかな……既に入念に考えた筈の教育計画が破綻した音が聞こえた気がしました。

 

 

 

 緊急召集、そして緊急会議が始まった。

 皆の期待を背負った英雄の息子ネギ・スプリングフィールドが、麻帆良学園にやって来た。

 それ自体は喜ばしい事なのだろう、彼らにとっては……しかし彼は、日本に来ていきなりトラウマを背負ってしまった!

 天才少年は成田空港から自力で麻帆良学園に向かった。

 

 埼京線に乗って……

 

 そこで彼は、主人公属性+ラッキースケベのスキルが誤発動したのか?周りのOLさんや女学生さん達に揉みくちゃにされたらしい。

 普通に考えれば、満員電車内で若い女性に囲まれてウハウハだろう?

 しかし大宮駅で駅員さんに発見された時、彼は半裸でキスマークだらけだったらしい……何が有ったのかは、彼しか知らない。

 しかし女性全般が恐怖の対象になる位の「何か?」が、有ったのだろう……僕が迎えに行った時は捨て犬みたいだった。

 

 しかし、流石は主人公属性のラッキースケベスキルは半端ねぇ!

 

 学園長室にやって来た、しずな先生に発動。魔法の暴走で彼女のシャツを吹き飛ばしブラを露出させた後に、足のもつれを装い胸の谷間にダイブ!

 まだ誰も触れた事がなかろう彼女の巨乳にパフパフしたのだ。間近で見ても信じられない、まさに奇跡の様な出来事だった……男として羨ましい!

 

 

「学園長!聞いているのですか?これは一大事ですよ。ネギ君に女性恐怖症を植え付けるなんて!」

 

「そうです!どうするんですか?」

 

 タカミチ君とガンドルフィーニ君のダブル口撃に、一瞬怯む。僕の執務机をバンバン叩いて威嚇するのは、どうかと思います。

 僕は一応、最高責任者ですよね?ああ、だから責任を取らないといけないのか……不条理だ!

 

「どうにもこうにも……まさか痴漢被害にあってトラウマになりました!それでは通じないじゃろうな、本国は……」

 

 本国と言う言葉に皆が黙り込む。

 

「トラウマの記憶を消しましょう……普通の治療、メンタルケアでは間に合わない」

 

 明石教授が良い事を言った!人間として問題有りだ。でも記憶消去とか操作って痕跡が残るよね?

 それに無意識に膨大な魔力で抵抗するネギ君に通用するかが問題だな。

 

「しかし……副作用が出たら、どうしますか?正規の治療の方がリスクが少ないのでは?」

 

 弐集院先生……常識的です。本当に彼は、この中ではマトモな部類だ。

 

「しかし時間が……本当に情報が本国に行く前に治さないと大変な事になりますよ」

 

 これも本当です。英雄予定のネギ君の経歴にキズが付くのを周りは認めないだろう。

 彼を綺麗な英雄にしたいのだから……ナギの過去の武勇伝とかは捏造されたしな。

 本当は魔法学校を中退。武者修行と力試しの一環で戦争に介入。

 

 そして実は魔法は……呪文を覚えるのが苦手で、常にアンチョコを持ち歩き使える呪文も数が少なかった。

 ただ膨大な魔力に物を言わせた技術的には劣等生だったのだ。

 しかしネギ・スプリングフィールドはメルディアナ魔法学校をスキップして主席卒業!呪文の習得も順調だ。

 本当の意味でのサウザントマスターを継げる可能性を持っていた。

 

 ここで失敗は許されない。

 

 しかし平気で記憶操作を行おうとする発想は……今更驚かないのは、僕が爺さんの思考に染まりつつあるのだろう。

 これが最善と思ってしまうところも……

 

「兎に角、早急な治療が必要じゃ。

しかし記憶の消去や操作は痕跡が残る……これを調べられれば我々が、関東魔法協会がネギ君の記憶を良い様に作り替えた。

自分達の都合の良い様に改造したと思われたら危険じゃ!我らに謀反の疑い有り!そう思うじゃろう……」

 

 本国に変な疑いをかけられたら大変だ。

 

「確かに本国からすれば、ネギ君を……大問題ですね。では、どうします?」

 

「記憶を弄るのは良くないです。やはり自然な方法で治療を……」

 

 

「我らに謀反の疑い有りとは大袈裟じゃないですか?たかが記憶の消去位で」

 

「それこそ本国にバレる前に魔法での治療を急ぐべきだ」

 

 

 意見が真っ二つに分かれた……弐集院先生・明石教授と女性陣は反対。ガンドルフィーニ君・タカミチ君と瀬流彦先生は賛成。

 いや瀬流彦先生は保留か?この辺に魔法使いのモラルと言うか、考え方がはっきり分かるよね。

 トラウマがバレても処分、魔法で記憶を弄って治療してもバレたら処分。通常のメンタルケアでは時間が掛かりすぎる。

 治る前にバレても処分。

 

 処分・処分・処分……しかし記憶を弄るのはリスクが高すぎる。

 

 ここは時間との戦いだが、メンタルケアで対応するしかないかな……

 

「記憶を弄るのはリスクが高過ぎるのぅ。ここはシスター・シャクティーとその教え子達の魔法生徒にお願いしようかの。

シスター・シャクティーは聖職者で有るから適任じゃ。それに教え子達魔法生徒もネギ君とは年も近い。どうかの?」

 

 シスター・シャクティーの目を見ながら話す。ネギ君に女性を会わせない当初の計画は変更するしかない。

 幸いシスター・シャクティーは聖職者だし教え子達も魔法生徒。最悪、ネギ君の従者となっても一般人ではないから仕方ない。

 それにラッキースケベスキル所持者が女性恐怖症など笑い話にしかならないぞ。スキル発動→女の人怖い。

 考えただけでも騒ぎが大きくなるよね。

 

 スケベな事をされたのに、犯人は被害者を怖がるなんて……

 

「分かりました。私と美空、それにココネの三人でネギ君のメンタルケアを行います」

 

「おお、やってくれるかの!良かった、任せたぞ。他の先生方も良いな?

ネギ君の治療はシスター・シャクティーが担当する。皆、彼女に協力するように……」

 

「1つ条件が有ります。私は聖職者ではありますが、医師では有りません。

専門の医療機関の協力をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

 それは当然だ……何で気が付かなかったんだろう?

 

「勿論じゃ!費用その他必要な物は、全てこちらで持とう。では宜しく頼むぞ」

 

 彼女が頷くのを見て、少し安心した。これで上手く行けば良いのだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 魔法関係者が一同に集まって喧々囂々と話し合っている頃、ネギ君は宛がわれた部屋で荷物整理を終えて不足品の買い出しに街に向かっていた。

 

「はわわー!初日から失敗して学園長に心配を掛けてしまいました。明日からは頑張るぞー!」

 

 決意を新たに街に繰り出すネギ。しかし彼は狙われていた。ネギ・スプリングフィールド漢化計画に反対する自分の子孫から。

 

 超鈴音……

 

 彼女はネギ・スプリングフィールドが歴史通りに2−Aの連中とバカ騒ぎの末に、彼女達と魔法世界に行く事を望んでいる。

 自分の未来知識が使えなくなる様な、自分の知らない歴史はお断りだから……

 

「こんな歴史は知らないネ!私が来た事で歴史が変わるなら、自分の手で修正するネ!」

 

 

 

 超鈴音……

 

 麻帆良の最強頭脳。僅かな期間で成功し、成果を上げ続ける天才少女。

 しかし麻帆良に来る前の記録が一切無い警戒すべき相手。

 彼女程の人物が過去に話題にならないのが不思議だし、あれだけ有能な人物が疑われるのが分かっている様なミスをするだろうか?

 ハッキングでも何でも電子記録に自分の過去を捏造する位は簡単な筈だ。

 人付き合いの少ない、人の入れ替わりが激しい都会なら疑われずに存在した記録は残せるかも知れないのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼女はネギ・スプリングフィールドが2−Aの連中と自然に出会える様に、先ずは何人かの生徒に引き合わせる事にした。

 それから話題を作り、他の連中が興味を持つ様にする……朝倉辺りが食い付けば、楽にクラス全員に広まる。

 

 後は彼女達を焚き付ければ簡単だ!

 

 お祭り大好きな連中だから、こんなイベントは見逃さないだろう。

 

「ふふふふふ……私を舐めたら駄目ネ!」

 

 そう言ってネギに張り付けている監視ロボから彼の現在位置を確認する。彼は商店街の方へ向かっているみたいだ。

 先回りしてネギが何か買う所で偶然を装って話し掛けよう。

 先ずは直接話し掛けてみて彼の性格等を確認し、これからの対策を練れば良い。送られてくる位置情報を確認しながら彼に近付いて……

 

「何あるかネ?あの格好は……幾ら麻帆良が田舎とは言え、アレは絶滅危惧種……いや既に絶滅しているはずネ……」

 

 超の目線の先には!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時間を少し遡り、ネギ・スプリングフィールドが宛てがわれた部屋にて届いた荷物を整理していた。

 学園長が送ってくれた漫画。努力・熱血そして漢臭い友情の物語。

 日本の漫画・アニメ文化は世界が認知する程で有り、イギリスの田舎に居たネギも情報は知っていた。

 

 しかし……実物を読むのは初めてだった。

 

「これが、僕に足りない物なの?どうしたら良いかな?確か日本の諺には……

 

 郷に入っては郷に従え!先ずは形から入る!なんて言葉が有った筈だ。だから、この本の主人公達の衣装を取り寄せよう。

 そう考えて取り寄せた衣装に袖を通す……

 

「今日も元気にドカンを決めたら洋ラン背負ってリーゼント!……洋ランと長ラン。それに短ランとか漢の装束って難しいです」

 

 ネギは80年代の不良……所謂ツッパリのファッションが漢の装束と勘違いしていた。

 厳密には洋ランも長ランも彼の身長では長さが足りず、見た目はブカブカでサイズの大きい……

 それこそ、お兄ちゃんのお古を着て背伸びをしたい少年のようだった。

 そして、その格好で街に繰り出せばショタなお姉様方の注目を一身に集める事となる。特に委員長とかは堪らないだろう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 折角のネギ・スプリングフィールドとの接触だったが、あんな珍妙な格好をしている事に呆然として見送ってしまう……

 歴史では、この時代のネギは父親と違い品行方正なイギリス紳士だった筈だ。それが、一昔前の日本の不良スタイルをしている。

 

「何が……何が有ったネ、ご先祖様?もしかして歴史書は捏造されていて、実はネギもナギと同じだったのカ?」

 

 呆然と見つめる先には洋ランの裾を自分で踏んでしまい、よろけるネギが居た。

 よろける先にはウルスラの制服を着た、女子高生のお姉様が!彼女は少年がよろけるのを屈んで受け止めてくれた。

 

「あらあら、僕大丈夫?」

 

 微笑ましい一幕だ……周りの人達も精一杯背伸びをしたい少年と、転びそうな彼を助けた彼女を微笑ましい物として見ている。

 

「はわわわわっ!すみません、有難う御座います……おっ女の人ですかっ?」

 

 しかし抱き止められたネギが、彼女の髪の毛に鼻を擽られたかクシャミをした。そのクシャミと同時にネギの体から魔力が溢れ出す……

 

「はっハックション!」

 

 結果、彼女の制服は吹っ飛び下着姿になってしまう。

 

「キャー!なっ何で服が突然?それに……魔力?」

 

「「「ウォー!」」」

 

 どよめく観客達……見目麗しい女子高生のストリップが白昼堂々と見れたのだから!

 

 眼福、眼福。

 

「うわーん!女の人、怖いですー」

 

「ちょちょと僕?私に何をしたのよー?コラー、まてー」

 

 何故か加害者のネギが、あたかも被害者の様に傷付いた様子で叫びながら逃げ出して行った……

 残されたウルスラの女子高生には、周りのオバサンが優しく上着を掛けている。

 しかし公衆の面前でストリップショーをさせられた彼女は、どれだけ傷付いているのか分からない。

 私だって、同じ事をされたら羞恥心で死にたくなるだろう……騒ぎを聞きつけた魔法関係者が集まってくる。

 私が此処に居るのを見られるのはマズい。

 それに魔法関係者が来たならば、記憶操作処置をするので彼女は大丈夫だろう……

 

「しかし……アレがネギ・スプリングフィールドの持つ伝説級のスキル、ラッキースケベ?何、あの迷惑スキル?」

 

 もし自分に発動したら……

 

「毎回、衆人環視の中でストリップショーをさせられるのカ?」

 

歴史書で読んだ「伝説のストリッパー!クマぱんつ明日菜」「ウルスラの脱げ女!露出狂高音」の二大痴女伝説とは……

 

「ご先祖様のせいカ?てっきり彼女達が変態性癖の露出狂と思ったガ……毎回脱ぐんじゃなくて、脱がされたのカ?」

 

 こんな歴史は知らないし、女の敵のネギを2−Aの連中に引き合わせて平気なのカ?

 私は史上最大の女の敵を育てようとしてはいないカ……

 

「分からないネ……アレをこの世界の中心にして、本当に良い事なのカ?私は間違っているのではないカ?」

 

 自問自答しても、正しい答えが返ってくる訳はなかった……魔法関係者の努力も虚しく、ここに新しい伝説。

 

「麻帆良の商店街通りのストリッパー伝説」が広まる。

 

 犯人は80年代の不良に扮した子供で、若い女を片っ端からストリッパーに仕立て上げる!

 

 その被害者は10人を上回った。全てが若い女性だ。

 このネギ・スプリングフィールドが起こした騒動を沈静化する為に、近衛近右衛門は苦労と苦悩をする……

 散々記憶操作はいけないと言いつつも、一般人達から被害者の女性達がストリッパーで無い事を……

 そんな破廉恥な事件が無かった事にしなくてはならないから。手っ取り早いのは、駄目だと言った記憶操作しかなかった。

 

「ネギ君……君、普通なら試練失格だから……早くイギリスに帰ってくれよ……」

 

 近衛近右衛門に憑依した主人公の苦労は続く。

 

 

 

 ネギ・スプリングフィールドのトラウマ対策会議の最中に、その当人が一般人を脱がしていると言う報告が入った。

 

「はぁ?ネギ君が商店街で女性の服を脱がしている?何を言っているのじゃ」

 

 電話先の魔法関係者は巡回中に騒ぎが起こった場所に向かえば、丁度ネギ君が魔力の奔流で一般人の服を吹き飛ばした瞬間だった。

 慌てて人払いの結界を敷き、当事者達を眠らせて現場を保存したそうだ。その間にネギ君は走り去ってしまった。

 被害者や周りの一般人も記憶を操作せねば、大事になるだろう……

 

「兎に角、儂が行くまで現場に居るのじゃ!人払いの結界の維持と目撃した一般人は確保しておくのじゃぞ」

 

 電話を切ると、皆が不安そうな顔をしている。特にタカミチ君などは、信じられない顔をしている。

 

「学園長……今の電話は?」

 

 心配そうな顔で弐集院先生が聞いてくる。漏れ聞こえた単語だけでも不穏な内容だ……落ち着かせる様に周りを見回してから答える。

 

「ネギ君が街で一般人相手に魔力を暴走させているそうじゃ。トラウマが引き金になったのか……兎に角、落ち着くのじゃ!先ずは情報を把握するぞ」

 

 一応、服を脱がしたと言う破廉恥行為は濁して伝える。いらん不安を煽っても仕方ないからね。

 

「まっまさか?誤報ではないのですか?まさか英雄の息子が問題を起こすなど!有り得ないでしょう」

 

 彼らの色眼鏡は危険域を越えているのかもしれない……無条件でネギ君が正しいと信じ、現場の報告を疑うなんて!

 現実を突き付けても信じないんじゃないのか、コイツらは?これは危ないぞ……僕にとっても、ネギ君にとっても。

 

「仕方ないの……では直ぐに現場に向かうんじゃ」

 

 口で言っても駄目なら、現実を見せるしかない。率先して現場に向かおうと立ち上がったその時、携帯が鳴る……

 ディスプレイに表示されているのは、先程とは違う魔法関係者の名前だ。

 嫌な予感を思い浮かべながら携帯の通話ボタンを押す。相当慌てた声が聞こえる。

 

「がっ学園長!大変です。

ネギ君が魔力を暴走させながら街中を走っています。凄い勢いで……認識阻害の魔法が追い付きません。

一般人にも不審に思う連中が出始めて……学園長?学園長、聞いてますか?」

 

 目の前が真っ暗になるとは、この事か……何やってるんだネギ君?

 

「分かった。儂らも直ぐに其方に向かう。兎に角、ネギ君から目を離すんじゃないぞ」

 

 電話を切って皆に向かう。

 

「現時点でネギ君が重大な違反をしている事は明らかじゃ!

しかし今は、そんな事はどうでも良い。兎に角、暴走したネギ君を確保する。

そして、この事件の収束を速やかに行うんじゃ。

葛葉先生と神多羅木先生、それにタカミチ君はネギ君を速やかに取り押さえるんじゃ!気絶させても構わん。

ガンドルフィーニ先生とシスター・シャクティは儂と現場に向かい一般人への対応じゃ。

記憶消去・操作は致し方ないが安全には十分注意して欲しい。各々任されている魔法生徒を使っても良いぞ。

緊急事態じゃからな。弐集院先生はインターネット上に情報が流れ出さない様に対応して欲しいのじゃ……

何人もの女性が被害にあっているのじゃ。既に情報が流れているやもしれん。茶々丸君を手伝わせる。協力して当たってくれ!

皆も色々言いたいじゃろうが、今は事態を収めるのが先じゃ!」

 

 そう言うと皆が部屋の外へ走り出した。自分も走りながら携帯で茶々丸君に電話をする。

 

「……もしもし?儂じゃ。不味い事になっての。ネギ君が街中で暴走した。

それで弐集院先生を手伝ってインターネット上の情報を潰して欲しい。それとエヴァに代わってくれんか?」

 

 茶々丸が協力してくれれば、弐集院先生の方は問題無いだろう。

 

「どうした、ジジィ?随分と慌てているな」

 

 呑気な声が聞こえる。全く人事だと思いやがって……

 

「ああ、エヴァか?すまんが頼まれて欲しい。ネギ君が街中で暴走してしまっての。

インターネット上の情報操作は弐集院先生と茶々丸君なら問題無いじゃろ。

しかし……

ネギ君の鎮圧に葛葉先生と神多羅木先生、それにタカミチ君が向かった。

しかし英雄崇拝のタカミチ君は不安じゃ。陰ながらフォローしてくれぬか?」

 

 手出しを遠慮しては、鎮圧も時間が掛かる。早くぶっ叩いてでも止めて欲しいんだよ。

 

「ふん。英雄の息子に手を出すなと言ったのはジジィだぞ?この貸しは高く付くぞ」

 

 楽しそうにしやがって……

 

「分かった!秘蔵の酒と、3日間の自由を約束しよう。勿論結界の外に出れる自由じゃ」

 

「本当だな?嘘をつくなよジジィ!本当にだな?」

 

「勿論制限は付けるが本当じゃ!だから早く頼むぞ」

 

 携帯を切って、気が付けば僕も無意識で魔力で身体強化をしている事に驚いた。

 学園から走り続けても息切れ一つしないとは、便利だな魔法……そう言えば、この体に憑依してから魔法を使ったのは初めてだ。

 年齢詐称薬はマジックアイテムだからな。

 

「学園長、急いで下さい。そろそろ最初の現場です」

 

 さて、英雄の息子の尻拭いを始めるか……全く面倒ばかり起こしやがって。

 

 ネギ君、恨むぞ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 学園長が一番最初の現場に辿り着いた頃、ネギ君を取り押さえる役目をおった連中も、彼を見付けていた。

 ただ膨大な魔力を垂れ流す痕跡を追えば良いだけだから、ネギ君を見付ける事自体は比較的簡単だ!

 

「高畑先生……どうする?」

 

「どうするも……傷つけずに取り押さえるには?先ずは声を掛けて」

 

 男共の消極的な行動に、葛葉先生が切れ気味にどやしつける!

 

「兎に角、ネギ・スプリングフィールドを取り押さえなければ!私が行きます」

 

 愛刀に手を掛ける彼女をタカミチが押さえる。

 

「待て、刀子君!ネギ君を傷付ける事は許さない」

 

「馬鹿なっ!あの暴走状態では、話し掛けても無駄だし普通の手段では無理です!」

 

「2人共、言い争いは後だ。ネギ君が公園の方に向かった。人気の無い場所に行ったら取り押さえるぞ」

 

 下らない言い争いの最中にネギは遠くへ行ってしまった。

 

 そう……エヴァの待ち構える公園の方へ。

 

 

 

 暴走するネギ・スプリングフィールド。捕縛しようにも、追跡者達は彼を傷付けない様にする為にまごついていた……

 

「高畑先生……ネギ君の格好だが、何だろうか?昔の不良学生みたいなんだが」

 

 ドカンに洋ランの格好は彼にしても懐かしい。

 

「不良学生……不良?優等生?

そうか!ネギ君は自分で気付いたんだな。そう!ナギさんは不良だった。その選択は正しい」

 

 まるで80年代にタイムスリップした格好を誉めるタカミチ。

 

「馬鹿を言わないで下さい。ネギ・スプリングフィールドは教師として麻帆良学園に赴任したのですよ!

それが不良学生で良い訳ないでしょう」

 

 阿呆な話し合いを始めた男2人に苛立ちが隠せない。

 彼女はお堅く生真面目な為に、また被害者が同じ女性なので早くネギ・スプリングフィールドを捕縛したいと焦っていた。

 

「葛葉先生。ネギ君はナギの様な英雄になるのです。

彼は品行方正な優等生では無く、ちょい悪な不良だったのです。ネギ君の選択は正しい」

 

 イラッとして白黒が反転した目でタカミチを見る。神鳴流の剣士は興奮すると白目と黒目が逆転する。彼女は興奮状態に有った!

 あの女の敵をブッ叩きたいと……

 

「2人共、言い合いは終わりだ。ネギ君が公園に入った。内部は人目も少ない。一気に取り押さえるぞ」

 

 影が薄かった神多羅木先生が、2人を宥めて一気にネギ君との距離を詰める!

 

「高畑先生……居合拳を放ってネギ君の前方を攪乱。

その隙に葛葉先生が接近して峰打ちで彼を気絶させて下さい。私がサポートします」

 

 暴走して正気で無い相手は気絶させて捕らえるのが安全だ。見境が無い分、危険な行為も行ってしまうのだから……

 

「「分かった(りました)」」

 

 流石は実戦慣れした魔法教師(葛葉先生は剣士だから違うが)!方針が決まれば行動も早い。

 公園の中央へと暴走するネギ君を捕縛するフォーメーションを組み彼を追い詰めて行く……

 

「いくぞ、ネギ君!居合拳」

 

 ネギの進路を阻む様に居合拳を放つ。着弾した衝撃と轟音、それと粉塵で一瞬ネギの動きが鈍る。

 

「なっ?道が爆発した?」

 

 その衝撃と爆音で正気に戻った。その隙を見逃さず、神多羅木先生が風の捕縛魔法を唱えネギ君の動きを止める。

 

「えっ?何、何なの?体が動かないよ」

 

 葛葉先生が彼との距離を詰めて愛刀を構えて、ネギの正面に突っ込む!

 

「えっ?女の人……痛いっ……きゅう……」

 

 愛刀一閃!

 

 ネギを峰打ちで昏倒させる。ネギは衝撃音で正気を取り戻した。

 その後直ぐに興奮で目の白黒が反転した怖い顔の刀子先生が、目の前に現れて気絶させられた……

 彼の女性恐怖症に拍車が掛かったのは、仕方ないのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一連のチームワークでネギ・スプリングフィールドを確保した魔法先生。

 居合拳で壊した公園に、簡単な人払いの結界を施してから立ち去る。後で魔法関係者が直しにくるのだろう……それを木の上から見詰めるエヴァ。

 

「ふむ……流石は実戦慣れした連中だな。ネギ・スプリングフィールドを捕縛したか。

てこずったのは英雄の息子に遠慮してか?ジジィ、大変だな。アレの面倒を見るのか……」

 

「確かに学園長の心配された通りの問題児ですね。学園長の苦労が目に見えます」

 

 音も無く隣の枝に降り立つ茶々丸……君は忍者か?

 

「茶々丸か……そっちの首尾はどうだ?さぞ面白い情報が溢れていただろう?」

 

「はい。麻帆良学園に表れた、ヤング性犯罪者。怪人脱がし坊主。

果ては、強制ストリッパー男などなど……ネットの沈静化には、今しばらく掛かるかと」

 

 どれも10歳児には酷いあだ名だ……しかし、やってる事は一般人女性を無差別で脱がしているのだ。

 理由はどうあれ、性犯罪者には変わらないだろう。

 

「私の出番は無いな。茶々丸、ジジィに報告をしておけ。ネギ坊主は魔法先生方が捕まえたと。

私は何もしなかったが、見守りはしたのだから報酬は頂くとな」

 

 ジジィは麻帆良の外へ3日間出してくれると言った。何もしなくとも約束は約束だ!

 ニンマリしている姿を自分の従者が無表情だが熱心に録画していた……

 

 気付けよ、エヴァ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネギ・スプリングフィールド捕縛が成功した頃、事件に関わった一般人の記憶操作も終わった。

 人払いの結界を敷いて、魔法で眠らせた人達に記憶操作の処置をしていく。手慣れた感じだ……

 中には被害者の女性もいるが、ちゃんと破かれた衣装も着替えさせた。

 学生服なら同じ物が用意出来るが、私服の場合は似たような物を。みなテキパキと行っている。

 こちらは普段から問題が発生すれば、していた措置なので対応は早い。

 そして記憶操作後、ボーっとしながら人払いの結界の外に歩いていく人達を見ながら思う。

 

「ネギ君の場合は記憶消去・操作の危険性を解いて止めさせた……しかし一般人の彼らには行ってしまった。

幾ら被害者の為とは言え……女性に辱めを与えてしまった事を無かった事にする為とは言え……

謝罪も無しに、ただ此方の都合だけで頭の中を弄くりまわしてしまった。しかも大勢の人達を……これは罪ではないのか?」

 

 何事も無かった様に処置が終わった事を報告に来たシスター・シャクティを見て思う。

 僕も既に爺さんの思考に捕らわれている。つまり同罪だ……悪い行為だと認識していても、仕方ない・当然の処置だ!そう思っている。

 もう一刻の猶予も無いだろう、僕が僕で無くなるまでに……魔法関係者達に労いの言葉をかけてから解散させる。

 ネギ君の暴走により、脱がせた女性は六人。周りに居て目撃した人は五十人から居た。

 全ての人から事件に関する記憶を消して、普段の騒がしい何時もの事の様な騒ぎが有ったと認識させた。

 

 何時もの事って何?

 

 そう言われると思い出せないのだが、それでも不思議に思わないのが認識阻害の結界効果だ。

 この街は狂っている。そして僕も狂い始めている。もう僕に出来る事は、西との関係を改善させ大戦の被害者に保証をする。

 問題児のネギ君を速やかにイギリスに送り返す。

 そして僕自身もこれ以上影響を受けない様に麻帆良から出て行こう。

 この麻帆良と言う学園都市が、どうしようもなく怖いんだ。最低限の義務と死亡フラグを回避したら逃げよう。

 

 しかし……

 

 相坂さんとエヴァ、それに木乃香ちゃんは何とかしてあげないと。僕はどうしたら良いのだろうか?

 

 

 

 現実とは常に予想を上回る物だ。そして、それは大抵悪い方に……

 

 昔、会社勤めの父さんが家で良く飲んで居た時に「課長のバカヤロー!」とか呟いていた。

 爺ちゃんも飲んで居た時に「最近の若い者は……」とブツブツ言っていた。

 お母さんは「大人になると、どうしようもない理不尽さを飲み込まなければならないのよ」と言っていた意味が分かりました。

 

 僕も飲めないけど酒に逃げたいと思った。ストレスの発散にお酒が効果的らしいし……爺さんの秘蔵の酒でも今夜呑もう。

 でも、その前に解決しなければならない問題が山積みです!

 

 

「学園長!惚けてないで、はっきり言って下さい。彼に責任は無いと!トラウマは病気なのです。仕方が無かったのです」

 

 タカミチ君の雄叫びで、現実に引き戻される。ここは学園長室。何時ものメンバーが僕を取り囲んでいる。

 あの後、家に帰りたかったが事後処理と方針を決めないといけないので、何時もの関係者を集めた。

 ネギ君は彼の私室に運び魔法で眠らせている。

 そしてタカミチ君が警戒しているのは、今回の騒ぎで彼の試練が失格にならないか!これに尽きるのだろう。

 聞き流しているが、彼が仕方無く今回の騒ぎを起こしたかを言っている。

 

「……と、言う訳でネギ君は悪くない。それに騒ぎも収まったではないですか!何の問題も無いのです」

 

「しかし……この先の事も考えて注意はするべきでしょう」

 

 明石教授が、やんわりと言う。彼もネギ・スプリングフィールドが麻帆良にこれからも滞在する事が前提だが……

 他の先生方を見回しても複雑な顔だ。赴任初日にこの騒ぎだ。幾ら英雄の息子でも問題児には変わりない。

 しかし悪く扱う事は出来ない。何故から、それを言えば自分に非難が集まるから……

 

 学園長室に静寂が訪れる。

 

 正直、ネギ君は試練終了イギリスへ強制送還が普通の対応だろう。しかし、それは出来ないのだ。

 関東魔法協会の会長でも、麻帆良学園都市のトップでも出来ない力が、彼には働いている。

 

「ネギ・スプリングフィールドの起こした今回の騒動じゃが……公には出来ない。理由は皆も承知の通りじゃ」

 

 この発言にタカミチ君は頷き、刀子先生は鋭い視線を僕に向けた。

「じゃが……

これから先も彼が麻帆良に居る限り、今回の様な問題は発生するじゃろう。

ならば我々が出来る事をするしかあるまい。彼の試練達成は約束されているのじゃから……」

 

 そう!この試練は出来レース。彼の順風満帆な成長は約束されている。逆らう事の出来ない力で……

 

「今回の騒動……トラウマが直接の原因かもしれない。しかし魔力の暴走癖は治さねば、これからも問題を起こすじゃろう。

ならば当分の間、女性との接触を極力無くす。そして魔力制御を覚えさせるしかあるまい」

 

 本校男子中等部には、表の試練として行かねばならない。しかし、裏の試練は魔力制御だけに絞るしかあるまい。

 

「シスター・シャクティ。

すまんが、君がネギ君のトラウマ治療担当と言ったが外れてくれ。アレでは女性は悪影響しかない。

変わりに……明石教授、お願いします。外部の医療スタッフと連携して治療に当たって下され。

それと彼の魔法指導だが……魔力制御にのみ絞って指導するのじゃ。

まさか膨大な魔力を持ちながら、あそこまで制御が拙いとは……メルディアナ魔法学校では何を教わったのじゃ?

これは先が思いやられるわい」

 

 取り敢えず、彼への処分は保留か無し。周りは、そう受け取ったみたいだ。

 

「学園長……ネギ・スプリングフィールド。この先、問題を起こさないと思いますか?もし問題が起きた時に責任はどうされるのですか?」

 

 ネギ君は必ず問題を起こすだろう。そんな確信にも似た思いが、僕の中に有る。刀子先生の問いに答えねばならない、か。

 

「彼は……

その特別な生い立ちや、育った環境故に中々この学園都市には馴染めないじゃろう。必ず問題を起こす!

しかし、彼をイギリスには返せない。ならば、彼が問題を起こし捲っても試練を達成させイギリスに送り返す。

それまでの責任は……儂が取ろう。4月になったら儂は職を辞する事にする」

 

 最早、一刻の猶予も無い。あと2ヶ月でネギ君の試練を終えて、僕も麻帆良学園を離れる。

 それ迄に出来るだけの事をするしかない。

 

「がっ学園長、本気なのですか?」

 

「責任とは言いましたが、解任しろとは……」

 

 流石に権力を牛耳る学園長の、突然の引退は仰天するだろうね。でも僕には必要無い立場だから……

 

「まだ2ヶ月は有る。後任については色々考えておるよ。

それと、儂の最後の仕事として関西呪術協会との関係改善をするつもりじゃ」

 

 これには、皆さんビックリしてますね。僕は麻帆良を離れたら、近衛本家の有る京都に木乃香ちゃんを連れて行くつもりだ。

 本当は他の場所に行きたいのだが、不自然過ぎる。怪しまれるのは不味いから……

 

 しかし、向こうは関西呪術協会のお膝元。

 

 幾ら名家の近衛本家当主と言えども、関係改善をしなければ命に関わる。だから例の計画を実行する。

 謝罪と補償、そして誠意を見せて職を辞する。これ以上は無いだろう。

 エヴァと茶々丸は、麻帆良での立場を明確にして呪いの効果を弱める。木乃香ちゃんは関西に返す。

 

 相坂さんは……

 

 今夜にでも聞いてみようかな。爺さんの知識では、寄り代?ヨリシロ?を用意すれば、この地から移動出来るらしい。

 しかし彼女の意思を無視する事も出来ない。成仏したいのか、現世に残るとしても麻帆良に括られたままか、僕と一緒に京都に行くか……

 

 

「さて、ネギ君には儂から厳重注意をしておく。次は無いからな、と……彼本人は真面目な努力家じゃからな。悪い子ではないのじゃ。

しかし、それと今回の一般人に迷惑を掛けた件は別じゃよ。それについては、諭さねばならない。これは大人の仕事じゃ」

 

 パンパンと手を叩いて、話し合いは終わりとアピールする。今日は早めに帰って、爺さん秘蔵の酒を呑もう。

 大人のストレス発散を試してみよう。そう、正直に言えば少しワクワクしていました!

 

 しかし、まさか自宅に来客が有ろうとは……

 

 

 

 ネギ・スプリングフィールドがこれから暮らす学生寮。女子部の学生寮に比べると明らかに差別感が漂う。

 無機質な鉄筋コンクリートの五階建。味も素っ気も無い建物が団地の様に並んでいる。

 女子寮はお洒落な外観で設備も凄い。大浴場など老舗の温泉旅館並だ。こっちは精々がユニットバスだろうか?

 

 此処にも男女差別が有ったよ……

 

 暫し老朽化した建物を前に貧富の差とは何か?を考えさせられた。来期の予算は、女子部を少し削り男子部に回そう。

 それ位はしても罰は当たるまい。思考を切り替え、彼の部屋に行く為に鉄製の扉を開けて中へ。キィと軋みながら、扉が開く。

 明るい外から薄暗い室内に入った為か、目がショボショボする。連絡が行っていたのか、初老の管理人が出迎えてくれた……

 

「学園長!わざわざご苦労様です」

 

 緊張した面持ちだが、学園都市のトップがいきなり来たのだから仕方ないかな。

 

「お出迎えすまんの。で、彼のネギ君の部屋は何処じゃな?」

 

「五階の角部屋、510号室です」

 

 案内すると言う彼に丁寧に断って1人で向かう。一応エレベーターが有るから楽だ。

 これで階段だけだったら……いや考えるのはよそう、今は。五階に上がり廊下を歩いて行く。

 歩きながら表札を見れば、2人でひと部屋か。手前の二部屋が不在なのは気を利かせたのか?

 

 510号室の前に立ち呼び鈴を押す。ブーブーと音がするが、返事は無い。まだ寝ているのか?

 暫く思案するが、ノブに手をかけて回してみる。ガチャガチャと音がするが開かない。

 

 彼を運んだ魔法関係者は、ちゃんと戸締まりまでしたのか……管理人に鍵を開けて貰おうかと思ったが、魔法で寝かされているのなら起きないかもしれない。

 僕が来た旨を手紙に書いて、ドアに付いている新聞受けに入れておく。

 明日、本校男子中等部に行く前に僕の屋敷に来るように……念の為、管理人にも言付けておこう。

 

 先生として働く前に、これからの事をちゃんと説明をしなければなるまい。さて、今夜は一人酒でストレスを発散するか!

 お手伝いさんに夕食は軽めにして、酒の肴を頼んでおこうかな……缶酎ハイや麦酒位は飲んだ事があるけど、本格的に飲むのは初めてだ!

 このワクワク感がストレス発散の効果なんだろうか?男子寮から帰る足取りは軽るかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「学園長、先ずはご一献……」

 

「む、すまんの……」

 

「ジジィ、秘蔵の酒とは日本酒か。確かに旨いな」

 

 夕食を終えて私室に戻り、お手伝いさんが酒の肴を届けてくれたら……直ぐに僕の影をゲートにエヴァと茶々丸が来ました!

 この屋敷って何重にも結界が張ってなかったかな?

 それとも弐集院先生達と同じ様に彼女を学園長付の秘書としての辞令をだした事で契約の精霊を誤魔化したかな?

 僕の所に来る事は、仕事として捉えたか……プライベートが侵害された気持ちだ。

 今度、無闇に移転しない様に注意をしておくか。

 

「ささ、学園長。此方の料理もお食べ下さい」

 

 茶々丸が持参の重箱から小皿に料理をのせて渡してくれた……和洋折衷の料理が詰まっている重箱は、魅力満載だ。

 

「ああ、すまんの……これは何じゃ?」

 

「白魚とフキの玉子とじです。此方は春野菜の炊き合せ。それとナマコの茶ぶりです」

 

 綺麗に並べられた料理の説明をしてくれる。しかも本格的だ!

 

「ジジィ、茶々丸の料理は素晴らしいぞ!味わって食べるが良い」

 

 ご機嫌の幼女とメイドコスの茶々丸と暫く酒と料理を楽しむ。この体に憑依してから、お酒は初めてだ。

 飲んだ事の無い日本酒でも美味しく感じている。そして、この体は結構な量を飲んでも酔わないみたいだ。

 

 楽しい時間が過ぎていく……

 

 ほろ酔い加減で頬を赤く染めたエヴァが、此方を見詰めている。幼女を酔わせる背徳感にクラッとくる……ヤバいかも知れない。

 

「で、ジジィ?何時なんだ、私が自由になる3日間とは?」

 

 エヴァはポツリと言ってそっぽを向く。素っ気無いのは、そんなに気にしてないアピールだろうか?

 ああ、ネギ君の捕縛の条件のアレか……待ちきれずに催促に来たのね、今夜の件は。

 しかし、ネギ君の件は実際には監視と報告だけしかしてない。茶々丸の方はバッチリ協力して貰ったが。

 従者が役立って、マスターたる自分がイマイチだったのを気にしているのかな?それで茶々丸の料理とお酌を付けたのか!

 

 借りを作らないのが、彼女なりのプライドか……しかし美少女の手料理とお酌を付けられては、文句は言えないよね。

 

 エヴァ、恐ろしい娘。この待遇では、誰だって男なら断る事は出来ないだろう。

 

「エヴァよ。儂は京都に、関西呪術協会の総本山に行く。後、近衛の本家へ……それに護衛として同行して欲しいのじゃ」

 

 一瞬ポカンとして、それから怒った顔をした。表情がクルクル変わるね!

 

「なっ?何だと!仕事に行くのか?約束が違うだろう!」

 

 約束って……君を首輪無しで自由になんて出来ないでしょ?プンプン怒る幼女を宥める。

 

「まぁ聞くのじゃ!どの道エヴァを1人で自由に麻帆良の外へは出せないじゃろ。

それは理解出来るな?仕事と言っても二泊三日の行程じゃ。初日で移動と用事は済む。

二日目は京都での自由行動を約束しよう。三日目は帰るだけだから、半日位なら好きにするが良い。どうじゃ?」

 

 必要なのは行き帰りの護衛と、京都での移動時の護衛だ。二日目は総本山か本家に籠もれば安全だろうから……

 

「くっ……3日間の約束が半分じゃないか!しかし、何故京都に行くんだ?ジジィが乗り込むには問題が有る場所だろう?」

 

 関西呪術協会は、僕をこの爺さんを嫌っている。それこそ殺したい位に……あの記憶が蘇り、胸が苦しくなる。

 純粋な憎悪と殺意。だから、断ち切らないと駄目なんだ。この憎しみの原因を……

 

「謝罪と補償じゃよ。大戦のな……」

 

 ポツリと言ってから、茶々丸が注いでくれた日本酒を煽る。先程までは美味しく感じた日本酒。しかし、今は苦い味がした……

 

 


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