僕は麻帆良のぬらりひょん!   作:Amber bird

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 過去に「にじふぁん」で連載・完結した作品です。10話ずつ纏めているので文章が重複する部分がありますのでご注意下さい。
 全部で9話あり毎日朝9時に1話ずつ掲載していきます。


第1話

 唐突に目が覚めた……眩しい。それに頬に柔らかな風を感じる。

 明るい方から逃げる様に体を捻ろうとして鈍い痛みで目が覚める。

 

「う……む……」

 

 何故か動かし難い手で目を擦る。暫くしてボンヤリとしていた視力が回復し……

 窓から差し込む光や、風に揺れるカーテン。そして、皺クチャな手が見えた。

 

「えっ?何だ、この手は……僕の?何なんだよ、この腕はさぁ」

 

 握って開いて振り回して、思い通りに動かせるならば、やっぱり僕の腕なのか? 

 掌を額に当ててコメカミを揉むと、フサフサの眉毛を……眉毛?

 恐る恐る両手で顔をペタペタ触る。フサフサの眉毛、髪の毛が少ないぞ。生え際が何処まで下がってるんだ……

 髪の毛を掻き毟ろうとしたら、不自然に纏められた髪の毛が?

 

 握って上に引っ張る。

 

「ちょチョンマゲ?僕にチョンマゲが有るぞ」

 

 更に後頭部が随分と長いんだけど……嗚呼、頭の長さが倍以上有るぞ。

 

「ははは……老人になるまで寝た切りで、怪我で体も変になったのか……」

 

 僕は薄れゆく意識の中で、つい最近だった様に記憶しているアノ事を思い出した。

 裏山で小遣い稼ぎのキノコを取りに行って、イノシシにはね飛ばされた事を……それと後頭部が大きくて、仰向けでは寝難い事を……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 遡る事、数日前の麻帆良郊外の山中。

 

 

「ガンドルフィーニ君、もう一踏ん張りじゃ!来月にはネギ君が。ナギの息子が来るんじゃ!それまで麻帆良学園は無事でなければならん」

 

 ナイフと拳銃を構えて戦う魔法先生に激を飛ばす!

 

「勿論です。我らがネギ君の成長を見守る為にも、ここで敵を倒さねば!しかし敵の数が……」

 

 突然、真っ昼間から結界を超えて悪魔・魔物が襲撃!しかも数カ所同時に……

 侵入した術士に召喚された悪魔達が麻帆良に大挙して襲って来た。生憎とタカミチ君は海外に、他の魔法先生達も所用で外していた。

 残って居るのは、刀子・ガンドルフィーニの両魔法先生。残りは関係者の真名と刹那、それにエヴァと茶々丸だけだった。

 だからこそ、普段は前線に出ない近右衛門が自ら戦っている。

 魔法は秘匿をせねばならず、しかし昼間は魔法先生・生徒として一般人の中に溶け込んでいる。

 急に仕事や授業を放り出して現場に駆けつける事は出来なかった。

 

 初動で遅れを取るのは、防御側としては致命的だ!

 

 エヴァは茶々丸とコンビでも、一カ所の防衛で手一杯。刀子先生には、真名と刹那がフォローに。

 こちらに応援に来るにしても、時間が掛かるだろう。襲い来る悪魔達を一体一体倒しているが、戦局は芳しくない。

 

「むぅ……偶然じゃないのぅ。麻帆良が手薄の、このタイミングでの強襲。

謀られたか……それに結界をこうも容易く抜けてくるとは。かなり組織的・計画的な襲撃かの?」

 

 今は、その様な事を考えている暇は無い。ジリジリと消耗する魔力。無限とも思える、召喚された悪魔達。迎えるは2人の魔法使い。

 関東魔法協会の長としての力を持つ近右衛門にしても、戦局を覆すには至らなかった。

 

「ぐぁ……」

 

 背後を任せたガンドルフィーニが、複数の悪魔にのし掛かられている。

 

「ガンドルフィーニ君!しっかりするのじゃ」

 

 彼にのし掛かり、小山になった悪魔の群れを魔法で吹き飛ばす。

 

「ガンドルフィーニ君!おい。しっかりせい」

 

 呻いてはいるので、まだ生きている。しかし早急に治療をしなければ危ないだろう。彼を庇いながら、悪魔の群れを睨み付ける。

 

「そろそろ出て来たらどうじゃ?それとも儂が怖くて、姿を見せられんのかのぅ?」

 

 未だに現れぬ黒幕に声を掛ける。その間にも悪魔達が、その牙をその爪を……はたまた刀や槍と言った獲物を振りかぶりながら儂に殺到する!

 

「ふんっ!まだまだじゃよ」

 

 一重二重と魔物に包囲され波状攻撃を掛けられる。

 流石の儂もガンドルフィーニを庇いながらの戦いでは、遂に手傷を負わされてしまった。

 左腕を魔物の爪で抉られた……しかし傷自体は浅い。

 

 手傷を負わされてから、魔物達の包囲網が少し広がった。

 

「ぬう……お前さんが黒幕かのぅ?儂が傷付けられてから、漸く姿を表しおって。じゃが儂は、まだまだ戦えるぞ!」

 

 敵の親玉を倒せれば、召喚された悪魔や魔物は元の世界に送り返される。

 

 チャンスだ!

 

「関東魔法協会の長よ。我らの積年の怨みを晴らしにきたぞ」

 

 神官の服を着た壮年の男が、林の中から滲み出る様に現れる。

 

「ほう?儂に怨みをじゃと?マギステル・マギを目指す者としては、思い浮かばんのぅ……」

 

 油断なく相手と対峙する。

 

「我らの怨み!

それは貴様のせいで関係の無い戦いに駆り出され、大切な者を失った怨みよ。しかも、その謝罪無く関西呪術協会が悪いとの扱い。

今の長は腑抜けよ!関東の言いなりよ!だから我らは立ち上がったのだ。我が息子夫婦の怨み。貴様の命で償うが良い」

 

 大戦の傷を忘れられぬ奴らか……

 

「婿殿も跳ねっ返りの部下を押さえられんか……だらしないのぅ。

しかしお主を倒せば、今回の騒動は収まるの。悪いが大人しく捕まってはくれんか?」

 

 召喚主を倒せれば、召喚された悪魔・魔物は消える。

 

「ふふふ。余裕な顔も何時まで続くかな?

貴様が責任を負わず、認めずのらりくらりと逃げている為に……我らの憤りが、我らの気持ちが!

分かるか貴様に?我が息子と嫁の、物言わぬ骸と対面させられた親の気持ちが!我が子を先に喪う親の気持ちが!

だから、貴様には特別な呪いを掛けてやろう。我らが同志は、全てこの襲撃の為に命を捧げた。

この悪魔共は同志達の魂を糧に召喚した者達よ。我は貴様と共に朽ち果てよう……輪廻の輪から弾き出してやるわ!」

 

 そう言うと、儂を傷付けた魔物が奴の胸を貫いた。

 

「ぐっ!

ふふふ……きっ貴様の血と俺の心臓を触媒に呪いをかける……呪いは返せぬぞ。その為に俺も同じ呪いを受ける。

人を呪わば穴二つ……だが、共に同じ呪いなら返し合っても同じ事。

貴様を道ずれに出来れば、俺の魂が消滅しても構わない。共に輪廻の輪から弾かれろ!」

 

 呪いの発動を止めようと術士に近寄ろうとするが、残りの悪魔・魔物達が妨害して辿り着けない。

 呪いに対抗しようと精神集中すらさせてもらえず、呪いは完成してしまった。

 

「しまった……」

 

 遠のく意識の中、誰かが入れ替わりに儂の体に入り込むのを只見ているだけだった。

 薄れゆく意識の中で、術士の狂喜の笑いだけが響いている……

 

「儂は間違った事はしておらん!ネギ君すまない……君を立派なマギステル・マギに……」

 

 近衛近右衛門と関西呪術協会の術士の魂は、この世界の輪廻の輪から弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 近衛近右衛門と関西呪術協会の術士が壮絶な戦いをしていた同じ時、同じ場所……麻帆良とは違う、所謂平行世界と言われる日本国の埼玉県の某所。

 当然魔法の世界など無く、麻帆良学園など存在しない……此方の世界では奥深い山々に囲まれた山村地帯だ。

 山村故に娯楽も無く、娯楽を求めて街に出るにも金が無い。

 ならばと、祖父母が生活の足しに山に登り山菜やキノコを取ってくるのを真似て山に入った。

 親に渡せば、幾らかのお小遣いが貰えるから……自然溢れる田舎に暮らす、典型的な高校生。

 何度も祖父母達と山に登り収穫をしている為に、この山々は庭みたいな物だ。何も危険は無いと思っていたが……

 

「なっ何でこの時期にイノシシが麓近くまでー?絶賛うり坊育成中だから、気が立ってるー」

 

 育児期間の野生動物は凶暴だ。我が子を守る為に、外敵に果敢に攻撃する。しかし危険な場所にも近寄らない筈だ。だから彼は、全く運が悪かった。

 

 偶然、うり坊の一匹が母イノシシからはぐれてしまい探しに麓まで降りてきたのだ。

 偶然、母イノシシがうり坊を見つけた時に目の前に出てしまった。

 偶然、うり坊も驚いて鳴いてしまった。

 

 不幸な偶然が重なってしまった……殺気立った母イノシシにとって、彼は敵でしかなく……結果、突進して突き飛ばした!

 

 崖の外へ……

 

 たまたまの偶然の一致か?同じ時、同じ場所で!

 片方は呪いにより、その世界から魂を弾き飛ばされ、片方は不慮の死で魂が体を離れてしまった。

 彼は死を回避したいと強く願い、それは違う世界で叶えられた……15歳の魂を齢70歳以上の老人の体に定着させる事によって。

 

 

 

 

 

 グキュルルルル……気を失っていてもお腹は空くのか。

 

「腹減ったな……」

 

 周りを見渡すと、先ずは壁に掛かっている時計を見た。

 

 11時45分。

 

 窓から差し込む日差しは暖かい。つまりはお昼前だ。他に情報が無いか見渡す。

 前は気がつかなかったが、手首にタグが付いている。血液型や名前、それに何時入院したのかが……

 

「近衛近右衛門……このえ、ちかうえもん?このえちか、うえもん?偉く古風な名前だな……って違うよ、僕の名前じゃない。

2002年1月?僕の記憶が正しければ、今年だ。こんなに年を取る程、時間は経ってない。

僕は……僕の体は……どうなっているんだよ?」

 

 グキュルルルル……

 

「悩んでもお腹は空くのか。でも僕は、老人だ。まるで別人の体に入ったみたいだ……」

 

 突然、扉が開いて看護士さんが入って来た。

 

「あら?近衛さん、意識が戻ったんですね。今、先生を呼びますから……」

 

 慌てて走っていく看護士さん。

 

「今……僕を見て近衛さんって言った。つまり僕は近衛と言う老人になっているんだ」

 

 もしかして夢か?夢で有って欲しい。考え込んでいたら、先程の看護士と白衣を着た壮年の男性が入ってきた。

 

「近衛さん。気分はどうですか?」

 

 ベッドの脇の椅子に座り、カルテを見ながら質問をしてくる。

 

「……急に年を取った感じです。それとお腹が空きました」

 

 何やらカルテに書き込みながら質問をしてくる。

 

「年を?それは感覚的な事ですか?それとも肉体的な事?」

 

「はぁ……肉体的にです……先生、僕は……」

 

「近衛さん。

貴方は急に職場で倒れられて、ここに運び込まれました。今日で2日目です。

しかし、検査では体に異常は無い。そのお年で、全くの健康体です。

しかし体に変調をきたしていると感じるなら、一度精密検査をおこないましょう。

点滴で栄養は補給していましたが、胃には何もいれてませんからね。

おい、近衛さんに食事を……回復食を出すように連絡を。

では近衛さん、また後で」

 

 一礼して介護士を伴い、部屋を出て行った。

 

「やはり僕は、近衛と言うジジイなんだ……しかし僕には僕だった頃の記憶が有るんだ。

記憶……何だ……別の記憶も有るぞ。

はぁ?

魔法使い、関東魔法協会の会長……西の者に倒された……僕は狂ってるのか?

魔法なんて漫画かアニメの世界だ。僕は……」

 

 結構長く物思いに耽っていたみたいだ。看護士さんが食事を持ってきてくれたのを気がつかなかった……

 

「近衛さん、お食事ですよ。2日間絶食でしたからね。回復食です」

 

 そう言いながら、先程の看護士さんがトレイを持ってきてくれた。ベッドの上で座り込み、補助机を出してトレイを受け取る。

 

「ゆっくり食べて下さいね」

 

 看護士さんは忙しいそうに出て行った。目の前のトレイを見る。メニューの紙が置いてある。

 

「五分粥・寄せ豆腐・野菜ジュース・高カロリーゼリーそれに漬け物か……」

 

 これじゃ断食道場の回復食と変わらないな。文句は有るが、絶食の後に普通の食事を食べたら胃がビックリするからな。

 

 一口、粥を啜る……悔しいが、美味い。

 

 夢中で他の物にも箸を伸ばす。ほんの五分位で完食してしまった……トレイを脇に押しやり、ベッドに横になる。

 突き出た後頭部の為に、枕を首の後ろに来る様に置く。これで少しは楽だ……

 

 さっきの記憶をもう一度思い出してみる。

 

 魔法……関西呪術的協会……この体の老人に向ける憎悪……全く他人の体に憑依(仮定だが)したので、脳が記憶している事は思い出せる。

 逆に本来の僕の記憶が有るのが不思議なんだけど……先のキーワードの記憶を探って行くと……

 

「このジジイ……悪いジジイだ……この悪行を全て僕が引き受けないといけないの?」

 

 権力は有りそうだ。財産も沢山有る。

 

 しかし……

 

 若さと魅力が全くねぇ!

 

 まだ15歳なのに……これから彼女を作って、あはは・うふふ!って、したい盛りなのに!

 こんな外見でジジイの彼女に、若く可愛い娘がなってくれる訳が無い。

 せいぜいが茶飲み友達のオバアチャン?しかも肉体的に、男としての機能が衰退しているし……

 

「枯れ果ててるじゃねーかー!僕の青春を返えせー!」

 

 やりたい盛りの高校生が、金と権力は持っているが男としては終わっている体に放り込まれたのだ……

 彼は悲しみの余り、枕を涙でビショビショにした。

 

 

 

「近衛さん。回診ですよ……あら?どうしたんですか、泣いてます?」

 

 僕の担当なのか、同じ看護士さんが来てくれた。脈拍と体温を手際良く計っていく。

 

「明日の朝には退院出来ますよ。ご家族の方にも、意識が戻られた事は連絡してありますから」

 

 そう言って病室から出て行った。ご家族?

 記憶を探ると、大和撫子然として美少女が思い浮かぶ……孫娘か。

 自分の娘を先の大戦で英雄と言われた男にあてがって生まれた娘……自分の娘を戦争の英雄と言う、大量殺戮者に与えて彼を取り込んだ。

 しかも、強引に関西呪術協会の長に据える……孫娘は、膨大な魔力を保有するも知らされていない。

 記憶によれば、大戦の中心的な人物の息子にあてがう考えだ……

 

「こいつ……身内も全て権力の駒かよ」

 

 関東魔法協会とは、悪の秘密結社なんだな。これから先の事を考えて、絶望した……ふて寝しよう。

 

 

 

 

 

「お爺ちゃん、起きてや!お爺ちゃんったら」

 

 ユサユサと体が揺すられる感じで目が覚めた。

 

「お爺ちゃん!木乃香やで、お爺ちゃんったら起きてや」

 

 目の前に、記憶の中に有る美少女が居た。

 

「お爺ちゃん、良かった。うち心配したんや」

 

 そう言って美少女に抱きつかれてしまい固まってしまう。人生初のハグは、大和撫子からだった!

 

 うほっ!

 

 髪の毛から良い匂いがするし、涙目で見上げてくる美少女……思わず抱きしめてしまう。

 

「……お爺ちゃん?」

 

 しまった!彼女は孫娘だった。

 

「あっああ……こっ木乃香……お爺ちゃんは、もう大丈夫だ。明日には退院出来るそうだ……いや、そうじゃ」

 

 くっ口調が難しい。発音も怪しい感じだし……誤魔化す様に頭を撫でる。

 

 ナデナデ……さらさらした艶のある髪の毛だ。

 

 ナデナデ……この娘を英雄の息子にあてがうのか。

 

 ナデナデ……なんて勿体無い。

 

 ナデナデ……

 

「お爺ちゃん、禿げちゃうよ。そんなに撫でたら」

 

「ああ……すまんのぅ。木乃香の髪の毛がサラサラで気持ち良くてな」

 

 ヤバいヤバい。極上美少女を相手に理性と自制が怪しかった。

 

「そうなん?じゃあお爺ちゃん、うち帰るね。元気そうで良かった。それと、何か優しくなった気がするよ」

 

 そう言ってスカートを翻しながら部屋を出て行った。優しくなった?

 記憶では、大体こんな対応だった筈だけど……何か違和感が有るのかな?

 しかし、中々お目にかかれない美少女だったね。記憶ではもう一人、元気印の美少女が居るな。

 

 記憶を封印した、魔法世界のお姫様……か。

 

 ニヤニヤとしていた僕を看護士さんが不審者を見る目で観察していた。

 

「近衛さん……可愛いお孫さんですね」

 

 この看護士さん。気配が分からないんですけど?普通、部屋に入る時って声を掛けないかな?

 

「木乃香ですじゃ……可愛いじゃろ?自慢の孫娘じゃよ」

 

 慣れない老人言葉で応える。

 

「その孫娘を見る目は、チョット普通では有りませんでしたよ……余り寝過ぎると、夜寝れなくなりますよ。

ベッドの背もたれを起こしておきましょうね」

 

 そう言ってベッドを操作して背もたれを上げる。要は寝てばかりいてはいけないって事か……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 パソコンに向かい何やら仕事をしている担当医に話し掛ける。

 

「先生……特別室の近衛さん。少し老人性痴呆症の症状が有りませんか?情緒も不安定ですよ」

 

 先生は画面から目を離さない。

 

「近衛さんは特別だからね。それに体調は悪くない。早く退院させよう。

それにボケは入院を必要とする病気じゃない。それは別の……ケアマネージャーとかの領分だよ」

 

 体が正常なら、早く退院させろって事ね。確かに病院は老人ホームじゃないけれど……金持ちの年寄りだから、ボケたら大変よね。

 義理の息子さんは関西だと言うし……お孫さんとも別居らしいけど、彼女これから介護とか大変よ。

 

 そうだわ。必要な資料は渡してあげましょう。

 

 医療に携わる彼女は、近衛の異常性に気がついた。しかし、ボケが始まっているのだと考えてしまった。当然だろう。

 中の人が入れ替わっているなんて、普通は考えないから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食までの間、時間が有るからコレからの事を考えていた。この高齢の体は、多分もう10年も保たないかもしれない。

 しかもボケる心配や、足腰が弱って寝たきりになる可能性も有る。

 元の体に戻れるアテもないし、戻られたとしても崖から落ちて五体満足の筈も無い。つまりは、残された時間は少ないのだ。

 

 では、ナニをしたい?ナニが出来る?財産は有るから贅沢は出来るだろう。

 

 旅行は……無理だ!こんな頭で出歩くなんて他人の目が気になってしまう。

 

 ネットで通販をするか。物欲を満たす位しか思い浮かばないな。

 

 引き籠もってしまおう。かなり後ろ向きだが、変な頭を見られる恥ずかしさを考えれば引き籠もって好きな事をしよう。それしかないと思った。

 

 

「近衛さん。夕飯ですよ」

 

 昼と違い夕食は普通らしかった。

 

「ああ、楽しみは食べる事だけだよ」

 

 何時もの看護士さんが、変な顔をした。

 

「近衛さん。何か趣味は有りますか?体を動かす事は大切ですよ。まだまだ元気でないとお孫さんが悲しみますからね」

 

 慈愛の籠もった目で見られてる……

 

「はぁ……帰ったらネットでもしようかと」

 

 補助机を出してトレイを乗せてくれる。

 

「パソコンね。指先を動かしたり、考えたりする事は良いわね」

 

 そう言って出て行った。

 

「いただきます!」

 

 手を合わせて食材に感謝の意を表する。

 献立は……エビしんじょう・小松菜のピーナッツ和え・カジキマグロの照り焼きとお吸い物か。ご飯はアサリの炊き込み御飯だ。

 

 しかし……食っちゃ寝ばかりだと、この体だとボケないかな?

 

 明日は退院だし、少し体を動かしたりした方が良いかもしれない。

 夕飯をきっちり完食し、歯を磨いてから床に入る……目が覚めたら元の体に戻っている事を祈りながら。

 

 

 

「二日目の知ってる天井だ……」

 

 何故か言わねばならない、お約束な台詞を言ってみる。確かに昼寝のし過ぎだったのか、夜は寝付きは悪いし朝早く起きてしまった。

 病室は個室だから、周りに気を使わない所が良かった。

 起き上がって体を解す様に首を回し、腕を回し、腰を捻る……この体だが、老人の癖に鍛えられている。

 これなら杖が無くても歩き回れるか……備え付けの洗面台で顔を洗い、歯を磨く。全て自前の歯だ!入れ歯でなくて本当に良かった。

 

 朝食まで時間が有るので、病室を出て、当てもなく廊下を歩いてみる。

 昨日は気がつかなかったが、かなり立派な病院だ!この規模だと、前の世界では大都市に行かないとお目にかかれない様な……

 

「近衛さん!近衛さん、どうしたんですか?」

 

 当直だったのか、昨日の看護士さんが駆け寄ってくる。

 

「おはようございますじゃ!何となく早起きして暇だったので病院を探索しようと思いまして……」

 

 ふーっと深い溜め息をつかれた。

 

「良かった。徘徊かと思って肝を潰しましたよ。では朝食までには病室に戻って下さいね」

 

 にっこりと微笑みながら言われたが……

 

「看護士さん?徘徊って僕は未だボケていませんよ!」

 

 文句を言うも、彼女の背中は既に視界に無かった。適当にフラつきながら、病室に戻る。

 簡単に掛け布団を直し、背もたれを上げて補助机を出す。

 

 準備は万端だ!

 

 楽しみに待っていた朝食は……クロワッサン2個・ハムサラダ・卵スープにヨーグルト……バターは無いが、ジャムが付いていた。

 後はパック牛乳。此方に来てから、初めての洋食だ!

 

 しかし塩分控え目な為に、バターが無いのが寂しいな……モグモグと食べていると、偉い巨乳の美人さんが訪ねてきた。

 たしか、源しずな先生か?

 

「学園長、おはようございます。お目覚めになられたなら、何故連絡を下さらなかったのでしょうか?」

 

「……連絡?あっ、そう、そうじゃったのう。すまなんだ。ちと、忘れてしまっての。今日にも退院出来るんじゃよ」

 

 やべー、忘れていたと言うか……爺さん、この巨乳美人を私設秘書みたいに使っているみたいだった。

 

「病院の方の手続きは、此方でしておきます。今日は家に帰られて、明日は学院の方に顔を出して下さい」

 

 そう言えば治療費の支払いとか、普通現金だよね?その辺どうなんだろう?

 

「では失礼します」と、頭を下げて出て行く彼女を見ながら思う。

 

 明日は仕事に行かなければならないのか、と。

 朝食を終えてボーッとしていると、担当医が来て簡単な問診をして帰って良いと言われた……

 付き添いの看護士さんに、支払いは?と聞いたが、全て済んでいるそうだ……

 

 身嗜みを整えてロッカーから財布や携帯を取り出す。因みに着物だったが、ちゃんと着れた。

 財布の中身は20万円近く有り、見た事もないカード類が沢山有る。MasterCardにVISAにNICOS……流石は金持ち爺さんだ。

 

「さてと……では未だ見ぬ我が家に帰りますかn」

 

「がくえんちょー!ご無事でしたかぁー!」

 

 厳つい黒人が走り込んで来た。誰だっけ……ああ、魔法先生のガンドルフィーニさんか。この爺さんと最後に一緒だった人だ。

 確か怪我をしてたのに、元気そうだけど?てか怖いんですけど……

 

「あっああ、ガンドルフィーニ君。おはようございますじゃ」

 

「学園長、ご無事でなによりです」

 

 厳つい黒人に迫られて、僕ピーンチ?

 

「ガンドルフィーニ君も怪我は平気かの?」

 

 確か怪我を負って倒れていたはず……

 

「治癒魔法で何とか……あの後、エヴァ達が駆け付けて直ぐに我々を仲間の下へ運んでくれたのです。

治癒魔法で怪我を治しても、学園長の意識は回復しなかった。

治癒魔法は万能ではない……なので、表の大学病院に運び精密検査をして貰ったのです」

 

 なる程……目で見える外傷は治せても、脳とか内蔵とかに損傷が有れば分からない場合も有るのかな?

 

「儂はもう大丈夫じゃよ。今日は休むが、明日は仕事に出るつもりじゃ」

 

 心底安心した様な顔をしてるな……そうか!確か、この人を庇って戦ったんだっけ。

 

「そうですか!では家まで、お送りします。さぁさぁ」

 

 言われるままに連れ立って歩く……変な頭の和服老人と、厳つい黒人……

 

 あっ!世話になった看護士さんだ。

 

「お世話になりましたの。退院しますじゃ」

 

 何故かカルテを胸に抱いて後ずさる?

 

「ボッ、ボディガードですか?でっては近衛さん。しっかりと励んで下さいね(ボケ防止に……)」

 

 お辞儀をして前を通り過ぎる。

 

 

 

 ヒソヒソ……

 

「金持ち爺さんって聞いたけど、堅気じゃないんだな……」

 

「ヤクザ?いや黒人だしマフィア?」

 

「あんなに可愛いお孫さんが居るのに……」

 

 

 

「ガンドルフィーニ君……早く出ようかの」

 

「はっ!後で失礼な連中には、認識阻害と記憶の改ざんを……」

 

「駄目じゃ!お世話になった人達じゃぞ。単に我々の外見が宜しく無いだけじゃ。何もするでないぞ……」

 

 全く、何でも自分の都合の為に魔法使うなよ……

 

 ナニ?自分が厳ついから、マフィアと思われたのが気に入らないの?

 僕だって結構美人なお姉さんだな!って思っていた看護士さんを怯えさせちゃったのよ。

 

 迎えの車は黒塗りのベンツでした……あはははは……こんな車で迎えにきて、運転手は厳つい黒人か!

 どうみても、ヤクザの親分の退院風景だよね。周りの患者さんも遠巻きに見ているし……

 

 

「ママ見てぇ!昨日のテレビで見たよ。アレって大親分と手下でしょ?」

 

「ユマちゃん!ダメでしょ?指差しちゃ……早くコッチに来なさい」

 

 一般人の母娘に指差さされて、ヤクザの大親分認定されました……てか、認識阻害の魔法が常時展開しているって記憶に有るけど?

 それをしても、僕の頭は気になる程に異常なのか……やっぱり引き籠もって暮らそう。

 

 元高校一年生に、この環境は辛いです!

 

 

 

 黒塗りのベンツに乗り込み、厳つい黒人に運転させています。いや本当にヤクザの大親分な気分ですよね……

 

「学園長!先日の侵入してきた奴らですが。やはり関西の……」

 

 そう言えば、縄張りに他勢力が攻め込んできたんだよね。報復活動?仕返し最高?

 

「断定は出来ないが状況証拠では、そうじゃ。しかし罠の可能性も有るのぅ」

 

 この爺さんに、彼は関西呪術協会の一員だと言った。息子の恨みを晴らす為にと……でも、どう考えても爺さんが悪いと思う。

 だから彼らを……彼らの所属する関西呪術協会を責める気にはならないんだ。本来なら此方が頭を下げて補償なりを払う立場じゃないの?

 

「それは……関西呪術協会のせいにして、我々と仲違いをさせる勢力が居ると?」

 

「さて……だから慎重に動かねばならないんじゃ」

 

 そう言って目を閉じる。これ以上は誤魔化しが利かないから……それから10分程走ってから、デカい日本家屋の前に停車した。

 

 そう!これが爺さんの家だ。

 

「ガンドルフィーニ君、助かったよ。では明日……」

 

 まだ何か言いたそうな彼と別れる。玄関にはお出迎えのお手伝いさんが控えている。

 

 流石は金持ちだ!

 

 お手伝いさんなんてドラマの中でしか知らないよ。取り敢えず私室に入り、飲み物を頼んだ。

 炭酸飲料が大好きなんだけど、爺さんは日本茶が好きだった……つまりお茶が来ましたよ。羊羹を添えて。

 

 夕飯は病院食がサッパリしていたので、脂っこい物が食べたいと伝えた。

 これで記憶に有るメニューから考えて、多分中華料理になるだろう。何故、自宅に執務机?

 

 それに座り日本茶を啜り一息つく。そして羊羹をパクり!

 

 んまい!

 

 何と言うか、初めて食べる味わいだ。きっと銀座か何かの老舗の和菓子なんだろう。

 羊羹を食べ終わり、お茶をおかわりして落ち着いた。これからの事を考える……

 

 明日は魔法先生を集めて、今後の話になるだろう。

 この爺さんに憑依した僕が言えた義理ではないが、出来れば関西呪術協会とは穏便に関係回復をした方が良いと思うんだけど……

 それと戦争の英雄ナギ・スプリングフィールドの息子の扱いだ!

 

 正直、妬ましい羨ましい子供だ。

 

 10歳で女子中の先生って、何てエロゲ設定だよ!既にハーレム要員を集めて有り、それをあてがう予定だし。

 麻帆良の魔法先生達は彼の為に、この世界の人間をどうしても良いと思っている……

 

 英雄の息子の為だ!立派なマギステル・マギにしなければ!

 

 正直、余所の世界の英雄を何故育てなければならないのか?彼は狙われている、危険だから守らなければ!

 では迷惑を被る、この世界の人達に補償は?まぁ僕もこの世界の人間じゃないから、言えた義理は無いんだけどね。

 

 でも木乃香は渡さない!

 

 彼女は僕の癒やしなんだ。この爺さんは、孫娘の部屋にネギ・スプリングフィールドを住まわせるつもりだった。

 つまりは保護者公認の同棲生活だ……

 

 ふざけんな!

 

 僕が15歳にして、不能な童貞として余命10年有るか無いかなのに……完全に逆恨みの八つ当たりと自覚は有るんだ。

 しかし、僕は君をエロゲの主人公でなくて熱血漢漫画の主人公として育てる!

 英雄なら、その方がよっぽど「らしい」じゃないか。熱血バトルヒーローに、魁た男の塾にヒロインは要らない。

 あてがわれた女性でなく自分で探せばいい。魔法使いの娘さんをね。

 

 教育方針は決まった!

 

 だけど彼に酷い事をすれば周りが五月蝿い……だから真っ当な理由を付けて、ネギ君には漢の園で暮らして貰う。

 そして、先にも述べた様に硬派な男子に鍛える予定だ!

 

 真っ当な理由か……何だかんだで、記憶の中の魔法先生は彼に甘い。

 

 ガンドルフィーニ先生。

 石頭で柔軟性が無い。しかしナイフと銃を扱うらしいから武闘派だ。

 

 タカミチ君。

 魔法が使えないが、爺さんが戦闘面で一番信頼している男。そしてマギステル・マギになれない代わりに、英雄に憧れている男。

 護衛として麻帆良に貼り付けておきたいのに、何故か海外を飛び回っている……爺さん的には、コイツが一番ネギ君に執着心が有るとみていた。

 

 つまり危険人物か……

 

 彼のハーレムを潰したら反対するかな?それとも武術の教育担当にすれば喜ぶか?

 

 神多羅木君。

 ヒゲのグラサン。しかし風の攻撃魔法の使い手だ。ネギ君も同じ属性の魔法らしいから、魔法を教えるなら彼だな。

 それと防御・サポート系の魔法なら瀬流彦君か……この2人が魔法面を鍛えれば良い。

 

 武力面2人、魔法面2人の構成なら良いだろう。彼らとて英雄を自ら育てられるなら光栄だろうし。残りの魔法関係者は……

 

 刀子さんとシャクティーさんか。

 2人共美女だから却下だ!それに既に指事している魔法生徒もいるし……ん?ガンドルフィーニ君にも魔法生徒が居たな。しかも美少女が2人もだ!

 

 不味いぞ……

 

 んーそうだ!ネギ君の事は、ナギに息子が居る事はトップシークレットの筈だ。

 何故か皆さん知ってるけど……だから彼に、魔法関係者として接するのは指導する4人だけにしよう。

 情報はどこから漏れるか分からないから、彼を守る為にも厳守だ!

 そうすると、残りは明石教授と弐集院君か……大学教授に電子妖精使いだから、関係は薄いよね。

 

 ヨシ!「ネギ・スプリングフィールド君教育計画」は全く女っ気無しの硬派で逝く!

 

 それと忘れちゃならない、本来の目的。日本で教師として働く事だけど……麻帆良男子中学の臨時教師にしよう!

 正直な所、僕の学校の先生達を思い出すと良い先生と悪い先生が居た。

 良い先生は、授業が分かり易かったり僕は怖かったけど不良達をちゃんと叱っていた先生。生徒の為に行動していた。

 悪い先生は、事なかれ主義で生徒に余り関わりを持ちたがらない先生。授業も退屈でテストの点が悪いと嫌みを言われた。

 たかが10歳児に、思春期の僕達を教えられるのかな?高校進学を控えた三年生なんて無理だよ。

 

 だから一年生にしよう。

 

 これなら生徒は去年迄は小学生だったし、最悪教師として失格でも他の先生方が引き継いで頑張れば、生徒達の教育指導は挽回出来るだろう。

 皆さんに迷惑も掛からないから良いよね!

 

 さて、問題は片付いたから念願のネット通販を……机の上に有るノートパソコンの電源を入れる。

 記憶では、魔法世界の品物を取り寄せるサイトが有るらしい。パソコンが立ち上がったので、インターネットに繋げる。

 

 ブックマークを調べると……これだ、まほネット!ふーん。購入履歴には、魔法薬や札に……良く分からないな。

 さて、今週のオススメは……

 

「赤いあめ玉・青いあめ玉・年齢詐称薬」だってぇ?

 

 一粒二千円か……これを飲めば若返る事が出来るのか?忙しくマウスを操作し、買い物カゴに入れる。数量は大人買いの5瓶だ!

 これで、これで爺さん生活にもピリオドを打つ事が出来るんだ!

 

 ヒャッホー!やったぜ、早く届かないかなぁ……

 

 ワクワクしてたら結構な時間が掛かったのだろう。お手伝いさんから昼食の準備が出来たと連絡が有った。

 この体になってから、楽しみは食べる事だけだ。食堂に行く途中からも、良い匂いが漂っている……何だろう?

 

 暖簾を潜り席に座る。日本家屋の和室だが、畳の上に絨毯を敷いてテーブル席になっている。老人に優しい配慮が嬉しい!

 テーブルにつくと、直ぐに白米をよそった茶碗が出される。

 

 並べられた料理を見れば……鳥の唐揚げ甘酢かんかけ・卵と木耳の炒め物・海鮮と野菜の炒め物にフカヒレスープだ!本格的な中華料理だ。

 前はバーミヤン位でしか食べれなかったのに……

 

 鳥の唐揚げを一口食べる。ジュワっとした肉汁が口の中に広がる。しかも甘酢あんかけが掛かっているのに、皮はパリパリだ。

 ご飯をかっこんで咀嚼する……スープを一口!これも高級そうで美味しかった。

 海鮮と野菜の炒め物には、もしかしてアワビ?が、大ぶりの切り身で入っていた。

 

 初めて食べたよアワビ……感動で涙が出そうだ。

 

 全ての料理を完食し、ご馳走と言って私室に戻る。幸せな満腹感に浸る……満足じゃ。

 うつらうつらしていると、突然携帯が鳴りだした。

 

 画面に表示された文字をみれば「タカミチT高畑」となっている。仕方ない出るか……

 

「もしもし……高畑君か?」

 

「学園長、ご無事でしたか!良かった」

 

「ああ、心配かけたのぅ。そちらはどうじゃ?」

 

「僕の方の仕事は完了しました。これから戻りますので、明日の朝には麻帆良に着きます」

 

「そうか……では、明日高畑君が戻ったら今後の件を皆で相談しようかの」

 

「では明日……」

 

 ふぅ……明日は正念場だな。もう少し下調べをしておくか。爺さんの記憶は確かに共有している。

 しかし、頭の中に百科事典が有るのと同じように項目を思い浮かべると関連の記憶が浮かんでくる。

 だから何を思い出したいかを調べておかないとダメなんだ。

 

 これは面倒臭い。

 

 爺さんが何を企んでいたか分からないんだ。例えばネギ君の教育方針とか具体的な事を考えると、関連事項が出てくる。

 今僕が知らない事は調べられないんだ。鍵の場所とかパスワードは分かる。

 しかし会った事の無い人は、その名前を知るとか実際に会った時に思い出せる。

 連想ゲームみたいに次々と思い浮かべる事は出来るから……致命的では無いけど、端から見たらボケて物忘れが酷い老人と思われそうだ。

 

 んでネギ君だけど……メルディアナ魔法学校から報告書が来ている。

 

 過去10年で最高の成績。2学年をスキップして主席卒業。性格は勤勉で努力家。

 温和で……今は日本に来る為に、日本語を勉強中。ほぼ取得済みらしい。

 

 ナニコレ?他国語を僅か3週間で取得?

 

 努力家って範疇じゃないよね……本物の天才少年かよ。でも過去に住んでいた村が悪魔達に襲われている。

 しかも家族や知り合いを石化され、自身も殺されそうな危機をナギに……父親に助けられ、その杖を譲り受けた。

 その影響か攻撃魔法に多大な関心が有り、禁書を密かに読んでいる。既に悪魔をも倒せる魔法を取得済み、か。

 

 つまり才能溢れる天才なのに、石化した家族を直す魔法を探さずに敵討ちの手段を禁を犯してまで学ぶ。

 

 周りはそれを黙認しているのか……それとも彼には、治癒魔法の素質が無かったのかな?

 でも調合で作る魔法薬には属性は余り関係ない筈だけど……もしかして、とんでもない負けず嫌い?

 敵討ちは自分の手で?いや報告書には、模範的なイギリス紳士だと書いてあるんだよな。

 

 一体どんな子供なんだろう?

 

 僕より年下なのに、とんでもなく頭が良くて魔法の才能に溢れていて性格も良くてイギリス紳士で……完璧人間だよね。

 こんな奴が実在する事に驚いている。

 

 ネギ君と比べると僕なんて……うん、かなり凹んだ。

 これが選ばれし英雄って奴なんだね。でも、この麻帆良ではハーレムは作らないで下さい。出来うる限りの人員で教育しますから!

 

 でも直ぐに課題クリアしそうだなぁ……そうしたら一人前の魔法使いとして、イギリスに凱旋させるから良いか。

 元々メルディアナ魔法学校の校長からも表向きは、日本で教師をする事って頼まれたんだし。

 関東魔法協会に所属してないし、所属させて貰えないだろう。こんな有望株を手放す筈なんてないし……

 

 でも何で日本に寄越したんだろう?

 

 普通、手元に置いて大切に育てるんじゃないかな。大人の事情とか、複雑な何かが有るんだろう。厄介事を引き受けた気がします。

 さてネギ君の事は、考えると自分が悲しくなるから良いや……

 折角インターネットが使えるんだから、ネットサーフィンをやりたかったんだよね。

 何せ前は田舎に住んでたから、パソコンなんて家に無かったし。携帯だって厳しく使用料を決められてたから……最近人気急上昇はっと。

 

 おっ!

 

「ネットアイドルちうたん」

 

 可愛いなぁ……大都市だと、こんな娘がコスプレを公開してるんだ。次々と彼女のコスプレ画像を表示する。

 彼女のコスプレの数々は、僕の隠された性癖を浮かび上がらせたみたいだ。僕はメガネ属性に、獣耳・メイド属性も有ったのか?

 心はこんなに震えているのに、体は全く反応しないなんて……男として、悲しい現実を突きつけられた感じだ。

 その日の午後はネット三昧で、夕食は会席料理を堪能した……金持ちって素晴らしい!

 

 フカフカの羽毛布団にくるまれて、深い眠りにつく。明日も頑張らなくちゃ……

 

 

 

 夢を見ている……

 

 多分夢だと理解しているけど、状況は記憶に有る僕がこの体に憑依する前の爺さんの最後の記憶だ。記憶では知っていた。

 関西呪術協会の刺客が、麻帆良に攻めてきた。それは前大戦の時の報復の為に……今、爺さんは傷付き相手の術士と対峙している。

 

 相手は壮年の男。瞳に狂気を宿している。

 

 

「ふふふ。

余裕な顔も何時まで続くかな?貴様が責任を負わず、認めずのらりくらりと逃げている為に……我らの憤りが、我らの気持ちが!

分かるか貴様に?我が息子と嫁の、物言わぬ骸と対面させられた親の気持ちが!我が子を先に喪う親の気持ちが!

だから、貴様には特別な呪いを掛けてやろう。我らが同志は、全てこの襲撃の為に命を捧げた。

この悪魔共は同志達の魂を糧に召喚した者達よ。我は貴様と共に朽ち果てよう……輪廻の輪から弾き出してやるわ!」

 

 そう言うと、魔物が男の胸を貫いた。

 

 初めて見た残酷シーン……

 

 夢で有りながら、記憶とは違う迫力というか臨場感が有る。

 

 

「ぐっ!

ふふふ……きっ貴様の血と俺の心臓を触媒に呪いをかける……呪いは返せぬぞ。

その為に俺も同じ呪いを受ける。人を呪わば穴二つ……だが、共に同じ呪いなら返し合っても同じ事。

貴様を道ずれに出来れば、俺の魂が消滅しても構わない。共に輪廻の輪から弾かれろ!」

 

 明確な殺意を爺さん(僕)に向けている血だらけの男……怖い、心の底から恐怖を感じている。

 記憶では知っていた……しかし怖い本を読むような感覚だった。

 

 今度は夢で見た。

 

 夢と理解していながら、こんなにも恐ろしく感じている。多分、その場にいたら恐怖で動けず座り込み失禁してしまうだろう。

 それ程、胸を鷲掴みにされる恐怖……

 

「儂は間違った事はしておらん!ネギ君すまない……君を立派なマギステル・マギに……」

 

 そして爺さんは、関西の人達を巻き込んだ事を悪いとは思っていない。心の底から……

 しかもネギ君の為に用意した麻帆良という箱庭を彼の為だけに、マギステル・マギを作り上げる為に何をしても良いと思っている。

 英雄の為なら、皆が全てを投げ出すのは当たり前だと……理由を知らされていない相手でも同様。

 普通の生活を送っている彼女達をこんな狂気の世界へ巻き込むつもりだ……ネギ君の、ナギの息子の為だけに。

 

 僕だって嫌だ。

 

 夢でさえ、こんなにも怖いのに……全く知らない世界の英雄の為に、知らない内に巻き込まれる事に……

 

 何で僕達が……

 

 

 

「はっ……夢か……夢だよな?ふぅ……夢を見ただけなのに、こんなにも手が震えているなんて……」

 

 置き時計を見れば、午前三時を差している。もう一眠り出来るだろう。深呼吸を何度かして、バクバクいってる心臓を落ち着かせる……

 

 剣と魔法の世界!

 

 初めは小説の主人公になれたみたいにワクワクしていたのも事実だ。なりは爺さんだが、金持ちであり権力者だ。

 今までみたいな退屈な暮らしから一転、刺激的な毎日を送れると……でも実際は、権力争いのど真ん中!

 何時殺されても不思議じゃない立場だった。しかも周りを平然と巻き込む、悪の集団のボスだ……

 

「戻りたい……元の世界に。会いたい、両親に友達に……何でミュータントみたいな爺さんになったんだよ。

何で人殺しばっかりの世界なんだよ……何で僕が、こんな目に会うんだよ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ピピピピピっと電子音が聞こえる。

 

 目覚まし時計のベルで目が覚める。どうやら泣きながら寝てしまったみたいだ……枕とシーツが涙と涎で、偉い事になってしまっている。

 目元も真っ赤になってるんだろうな……泣き腫らした爺さんなんて、洒落にもならないや。

 

 ゴシゴシと目を擦る。

 

 今日は、魔法先生達と会議が有る。今後の僕の生活に関わる大切な話し合いだ。

 兎に角、厄介者のネギ君は真っ当な試練を経て速やかにイギリスに送り返す。麻帆良の生徒達は巻き込まない。

 

 関西呪術協会とは……

 

 関係回復が急務だ。放っておけば、また刺客を送られそうだ。

 今度来たら、僕では勝ち目なんかないから速攻死亡だろうね……お手伝いさんの用意した朝食をモグモグ食べながら考える。

 

 因みに献立は、えぼ鯛の干物に温泉卵、板わさにエビ団子野菜あんかけだ。それと味付海苔か……

 心の癒やしが、孫娘の木乃香ちゃんと食べ物だけって嫌だな。

 

 枯れた人生だ……

 

 そうこうしている内に、お抱え運転手の車に乗せられ麻帆良学園女子中等部に向かっている。

 車窓から見る景色……目に見える街並みが、本当に日本かよ?って程に……

 テレビの旅番組で見たイタリアのフィレンツェの街並みとそっくりだ。

 車の脇を、女生徒達が走ったり自転車やスケボーを利用したりと色々な方法で通学している。もう女子校エリアなのだろう。

 そして一際大きい煉瓦調の造りの、本校女子中等学校が見えた……在校生二千人を超えるマンモス中学だ!

 

 一学年24クラスで七百人以上居るからね。まさに女の園だ!

 

 ブレザーにチェック柄のミニスカートから健康的な足が晒されて……黒のハイソックスが良い味を出している。

 この爺さんも良い趣味してるよな。この女子校エリアだけでも、一万人近い女の子達が溢れているんだよね。

 そんな女子中等部の中に、学園長室は有る。甘ったるい女子の香りが満載している廊下を歩きながら学園長室へ。

 途中で会う生徒達が行儀良く朝の挨拶をしてくれる。こんな妖怪みたいな格好の爺さんにも、良い笑顔を向けてくれるんだ。

 前はクラスの女子とも挨拶すら出来なかった僕には、新鮮な感動だ。彼女達に萌えても、精神年齢は近いのだからロリコンじゃない!

 学園長室に入り、執務デスクに座って一息つく。

 

 そして思い出した!

 

 この麻帆良学園都市全体にかけている認識阻害の魔法……これってもしかして、爺さんの異様な頭を学園都市の人達が気にしない様にしているんじゃないか?

 なっ何て自己中心的な爺さんなんだー!

 

 

 

 放課後の学園長室……

 

 主要な魔法関係者が集まって居る。

 タカミチ君・ガンドルフィーニ君・伊集院君・神多羅木君・瀬流彦君・明石教授・シスターシャクティ……そして刀子君だ。

 魔法生徒と先生方から嫌われているエヴァは呼んでいない。彼らは一様に緊張した表情だ。

 僕が、学園が襲撃された後の初めての集まりだからだ。

 

「学園長!先ずは先日の襲撃の報告をして下さい」

 

 タカミチ君……君を僕は一番警戒しているんだ。英雄の、力の信奉者として……

 

「先日、真っ昼間から術士に召喚された悪魔・魔族が麻帆良の結界に侵入してきた。

彼らは西の関係者の線が濃い……しかし東と西の仲違いを目論む連中の線も捨てがたいのじゃ。

何故なら大規模な襲撃には、それに見合うバックアップが居る筈じゃ。

今回の件は、事前に儂らが手薄になる時期が知られていたし、侵入経路も謎が多い。よって調査結果が出る迄は自重するのじゃ!」

 

「あまい!学園長、貴方も意識不明の重体まで追い込んだ相手ですよ。然るべき措置が必要です!」

 

 机を叩いて威嚇する、ガンドルフィーニ君……正直、この黒人は怖い。

 

「そうじゃな……今回の大規模襲撃の首謀者達は、己の魂を糧に悪魔達を召喚した。

かなりの数が居たはずじゃ。つまり、敵対する多数の者達が命を落とした。暫くは手を出す余裕はあるまい……」

 

「だから、様子見の間に証拠集めですか?」

 

 刀子君は、神鳴流の剣士……関西との繋がりが深い。だから、即敵対は反対の筈……

 

「今回の襲撃者達は、先の大戦で身内を亡くした者の集まりだった……それが組織的に動いた。

つまり手引きをした奴らは生き残っている。迂闊には手を出せんのじゃ。

先ずは結界の強化と見回りを充実させる。

一度婿殿とは、正式な場で話さねばなるまいて……ネギ君が、英雄ナギの息子を麻帆良に迎えるのじゃ。

不確定要素は出来るだけ無くしたいのぅ……」

 

 ネギ君の名前を出すと、ざわつき出した。やはり英雄の息子は大切なのか……

 

「学園長、ネギ君は来月にも麻帆良学園に来ますよね?我々の対応は?」

 

 既に襲撃事件はそっちのけでネギ君の話をしたがるとは……

 

「2月に入りネギ君は、ここ麻帆良学園に先生として赴任してくる。僅か10歳にしてメルディアナ魔法学校を主席卒業した天才児じゃよ」

 

 流石はナギの……マギステル・マギは彼にしか……呟く様に、彼を持ち上げる台詞が零れていく。

 

「学園長。それで、ネギ君をどの様に扱うのですか?」

 

 キラキラと腐り輝く目を向けるなタカミチ君……決まってるだろ!漢の園に放り込んで、硬派に鍛え直すんだよ!

 

「ネギ君は、本来なら魔法学校で魔法の矢と武装解除しか習わない筈だが……

独学で他の魔法も習得済みじゃ。しかも禁書を読み解き、悪魔をも滅ぼせる呪文も身に付けておる……」

 

 違法な行為を公表したのにも関わらず、彼に期待を向けているな。

 

「凄いじゃないですか!英雄ナギも魔法学校をスキップして卒業したと言いますし、やはりカエルの子はカエルなのかな」

 

「我々も、うかうかしていられません!彼を立派な魔法使いに……」

 

 良い年した大人が10歳児の才能を誉め千切ってるよ。コイツら大丈夫かよ。

 

「魔法の才能は、父親を超えるやもしれん。しかし、メルディアナ魔法学校の先生方は彼の教育には失敗したと儂は思ってるのじゃ」

 

 この発言に、キツい目を向ける。

 

「何をおっしゃるのですか、学園長?ネギ君の才能は素晴らしいではないですか!」

 

「そうですよ。メルディアナ魔法学校の先生方の教えのお陰じゃないですか!」

 

 魔法第一主義……怖いぞ、この人達って。

 

「タカミチ君……ナギは、今の話のネギ君と同じだったかのぅ?彼はもっと自由奔放で有り我が儘だった筈じゃ」

 

 お前さんの信奉する英雄ナギは、実はバカで短気でガキっぽくて……そして人を惹き付けるカリスマが有った。

 優等生のネギ君とは真逆の性格だった筈だ。

 

「確かに、一緒に旅をしたナギさんは自由奔放で唯我独尊でしたね」

 

 昔を思い出しているのか、少年の様な目で天井を見詰めている。彼にとってネギ君とは、ナギの代わりか……

 

「そうじゃ!

選ばれし英雄の素質が有るネギ君じゃが……少々優等生過ぎるし、小細工が多いのじゃ。

ナギならば、禁書が読みたければ堂々と言うだろう。

しかしネギ君は、幼なじみを巻き込み見張りをさせ夜な夜な家を抜け出して禁書を読み耽ったそうじゃ。

コソコソと隠れてな……それを気付いているのに、知らん振りをしていたのがメルディアナ魔法学校の先生方じゃ」

 

 一旦、此処で言葉を切って周りを見渡す。なる程的な目、何を言ってるんだ的な目。

 視線が会うと威嚇する様に見返す目……正直そろそろ精神力が切れそうです。

 

 熱血漫画の内容をパクリながら話しているけど、この人達は魔法関係者として実際に荒事を行う人達……

 もし僕が爺さんに憑依してるのがバレたら?想像したくない未来しか無いだろう……

 

「魔法を覚えたいなら、儂らが教えれば良いのじゃ!

しかし今のネギ君は頭デッカチで、魔法の知識のみ追い求めている。本来は肉体も鍛えなければ一流にはなれん。

なので、ガンドルフィーニ君とタカミチ君でネギ君を肉体的に鍛えて欲しい。

神多羅木君は風の魔法を……瀬流彦君は防御と補助の魔法をそれぞれ教えて欲しいのじゃ。

健全な肉体にバランスの取れた魔法のバリエーション……これがネギ君育成計画の基本方針じゃ」

 

 ネギ君の教育担当を言い渡された連中の顔は……何故かニヤリとしたり、決意の籠もった目だったりと一様だが、喜んでいるのは確かだ。

 これで今日の話は打ち切ろう。

 

「では第一回ネギ君育成計画会議は終了じゃ。選ばれた4人以外の魔法先生達も彼らに協力して欲しい。

ネギ君は魔法世界の宝じゃし、長年教育者として過ごしてきた儂の……最後の生徒になるじゃろう。

どうか、この爺さんの為にもネギ君の教育に協力してくれ。この通りじゃ」

 

 そう言って頭を下げる。

 

「学園長……其処まで考えて、我々に指導を頼むのですね」

 

「勿論、魔法世界の至宝ネギ君を立派なマギステル・マギに育てましょう」

 

「早速育成計画を考えなければ……」

 

 皆さん、納得してくれたみたいだ。足早に学園長室を出て行く。

 

「胃が……胃が痛い、いや本当にキリキリ痛いんだけど。

そして僕に向けるプレッシャーが厳しいんだけど。誰か僕を労って下さい」

 

 僕の胃が無事な内にネギ君をイギリスに送り返せるか心配です……

 

 

 

 

「第2回ネギ君育成計画会議」

 

 メンバーは昨日と同じ方々です。具体的に言うと、キラキラと腐り輝く目をしているタカミチ君。

 厳つい黒人さんだが、ノートにビッチリ訓練内容を書き連ねている真面目で頑固なガンドルフィーニ君。

 良く分からないヒゲグラだかグラヒゲの神多羅木君。ちょっとイケメンで優しそうだけど、好きにはなれそうに無い瀬流彦君。

 その他の明石教授・シスターシャクティ・伊集院、そして刀子君だ。

 

 てか、昨日の今日で第2回会議って……どんだけネギ君に期待しているんだよ!少しは僕も労って下さい。

 

「学園長!

早速ですが、ネギ君の訓練メニューです。タカミチ君とも打ち合わせしました」

 

 分厚い資料を僕の前に置く。周りの先生方にも配ってるね……

 

 

「ネギ君特訓メニュー」

 

 

 表紙を捲る。

 

 早朝トレーニング(平日)

 6時〜7時 マラソン10キロ

 7時〜8時 腕立て伏せ・腹筋・スクワット各50回×3セット

 

 夜間トレーニング

 20時〜21時 マラソン10キロ

 21時〜22時 模擬戦 特殊トレーニング

 

 休日トレーニングメニュー(特別版)

 5時〜6時 マラソン10キロ

 6時〜7時 柔軟体操

 7時〜9時 模擬戦

 9時〜10時 休憩

 10時〜12時 魔法(座学)

 12時〜13時 休憩

 13時〜18時 魔法(実技)

 18時〜20時 休憩

 20時〜21時 魔法(応用)

 

 資料をパタンと閉じる。

この内容の説明を……

 

「学園長!

肉体的訓練は日々の積み重ねです。なので平日は朝晩毎日、僕とガンドルフィーニ先生で密着個人教授します」

 

「逆に魔法に関しては、集中講義を行います。僕と神多羅木先生で週替わりでみっちりと……」

 

 コレなんてイジメ?幾らネギ君でも、この訓練内容はキツいよ……でも天才児なら、こなせるのかな?

 

「採用!

先生方の熱意には頭が下がる思いじゃ。しかしネギ君とて人間……週に一度は完全休日を設けようぞ。

それと、忘れてはならないが彼は教師として麻帆良学園に赴任してくるのじゃ!

平日鍛錬を少し減らし、教師としての仕事の時間を作るのじゃ。

後は、訓練場所じゃな……一般人が立ち入れない場所を用意しようかの。魔法関係者だけが入れる場所を。

その方がネギ君の訓練を我々も気兼ねなく見れる訳じゃ……弐集院先生、手配を頼みますぞ」

 

 ネギ君、少しだけ僕の優しさを受け取ってくれ。こんなシゴキなんて、漫画の中だけだと思っていました……

 もう止められない。

 

「分かりました。流石は学園長ですね!これなら、ネギ君も修行に専念出来る」

 

 訓練については、後は彼らに一任すれば勝手にやってくれるだろう。次が難問なんだけどね。

 

「それと……ネギ君は、本校男子中等部の一年生のクラスの副担任にしようと思うのじゃ」

 

 これには、タカミチ君が猛反発した!

 

「学園長!彼は、ネギ君は本校女子中等部の2-Aに、僕のクラスの副担任になる筈です。それを何故?」

 

 バンバンと机を叩いて威嚇するタカミチ……思わず目を逸らしそうになる。

 元々、眉毛で隠れてるし糸目なんだけど……本気で怖いです、彼は。

 

「タカミチ君、落ち着くのじゃ」

 

「これが落ち着いていられますか!何故、2-Aじゃ駄目なんですか?あのクラスには……」

 

 やはり、コイツ我が心の癒やし木乃香ちゃんをネギにあてがうつもりか?それは、断じて許さん!

 

「タカミチ君……

儂らはネギ君を誰もが認めるマギステル・マギに育てたいのじゃ。いずれは英雄として、魔法世界を背負って立つ漢になって欲しい」

 

「なれば従者が……」

 

 興奮するタカミチ君以外の先生方を見る。何故、こんなにもタカミチ君が興奮してるか不思議そうな目で見ている……

 タカミチ君以外は、あのクラスの目的を知らないのか?

 

「子供とはいえ、思春期の女生徒の群れの中に彼を放り込んだらどうなるのじゃ?

彼の人格形成に多大な影響が出るぞ!刀子君、シスター・シャクティ……」

 

 この会議の女性陣の方を見る。

 

「「何でしょうか?」」

 

「容姿・能力は同じ。片方は、スカして女性の扱いが上手い。片方は、友情を大切にする熱血漢。どちらが好みかの?」

 

 黙り込む2人……

 

「……後者ですね」

 

「私も後者です」

 

「他の先生方は?」

 

「確かに女性の扱いが上手い色男は、一部に反発を生みますね」

 

「うーん。でも英雄色を好むって事も……」

 

 意見は分かれた……でも大多数は友情を大切にする熱血漢だろう。大抵のヒーローはそうだ。

 エロゲのハーレム主人公を作りたい訳じゃないし。

 

「ネギ君はのぅ……イギリス時代に同年代の同性の友人が居らなんだ。だから彼とも年の近い一年生のクラスを受け持たせたいのじゃ。

それに、修行時代に女性は邪魔にこそなれ有益な事では無いじゃろ?

2-Aは特殊過ぎるクラスじゃ……お祭り大好きな、あのクラスにネギ君を放り込んだら?大騒ぎで修行どころではあるまい?

彼の人格形成をする大切な時期に女性に囲まれてオモチャにされたら……

タカミチ君。

仮に、仮にじゃ。ネギ君が仮契約をしまくり、ハーレム従者を率いてイギリスに凱旋。

メルディアナの学校長から、ネギ君を麻帆良に送ったら色事しか学んで来なかった!そう言われたら、君は責任を取れるのか?」

 

「しっしかし……」

 

 タカミチ君は、ネギ君をどうしたいんだろう?10歳児をハーレムマスターにしたいのか?

 

「ナギも、恋人がサウザントマスターとか言われていたが……実際は違うじゃろ?

いずれネギ君にも従者は必要になるじゃろう。しかし、今は女性に現を抜かす時期ではないのじゃ。

皆も良いな?ネギ君には極力女生徒との接触は避けねばならぬ。彼は英雄として、友情を仲間を大切にする熱血な漢として育てるのじゃ!

間違ってもハーレムマスターなとにしてはならない。そうなったら、麻帆良の魔法関係者の恥と思わねばならないのじゃ!」

 

 それでもタカミチ君は不満そうだが、他の先生方は納得してくれたみたいだ。

 タカミチ君……暫く海外に行っていて貰おうかな。絶対何か企んでいる目をしているし。

 

 

 

 英雄の息子、ネギ君の教育方針は決まった。

 彼は魔法世界の最重要人物だし、この扱いは決して間違ってはいないだろう。

 才能有る子供先生を、関東魔法協会が総力をあげて教育するんだし……

 周りの人達だって幾ら英雄の忘れ形見とは言え、まだ何にも活躍してない子供が周りに女の子を侍らせていたら悪感情を抱く。

 

 親の七光りだと。

 

 だから、ネギ君が実績を積み始めたら従者を考えれば良い。木乃香ちゃんは駄目だ!

 勿論、麻帆良の一般人も駄目だろう、普通に考えて。

 あんな殺し合いを日常としている世界になんて……進んで紛争地域に子供を行かせる親は居ない。

 

 従者は魔法関係者がなるべきだ。イギリスに居る幼なじみとか、候補は向こうにも沢山居るよね……てか、写真で見ると可愛い娘が居るよね?

 ネカネさんにアーニャちゃんだっけ?全く羨ましくて妬ましい。

 タカミチ君が、どうにも納得していない感じだ。彼は海外にNPOとして、活動に行って貰おう。

 

「それとネギ君の住居だが、流石に10歳児を一人暮らしにはできまいて……教員宿舎よりは、賄い付きの男子寮の一室に入って貰おうと思うのじゃ。

それとも誰か一緒に暮らすかの?勿論、女性陣は不可だし娘さんが居るガンドルフィーニ君は駄目じゃな……」

 

 残りの独身男性陣を見渡す。タカミチ君が、腐り輝く目で僕を見詰めている……イヤイヤ、君は麻帆良に殆ど居なくなるから。

 それに、ネギ君が後悔する位に変な子になりそうな気がします……だから却下!

 食生活が充実しているのは、弐集院先生かな?

 

「学園長……ネギ君の修行には、一人前の社会人になる事も含まれていると思います。

しかし、成長期に栄養のバランスを疎かにする一人暮らしはお勧め出来ません」

 

 確かに、僕だってお手伝いさんが料理を作ってくれなかったらコンビニ弁当が精々だよね。

 又はホカ弁か……確かに栄養のバランスは悪いだろう。

 

「ネギ君には、同世代の子供達との交流を含めて男子寮に入って貰おう。ウェールズでは同性の友達も少なかったと聞く。

良い機会じゃ。狭い社会では学び難い人間関係の勉強に良いじゃろう……」

 

 これでネギ君の生活面も決まったな。

 

「残りは、日本に来る本題の教師についてじゃ。ネギ君を立派な教師にする為に、何か案は有るかの?

予定通り本校男子中等部の一年生のクラスの副担任にしようと思うのじゃが……かの学校には魔法関係者が少なくての」

 

 何故か、魔法関係者は女子校に集中している。皆、スケベって事だね。

 

「我々の誰かも、男子中等部に赴任しましょう。ネギ君のフォローの為にも、誰か1人は魔法関係者が居ないと不味いだろう」

 

「では誰が良いんだい?受験生を抱えていない連中なら、この時期に移動しても影響は少ないが……」

 

 候補は弐集院先生か瀬流彦先生かな。人当たりも良さそうだし、ネギ君と一緒に居ても違和感が無い。

 どの道タカミチ君は、海外に行って貰うから……

 ガンドルフィーニ君と神多羅木先生は……共に強面だし、ネギ君も四六時中こんな厳つい連中と一緒じゃ辛いだろう。

 

「では、弐集院先生と瀬流彦先生のお二方にお願いしようかの……2月1日にて移動の辞令を用意するぞ。

あと2-Aのクラスは、新田先生にお願いしようかの……タカミチ君にはフリーとなって、ネギ君の為に色々と動いて欲しいのじゃ」

 

 これでネギ君へのフォローも問題無いと思う。あとタカミチ君は、木乃香ちゃんから離す!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 学園長が出て行った室内には、まだ呼ばれていた魔法先生達が残っていた。

 テーブルを囲み出された日本茶を飲む者、茶請けの羊羹を食べる者……瀬流彦が湯呑みをテーブルに置いて、一息ついてから話し掛ける。

 

「弐集院先生……大役を担ってしまいましたね。公私共にネギ君のフォローをする事になるとは」

 

「瀬流彦先生は、魔法の指導も有りますから。僕が、ネギ君の食生活の面倒を見るよ。肉まんの美味さを教えてあげないとね」

 

 茶請けの羊羹を頬張りながら答える。男子中等部に移動する2人は、これからの事に前向きだった。

 

「しかし、不思議よね?今迄の学園長だったら、きっと誰かに一任か自分で全てやるわよ。私達を集めて、相談とかしない人だわ」

 

「それだけ、ネギ・スプリングフィールドは……英雄の忘れ形見は大切なのでしょう。

言われた事は、もっともですし方針も悪くは無い。これなら立派な魔法使いに、マギステル・マギになれるでしょう」

 

 女性陣2人は、らしくない学園長に気が付いていた。しかし、それだけ大切なナギの息子なんだし慎重になっていると思った。

 

「しかし!

しかし、何故2-Aの彼女達と接触を禁じたんだ?彼には、ネギ君には特殊能力を備えた彼女達が必要になる筈だ」

 

 未だに納得せず乱暴に湯呑みを置いて、苛立ちを隠さない。

 

「タカミチ先生……あのクラスには、私の娘も居るんですよ。

裕奈には……娘には魔法世界に関わって欲しくはないんだ。自分勝手とは思うけどね」

 

 しみじみと大切な娘の事を持ち出されては、タカミチと言えども何も言えなかった……

 明石教授の奥さんは魔法使いで有ったが、裕奈が幼い頃に亡くしている。それ以来、裕奈には魔法に関わらない様に育てて来た。

 それを学園長の方針を無視して、2-Aに拘るタカミチに違和感を感じた。

 

 何故、そこまで彼女達に関わらせたいのか?

 

 学園長の教育方針でも十分な成果は出るだろうし、言っている事は至極真っ当だ。

 わざわざ女の園に放り込む必要は全く無いし、これから思春期を迎えるネギ君にとって害悪でしかない。

 明石教授は、この男の動向には気をつけようと思った……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先生方が、そんな話し合いをしているなか、近衛近右衛門に憑依した彼はノンビリと放課後の学園を歩いていた。

 社会の裏側で暗躍する、魔法関係者の方々って本当に迫力が有るし怖いよね……これで暫くは、あの人達と会わなくて良いよね?

 来月、ネギ君が来たら大変なんだろうけど……今はノンビリしたいし。

 この頭でも、認識阻害の結界内の麻帆良学園都市の中なら気にせずに歩ける。

 

 実際に女子校エリアを歩いていれば「学園長先生、さよーならー!」「さよならセンセー!」「あっ学園長。サヨナラです」見た目にも可愛い生徒達が、挨拶をしてくれる。

 

「ほい、さようなら!気を付けて帰るんじゃぞ」

 

 この瞬間だけは、憑依して良かったと思う。あとは、ご飯を食べている時だけだけど……中世の街並みを模した、学園内を見て歩くのは楽しい。

 記憶には有るけど、実際に自分の目で見るのは格別だ。

 自分の育った町では、一番大きな建物は公民館か役場位しか無かったから……しかし、本当に日本なのか?

 

 常々、思うけどね。

 

 暫く歩くと目的の屋台が見えてきた。弐集院先生、お勧めの肉まんを食べさせてくれる店だ!

 何故か、爺さんはオーナーの超という娘を警戒している。つまり配下ではない、魔法関係者なのだろう。

 でも食べ歩きしか楽しみが無いので、構わず行きますけどね。

 


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